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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
七章 機神と留学
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襲来

 馬の甲高いいななきと共に馬車が止まる。理由は単純、進行方向に襲撃役の学生が五人ほど飛び出して道に立ち塞がったからだ。これが本物の盗賊ならそのまま撥ねたところで誰からも文句は言われないだろうけど、さすがに演習だとそうもいかないから御者役のお付きは急ブレーキをかけたわけ。

 そうして首尾よく馬車を止まらせ、間を置かずに鬨の声を上げて突撃してくる襲撃役を、少し遅れて護衛役の学生が迎え撃つように飛び出した。ただし数は三人。どう見ても不利だけど、彼らの顔からしてこれが最適解って信じ切ってる様子だね。まあそれもそうだろう。

 少しの間を置いて左右の木陰からさっきよりも大きな鬨の声。挟み込むように待ち伏せていた襲撃役の本隊が一斉に飛び出してきて、馬車の周りに残っていた護衛役と乱闘を始めた。足止め兼囮の対処に戦力が減った隙を突く、誰でも考えるだろう襲撃パターンの見本みたいな戦術だね。

 まあこの演習自体何度もやってるみたいだし、護衛役もそれを見越した対応だったから予想通りといった所だろう。言ってみれば序盤も序盤だし、あいさつ代わりの基本を押さえた襲撃ってことかな?


「――始まったようだな」


 これだけ外で大騒ぎしてたら気づかないはずもなく、乗客役のボクたちは外周から素早く離れて真ん中に寄る。幌馬車とか特にそうだけど、下手したら流れ弾とかが外枠を貫通してくるからね。ついでに姿勢を低くするのも万一に備えての対策だ。

 その上でフィリプスや御者台から避難してきたそのお付きの人は護身用の模擬剣を握りしめ、迂闊に顔を突っ込んでくる賊がいた時にすぐに斬りかかれる位置で様子を窺っている。守られる側の殺意もなかなかどうして高い。


「戦況はどのようなものだろうね。ウル嬢なら何かわからないだろうか」

「んー……護衛役の方がわりと余裕ありそうな動きですね」

「なるほど、我々の側が優勢とはよい状況だな」

「そうとも限らないんじゃないですか? どっちかっていうと襲撃役の方が本気で攻めてきてない感じですし」


 全体的な数的には襲撃側の方がやや有利なはずなのに、動きを見る限り無理に攻めようとしてないんだよね。なんていうか……小手調べ的な? ここで威力偵察みたいなことするってことは、ある程度のところで引いてこの後も段階的に襲撃を仕掛けてくるつもりなのかな?

 そんな風に戦況を映していた『探査』の端っこに、ふと新しい反応が現れた。どうやら森の奥の方から探知圏内に入り込んできたらしいそれは、どうも四つ足の動物っぽくて、ついでにそこそこ大きめ。普通の鹿くらいかな? 学院生が実習に使うための森だから定期的に狩りをして大きな危険を排除してるって話だけど、森の動物を狩りつくすなんてそうそうできないだろうし、そしたら何かの拍子に一頭二頭くらい紛れ込むことも――って待って待って多い多い! え、何? 続けて二、三と反応が入り込んできたかと思ったらあっという間に十数超えてまだ増えてるんだけど!?

 というか、なんかそいつら妙にまっすぐこっちに向かってきてるんだけど!? 普通の野生動物って意外と臆病だから、怒号が飛び交うバトルフィールドになんか近づいてこないはず。なのに迷いなく突撃してくるなんて、そんな攻撃的なのは魔物くらいのもので。

 とにもかくにもこのままじゃまずいって判断して一人立ち上がると、エリシェナたちが疑問の声を上げる前に馬車を飛び出した。その間にも『探知』の術式を調整して補足精度を上げつつ、視認できないかと森を見透かすもさすがに木が多すぎて見えない。ええい仕方ない、こっちに突っ込んできてる連中の詳細把握は後回しだ。今は戦闘を見越して可能な限り備える方が先!


