乱入
「えっと……おれ達のことですか?」
「他に誰がいると思うんだ? そんなことよりも、臨険士ならここの不文律を知らないとは言わせないぞ。早いところ帰りな」
「あの、すみません、何のことだか……」
「何? それでお前達は本部の臨険士のつもりか?」
「いやいや、俺ら昨日オーラルに着いて今日組合に顔出したばっかだぜ? それで暗黙の了解を知っとけなんて無茶ってもんだろ?」
「ああ、なんだ、お前達は『よそ者』か」
なんかよくわからないことをまくしたててきて、リクスたちが別の街から来たってことがわかった瞬間露骨に侮った顔になる青年。
「なら彼女達が着ているのはオーラル専修学院の学生を表す服で、これを着ている相手は緊急時でもない限り臨険士が接触を持ち掛けるのは厳禁だ。この街でまともに臨険士として活動したければ、この二つを覚えておくことだ」
へぇ、ここだとそんな決まりがあるんだ。
まあ学院に入れるって時点である程度資産とか能力とかその辺が保証されてるわけだし、年齢層が幅広いって言っても青少年が多いしね。下手したら他国のお偉いさんの子供もいるわけで、そこによからぬことを考えて近づくと国際問題にも発展しかねないよね。だから事前に厄介ごとを防ぐ意味も含めると、基本不干渉って言うのは当然なスタンスかもね。
それにしても態度といい言い方といい、本人はどう思ってるか知らないけど、こいつ割とナチュラルにむかつくね。向こうが知らないだけなんだろうけど、ここにいるのほぼ国外出身だよ? まあお嬢様なボクらはカウント外なんだろうけど、ロールプレイしてなかったらとっくに殴りかかってたかも。
そしてそんなやり取りを傍で聞いたエリシェナは、小さく首をかしげるとほんの少しだけ視線を飛ばした。そしてそれをまるで知ってたかのように受け取ったリュミアーゼがかすかに首を横に振ってみせると、小さくうなずき返して何事もなかったかのように青年の方に向き直る。ここまで約三秒、知り合って間もないはずなのにアイコンタクトが成立するって……貴族の特性なのかな?
「どなたかは存じませんが、ご心配には及びません。こちらの方にはわたしの知人ですし、わたしどもの方からお声がけしたのです。先ほどおっしゃったことが気の荒い方からわたしども学生を守るためのものであるのなら、問題はありませんわ」
「ああ、そうだったのかい。なら、こんな駆け出しでなくオレが代わりに話を聞こう。その方が君達も満足できる結果になるからね」
そんな感じでエリシェナがリクスたちに非はないことを申告すれば、どういう理屈か知らないけど自分を売り込もうとしてくるし。そっちから絡んでくるのってご法度なんじゃなかったっけ? それとももう話し始めた後だからセーフなの? ギャラリーの一部から若干忌々しそうな視線を向けられてるの、気付いてる?
「そうおっしゃられましても、わたし共では知己の方でなければ期待に沿っていただけるかがわかりません。何か根拠がおありなのでしょうか?」
「さっき見てたけど、彼らはよそのカッパーランクだろう? オレはジェダス、本部に所属している臨険士だ。まだカッパーランクだが、本部の臨険士は他よりも選りすぐりだから、他の支部ならシルバーランクでも通るだろう。年頃を見ても、当然こっちの方が圧倒的にいろいろな経験をしているさ」
なんか青年――ジュダスは得意そうに持論をぶち上げてるけど、そんな調子だとエリシェナがボクの方をチラ見したの気づけてないよね? うん、数はともかく濃さで言えばボクも結構なもんだと思うんだよねー。もちろん一緒にいたリクスたちも相応の経験はしてるわけで。
「おいおいジュダスさん、支部か本部かで同じランクでも扱いが違うなんて初耳だぜ? あんたが勝手に言ってるだけじゃないのか?」
ここまで侮られた言い方をされて、さすがに黙ってられなかったらしいケレンが露骨に言い返したけど、対してジュダスは露骨に鼻で笑って馬鹿にしたような目を向ける。
「これだからよそ者は……いいか? 臨険士組合では支部で手に負えないような依頼が発生した時、本部に人員の派遣を要請することになっている。それを受けて本部所属の臨険士に依頼が発行されて、各地へ赴くことになるわけだ。つまり、ここには支部よりもずっと優秀な臨険士が集まっているということに他ならない。わかったか?」
へー、そういうシステムだったんだ、臨険士組合。いや、でもそれって別に本部所属の人材が豊富ってだけで……やめとこ、ボクが言っても絶対余計面倒くさく――
「あれ、でもそれだけなら別にジュダスさんが実力者だっていう証明にはならないんじゃ――」
言っちゃったー! まさかのリクスが言っちゃったー! いや見た感じふと疑問に思ったことを素直に口にしちゃったような顔してたし、言ってから気付いて『マズい!』って顔で慌てて口をつぐんだから、本人としても他意はなかったんだろう。
ただまあ、ジュダスからしてみれば完全に煽りだよね。実際無駄によく動く口がピタリと止まったし、さわやか風なドヤ顔の目元がヒクヒク痙攣してるし。たぶん同じことを指摘しようとしてたんだろうケレンなんか噴き出すのを慌てて堪えてたし、天然って怖いね。うん、グッジョブだよリクス!
