演習
それはそれとして、表面上は貴族的に交流しているうちに教官から集合がかかった。まずは社交科戦技科ともどもある程度の人数に分かれるらしい。どうやら騎士団規模の護衛じゃなくて、臨険士がやるような護衛依頼規模での実践がメインのようだ。ネイルズとかドランツ――は別に明言してなかったっけ? ともかく学生も普通に臨険士やってるみたいだし、そっちの方が需要は高いだろう。
とりあえずさすがは社交科、いわゆる『はーい、〇人組作ってねー』って状況でもあわてず騒がず当然のような顔で四、五人の学生グループに分かれる。そこへ講義中には珍しく使用人の人たちが合流してるけど、これも『襲撃の際に使用人対して適切な行動をとる』ための講義の一環ってことで例外的に参加してるわけだ。おかげで護衛対象はそれなりの人数になるから、より実戦に近くなるって寸法だね。
そしてボクたちのグループの内訳は、護衛対象のエリシェナは当然として、テロの現場に居合わせたことから事情の説明を余儀なくされたリュミアーゼ。ここまでは順当だけど、そこになぜか当然の顔をして加わってきたフィリプスの四名プラスお付きが三人。
いやまあ講義内容的に定員割れするとまた勝手が違ってくるだろうから仕方ないっちゃ仕方ないけど、表面上女子三人のところにしれっと混ざれるとかどんなメンタルしてるんだか。けどなぜかエリシェナもリュミアーゼもそれが当たり前って顔してるから、おまけのボクとしてはどうにも異論を挟むに挟めない。
そして軽く談笑してから班分けが終わった戦技科組へと合流。明らかに社交科の総組数に足りてない感じだけど、攻守を入れ替えつつ何度もローテーションするから問題はないらしい。
「さて、改めて今回の合同演習についてですが――」
具体的な講義内容について講師代表のグリンディア女史が説明したことを要約すれば、今回はこの世界では一般的な乗合馬車くらいの護衛を想定しているとのことだ。まあ野盗に襲われた時の心得なんて身分の上下くらいじゃ早々変わらないだろうかね。
まず用意された三台の幌馬車にそれぞれ社交科の学生が乗り込み、馬車ごとに異なるルートで進みながら防衛側の戦技科学生が護衛、襲撃側の学生は好きな場所とタイミングで少なくとも一回は必ず攻撃すると。
割と厄介なのは襲撃側の担当馬車が特に決まってないってことかな? 最終目標が乗客想定の学生に配布されるペンダントの奪取だから、ぐるっと回って戻ってくるまでの間に達成できれば襲撃側の勝利だから波状攻撃で消耗を狙うなんてこともできるだろうし。当然一つでも取られた時点で乗客護衛側の判定負けだし、全員分取られれば完全敗北だ。逆に守り切れれば残存戦力に関わらず勝利になるわけだね。
あとは、審判として馬車についてくる戦技科講師に重症判定喰らったら攻守に関係なくその道中は戦闘参加不可のようだ。じゃないとゾンビアタックできちゃうもんね。
そんな感じで一通り説明を聞き終えたところで、早速講義開始と相成った。ちなみに特に何か話し合いをしたってわけでもないのに、社交科組のトップバッターの中にごく当たり前のようにボクたちのグループが含まれている。暗黙の了解か何かなのかな、貴族社会マジでわけがわかんない。
「まずはよろしく頼む」
「護衛役はドランツの組ですか」
「不服かな、ウル嬢? 確かに君に比べれば頼りないだろうが」
「いえいえ、戦技科四天王の一人に守ってもらえるから一安心してるだけですよ」
「……その呼称はできれば遠慮したいんだが」
からかう目的でことさら『四天王』を強調すれば、恥ずかしいのか誇らしいのか何とも言えない微妙な顔で頬を掻くドランツをしり目に、護衛役に着く他の戦技科の面々に軽く挨拶しつつ、年季の入った幌馬車に乗り込んで出発進行。ちなみに御者はフィリプスの付き人だ。聞いたところ付き人をやってる人は大体御者もできるらしい。個人で多技能必須とか臨険士もかくやって職業だね。
