警戒
気づいたら評価が1000ポイント超えました! これが宣伝の力……。w
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日も登りきらぬ早朝、用意された宿泊先の執務机に向かい、目覚まし代わりの熱い茶を啜りながら資料を繰る。記載された内容は此度の議会で各国が持ち寄った議題であり、ずらりと羅列されている概要を今一度見直す。
四年に一度開催される大陸大議会、首脳国の代表が揃わない昨日までは前座のようなものだ。昨日ようやく最後の一国の代表が到着したのであるからして、しかるに本日よりが議会の本番となる。
事前の根回しと議題から伺える各国の思惑、王国の利益と展望から考える最良の道を改めて精査しているところへ足早にやってきたマイルズから声がかかった。
「旦那様、お手紙が届きました」
「国許か? 今更大きな変更などできんと言うのに……後にしろ」
王国に重大な変化が発生したなどと言う報告は一切聞いておらず、またその兆候すら見受けられない。ならば此度の議会において、我が国の指針に揺るぎはない。多少の変容ならば全権公使たる私の裁量の範疇であり、わざわざ指示を仰ぐまでもない。まったく、出立前に可能な限りに要綱を詰めた上で私に全権を委任しておきながら、今更何を煩わせようというのか。
「それが、学院のお嬢様からのもので――」
「今すぐによこせ」
だが差出人がエリシェナという時点で即刻前言を翻し、マイルズの手にあった便箋をむしり取るように受け取った。最愛の娘からの手紙であればあらゆる書類に優先されることは当然だが、そも聡明なエリシェナは、公用のある私の手を煩わせることを良しとしない健気さをも持ち合わせているのだ。なんというできた娘であろうか。これ以上に愛しい存在はない。
にもかかわらず手紙を寄越したということは、その手に余る事態に直面したか、配慮を曲げてでも伝えなければならないと判断したことがあるのか。いずれにしても緊急事態であることだけは違えようがない。
果たして、美しい文字が語るのは予想以上の事態だった。昨日街へ繰り出しているうちに自室へ仕掛けられていた爆発物、時間経過または不用意な解体時に発動するよう組まれた『爆破』の術式を『隠蔽』で内包した高度な魔導器、そしてウルが下手人と断定した、過去幾度か『悪魔』の召喚に関与が確実な邪教徒の女。
「ふむ……」
エリシェナが危うく爆殺されるところであった事実に荒れ狂う内心をどうにか鎮めつつ、書かれていた内容を吟味する。ウルによってオブリビアン寮内に同様の爆弾が仕掛けられていなかったことを確かめられたと言うが、そもそもそんなものが一つでも学院の施設に、いわんや貴族寮とも呼ばれる場所に仕掛けられたという事実がすでに問題であった。
オーラル専修学院は広く門戸を開いているが、在籍するためには提示される難度の高い試験で高い能力か将来性を示さねばならない。そんな選ばれた者が各地から集う学び舎は九商都連盟も大いに力を入れており、その威信をかけた警備は大国の王城にも匹敵しようかという水準である。事実として魔導大国たるブレスファク王国からは、発表間もない最新の警備用魔導器を一切の躊躇いなく購入する、一種の得意先として知れ渡っているほどである。
そんな場所の、各国の貴族子女が集合する最優先警護施設へ爆弾を設置。しかも大半の学生が街に繰り出す休日に、ブレスファク王国からの留学生を一点に狙ったとしか思えない仕掛け。今回たまさか運に恵まれた腕の立つ侵入者があったとするよりは、学院のうちに手引する者がいるとする方が状況的に辻褄の合う事態である。
前代未聞の由々しきことではあるが、この状況には疑問もある。魔力波長による個人の特定と言った想定外の手札により下手人は割れているが、そんな未だ机上の空論でしかないはずの技術を度外視しても、態々内通者の存在を示すような行動をとったのか。獅子身中の虫というものは、存在そのものを認識されていない状態こそが最も望ましい。少なくとも私ならば迂闊な理由で尻尾を出させるなど言語道断である。
「となれば……」
裏で糸を引く者は今この時にあえて行動を起こした、もしくは行動を起こさざるを得なかった。であるならばその理由がある。
狙いはエリシェナ、おのれ許すまじ――落ち着け、そうではない。二つある寝台の下にそれぞれ仕掛けられていたのならば、狙いはブレスファク王国からの留学生二人。予想される爆発の規模は、寮の部屋であれば上下に二部屋は残骸と化すほどとの見解からして殺意の高さがうかがえる。となれば目的は『抹殺』に他ならない。
