闖入
「さてと」
こんがり焼けたゴドフリーだったモノを放り捨てて、一旦両手を開けてお腹から突き出した刃を押し込んでいく。そしてほとんど引っ込んだところで後ろに手を回して異物を取り除きながら、さっき手放したナイトラフを拾い上げた。
「んー……さすがに裸眼じゃ限度があるか」
そのままさっき狙撃が飛んできた方に目を向けたけど、最大望遠でも見えたのは森の中でもちょっと小高くなってる丘みたいな空地に明らかに木じゃないものがいるくらい。いくら元の性能がいいからって『探知』の範囲よりも倍くらい外側にいる何者かを事細かに識別するのは難しい。
だからいったんデイホープを地面に突き刺し、ナイトラフの銃身を少し捻ってロックを外すと、そのままスライドさせて伸長させた。さらに立射の姿勢を取りながら魔力を流せば、狙撃モードに切り替えたことで有効になった『望遠』の魔導式が起動して標的の仔細を映し出す。
そこにいたのは全体的にがっしりとしつつもどこか優美なフォルムを描く、どこか見覚えのある戦闘用魔導体が一機。具体的に言うと、半年くらい前の魔導技術博覧会の時に強襲してきた要塞型魔導兵器から湧いてきてたヤツとまず間違いなく同型。マジかー、あれもお前ら関連かー。この邪教徒共、手広過ぎない?
そして魔導体のすぐ横に立つフードをかぶったローブ姿の怪しい人影。なんか双眼鏡みたいなものを目に押し付けてるせいで顔の半分は見えないけど、バカみたいに大口を開けて微動だにしない。まあ向こうからしたら確殺っていうか、普通に死んでなきゃおかしい状態の敵がピンピンしてたら顎も外れるか。ざーんねーんでーしたー!
ろくに顔も見えないし『探知』も圏外だから、ぶっちゃけ確証はない。それでも、なぜか確信を持てた。あいつがあの時の女邪教徒だ!
「――見つけた」
さんざん大騒動を持ち込んでくれている因縁の相手に知らず口の端がつり上がる。瞬間あいつの方がビクリと跳ねた気がしたけど、構わず回転弾倉を回して『貫通』をセットすると同時にトリガーを引き、間髪入れずに『炸裂』に変更してもう一射。
狙撃モードになったナイトラフから放たれた魔力弾は、いつもの倍以上のスピードと射程を以てあっという間に宙を飛び抜け、密度を上げて貫通力を増した一撃目が魔導体の装甲に穴を穿ち、そこにわずかの狂いもなく飛び込んだ二撃目が内側で爆裂を引き起こす。
そうしてたったの二射で完全に機能を停止した魔導体がその場に擱座した。あの時鹵獲した魔導体はボクも分解を手伝ったから、基幹部分がどこにあるかくらい把握済みだし、的が棒立ち状態でそこを打ち抜くなんて朝飯前だね。
すかさず邪教徒の方を狙撃しようとしたけど、わずかなタッチの差で背後の森に逃げ込まれていた。まああいつ、こっちが一発目撃った時点で逃げ出してたからねー。今までもわりと早い段階で逃げ出してたし、その辺の勘とかはいいのかもしれない。いろいろちょっかい仕掛けてくるのに逃げ足は速いとか敵としては厄介だね。でもさ、――
「――逃がすわけないでしょ!」
突き刺したデイホープを引き抜きつつ脚に大量の魔力を流して大地を蹴った。明らかに黒幕ポジションな敵が、他に憂いのない状況で手の届く場所に出てきてくれたんだ。これを黙って見逃すとかするわけがない!
騒音レベルの足音と大量の土煙を次々と置き去りにしながら森を駆け抜け、多少のロスを含みつつも三十七秒で魔導体の残骸に到達。この時点でとっくに必死に遠ざかる人間の反応を『探知』の圏内に捕捉してるから、万一見失う可能性もなし! さすがに木が邪魔過ぎるから狙撃は厳しいけど、走って行けば余裕で追いつけるから問題なし!
行く手を遮る木々を強引に突破していけば、ものの数秒でローブの後姿を視界に捉えた。途中で脱げたらしいフードを直す余裕もないようで、覚えのある地味な茶色い頭がバッチリ見えている。おっと、今こっちを振り返った。まあ隠密なんて頭から投げ捨ててるからそりゃ気付くよね。でもおかげでバッチリ本人特定完了だ!