「ところでウル嬢。君ほどの武人ならば守られる側になるという経験は未知かと察するが、我々のような立場からの助言は必要ないだろうか?」
「護衛の経験はありますから、どうした方がいいかくらいはわかりますよ」
対面に幌馬車の中とは思えないほど優雅に腰掛けるフィリプスがありがたくもおせっかいを焼いてきたので、こっちも丁重にお断りしておく。一応予習というか事前に講師から被護衛者の模範行動を解説されもしたけど、こちとらそれ以前に現役の臨険士で、ついでに言えば守護が本懐のマキナ族だ。護衛対象にどうしてもらえば戦いやすいかなんてカラクリ時代から延々シミュレートしてるから、それを当てはめればいいだけ。何だったら護衛役の動きから最適行動を察するくらいできる自信は山ほどある。原則はただ二つ、『迂闊に動いてバラけない』『離脱できる隙を逃すな』だね。
というか実のところボク以外の社交科関係者は自衛許可が出てたりする。そりゃそうだ、命の危険に身を縮めて震えてるだけなんて軟弱者が少数派なのがこの世界だ。だからこそ窮鼠の反撃を覚悟で身ぐるみ剥ぐより、積み荷の一部で手を打つ無法者の割合が高いんだとか。
そして即行ヤサを変えないと近代化しかけてる騎士団が飛んでくるという、山賊には厳しい世情から全体的に見れば魔物被害に比べたらかなり少なくなっていってるっていうね。だからと言って学生に魔物けしかけるわけにもいかないからこういう形式の講義なんだろうし、可能性が皆無ってわけじゃないから無駄になるわけじゃないだろう。
「さすがは生粋の戦士というだけあるのだな。であれば門外漢は無粋な口をつぐむとしよう。しかし仮想とはいえ旅路の途上で事が起こるまで静寂を保つというのもらしくはない。そうは思わないかな?」
「襲われることがわかっているならそういうこともあるんじゃないですか?」
「確かにいつとも知れぬ襲来を楽観視するのはあまりにも愚かであるが、武人である君とて旅路の始終で常に気を張っているわけではなかろう。であれば有事に備えた適度な緩みを持つ心構えは、此度の講義の趣旨に沿っているのではないだろうか」
んー……要は『襲撃まではゆっくりお喋りでもしよう』ってお誘いかな? まあ一理あるっていうか臨険士ですらオールウェイズ戦場みたいな気の張り片してるヤツはいないだろう。四六時中暗殺者に狙われてる要人の護衛ならその限りでもないだろうけど、そんな物騒すぎる依頼は山賊面のプラチナランクにでもぶん投げておけばいい。
それはそれとして、現在も絶賛『探査』を起動中なボクからしたらどのタイミングで襲撃があるかなんて一目瞭然だ。というかすでに襲撃待機中らしい学生の反応は補足済みなわけで、たかだか学生のための講義程度に緊張しろって方がムリな話。
それでもあるかもしれないガチのテロには備えているものの、ボクに奇襲を仕掛けたかったら半径三百ピスカよりも外から超高速で狙撃なり爆撃なりするしかないわけで、この世界でそんなことができそうなのはイルナばーちゃん由来のオーパーツくらいだ。つまり、余裕綽々な現状でおしゃべりに付き合うくらいはやぶさかじゃない。
「別に構わないですけど、フィリプスが好きそうな話ができるかはわからないですよ?」
「なに、そう気構えることはないとも。君の口から我が親愛なるエリシェナ嬢の昨今における武勇伝などあれば聞かせてもらいたいと思ってね。私が学院に来てからは疎遠となってしまっていたのだが、この機会に是非とも頼みたい」