「悪いけど全員演習は中断して!」


 戦場のど真ん中で声を張り上げれば、緊迫感を感じ取ってくれたのかほどなく戦技科の学生たちはみんな手を止めた。よし、これで戦闘中にいきなり横から襲われるってことはなくなった。


「いきなりどうした?」


 一体何事かとざわめく中で後ろからの声に振り返れば、馬車の脇で待機して演習を眺めていた審判役のゴドフリーが渋い顔で寄ってきている。まあ実力者とはいえいきなり留学生が授業中断を強制したらそんな顔にもなるか。でもゴメン、今それどころじゃないんだ。


「まさか自分が参加できないからって邪魔でもしようなんて――」

「ゴドフリー先生はみんなを避難させて! なんか知らないけど向こうから団体さんがこっちめがけてまっしぐらに来てる!」

「待て、魔物が来ているなんてなぜわかる!?」

「種族的な特技の一つだよ! いいから早く!」


 いきなり爆弾を投げつけられたみたいに慌てるゴドフリーに必要最低限だけ言い置いて行動を促す。正直元傭兵ってことだから戦力として換算しておきたいところだけど、念のため教官として社交科組を避難させてくれた方がボクとしては助かる。例え何が来たって指一本でも触れさせる気は欠片もないけど、護衛対象がいない方が戦闘としては断然やりやすい。ついでにそこまで期待できそうにない戦技科組も連れて行ってもらえれば万々歳だ。

 いやまあ、臨険士(フェイサー)やってるような子がいるんだから全員が全員頼りにならないって思ってるわけじゃないよ? だけどさ、普段から学生のために人の手が入ってる森で、前触れなく魔物っぽいのが大量発生とか偶然って考えるにはタイミングが悪すぎる。ほぼ確実に邪教のテロだよねこれ? どうやってるかなんてわからないけどさ。

 そして因縁のある相手の排除にあれだけの殺意を持ち込むような連中が、駆け出し前後の臨険士(フェイサー)レベルでもどうにかできるような雑魚をけしかけてくるとは思えない。現にまだ増え続けている暫定魔物の反応からは、『物量』っていうシンプルな暴力の香りがプンプンしてくる。


「ゴドフリー先生、どうかウル様のご指示通りに。みなさん、直ちに退避いたしましょう!」

「他の組の方へも緊急事態の合図を、ゴドフリー先生。わたくし共にだけ危機が迫っていると考えるには楽観が過ぎるでしょう」

「ふむ……レードル、今すぐ馬車を反転させて引き返せ。戦技科の諸君も足に自信がない者は今のうちに乗り込むのだ!」


 そして教師を含めた戦技科一同が戸惑いを見せる中、真っ先に動き始めたのは意外にもエリシェナたち社交科組。本人が目覚ましい動きをしてるわけじゃないけど、なんていうか矢継ぎ早に指示を出す声にこもる気迫が違う。ボクが警告を出しただけっていう状況でも即座に緊急事態って前提で判断できることと言い、必要な情報を把握したうえで指針を示すことと言い、打合せもしてないはずなのに指示がかぶらないことと言い、人の上に立つことに慣れている感がすごい。さすがは貴族様の令嬢令息方。


「よくわからないが、ウル嬢が言うんだ、よほどのことだぞ! 全員撤退、今すぐにだ!」


 少し遅れて戦技科学生たちの中心でドランツも声を張り上げたことで、若干首を傾げつつも全員が素早く避難を始める。ゴドフリーも渋い表情ながら寸詰まりの拳銃みたいな魔導器(クラフト)を取り出し、何やら少しいじったかと思うと上空に向けて引き金を引いた。そこからまっすぐに打ち上がったのは尾を引く光弾。たぶんリュミアーゼの言ってた緊急連絡用の信号弾的なやつだろう。

 そしてその間にボクも戦闘準備だ。単純に突破するか生き残るだけなら今でも十分だけど、取りこぼしのないように防衛するってなると勝手が違う。


出力変更(アウトプットシフト)戦闘水準(レベルアーム)――呼出(アウェイク)虚空格納(ホロウガレージ)武装変更(コールアセンブリ)魔法士(ウィザード)魔銃士(マスケティア)!」


 本気モードにルナワイズとナイトラフを装備の遠隔特化スタイルに換装。近くにいた学生が虚空から現れた本型と長銃型の魔導器(クラフト)を見て目を剥いたけど、そんなのは無視してナイトラフの弾種を確認しつつルナワイズの首輪を装着し、本体を無理矢理ベルトに吊り下げながら森を見据える。『探査』の反応からしてどんどんこっちに迫ってきてるのはわかってるけど、今回は防衛がメインだ。確かに離れた場所で迎え撃つのも選択肢の一つではあるけど、障害物が多いせいで討ち漏らしが出る方がマズい。なんせ戦力は特級とはいえボク一人だからね。

 なら多少のリスクは覚悟で視界の開けた道で射線を確保する!

