本命
まあこれでコイツらがボクを狙ってくるのに動きがバラバラな理由もわかった。低級の不死体は積極的に生き物に襲い掛かるけど、その理由は基本的に生き物なら大体持っている魔力を取り込んで自己強化することが目当て。普通なら異なる魔力同士の相殺が起こるはずなんだけど、現象に変換されずに溜め込まれてるだけの魔力は不死体の魔力に塗り替えられちゃうんだよね。
それがどういう原理なのかは現時点じゃまだほとんど未解明。だけど確かなのは、保有魔力の割に抵抗手段のない人系種族の一般人とかが格好の餌になるってこと。
そんな連中の前に溢れんばかりの魔力源を放り込めば、殺到してくるのも当然だよね。誘蛾灯だってこれほど蛾に大人気ってことはないだろう。まあ結果的にだけど、『本気』モードになったことで最良の囮として機能してるんなら文句はない。
そしてやっぱりこれ、邪教徒のテロだね絶対。
なんせあいつらの影がちらついた騒動には、決まって不死体が出現していた。危険度低めとはいえ野生の魔物をこれだけ連れてきてけしかけるのは不可能に近くても、そいつらの死体を運び込んで動死体に仕立て上げるならまだ現実的だ。イルナばーちゃんから聞いた話、魔導士界隈じゃネクロマンシー的な魔導式の研究は禁忌扱いらしいけど、『悪魔錬成』なんて禁忌中の禁忌を平然と持ち出す連中が気にするわけない。下手をしなくても未知の術式とか組み上げてること請け合いだ。
……なんかもう、節々から『とにかく世界は滅んじまえ!』って怨念がプンプン漂ってくるよね。邪教徒に言っても無駄だろうけど、破滅願望拗らせた集団とかはた迷惑極まりない。人知れず勝手に自殺でもしてろってもんだ。真面目に生きてる大多数を巻き込もうとするんじゃない!
それはそれとして、この動死体どもどう処理するべきかな? 低級とはいえ不死体の端くれだけあって、こいつらムダにタフいんだよね。その名の通りに死体が動いてるだけだから、ランダムで生成されるらしい核的なのを潰さない限り、いくら切り刻んでも可動部位がなくなるまで動き続ける。魔力攻撃はダイレクトに効くけど、一体分を相殺しきるならともかく、こんな大軍を相手にするとか普通ムリだ。下手したら邪霊単体を削り切る方が楽かもしれない。なんせ動死体だと弱いとはいえ全方位から間断なく――いや、あの時の邪霊も学習してたっぽいし、あれ以上長引いてたらオールレンジ攻撃も平気でやってきたかもしれないからやっぱりあっちの方が面倒かな。
ともかく、他に被害が出ないようにって考えたら取れる選択肢は殲滅ただ一つだ。なら一番手っ取り早いのは全力で距離を取って『核撃』でもぶち込むことだけど、さすがに学園の敷地内でマップ兵器はマズいだろう。状況的にやらかせるのがボクだけって丸わかりだからすぐに足もつくだろうし。
なら、後続がなくなるまで引き付けまくってもう少しマシな範囲攻撃で一網打尽がベターかな? いくらなんでも無限に死体が用意できるわけがないしね。実際適当にあしらいながら考えてる間にもおかわりが減ってきてるし、とりあえずもうしばらくこのまま足潰し主体で――ってこの反応は……。
「――待たせてすまない! 加勢するぞ!」
これまで何も来なかった方向――要するに学生たちを逃がした方から探知圏内に入って、そのまままっすぐ近づいてくる反応が一つあった。
まさかと思って振り向くまでもなく、聞こえてきた勇ましい助太刀の言葉はゴドフリーのに違いない。ああもう、せっかく避難誘導頼んだのに!