「お尋ねしますが、ウル様。こちらの方の実力はいかほどなのでしょうか?」
「うーん、そうですね……」
そしてジュダスのヘイトが完全にリクスへ向かったのを見計らったかのように、何かしら期待のこもった視線と共に話を振ってくるエリシェナ。なんとなくだけど、いたずらを仕掛ける子供みたいに見えるのは気のせいだろうか?
とりあえず口調を切り替えつつ、ひとまずジュダスをじっくり眺めてみる――風を装って大急ぎでため込んである戦闘データを検索。いやだってボクは強いけど、あくまで『兵器』で『武人』ってわけじゃないから、立ち振る舞いから実力を推し量るなんて達人芸ができるはずもない。できるとしたらログから類似のデータを拾ってきて、実際に戦ったらどうなるかを脳内シミュレーションするくらいだよ。
「キミの得意な得物は何ですか?」
「……槍だよ、お嬢さん」
とりあえず自己申告を目安にカッパーランクの上の方からシルバーランクの下の方までのデータを拾って、さらに得意武器から戦闘スタイルを絞ってデータをピックアップ。それに最新データの仮想リクスと仮想シェリアを用意して、一対一を想定して片っ端から戦ってもらった。なお純後衛のケレンはやるだけ無駄なので省略とする。
ここまでおよそ十二秒。その結果――
「まあ、リクスでも負けはしないくらいですかね」
「ぬぇ!?」
いきなり批評の基準にされて驚いたのか、変な声を出したリクスを険しい顔でにらみつけるジュダス。
「……オレがこの駆け出しみたいなカッパーランクに実力で劣ってるって? 学院生だからってあまり調子に乗っていると、ろくなことにならないよ、お嬢さん」
「臨険士ならなおさら調子に乗るのはよくないですよ? まあ、キミの戦力を完全に理解したわけじゃないですし、勝負に絶対はないですけどね」
とりあえず予防線を張りつつボク流貴族風に『ブーメラン乙』って言ってみたけど、通じたのかそうでないのか、明らかに険のこもった目で睨みつけてくるジュダス。まあロヴの山賊面に比べたらかわいいもんだからどうとも思わないけど、そっちは手出し厳禁な学生にそんな敵意満々でいいのかな? 周囲の視線、さっきよりも厳しくなってるよ?
「……確かめてみればいいじゃない」
そしてさらに何か言おうと口を開きかけたところで、機先を制するかのように差し込まれる静かなシェリアの声。
「なんだと?」
「……あなたも臨険士なんでしょう? 模擬戦でもして、確かめてみればいいじゃない。あなたじゃ勝てはしないでしょうけど」
わーお、涼しい顔して煽るねぇシェリア。ここまでいつも通り我関せずみたいに黙ったままだったけど、実はけっこうイラっとしてたり?
「言われなくとも! おいお前、訓練所に来い! 格の違いを教えてやる!」
「え、いや、あの――」
そして流れで勝負を申し込まれたリクスは、目を白黒させて何か言い募ろうとした。けどジュダスは一方的に宣言した後は踵を返して、足音荒く建物の奥に向かったから聞く耳持つかは怪しいね。
「おれ、そんなに強い訳じゃないのに……」
「なーに言ってんだよリクス。ウルお嬢さんのお墨付きまであるんだぜ? いっちょ遠慮なく実力を見せて来いよ! 美少女二人からの期待に応えられなきゃ、男が廃るってもんだろ?」
「期待……そうか。よ、よし、頑張ってみるよ」
呆然とジュダスの後姿を見送っていたリクスだけど、そこへケレンが首に腕を回すようにしながら激励されたことでやる気が出たようで、一瞬ボクとシェリアに視線を向けてから目を閉じ、気合いを入れなおすように一度深呼吸したかと思うと、席を立ってジュダスの後を追った。
「リュミアーゼ様、わたし達も見届けに参りませんか?」
「またとない機会でしょうし、是非ともご一緒させてくださいませ」
諸々煽った組は当然のように、リュミアーゼも興味は尽きないようで後に続く。そしてここでもたむろしてた臨険士までゾロゾロとついてくる。よっぽど暇なのかな、曰く他より優秀な臨険士の皆さん。
そうしてやってきました訓練所。まあ組合じゃお決まりのスペースだけど、例に漏れずレイベア支部とは規模が違う。そもそも屋内と屋外があるようで、さらに屋外には小さい林とかいろいろな障害物が置かれたエリアとか水辺を再現した感じのエリアとか、ちょっとした環境を想定して訓練できそうなところが見えるね。さすが本部、力の入れようが違うや。
