連絡
投稿開始から一月、先日アクセス数1,000件を超えました。つたないですが、これからもよろしくお願いします。
その後も街を歩き回って目に付く人に声をかけて、そのうち何組かを掃除している内に日が暮れてきた。さすがに夜中までやり続けるのは逆に不自然だろうから今日のところは撤収だ。
集めたゴミを衛生局に持って行って報酬と引き替えてもらい、組合に戻って依頼完了の報告を済ませる。この世界で初めて稼いだお金だ。ちょっと嬉しい。
ちなみに報酬だけど、一抱えはある籠一杯に拾ってきて五十ルミルになった。厳密に言うと最低金額に重量あたりの追加報酬を合わせて四十七ルミル三十一エキューだったけど、初依頼ってことを話したら端数を切り上げておまけしてくれたのだ。衛生局の受付のおじさん、感謝。
やるべきことはやったので混み合いだした組合をさっさと後にして今朝取ったばかりの宿に向かう。
グローリス通りからいくつか路地を経由して到着したのは『紅の木漏れ日』亭。大通りほどじゃないけどそこそこの幅がある通りにたたずむ三階建てだ。ランクは中の下くらい。一階は食堂兼酒場になっていて二階三階が宿泊客の部屋という、この世界ではわりと一般的な店造りとのこと。
料金は素泊まり一拍十ルミルとのことだ。寝るだけで今日の稼ぎの五分の一が飛んでいく計算だけど、幸い軍資金はお小遣いとは別にガイウスおじさんからある程度もらっているからしばらくは心配しなくていい。
店の扉をくぐれば、夕食時だからか食堂の席はそれなりに埋まっているのが見て取れる。さりげなさを装ってざっと見回してみるものの目印を付けた相手は見あたらない。
まだちょっと早いのかな? なら予定より早いけど先にマキナ族の里の方と定時連絡を済ませようっと。
なので一旦カウンターで鍵を受け取って三階の一人部屋に戻った。革胸当てを外して、今朝方置いたままにしていた鞄から無線魔伝機を取り出して作動させた。呼び出し音が聞こえてきて――
〈はい、こちらコハクです!〉
ワンコール目が鳴り終わらないうちに電話番のコハクが応答した。ちょっと早すぎない? 親機の前で待ちかまえてないと無理だよね今の反応。
昨日もたくさん話がしたいからって定時連絡って名目にかこつけて一時間おきに発信してたわけだし、数時間前から正座待機してた可能性も否定できない。これも叱っておく――いや、でも他に迷惑がかかってないなら本人の自由だし、それくらいなら好きにやらせとこう。
「ウルだよ。ちょっと早いけど今日の定時連絡」
〈お待ちしてました! そちらに向かった三人からは先ほど森を抜けたと連絡がありました。おそらく明け方頃には最寄りの村が見えるだろうとのことです〉
「思ってたより少し早いね。無理だけはしないように伝えといて」
〈わかりました!〉
その後も里に問題がないかとかを確認してから通信を終えた。うん、そろそろいい時間かな。
無線魔伝機を鞄に放り込むとフードを被り直して一階に降りた。食堂に入って空いている席がないか見渡しながらもう一度目印を付けた人がいないか探す。うーん、見あたらないなぁ……。
「……この宿で合ってるよね?」