そうして視認したところでさらにスパートをかけ、残りの距離を一気に詰める。このままの勢いでぶった斬っても良かったけど、たぶん黒幕ポジの相手なんだから確保を狙ってみよう。
「捕まえ――おっと?」
そのつもりでナイトラフを放り出して最後の一歩で掴みかかったけど、とっさに体を捻られたせいでスカしてしまう。裏で暗躍してるタイプだからてっきり貧弱キャラかと思ってたけど、意外にいい動きと反応だ。まあ、ここまで来れば悪あがきにすぎないけどね。
「往生際が悪い――ねっ!」
避けた先にさらに腕を回せばさすがに対応できなかったようで、そのまま自重を使って背中から遠慮なく押し倒した。そうしてうつぶせに倒れこんだ背中にまたがれば確保完了だ。
「ぐぅっ!?」
「さーて、間接的とはいえ人のお腹に風穴開けてくれたお礼をしなくっちゃね。普通の人なら死んでたよ? とりあえず、企んでること洗いざらい吐き出して――」
素直に教えてくれないだろうし拷問コースかなー、なんて考えながら見下ろした先、組み伏せられながらも憎しみのこもった目を向けてくる横顔を見て思わず真顔になった。押し倒した時にきれいな顔面スライディングを披露してくれてたからだろう、それなりの擦り傷から血がにじんでいるそこには、ついさっきまでなかった痣が浮かんでいた。
たぶん化粧でもしていたんだろう。それが地面に擦れたか血で流れたかして素肌が見えたんだって考えれば不思議はない。傷や痣を隠すために化粧をするなんてこともあり得るだろう。
ただ、そのはっきりと模様って言いきれるくらいに整った痣には見覚えがあった。
「その痣、まさかラキュア族の?」
たしかシェリアが『命脈』って呼んでたっけ? なんてちょっと外れたことを思い出していたら、抜け出そうと無駄に暴れていたそいつはピタリと動きを止めて信じられないとばかり目を見張った。
「……お前、なぜそれを知っている!?」
「教える義理なんてないよ」
うーん、この反応は図星ってことかな? やだなぁ、黒幕の邪教徒がラキュア族とか。ただでさえイメージ悪いらしいのに、完全に追い打ちになるじゃん。いつか汚名返上するシェリアのためにも、いっそここで塵も残さず抹殺しといたほうがいいかな?
「……盟主様、お力添えを……」
「ん? ――っとぉ!?」
邪教徒の扱いを考えているうちに、下からボソッとつぶやく声が聞こえた。同時に胸元から全身に魔力反応が広がったかと思うと、目の前の空間がぐにゃりと歪む。とっさに邪教徒を引きずりながら大きく飛び退いたけど……これ、『亜空接続』の魔導式使ったのと同じ感じ?
「……何したの?」
「ははは、お前は終わりです。死ね」
後ろから首を掴んでホールドした状態の邪教徒に一応聞いてみたけど、案の定まともに会話する気はないみたいだ。予想通りだから別にいいけどさ。
んー……ちょうど目の前に空間のゆがみが出てきたからビックリしたけど、離れて見たら大して大きくないね。むしろ影響範囲は握り拳よりも小さそう。あれ直接的な攻撃力なんて皆無だし、生き物だと対象の数倍の規模がないとなぜかうまく送り込めないから、あれじゃ強制追放を使った疑似即死攻撃なんて無理だろう。
あとできるとしたらボクみたいに武器とかを放り込んでおいて取り出すくらいしか思いつかないんだけど、当人は威勢の割には力を使い果たしたみたいに脱力してるし。あの魔導式かなり魔力消費が激しいからそのせいだと思うけど、それだとなおさら何がしたくてこんな――
「本当に使うとは」
聞いたこともない誰かの声が、ゆがみの向こうから届いた。
その瞬間、ゾクリと体を超えて魂を直接撫でられたかのような悪寒が走り、立つはずのない鳥肌を錯覚した。
思わず硬直するボクの目の前で、ゆがみの中から何か棒みたいな物が突き出された。それはほんの少しの間ゆらゆら揺れたかと思うと、周りの空間に複雑怪奇な模様を何重にも浮かび上がらせた。そのままスゥッと滑らかに上がるのに合わせるかのように、空間のゆがみが引き延ばされていく。
あっという間に小柄な人くらいまでゆがみが拡大したところでほんの一瞬棒が沈んで、さらに数を五つに増やして出てきたかと思えばその根元までが姿を見せる。同じようでいて長さや太さがまちまちな棒が扁平な物から生えている、肌色が悪い以外は見るからに人系種族の手。それで最初に出てきた棒みたいな物が指だったことに気づいた。
そんな手の周りにさっきと同じような模様が浮かんだかと思うと、おもむろに横へ振り抜かれてゆがみがさらに広がる。それが一往復もする間には、人ひとりが余裕をもって潜り抜けられるほどにまで広がっていた。
そのことに満足したかのように手が空間に沈むと、一拍を置いて姿を現した人影。背が高くて整った顔をしてる上にこじゃれた礼服を着てるけど、痩せ過ぎで青白いを通り越した不健康極まりない肌の色とぼさぼさのくすんだ黒髪、そして白目と黒目が入れ替わったみたいな眼と見るからに不吉だ。
何より出てきた瞬間から跳ね上がった悪寒が重圧みたいになってのしかかってきて、それでボクは魂で理解した。こいつはダメだ、絶対に相容れることができない不倶戴天の敵だって。
「――吹っ飛べ!!」
構ってる余裕のなくなった邪教徒は放り出して、デイホープの銃撃を浴びせる。射程を落とした分威力に振ってるから、ちょっとは牽制になってくれるはず。同時並行で左腕に『魔砲』の魔導式を展開して即座にぶっぱ! サンダロアほどの威力はないけど、それでも並の生き物なら大ダメージ間違いなしの一撃!