 そして幌馬車が何とか反転しようとしている間に、たどり着いた先頭集団が森から飛び出してきた!


「通行止めだよ!」


 ずっと捉えていた反応めがけて『爆轟』の魔導式(マギス)を起動、指鉄砲から飛んで行った光弾がジャストタイミングで現れた四つ足くんに直撃して、姿を確認するよりも前に巻き起こった大爆発が、すぐ後ろの後続もろとも森へと叩き返した。

 それでほかの連中が怯むなりして引き返してくれたら楽だったんだけど、『探査』の反応を見る限りじゃどいつもこいつも屍踏み越える気満々の様子。オーケー、なら戦争だね!

 改めて覚悟を決め直すと、『本気』モードの魔力を惜しげもなく湯水のように使って『爆轟』を連射、森から進撃して来ようとする推定魔物連中を片っ端から爆砕&特大ノックバックで森へとクーリングオフ! 微妙に範囲から漏れたり予想外の方向に吹っ飛んだのはナイトラフの『炸裂』弾によるピンポイント返送! 気分はシューティングゲームってところかな? チートでフィールドにポップする前から配置がわかってるせいでモグラ叩き作業みたいなクソゲー仕様だけど、別にこんな時までやりがいを求めてるわけじゃないから簡単効率的っていうのは大歓迎だね。


「何してるの! 早く避難して!」


 ただ、学生たちがポカンと足を止めてるのはいただけない。まあすぐ後ろでいきなり爆裂大会が始まったら誰だってビックリするだろうから責めるつもりはないけど、いずれ戦闘職に着くだろうって子たちがそんなんじゃ先が思いやられるよ? ほら、社交科組を見習いなよ。リュミアーゼもフィリプスも顔は驚いてるけど近くの子に叱咤を飛ばしてるし、エリシェナに至っては目を輝かせてボクの活躍に見入ってるよ? やっぱり生粋の貴族だと胆力が違うのかな? あとエリシェナ、この状況でちょっと暢気すぎない?

 とりあえずボクも催促の声を上げたおかげか我に返って動き出したから、避難しきるまでそれほど時間はかからないだろう。今のところ討ち漏らしもないみたいだからこのままいけば問題はなさそう――なんだけど、なんかさっきから違和感があるんだよね。なんだろ?

 んー……相手の動きかな? 『探査』に移る魔物らしき反応はとっくに百を超えてるんだけど、なんか当初のまっしぐらに突撃みたいな状態からボクに狙いを絞ったみたいな感じになってる。無視して駆け抜けられるのが一番困る殿役としては願ったりかなったりだけど、狙いを絞るわりには統率に欠けるというか……例えて言うなら『個人がてんでバラバラにボク(ゴール)を目指してる』感じ?

 これが邪教徒共がどうやってかやらかした強制イベントなら、たぶん標的にされてるボクに殺到するのは納得できる。でも、意図して起こしたんならもっと効率よく確殺を狙わないかな? それともけしかけるのが限界で制御はできてない? それならそれでどうやってボクに狙い絞ってるんだろう?

 あと、飛び出してくる反応に何割か一度は吹っ飛ばしたのが混ざってるのも気になる。反応をよく見てると吹っ飛んだ直後にも関わらず、スピードが落ちたりしてはいるものの、ほとんどロスなく再突撃を仕掛けてくるなんてどういうことよ。出鼻で激烈すぎる歓迎なんて受けたらバーサーカーでももうちょっと慎重になるんじゃない? こいつら野生の本能備えてる?