ちょっと不安になって呟きながらも記憶を探れば、一日に一度連絡を取るためにとガイウスおじさんに利用を指定された宿の名前は『紅の木漏れ日』亭で間違いない。聞いていた立地も同じだけど……待ち合わせの場所に相手がいないと合ってるはずなのに妙に不安になるんだよね。しかたない、夕食でも食べながらのんびり待ってよう。
奥まったところに空いている席を見つけて座ると、すぐにウェイトレスの人が注文を取りに来た。とりあえずおすすめの一品を頼んで先払いの料金を払えばにこやかに復唱して厨房の方へと向かっていく。すごいなー、室内なのにフードを取らないうさんくさい客が相手でも全開笑顔だ。昨日の屋台のおばちゃんもそうだったけど、客商売してる人って改めて尊敬するよ。
「すみません、ここ相席しても構いませんか?」
何となくウェイトレスさんの後ろ姿を見送っていると、そんな風に声をかけられた。うーん? さっき見た時はまだ空席があったと――ってちょっと待って今の声って。
慌てて声のした方を向けば、打ち合わせにあった目印の青い羽根飾りが付いた帽子を被ったエリシェナが目の前にいた。
「……なんでエリシェナがここにいるの?」
「ウル様との連絡役に進み出たところ、お爺さまが快く許可してくださいました」
小声で聞けば抑えた音量でそう返事をしてくるエリシェナ。なに考えてんのガイウスおじさん。
とりあえずこのまま放置してたら不自然になりそうだったから向かいの席に座るよう勧めると、こんな街の食堂には不釣り合いな程上品な仕草で腰掛けるエリシェナに改めて問いただす。
「昨日誘拐されたばっかりだって言うのになに考えてるのキミは」
「大丈夫です。お爺さまの指導の元、ちゃんと街の方々に紛れることのできる装いにしてきましたし、護衛の方も付けてもらいましたので」
ホントなにしてんのさガイウスおじさん。
朗らかに言うエリシェナの格好は確かに昨日今日と街でよく見かけた女の人とほとんど同じものだから、確かにパッと見じゃいいとこのお嬢様だなんてわからないだろう。
そしてさりげなく食堂の中を見回せば、ちょうど今入ってきた男の人と目が合って頷かれた。こっちは臨険士風の装備に身を包んだそれなりにガタイのいい体つきで、たぶんこの人が護衛なんだろう。時間差で入店してきたのはエリシェナから少し距離を置いて護衛がいるようには見せかけないためかな。そこまでするなら連絡役をもっと別の人にすれば良かったのに。
「なんでわざわざ連絡役になろうなんて思ったの? 最近の街中は危ないってわかったばっかりじゃないか」
「だからこそです。わたしもレンブルク公爵家の一員。王都に巣くう悪人がいると知った以上、できる限りのことをしたいんです」
呆れながらも周りに聞こえない程度の音量で尋ねればそんな答えが返ってくる。なるほどこれが『高貴なる者の義務』ってやつか。まさかそのまま実行しようとする人に出会えるとは思ってもみなかった。まだ十代前半だっていうのにすごいなぁ……。
「――それに、こんな物語みたいな機会なんて滅多にあるものじゃありませんし」
ねえちょっとそこのお嬢様。最後ボソッと漏らしたの本音だよね? ほとんど聞こえるか聞こえないかくらいの小ささだったけどマキナ族の聴力ナメないでよね? 今さっき受けた感動を返しなさい! ボクも人のこと言えないけどさ!