だけどそいつはデイホープの銃撃も『魔砲』も避けたり防いだりするそぶりもなく、棒立ちの状態で魔力攻撃に飲み込まれて――
「思い切りがよいな。よろしい、滅べ」
まるで突風にあおられた程度ってくらいの言いざまの直後、お返しのように放たれたどす黒い魔力攻撃をモロに喰らった。
「ぐ――ぁ!?」
とっさにかざした腕から身体から、機工の肉体を動かす魔力がこそげ落とされるように削られる。相殺されてる? だとしたら魔力の密度がおかしい。『本気』モードで稼働中のはずの魔素反応炉から供給が全然追い付てない!
そしてそれ以上にきついのが、浴びせられるような怨嗟。まるで受けた魔力攻撃が怨念そのものだってレベルで、容赦なく頭を――魂をきしませてくる。
「こな、くそぅ!!」
さすがにマズいと思って魔導式を放棄しながら歯を食いしばって地面を蹴り、放出される魔力攻撃の射線上から緊急退避。上半身は攻撃に飲み込まれたせいで魔力が足りずに動きが固まったけど、範囲外だった脚にはまだ十分に動かせるだけの魔力が残っていてよかった。
それで避けたはいいものの、体が思ったように動いてくれなきゃバランスまでは取れないから倒れこむしかない。だけどすぐに動けるだけの魔力が補充されたから、受け身はきっちりとって闖入者に相対しなおす。
「……不可解な。なぜ滅びぬ?」
「あいにく生身じゃないんでね」
攻撃から逃れたボクを見て、ただ本当に不思議そうに首をかしげるそいつに軽口を返しながら気を引き締める。なんせとっさの一撃とはいえ向こうはほぼノーダメージだ。当然だろう、改めて『探査』の反応を確認したら、目の前のそいつは魔力の濃度がおかしかった。閾値を振り切ってるせいで正確なところはわからないけど、『平常』モードのマキナ族と比べて数倍じゃすまない。下手したら数十倍とかどういうことさ。『本気』モードでも有効打与えられる気がしないんだけど?
「盟主様! 下僕ごときの助けを求める声にお応え頂き誠に有り難く、またその御力に縋る不甲斐無さをお許し頂きたく!」
「お前か。よい。邪魔だ、下がれ」
「はっ!」
おっと、放り出した邪教徒、いつの間にか復活してるし。一瞬だけ憎しみのこもった目を向けたかと思ったら、脇目も振らずに逃げ出した。あーもう色々聞きだしたいから逃げられると困るんだけど、さすがにこいつの脇すり抜けて追いかけるとかできる気がしないし!
……こうなったら仕方ない、向こうもなんか様子見してる感じだし、時間稼ぎも兼ねて情報引き出しチャレンジするしかない!
「お前……悪魔だよね?」
「多くはそう呼ぶようだな」
やっぱりかー。ずっと感じてるプレッシャーみたいな悪寒、邪霊とか悪魔とかとやり合った時に感じてたやつだし、さっきの怨念も邪霊に突っ込んだ時とよく似てるし。
でもこいつ闘技大会で討伐した悪魔と雰囲気違い過ぎない? 一応会話できるくらいには理性あるみたいだし、見た目不気味だけど人間の範疇だし。悪寒も怨念も比べ物にならないくらいパワーアップしてる感じで、魔力的にもこいつの方が上位互換っぽいけど、進化でもしたのかな?
「貴様は何だ、遠き同朋よ」
「ボクはマキナ族のウル。悪魔に同朋なんて呼ばれたくないね」
「ふむ、対極ではなく、肉ならざる肉、歪なれど確か……かような存在も在り得るか、面白い」
なぜか同類扱いされたから文句を言ってみたけど、気にした風もなくなんか勝手に納得して面白がってる。うん、なーんか話通じなさそうな雰囲気が――
「では滅びよ」
「うぇっ!?」
そしていきなりどす黒い魔力をぶっ放してきやがったからとっさに全力回避! ちょっといくら何でも脈絡なさすぎでしょ!?
「くそっ! お前何が目的で出てきたの!?」
受け身を取りながら再び会話を試してみたけど、返事の代わりと言わんばかりに追加の黒光が襲ってきたから横っ飛びに回避! もう話しする気はないってことですねコンチクショウ!!