では抹殺を実行する対象がなぜあの二人であったのか。言ってしまえば仮に二人が死したとして、大局的に見れば影響は少ない。ブレスファク王国筆頭公爵家総領を弑することで発生する混乱が狙いとするならば、他にも有用な対象は片手に余るほど存在する。奇襲と言うものは初手で最大の効果を狙わねば、以降は対策がなされるゆえに意味がない。
ここまでであれば情報が足りずに無為な時間を送ることになったであろうが、そこにウルが因縁を持つ相手という要素を加えれば見方が変わる。幾度か大掛かりな仕込みを行った者と、それを肝心の大詰めでことごとく台無しにした者。本人曰く『偶然居合わせた』とのことではあるが、思惑をことごとく潰してくれた確かな実績を持つ人間が再び居合わせたならば、私でなくとも警戒する。可能ならば排除に動くであろうことは想像に難くない。
つまるところ、此度の凶行の狙いは二人の留学生ではなくウル個人。それぞれの寝台に爆弾を仕掛けたというのも、どちらがどちらを使っているかの確認を省くと共に、二重の爆破によっての確殺を意図してのものであろう。結果的に同室となっているエリシェナはとばっちりと言ったところか。ふむ、一度奴を締める必要があるな。
そしてより重要なのは、これらから導き出される結論。
学院に内通者がいるならば、奴の滞在が月二つ程度であることは知れるはず。ならば最良の手はその間息を潜めて邪魔者をやり過ごすことである。これならば秘していた手の内を晒すことはなかった。しかしそうはせず、強硬的な排除に踏み切った。
ならばそれは逆説的に、かの者共が『ここ二月の間に大きな事件を引き起こす予定』であることの証左に他ならない。
そしてその計画は、二月という遅延が許されないもの。それが見事に大陸大議会の開催期間と重複していることに思い至れば、多少の知恵が回るものであれば答えは自ずと明らかになろう。
「――マイルズ、至急用意を整えろ。そしてグラフト帝国大使の滞在先に先触れを出せ。それと、九商都連盟の代表へ、議会に先だって緊急の面会を申し入れろ」
「かしこまりました、旦那様」
即座に行動を取捨選択し、腹心に指示を出しながら手早く返信をしたためる。妙に聡い奴のことだ、同様の結論に達しているだろうが、今その手元には最愛の片割れがある。あのお転婆に釘を刺す意味も含めて念を押すくらいは当然であろう。
「――これを可及的速やかにエリシェナへ」
すでに支度へ向かったマイルズとは別の使用人に手紙を託すと、冷めきらぬ茶を一息に飲み干し席を立つ。大事の前の小事であろうが、悪漢共はすでに行動を起こした上で失敗した。ならば国の対応が間に合わぬうちに本命のために動くことは確実。ここからは寸暇が惜しい。
本格化する議会を前にしての緊急事案とそれに伴う繁忙。常であれば舌打ちの一つも飲み込むが、しかし此度の場合においてはさにあらず。
「貴様らはすでに三度も過ちを犯した」
一度目、私の膝元において最愛の二人を悪魔の贄とすべく拐した。この時点で極刑に値する。
二度目、帝国武闘大会にて悪魔のもたらす滅びの中に最愛の二人を含めた。この時点で万死に値する。
そして三度目、共に訪れた旅先にて事のついでとしてエリシェナに死を齎そうとした。この時点で死すらも生温い。
「この時代に生まれ出でたことを、魂に染み渡るほどに後悔させてくれよう」
自らに宣言するよう呟くと、私の戦場へと躊躇うことなく歩みを進める。
例え相手が『邪霊』だの『悪魔』だのを生み出すような狂人共の集団であろうが、そのようなことは些事である。かけがえのない子らを幾度も危機に晒された親からの報いとして、私の全力を以てその思惑ごと完膚なきまでに叩き潰してくれよう。
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ある意味ドキドキハラハラな休日から三日。ボクとエリシェナは日替わりでいろんな学科を体験してきたけど、本日はちょっと特別な講義ってことで再び社交科として出席することになった。
「やあ、エリシェナ嬢、ウル嬢。きっと来るだろうと確信していたよ」
「ごきげんよう、フィリプス様。もちろんのこと、優秀な成績を収められていらっしゃる先達からのお勧めですもの。限られた学びの場で多くを得ると望むならば、決して外すことなどできません」
「素晴らしい心がけだな。これも父君の教育の賜物なのだろう。その責にふさわしき傑物が王国の要とあることは、我が王国の誉れだ」
「ありがたく存じます。わたしにとっても良き父であり、良き師であり、いずれ並び立ちたいと望む目標です。フィリプス様から過分なお言葉を頂き、我がことのように嬉しく思います」