「そ、それでウル様、本日はどうでしたか?」
ジトッとした目で見つめていれば呟きが聞こえたことを悟ったのか、少し慌てたように本題を切り出すエリシェナ。うん、明らかにごまかそうとしてるよね。もうこの娘の評価『深窓のご令嬢』から『お転婆貴族娘』に変えた方がいいんじゃないかな? 普段がおとなしそうだからまさかとは思ったけど、絶対お転婆の方が本質だこれ。
……まあでも現実に連絡役として来てるんだからしかたない。今日の報告を――っと料理が来ちゃった。
とりあえず報告は後回しにして運ばれてきた木漏れ日定食を受け取る。雑穀パンに鶏肉のソテーとサラダのセットでお値段七ルミル五十エキュー。お得価格でボリュームはそこまでないみたいだから、一般的な食事代は一食十ルミル前後なのかな。何となく物価がわかってきた気がする。
そんな風に目の前の料理から物価を考察している間にエリシェナがウェイトレスさんに同じものを注文していた。いいのかな、貴族のお嬢様がこんな街の酒場で夕食なんかとって。
再びウェイトレスさんが離れるのを待って今日の進捗をエリシェナに伝える。と言ってもさすがに初日だし予定通りに捜し始めたってことくらいしかないんだけど。ああ、ハズレを何回か掃除したことは一応言っておこうか。
ゆっくり料理に手を付けながら一通り報告し終わった段階でエリシェナの注文が届いた。
「ずっとこういう食事をしてみたいと思ってたんです」
昨日公爵家の晩餐で出てきた料理とは数段ランクの低い夕食を前にご満悦の様子なエリシェナ。この娘、あれだね。さっきも物語がどうのって口走ってたし、英雄譚とか冒険譚とか呼んで外の世界に憧れ持ってるタイプの子だね。うん、解せる。
その後は楽しくおしゃべりしながらの食事となった。と言ってもだいたいはエリシェナが読んだ物語でお気に入りの場面や登場人物について生き生きと語るのを聞いているのがメインだったけど。
ただ、その中でボクも面白そうだと感じた話の詳細を求めたりもして、そうするとエリシェナも嬉しそうに事細かく描写を語ったりっていうこともあった。
やがてゆっくり味わいながら食べていたボクと後から食べ始めたエリシェナの皿がほとんど同じくらいに空になる。そうすればエリシェナは名残惜しそうにしながら席を立った。
「――では、お爺さまにはきちんと報告させていただきます」
「うん、よろしくね」
そう小声でやりとりしたあと、エリシェナは一拍を置いて今度はやや大きめの声を出した。
「お話ありがとうございました、とても楽しかったです。ウルさんはここに泊まっていらっしゃるんですか?」
「うん? そうだけど」
何を今更と思いつつも反射的に答えたけど、次の台詞で合点がいった。
「それじゃあ、また明日もこの時間に来ていいですか? もっとお話を聞かせて欲しいんです」
今日だけかと思っていたけど完全に明日も来る気で、しかも公爵家としての繋がりをごまかすためか『たまたま酒場で出会って意気投合した見習い臨険士と街娘』って感じの流れにしようとしてる。そしてたぶんこのまま連絡役を続けるつもりだなこれは。
……まあでも、実際意外と楽しかったしガイウスおじさんが許可してるなら拒む理由はないかな。
「いいよ。ボクもけっこう楽しかったし、明日も待ってることにするよ」
「わかりました。約束ですよ?」
「うん、約束」
そう言うと一礼して酒場を出て行くエリシェナを見送った。そしてすぐに護衛らしいガタイのいい男の人が後を追うのまで確認する。
……明日はボクの方からも話題を提供しようかな、前の世界の記憶にはエリシェナが喜びそうな系統の話がけっこうストックされてるし。異世界云々の話は適当にごまかせばいいや。うん、そうしよう。
――さてと、もう今日やることは済んだし、後は一晩過ごすだけだね。
席を立って泊まっている部屋に戻ると、日も落ちてきて薄暗い中着ている外套や服を脱いで下着姿のまま軽く叩いて埃を落とす。続いて隅に置いてある水を張った桶を使ってタオルを濡らし、髪やら顔やら身体の表面をぬぐっていく。この世界、魔導式のおかげで広まり始めてはいるようだけどお風呂はまだまだ相当な贅沢らしい。だから一般的な宿屋だとこんな風に部屋に水を張った桶が用意されているのが主流なんだとか。
まあボクは新陳代謝がないけど汚れはするからこういうことはきちんとやっておかないとね。
そうしてある程度身体を綺麗にしてからさっさとベッドの上で横になった。公爵家で使わせてもらったものとじゃ弾力がまるで違うけど、幸いあまり気になるような身体じゃないから問題はなし。そのまま身体を巡る魔力の量を落として力を抜くとゆっくりと目を閉じた。さて、明日のためにも趣味の時間としゃれ込みますか。