まあ今回は一対一の模擬戦だから、ある程度の開けた空間があれば問題はないよね。そしてそれなりに利用者がいる中、先に到着していたジュダスとリクスはすでに刃引きした得物を手にして、程よく空いている場所で向かい合いながらそれぞれ準備運動中だ。
「――ぅげっ!」
「うん? ――ああ、ウル嬢じゃないか! まさかここで会えるとは思ってなかった!」
そして訓練所へ足を踏み入れた直後、そんな声が割と近くから上がったから振り向けば、そこにいたのはドランツとネイルズ。彼らも訓練中なのかそれぞれ木剣を構えてるけど、着ているのは学院の制服だ。上は女子のとほとんど一緒のデザインだけど、下はスカートと同色の長ズボンなのが男子バージョン。おかげで実用重視の服を着てる臨険士たちの間じゃ目立つ目立つ。あれかな、本部臨険士の暗黙の了解ってやつを考えれば、多少動きづらくても余計なちょっかいを出されないためなんだろうね。
「え、ウルさん!? どこに!?」
「あ、いたあそこ! ウルさーん!」
「こんなところに来るなんて、やっぱ鍛錬っすか!?」
ドランツの上げた声を聞きつけたらしく、チラホラ混ざってた制服姿が一斉にボクの姿を探しては目を輝かせて手を振ってくる。たぶんどの顔も昨日の戦技科の講義で見たのばかりっていうのが理由だろうね。うん、悪い気はしない。
「いや~、随分と人気みたいですね、ウルお嬢さん?」
「……何が言いたいんですか?」
「いえいえ、これと言って特には」
とりあえずお嬢様っぽく手を振り返してあげてると、ケレンが横からニヤニヤ顔で含みのある言い方をしてきたから、とりあえずそっちは後でしばくとして……まずはみんなからちょっと進み出て、対照的な顔で駆けよってきたドランツとネイルズの相手をしようか。
「改めて意外なところで会えたものだな。いや、実力を考えればむしろ当然かな?」
「けっ、その実力でこんなところ来るとか相当暇だな、お前」
「こんにちは、ドランツ、ネイルズ。自主鍛錬中ですか?」
ネイルズの悪態はスルーする方向で話を振れば、ドランツは相方の態度に苦笑をこぼしつつ頷いた。
「もちろんだとも。昨日はいいようにあしらわれてしまったことであるし、あの時の感触が少しでも残っているうちにとな。ウル嬢の方こそ鍛錬かな?」
「残念だけど違います。もともとは街の散策のつもりだったんですけど、友人の臨険士に会えたものだから、エリシェナが冒険譚を聞きたいと言い出したんです。それで組合に寄ったら少し面倒なのに絡まれてしまったんですよ」
「友人の臨険士と、面倒なもの?」
「あれです」
快活に事情を聞いてきたドランツが首をかしげたので、そこそこのギャラリーに囲まれて対峙する二人を指し示して見せた。そうしたらいつの間にかお互い準備万端になっていたようで、タイミングよく打ち合いが始まる。申告通りに得物に槍を選んでいたジュダスがのっけから殺意満々で鋭く踏み込んで突きを放ち、けれどリクスは慌てることなく体捌きと小盾できれいにいなしていた。
「あれは、確かジュダス・レインスタだったか? それともう一人は初めて見る顔だが、あちらがウル嬢の友人殿かな? どうも手合わせというには気迫が違うように思えるが」
「本部所属だか知らないけれど、友人を侮っていたから軽く煽ってみたんです。そうしたら成り行きで決闘することになりました。まあリクスがですけど」
「まるで他人事のように聞こえるが、いいのか? ウル嬢なら直接相手取った方が早いと思うが?」
「ボクが叩きのめすより、侮ってる当人を倒せない方が受ける衝撃大きそうじゃないですか?」
「なるほど、一理あるな。あとは友人殿の力量か」
「まあ、ジュダスの申告が本当なら、リクスでも負けはしないと思いますよ」
そんなやり取りをドランツと交わす間も、リクスとジュダスの模擬戦は当然継続中だ。ずっとオレのターンと言わんばかりに攻めまくるジュダスと、そんなのいつものことみたいな雰囲気で捌き続けるリクス。パッと見たらリクスの防戦一方かもしれないけど、実のところかなり撃ち込まれてるにもかかわらず、せいぜい掠らせる程度で有効打は一つももらってないのだ。
それもそうだろう。普段から訓練でやり合ってるのは手数とスピード勝負なシェリアとマキナ族なボクだ。実力差からして防戦一方は当たり前で、その上でいかに長くしのぐかを重点的に鍛えてるリクスからしたら、実力の近い相手の攻撃なんて楽なもんだろう。