歓談
そんな風に内心で頭を抱えたのを察したのか、ケレンが気の毒な相手を見るような目を向けてきた。ただし、口元はめっちゃ笑ってるから内心で思ってることが真逆なのは確実。
「なんかこう、大変そうですね、ウルお嬢さん?」
「そう思うなら変わってくれる?」
「いやいや、護衛の指名依頼をカッパーランクの俺なんかが横からかっさらうとか恐れ多いことでとてもとても。是非とも頑張ってくださいね!」
案の定、完全に面白がってやがるよ。とってつけたような敬語におどけた仕草が相まってなんか腹が立つ。
「他人事だと思って……あとゴメンだけどケレン、もう普通に話してくれない? キミにそんな丁寧な感じで話しかけられるの、けっこう気持ち悪いんだけど」
「ひっでーな、おい。こちとら一生懸命依頼中なお前を気遣って合わせてやってたんだぞ?」
そう言うわりにはあっさり言葉遣いを切り替えるあたりがケレンらしい。恩着せがましいこともほざいてるけど、口元がニヤついてるからてんで本気じゃないね。うん、そういうところがホント好き。
「そんなこと言って、街中でボクを見つけてからケレンがずっと笑いをこらえてたの、ボクがわからないとでも思ってた?」
「ちっ、バレてたのか。まあ実際『どこの誰だ?』って思うくらいの化けっぷりだぞ。いっそそのまま貴族のお嬢様やってみりゃいいんじゃないか?」
「冗談キツイよ。ボクには絶望的に合わないって。服だってこういうのよりもやっぱりいつもの方がしっくり来る――」
「そんなことないわ」
とりあえず適当にいつもの気安いやり取りでも交わしてメンタルの回復を図っていると、今着てる学院の制服をつまんで見せたところで意外なほど強い声での否定。反射的に声の主の方を見れば、シェリアは自分でも意外だったのか、珍しく虚を突かれたような顔になっていた。
「あんな声出すなんて珍しいね。どうしたの、シェリア?」
何かよっぽど気に障ることがあったのかと思って聞いてみたけど、ホントどうしたのってくらい視線をさまよわせたあと、蚊の鳴くような声でポツリ。
「……てる……」
え、ただそれが言いたかったの? わぁお、シェリアったら照れちゃって可愛いなー。
「なぁにぃ? 聞こえないよぉ~?」
かすかな呟きでも逃さなかったマキナイヤーだけど、とりあえず本人の口からはっきり言ってもらいたかったからわざとらしく耳に手を当ててみれば、キッと眉尻を吊り上げて睨んでくるシェリア。
「――似合ってるわよ!!」
そして怒鳴りつけるようにそれだけ言うと、プイっと明後日の方を向いてしまった。あちゃー、拗ねちゃったかな? ちょっとほっぺ赤くしちゃって、可愛いかよ。
「ありがと~」
やばい、たったそれだけなのに尋常じゃないくらい嬉しいんだけど。さすが親友、今ので気力マックスだよ。これでまた貴族業界に立ち向かえる!
「シェリア様のおっしゃる通りです。ウル様程の器量であれば、どのような衣装であろうと身に合わないなどといったことはまずありえません!」
「わたくしも同じく考えますわ。学院の制服も本当によくお似合いですこと。もしドレスに身を包めば、いったいどれほどの視線を一身に集めることになるでしょうか」
「二人からそう言ってもらえると、ちょっとは自信になるね」
そしてすかさず入ったお嬢様ズのお墨付き。まあ美形は何着ても似合うって言うけど、着飾ることならプロ中のプロだろう貴族令嬢にここまで褒められたら悪い気はしないね。ホント、イルナばーちゃんに感謝だ。
「時に、リュミアーゼ様。ウル様とお友達になられたことは喜ばしいことかと存じますが、わたし程度の未熟者では名乗り出るに不足しておりますでしょうか?」
なんて思ってたら、エリシェナの一言で急に空気が変わった。なんか、両隣の空気が一気にピリッとした気がするだけど、どういうこと?
「いいえ、エリシェナ様。あなた様ほどの方が不足とすれば、わたくしは他のどのような方とも親しくすることはかなわなくなることでしょう。わたくしとしてはすでに友誼を結べているものと考えておりましたが、エリシェナ様としてはわたくしでは不足でしょうか?」
「リュミアーゼ様のような方とお近づきになれるなど、それこそ身に余る光栄です。わたしで構わないのでしたら、ご友人の末席にでも並ばせていただければと願う次第です」
「末席になどとんでもない。そも、友誼に優劣など付けられようはずがございません。どうかエリシェナ様も、等しくお友達としてお付き合いさせていただければ幸いです」
「なんと喜ばしいことでしょうか。そのようなお言葉を頂けたのです、リュミアーゼ様の友人の一人として、ささやかですがお役に立てるよう励みたいと存じます」
「友とは互いに助け合うものではありませんか。わたくしばかりが益を得るばかりでは家名が廃りましょう。エリシェナ様も、お困りごとがあればわたくしのことを思い出してくださいませ」
「心強いお言葉、ありがたく存じます。願わくば、この友誼が常しえに続きますよう」
「ええ、どうか末永くあることを望みます」
……ゴメンさっきのまだ戦える宣言撤回していい? ボクを挟んだお嬢様二人のやり取り、お互い遠慮がちだった二人に友情が芽生えたようにしか聞こえないのに、なぜか復活したはずの気力がゴリゴリ削られてってるんだけど。こう、聞き取れる内容とかじゃなくて二人から発せられる無言の圧が、ちょうどボクがいるところでぶつかり合ってるような気がしてならないんだけど? もうヤダ誰かタスケテー。
「――お待たせ、登録証の提出終わったよ」
そろそろ笑顔を張り付けてるのも限界に感じたところで救世主現る! 謎のプレッシャーを放つお嬢様ズのメイン目的なリクスが戻ってきてくれた! これで少なくともエリシェナの気が逸らせるから、こっちにくるプレッシャーが減るかもしんない!