「……ちょっと情報収集してみようかな?」


 ちょうど転回を終えた幌馬車が、周囲の学生たちと共に見る見る離れて行ってるから、あいつらがボクだけ狙ってくるって言うなら俄然余裕ができる。『悪人』の組織と因縁を持つのは物語の定番かもしれないけど、当事者になってみれば行く先々で思い出したかのように絡まれるのは正直鬱陶しい事この上ない。

 じゃあさっさと潰せばいいじゃんなんて思うかもしれないけど、今のところ関わり方が完全に巻き込まれ系なんだよねー。何が言いたいかっていうと、ボクが連中について知ってる情報が思ってる以上に少ないってこと。本拠地はおろかアジト、それどころか目的や動機なんてものも知らないから、どう頑張っても場当たり的な対処しかできないんだよね。

 まあ明らかに暗躍してる系の組織が大っぴらに自分たちの情報をバラまくはずもなく、そうなればボクができるのは手段や傾向からの類推くらい。つまりは連中が目的達成の手段として晒してくれた手段っていう手札から、逆をたどって目的を予想するっていうカードゲームみたいなことをしなくちゃならないってわけだ。

 で、現状は相手が揃えた役を確認する前にカードごと吹き散らすっていう、実際のゲームなら場外乱闘間違いなしの力業をかましてるわけで、そうなると得られる情報は『なんか知らんけど襲ってくる』がせいぜい。うん、そりゃそうだろうよとしか言いようがないよね。

 というわけで、情報収集のためにあえて向こうの手札を見てあげようと方針を切り替えた。具体的に言うと『爆轟』の連射を止めて、容赦ない爆撃によって程よく更地になった元森の縁へと進み出た。

 そうすれば出るわ出るわ、爆破の壁に門前払いされていた魔物たちが、ここぞとばかりに耕された大地を駆ける。その姿は叩き返す前にチラチラ見えてたし、何より『探査』の詳細反応からある程度予測はついていたけど、狼、豹、鹿、山羊、熊、牛などなど、それぞれある程度まとまった数はいるものの統一感が著しく欠けている。

 一応、兎や穴熊みたいなのまで含めて、図鑑や実地で見た覚えのある魔物ってことはわかる。加えて言うなら共通点として、カッパーランクでも討伐できるくらいの危険度っていうのがある。

 けど、同じ種類で群れもせずに、仲良しこよしで突撃してくるような連中じゃないのは断言できる。兎と狼が仲良く飛び掛かってくるとか異常事態にもほどがあるでしょ。食物連鎖はどうした大自然。ボクなんかより隣のオトモダチを食べなさい!

 というかこの森って魔物の類はほぼほぼ狩りつくされてる安全地帯なんでしょ!? こんないつかの小鬼(ゴブリン)の大軍団には劣るとしても、話に聞く魔物暴走(スタンピード)を連想させるようなことどうやったら引き起こせるんだよ! あれ確か魔物が繁殖しすぎて生息地から溢れるのが主な原因なんでしょ? そもそもゼロだったのが溢れるって何さ!?


呼出(アウェイク)虚空格納(ホロウガレージ)――武装変更(コールアセンブリ)銃剣士(ブレイカー)!」


 実際に確認してみて意味不明すぎる状態に、虚空からデイホープを抜き打ち様に苛立ちを込めて飛び掛かってくるエセ仲良しさんをまとめて両断。改めて『探査』の反応を見て全体が見事にボクを中心に収束しようとしているの確認して――


「――はいぃっ!?」


 予想外の事態に思わず素っ頓狂な声を上げながら慌ててバックステップ! 直後にそこを肩から上が消えた狼(・・・・・・・・・)の爪が薙ぎ払ったのを信じられない思いで見つめながら、同時にパズルのピースがはまったみたいな納得感があった。


「ちょ、まさかキミたちそろって動死体(ゾンビ)なわけ!?」


 動死体(ゾンビ)――低級の不死体(イモータル)が動物の死体に宿って動き出す、この世界でも比較的ポピュラーな魔物だ。前の世界のゾンビと違って死体なら何でもいい訳で、むしろ人型よりも動物型の方が多いのがこの世界。大きな災害があったら比較的大量出現しやすい部類ではあるけど、活気のある人里ではまずお目にかかることはないはず。

 とりあえず頭のなくなった狼を全力で蹴り飛ばしながら改めて周りを見渡せば、先に吹っ飛ばされたヤツらしい明らかに重症な魔物が、そんなものは知らんとばかりに元気に駆け寄る姿がそこそこ混じってる。どうやら先陣を切った被害のない連中に続くように、叩き返されて出遅れた機動力ガタ落ち個体が姿を現したようだ。うん、普通にホラーだね。

 ……ああそうか、感じてた違和感の一つは音か。これだけ派手に暴れているのに咆哮どころか断末魔すら聞こえない非生物的過ぎる無言の襲来、改めて考えれば不気味すぎる。



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