おや、このイケメンったら乙女のプライバシーをご所望とのたまわれる? 虫除けとしてちょっと警戒度上げておくけど、それはそれとして普段の様子を赤裸々に語られて慌てるエリシェナが見てみたくもあったり。
「あら、フィリプス様。わたしのことでしたらご自身でお確かめ頂けているはずかと存じますが」
「無論この目と耳で確かめてはいるが、君のことだ、私の前では見せぬ姿も心許す者の前でならばと思うはそう的外れでもないだろう。なあ、ウル嬢?」
「僭越ながら、わたくしもエリシェナ様の普段とは異なる振る舞いというものに心惹かれるものがございます。よろしければお聞かせ願えませんか、ウル様?」
チラッと視線を向けたのをどういう意味で捉えたのか、隣に腰掛けてる依頼主様はニッコリ笑顔で牽制打を放つも、同じく貴族スマイルの切り返しに加えてフィリプスの隣から心持ち身を乗り出すようにしてリュミアーゼも参戦。まさかの同姓が相手陣営ということで旗色の悪い出だしだ。
「わたし程度の日常など、お二方ほどの方にお話聞かせるようなものでもありません。この場の無聊の慰めには程遠いかと存じます」
「ふむ、そこまで言い募られるとなればなおさら気にかかるな。よもや君が父君に誇れぬ真似をするとも思えないのだが、これでも幼少より親しい血縁者ほどに思っているのだ。ここは心配性な兄を安心させるためと思ってはくれまいか」
「エリシェナ様ほどのお歳でこれほど高潔かつ誇り高い方はそうそうお見掛けいたしませんもの。普段からして年長者であるわたくしどもでも見習うべきことは数あるかと存じますの」
「……フィリプス様やリュミアーゼ様ほどの方にこのようにまで想われるとは、わたしはなんと果報者でしょうか。未熟者の日常などお耳汚しにしかならないことは承知ですが、それほどにお望みなのでしたらご笑聞下さいませ。ウル様、お手数ですがどうぞよろしくお願いします」
どうも年上二人に結託されては分が悪いって判断したのか、思った以上にあっさりと引き下がった様子のエリシェナ。貴族らしい相手を褒めそやすような言い方だけど、なんとなく『疚しいことがないなら断る理由もないよね?』ってニュアンスは感じ取った。なんという褒め殺しコンボ。貴族ってプライバシーのへったくれもないのかな? その辺はむしろ臨険士の方が進んでるってどうよ。
「えー……話してもいいってことですよね?」
「はい。わたしに恥じることなどありませんので、ウル様がお話しできることでしたら遠慮なさらずお話しくださいませ」
念のため確認してみれば、いつもの笑顔で言葉の一部をわずかなイントネーションで強調した応えが返ってきた。えーっと……ああ、そういうことか。
なんかフィリプスもリュミアーゼもボクがエリシェナの腹心みたいに思ってる節があるし、実際それなり以上に仲良くしてもらってる自覚もあるけど、実のところというか当たり前としてエリシェナの接点って言うほど多くはないんだよね。なんせこちとら普段は気ままにさすらう臨険士なわけで。
だから普段の様子なんて言われても、せいぜい冒険譚に目を輝かせたり、独自に集めた臨険士情報をまとめたオリジナル事典を自慢するような英雄譚愛好家ってことくらいだ。見た目に反した隠れお転婆なのはフィリプスもとっくに知ってるみたいだし、それが過ぎて邪教集団にさらわれた話は、関連するのが国家機密級ってことでガイウスおじさんから直々に口止めを食らってる――つまりは話せない話題なわけで。
なるほどこうして客観的に考えてボクが話せる内容ってことなら、エリシェナにとって大きな痛手になるようなものはない。それなら無駄に反発するよりは素直に話して先輩たちのご機嫌を取ろうってところだろう。
なるほどなるほどぉ……なら、遠慮なくボクが知るエリシェナについてお話してあげようじゃないか!