「お早いお戻りなのですね、リクス様。もうご用はお済みなのですか?」
「あ、はい、エリシェナお嬢さん。登録証を少し預けるだけなんで、もともとそんなに時間はかからないんです。ほら、ケレン。それと、シェリアも返すね」
「はいよ。ありがとよ、リクス」
「……ありがと」
予想通り期待の眼差しを向けるエリシェナに応じつつ、仲間へ律儀に手渡しで登録証を返していくリクス。
「ウル様も臨険士なのですよね? 異なる街を訪れた際、臨険士ならば必ず登録証をその街の組合に提出する物であると聞き及んでおりますが、本当によろしいのでしょうか?」
とりあえず謎のプレッシャーが霧散してくれたことに内心安堵していると、リクスたちのやり取りを眺めていたリュミアーゼがボクへ改めて疑問を投げかけてきた。ちょっと心配そうな表情をしているのは、ボクが臨険士ってことを隠そうとしてたことを気にしてるからだろうか。そう思えば今のも『もう気兼ねしなくていいよ』って言いたいんだろう、たぶん。
「大丈夫だよ。臨険士がそうするのは万一に備えて情報の更新をするのと、依頼を受ける時にごたつかないようにするためだからね。今回ボクは護衛依頼を受けてるから他の依頼を受けることはないし、清算はレイベアの支部でやることになるから更新する必要もないしね」
「まあ、そのような理由があったのですね。重ねて無知をひけらかしてしまい、恥じ入る次第です」
「気にすることないと思うけどね。むしろリュミアーゼが登録証を提出するのが臨険士の常識って知ってたことに感心したよ」
「大したことではありませんが、お褒め頂き嬉しく存じます」
とりあえず理由を説明しておけば、にこやかにそう返してくるリュミアーゼ。そしてそんなやりとりを見ていたリクスが、ボクとリュミアーゼの間で視線を行き来させながらためらいがちに口を開いた。
「えっと……ウル、お嬢さん? その言葉遣いは――」
「リュミアーゼにはバレてたみたいだし、この顔ぶれならもういいかなって。だからリクスもいつも通りでいいよ」
「そ、そうか。ウルが納得してるならいいんだけど」
さっきまでのいきさつを見てなかったリクスが心配そうにしたけど、もう諦めたことを伝えれば微妙な顔をしつつも頷いてくれた。あれかな、お嬢様っぽくお澄まし座りしてるのに口調だけ元通りなのが違和感なのかな? でもゴメンよ、ボクはまだお嬢様ロールプレイの最中だからね。少し離れれば紛れやすい言葉だけならともかく、こんな人目の多い場所でこの態度を崩すつもりはないんだ。ロールプレイだからこそ、外見は徹底しないとね。
「ところでリクス様、登録証の提出はお済みになられたようですが、他にもご用はございましたか?」
「あ、いえ。本当なら依頼も見るつもりだったんですけど、道に迷ったせいでもうあんまり残ってなかったから、今日はもう大丈夫だと思います」
「それはよかったです。それではお話を聞かせていただけますか?」
「えっと……はい、わかりました」
そして待ちかねたエリシェナのおねだりに一瞬視線をさまよわせるものの、ウィニアさんがスッと空いていた席を引いたことで無言の圧力でも感じたのか、若干顔を引きつらせながらも大人しく着席するリクス。
「あの……話って言っても、物語に出てくるみたいなのはあんまりできませんよ? そういうのはたぶんウルが話してると思いますし……」
「それでもかまいません。同じお話でも、ウル様とリクス様ではきっと捉え方が違ってくるでしょうから。それに、ウル様とお知り合いになるより以前も臨険士として活動されていたのでしょう? そう言った時期のお話もお聞きしたく思っております」
「いや、でもその頃だと本当に駆け出しだから大して面白い話は――」
「ご謙遜なさらないでください。物語では描かれない、いわば始まりよりも前のお話なんて、わたしのような身の上では耳にする機会が本当に稀なのですから」
「まあ、エリシェナ様のおっしゃりようをお聞きするだけでも興味深いお話になりそうですわね。わたくしも一層楽しみになって参りました」
そして向けられる期待の目に耐えられなかったのか、必死に予防線を張るリクス。けれどエリシェナには一蹴され、止めにリュミアーゼまで乗り気な感じで催促しだしたもんだから、ようやく観念したように溜息を吐いた。うん、お疲れリクス。お嬢様ズの相手はボクでも無理だったんだから、リクスには荷が勝ちすぎるよね。ケレンもニヤニヤしてないで幼馴染を助けてあげればいいのに。ケレンらしいけど。
さてと、このままトークタイムってなればいいんだけど、そうはならなさそうかな?
「えーっと……じゃあ、どんなことを話せばいいですか?」
「そうですね。では、先日ウル様が遺跡を探索なさっている間のことをお願いできますか?」
「わかりました。えー、あの時は――」
「待て、そこの茶髪の見慣れない少年とお仲間達」
そんな感じで本格的に冒険話を始めようとしたところで、外野からストップがかかった。声の主はさっきまで遠巻きにボクたちの方を見ていた臨険士の一人で、わりと整った顔立ちをした青年だ。さっき近くの人と軽く言い合ってから進み出てくるのを、展開中の『探査』の魔導式が捉えてたんだよね。しかも聞こえてきた話が『よそ者がオーラルの学生に云々』って感じでさ。面倒くさそうなイベント臭がものすごいよね。