「ゴドフリー先生、なんで戻ってきたの!?」
「オレだって元傭兵の教官だ! 仮にも学生の、しかも短期留学しに来た奴だけを絶望的な戦場に残していけるか!」
「そんなこと言ってみんなはどうしたのさ!? そっち放り出して戻ってくる方がよっぽど問題でしょ!?」
「んなもんとっくに安全圏だ! 何だったら全員からお前の援護を頼まれてんだぞ!」
鹿っぽいのを更地の縁まで蹴っ飛ばしながら文句を言ってやれば、最低限の仕事はしてきたと主張しながら手近の狼を横から剣で斬り伏せるゴドフリー。動死体どものヘイトが完全にボクへ集中してるおかげで、横からちょっかいをかける分には全く問題ないようだ。
「それに、こんな状況になってるってことはお前だって万全ってわけじゃないんだろう? なら大人しく援護ぐらい受けとけ!」
ボクの言葉なんてお構いなしにボクの背後を庇える位置までやってきたゴドフリーは、狙われないことを幸いにその場で大立ち回りを始めた。万全じゃないって何を根拠に――あ、いやそうか、学院の制服着たままだから、パッと見じゃ戦闘装備じゃないように見えるか。
加えて最初ド派手に爆発をバラまいてたのに今は近接戦闘なんてやってるから、知らない人から見たら魔力切れしたみたいにも見えるか。いろいろ突っ込んで聞いてこないのは元傭兵のさがってやつかもしれない。
いやまあ、最初は確かにゴドフリーのこと戦力にカウントしたいなーって思ってたけどさ。それは相手が普通の魔物想定で、ボクを無視して抜けようとするヤツがいるかもしれないから、それを逃がさないように頭数が欲しかっただけなんだよね。でも動死体なんて想定外が逆にいいように作用したからもう不要なわけで。
逆に殲滅が必須になった現状で一人だけ味方がいる方が厄介なんだよね。最大効率で範囲攻撃しようものなら普通に巻き込むから絞るしかないし、そうなってくると効率がガタ落ちだ。でもそれだけの理由であそこまで熱く参戦表明してくれた戦士を追い返すのもねぇ……。
「ああもう、気付いてるかもしれないけどこいつら動死体だから! ぶった斬るよりは脚潰すこと優先して!」
「だろうな! 珍しいが対処法は心得てるから心配すんな! つーか口調が崩れてるがそっちが素か!?」
「そうだけどそれ今話す必要ある!?」
「どんな戦いでも余裕を持つのが傭兵流ってなぁ!」
もうしょうがないから地道に潰していくことにして、ゴドフリーと共同戦線を張る方向にシフトする。とは言っても大したことじゃない。基本的にボクに寄ってくる動死体を切って叩いて撃ち落として、ダメージが足りなかったヤツをゴドフリーが追撃する感じだ。ごく自然にハイエナ戦術を選ぶ当たりが元傭兵の生存戦略なのかな?
まあさすがに目の前に立ったら動死体もゴドフリーに狙いをつけるみたいだし、ボクとしても下手にピンチに陥られるよりは断然ありがたい。
というわけで、予定と少し違うけどそこそこ順調に殲滅は進んで行ってる――んだけど……んー、なんかまだ違和感が引っかかってるんだよねぇ。なんだろう?
それになんかこう、現状って確殺計るにはぬるすぎない? いやだって向こうはこっちが邪霊だの悪魔だのを返り討ちにしたのわかってるんでしょ? 『質』がぶつかってあえなく撃破されたから、じゃあ次は『量』をぶつけるって意図だとしたらわからなくもないけど、それにしたって肝心の物量足りなすぎじゃない?
そりゃまあ一般的な臨険士なら押し潰されてるかもしれないけど、仮にももっと悪質なのをほぼソロ攻略した逸般人想定してこれなのかって感じがね。マキナ族でなくてもロヴあたりとか余裕で捌けそうだし。
まあ舐めプだろうが目算が甘々だったんだろうが、作業が楽なのに越したことはないよね。とうとうおかわりもなくなったみたいだし、あとちょっと暴れたら蠢くだけで文字通り死屍累々な動死体の山を火葬なりなんなりで処分すれば――え、何これいきなり反応速い大きさの割に密度がああもうっ!!
順調だったところに突如として『探知』に飛びこんできた純魔力の高速飛翔体に対し、腕をかざして防御姿勢! 油断したってわけじゃないけど、見えた終わりにちょっと気が抜けたせいで反応が遅れたチクショウ!
三百ピスカはあるはずの索敵範囲を一秒にも満たない時間で横切った魔力弾は、ほとんど誤差なくかざした腕に直撃した! うっわこの威力、マキナ族じゃなければ腕どころか肩ごと持ってかれてたんじゃない? 体の末端に当たったとしても下手したら致命傷あり得ると見た。
だけど、魔力攻撃に対してもやたらめったら丈夫なマキナボディに損傷は無し! なるほど、これが連中の本命ってところか。大量の動死体をけしかけて消耗を誘って、終わりが見えて気が抜けた瞬間に致命の狙撃。普通ならまず間違いなく有効だね。だとすれば半端な物量も納得だ。
だけど詰めが甘いね! 一発目は偶然でも避けられるなり防ぐなりされることを前提にして二、三発は撃ち込まないと。まあどっちにしろボクには無意味だけどね!