「いつもならよく冒険話をせがんできますよ。大した話はできないんですけど、それでもこう目を輝かせて聞いてくれるもんですから、ボクも楽しくなるんですよ。他にもお互いに知ってる物語を話して聞かせたり、どこがおもしろかったとかを話し合ったり。最近のお気に入りは『旋風の騎士』と『ビョルン放浪記』なんだとか」
「なるほど、相も変わらず冒険を好むのだな。貴族の子女としてはもう少々手芸などに精を出すならば心安らぐものなのだが」
「語られる英雄方の生き様を幾通りと刻んだがゆえの在り様ですのね。そして理想のままに振舞うことのできる志、感服いたします」
そんな前振り話に苦笑気味のフィリプスと言葉通りに感動した様子のリュミアーゼ。感想が対照的なのは男女の感性差なのかな?
「英雄好きが高じてそんな風に生きようっていうところは素直にすごいと思いますよ。ただ、ボクとしてはお婿さんになる相手が心配ですねー」
「ウル様?」
おっと、話題に不穏な空気が混ざり始めたのを敏感に感じ取ったのかエリシェナが首をかしげた。だけどここは待ったがかかる前に攻める場面!
「エリシェナの好みに口を出すのもどうかと思いますけど、身分なんて二の次で、周りにどう思われようと自分のやりたいことを最優先に行動する腕自慢は貴族社会には合わないんじゃないかと思うんですよねー」
「ウ、ウル様、何を根拠にそのようなことを――」
「時々寝言で『自由なあなたを縛る枷にはなりたくないのです』とか『あなたの愛に偽りはなくとも、見果てぬ世界に勝ることはないのでしょう』とか言ってるんですよ? どっちもお気に入りに出てくる英雄の恋人役になる貴族令嬢の台詞ですよね?」
「ウル様ぁ!?」
予想外の暴露に珍しく素っ頓狂な悲鳴を上げるエリシェナ。いやだって寝たふりしてるだけで眠らないマキナ族は頭の中で趣味に興じていても、耳を澄まさないと聞こえないくらいのウィスパーボイスでも静かな夜に狭い部屋の中でなら拾えちゃうわけで、つまりは『ボクが話せるエリシェナの普段の様子』にバッチリ含まれちゃうんだよねー。
夢に見るほどとかどれだけ好きなんだって感心するし、その大部分が物語のセリフっぽいのには呆れもするけど、判明しているだけでも割とあからさまな共通点があるんだよね。
それがズバリ、『主人公と親しくなるけれど、最終的に自分の立場に殉ずる貴族令嬢』っていうメインサブ問わないヒロインポジの子の台詞ってこと。もうめっちゃ露骨にリアルの自分重ねてるよね? しかも悲恋系よりめでたしめでたしなのが気持ち多めな時点でねぇ……とりあえずカイウス、君のお姉ちゃんは結構こじらせてる気がしなくもないけど、いろんな意味で負けるんじゃないぞ!
「エリシェナ嬢……いや、もはや何も言うまい」
「フィ、フィリプス様!? いえ、これはその、わたしの好悪と責務としての婚姻においては並べるものではないと存じておりますからして、それが本意というわけではなく!」
「その……出過ぎた口かとは存じますが、エリシェナ様であればフィリプス様のような殿方こそ伴侶としてふさわしいかと」
「そのように評してくれることは光栄だが、リュミアーゼ嬢、残念ながらこれほどの娘と共に歩める自信が私にはない。なまなかな者ではその目に適うことも難しいとは思っていたが……父君の苦労がしのばれる」
「お二方とも!!」
呆れ半分ながらもどこか生暖かい目を向けてくる二人に堪らず悲鳴を上げるエリシェナ。いつもおすまし顔がデフォルトだから、頬を赤くして慌てる様子がいいギャップになって可愛いねー、眼福眼福。
そんなプチカオスな騒ぎは当然馬車の外にも漏れるわけで、何事かと護衛役の戦技科学生が何人か中を覗き込んでくる。お貴族様としては珍しい醜態に興味が湧くのはわかるけど、いいのかな? そろそろ来るよ?
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