昨日オブリビアン寮でお誘いをかけてくれたフィリプスにエリシェナが挨拶している間、それとなく集合場所を見渡しておく。各種寮が立ち並ぶ一帯にほど近い広場には、前回の講義で見かけたのとほとんど変わらない顔ぶれの社交科学生及びその使用人、そしてその倍くらいの戦技科所属の学生たちが、それぞれ学科に分かれて和気あいあいとした雰囲気を醸し出していた。社交科の学生はそろいの制服、戦技科の学生は個人個人に合わせた動きやすそうな服装だから、違いは一目瞭然だ。
なんで社交科の特別講義なのに戦技科の学生までいるかと言えば、それは今回の講義が社交科と戦技科合同でやる実施する護衛訓練だからだ。戦技科は学生が襲撃組と防衛組に分かれての模擬戦を、社交科の学生は被護衛対象として、もしもの時の心構えや望ましい行動なんかを学ぶ絶好の機会ってことらしい。
確かに護衛任務の実践なんてそうそうできないだろうから、講義の一環としてシミュレーションするのはありだろうね。護衛するにしても普通の戦闘と比べたら勝手が違うし、守られる側が守りやすいように行動してくれたらだいぶん違うだろうし、襲撃側に回ってもその視点で物を見られるようになったらかなり有利だと思う。
「――ごきげんよう、フィリプス様、エリシェナ様。本日は社交科としてご参加されるのですね。共に学ぶ機会に恵まれ、とても嬉しく存じ上げます」
「良き日だな、リュミアーゼ嬢。こうして我々が顔をそろえるのもなかなかにない機会だ。今回は一つよろしく頼むとしようではないか」
「ごきげんよう、リュミアーゼ様。優秀な方の背を間近に見ることができることは得難いものと心得ております。不肖の身でありますが、お二方にご指導いただけるとなれば幸いと存じます」
「わたくしも未だ学ばせていただく身ですが、先達として恥じぬよう心掛ける所存ですわ。もっとも、ウル様ほどの方がいらっしゃるならば、わたくし共に危難が迫るなどということにはならないのでしょうけれども」
そして合流してきたリュミアーゼと盛り上がってるみたいだけど、なんか期待されてるようだから先に釘を刺しておかないと。
「それが、さっき戦技科の講師から『君は今回守られる側なのだから、くれぐれも戦闘に参加しないように』って念入りに釘を刺されました」
「あら、それは由々しきことですわ。いかなる理由があってそのようなことをおっしゃられたのでしょうか」
「文字通り戦いにならないからだと思います」
なにせ戦闘参加者のトップクラスを軽くあしらえるってことはもう周知されてるんだ。今回は社交科扱いだから戦うにしても基本護衛側に回ることになるだろうけど、そうなれば突破不可能の鉄壁が確約されるわけで、襲撃側からはやる気を、護衛側からは緊張感を奪うこと甚だしいことだろう。これが実戦なら遠慮なんてしないけど、授業の一環なんだから学生たちを優先した方がいいのは明白だよね。
「だから、ボクに期待はしないでくださいね」
「ウル様はとてもお強いですから、仕方ありませんね」
「ふむ、噂の一騎当千もかくやという大立ち回りを見ることが叶わないのは残念だが、そうとなれば我々も緊張感をもって臨めるというもの。改めて気を引き締めるとしよう」
そんな感じで表面上和やかに応対してるけど、実のところ内心はかなりの警戒態勢だったりする。いやだってまさかの相手からピンポイントでテロされかけて警戒するなって方がムリな話じゃん。しかも翌朝一で公爵閣下へ届けてもらった手紙に速攻で返事が返ってきて、『近々また動きを見せるはずだから警戒を怠るな』なんて言われたし。スパイがいるんだろうなーってことは薄々察してたけど、再襲撃に関しては言われてみて思い至ったんだよね。さすが現役公爵様、目の付け所が違う。
とりあえず学院内に例の邪教女がいる可能性が高いから『探査』の反応にはいつもより注意を向けてるけど、普段の範囲じゃ個人の魔力まで特定できる精度はないのが悩みどころ。同定しようと思ったらその反応に対して最低限意識が向いてないとだけど、直接視界に入るか『探査』上でよっぽど特徴的な動きでもしない限り厳しいんだよね。さすがに会話できる距離まで近づけば行けるけど、潜伏中だろう相手にそこまで近づける機会があるとは思えないしねぇ。
なので、できることと言えば普段より目視警戒を頑張ることくらいしかないわけで、普段からなかなか気を緩められなくなっている。
そんな中でこの特別講義だ。実施場所は学院の敷地内にある森で、そこに敷かれている簡素な道を行き来する予定とのことだけど、普段はあまり人が来ない場所とかどう考えてもうってつけだよね。スパイがいるならスケジュールとかもばっちりだろうし、何か仕掛けてくる可能性は高いと思われる。エリシェナにも聞いてみたら見事に意見は一致した。ふっふっふ、来るなら来いってもんさ、返り討ちにしてあげるよ!
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