そして魔力弾が飛んできた方向はバッチリ把握済みだし、射線が通ってるってことはこっちからも目視できるってことで――
ドスッ――そんな衝撃を背中から受けて、一瞬で思考が途切れた。
「は……?」
視界の下端に映った異物を認めて反射的に視線を下げれば、ボクのお腹から飛び出る剣身。おっかしーな、さすがのイルナばーちゃんも身体から刃物が飛び出すなんてトンデモ機能はつけたはずないのになー?
「――悪いな、お前に直接恨みはないんだが、導師様直々の指示でな」
混乱する頭に届いたのは、その内容の通りに何の悪意も怨念も籠っていない、それどころか友達に挨拶してるだけって感じに至って気楽な声。
「『虹色の髪を持った異分子は絶対に殺せ』ってことでな。ここまで明確に、しかも低級とはいえ本命の戦力を割いてまでって、何したらそこまで警戒されんだ?」
形こそ問いかけになっているけれど、明らかに返事を期待していない口調で語りかけてくる相手。今この状況でこんなことができる人間なんて一人しかいない。
「まあ安心しろ。あいつらには動死体の大群相手に奮戦の末に散ったって美談にして聞かせておいてやるから気兼ねなく――」
「気遣いありがとう、でもいらないよ」
左のナイトラフを手放しざまに振って、『探知』の反応と声がする位置からあたりをつけて後ろ手に鷲掴む。
「な――がっ!?」
「あいにく後ろから風穴開けられたくらいじゃ死なない身体をしてるもんでね。残念だよ、ゴドフリー先生」
致命傷を与えたはずの相手が平然と動いた驚愕と、アイアンクローのダメージに怯んだ隙を逃さず、相手の頭部をしっかりと捉えた強引に左腕を前まで持って来る。向こうが完全に剣を手放してなかったせいで傷口が広がったけど、ボクにとっては些細な問題だ。
そして目の前には、完全に意識が逸れた瞬間を狙って見事にバックアタックを決めてくれた裏切り者さんが――いや、元から敵のヤツが味方のフリしてただけなんだから、裏切り者って表現は不適切かな? うん、そんな嘘つきさんが、頭蓋骨をミシミシきしませながら逃れるために腕を引きはがそうと無駄なあがきをしている。
「ぐぁっ……化け、物……っ!?」
「自覚はあるけどさ、講義二回目とはいえ一応は教え子を、今日の天気の話をするみたいに暗殺しようとした人に言われるのはなんか釈然としないんだけど。しかも共闘した直後に」
動死体の軍団による物量戦と、終わりかけて気が抜けた直後に本命と思わせる遠距離狙撃。それでも仕留められなかったら警戒が完全に狙撃へ向いた瞬間、味方面していた大本命の敵が標的の背後から暗殺。なるほど二段どころか三段構えの布陣で確殺を狙ってきたわけだ。ボクがマキナ族じゃなければ普通に死んでたやつだよこれ。
ああ、やっと違和感の正体がわかった。ボクが最初に警告をした時、魔物だって確証はなかったから言葉を濁したのに、すぐ魔物だって断定してたよね確か。そこでうっかりしてくれたのにスルーするとか……くっそぅ、さっきなかなか熱いセリフを聞かせてくれた時の感動と、代わりに支払うことにした労力を返して欲しいね、割と本気で。
「――だからもう遠慮はしないよ」
「待――!」
「ばりばりばりぃっ!!」
何か言いたそうだったけど当然スルーして、ルナワイズから読み込んだ出力最大の『雷撃』を容赦なく起動。ボクを中心とした半球状の広範囲に雷撃が荒れ狂い、動死体の山とついでにゴドフリーに襲い掛かった。炎は当たったところから焼いていくけれど、雷は機工とか生き物の体みたいな導電性の対象なら内側から灼く。当然魔力の性質も持つから、広義の魔力を核にしてる動死体に対しては特効レベルでよく効くんだよね。というかだいたいの敵に対してよく効く雷属性マジで便利。
そして五秒間使い続けて、放電を止めた後には動くモノの一切ない静寂が訪れた。
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