露見
「――こちらのアルイン通りは飲食に関する出店が一通りそろっております。大衆料理に限られますが、ここだけで数多くの国の食を楽しむことができますの。そちらのギューズ通りは九商都市連盟の行政に関する役所が集中しておりますね。通りの先に見えます建物が議事堂となっており、今は大陸大議会の議場となっております。あちらの一体は大小の宿泊施設が――」
そんな感じにボクが警戒レベルを上げてる横で、リュミアーゼはわりとまっとうに街の案内をしてくれていた。道すがらだけど、街の主要施設やオーラル専修学院生御用達のお店などなど、手早くそつなく紹介してくれるのはありがたい。
「――この辺りは多くの種族の方がいらっしゃるのですね」
「ええ。オーラルでは臨険士組合の本部を擁しているためか、我が国許に比べれば多様な種族の方を見かけることができますの。特にこの区画になりますと、組合の施設や臨険士を相手とした店舗が軒を連ねておりますゆえ、その傾向が強く見られるようになります」
そんな感じで時折質問を挟みつつ進んで行けば、確かにヒュメル族以外の種族をよく見かける。レイベアだと八:二くらいで圧倒的にヒュメル族が多いんだけど、この辺だと半分くらいはヒュメル族以外って感じかな。ケモミミ人間なアナイマ族やいろんな動物が直立したっぽいワーグ族、小柄がっちりなデュカス族に立派な角の生えたフォーン族などなど、お馴染みのから今まで見たことなかったのまでバラエティ豊かだ。そのうち半分くらいはラフな感じで武装してるから臨険士っぽいけど、一般人っぽかったり商人風だったり装いは様々だね。
「ああ、見えてまいりました。あちらの紋章を頂く建物が、臨険士組合オーラル本部となっております」
おしとやかに見える範囲でキョロキョロしながら初見の種族をチェックしつつ歩いていると、リュミアーゼがいく手の少し左を指し示した。広がった翼の上で剣と杖が交差しているお馴染みの紋章を掲げる建物は、なんと驚きの五階建て。周りは基本三階より低い建物ばっかりの中でそれだから、頭一つ飛び抜けて目立ってるね。横幅もレイベアの支部より倍近くあって、だいぶ太陽も登ってる時間なのに、大きな正面扉からはひっきりなしに人が出入りしてるよ。
「あれが臨険士組合の本部……レイベアにある支部と比べてもずっと大きいのですね」
「厳密に言えばあの建物だけではありません。あちらは依頼の受注や事務を主に行うためのものとのことで、主に資料を集約している建物も別館として存在しているそうです」
「さっすがは本部ってところですね、後学のためにも遠征に来てよかった! なあそう思うだろ、リクス?」
「うん、そう思うよ」
どうやら言葉だけじゃなく感動している様子の三人を促しつつ中へ入れば、広々としたロビーに程よいざわめきが満ちていた。レイベアの支部と比べても人の数は多いんだけど、それ以上に広いせいで空いてるように感じるね。壁や床にもシミや汚れもほとんどないから妙に清潔感が出てて、お役所って言われても納得しそうな雰囲気だ。
「じゃあ、おれは登録証を出してくるよ。えっと、シェリアはどうしよう?」
「……お願いするわ」
さっそくリクスに聞かれて一瞬ボクの方に視線を向けたシェリアは、そうとだけ言って胸元から取り出した登録証を無造作に投げ渡した。別の街の組合に顔を出すだけの場合、基本的には本人が登録証を持っていく必要があるけど、パーティメンバーがいるなら誰か一人がまとめて持って行ってもオーケーなのだ。まあここまで来たなら一緒に並んでもあんまり変わらないだろうけど、シェリア的にはたぶん無駄に人混みにいたくないんだろうね。
そしてシェリアの登録証をちょっと慌てた様子で受け取ったリクスは、束の間何とも言い難い表情でそれを眺めた後、どこか丁寧な手つきで持ち直すと受付カウンターへと向かう。うん、気になる女の子の温もりが残るアイテムだもんね。気持ちはわからなくもないけど、さすがにそれをどうこうしようなんて変態行動にまでは行かなかったようだ。まあ、逆に全然意識されてないって証明でもあるわけだけど……うん、頑張れリクス、未来はわからないゾ!
それはそれとして、リクスを待つ間お嬢様たちをずっと立たせっぱなしっていうのもなんだから、ボクたちは組合の待合スペースに移動した。こっちも建物の大きさが違うせいか、広々としている上にお洒落で立派なバーカウンターがあるせいで、ちょっとしたカフェって感じになってる。ところ変われば品変わるってよく言うけど、ここだけ見たら臨険士組合って言うより完全にサロンだね。
中にはそれなりに人はいるけどそこが全部埋まっているっていうわけはなく、なんとなく周囲の視線を感じつつ、ひとまずお付きの人を除いた全員が座れる席を確保。当たり前のようにリュミアーゼの席を引いてエスコートするケレンに呆れつつ、エリシェナとの間に入るように座った。
「ありがたく存じます。ところで先ほどケレン様は登録証をリクス様へお渡しせずにいらっしゃいましたが、よろしかったのでしょうか?」
そんなことを優雅に腰掛けながら尋ねてくるリュミアーゼに、ケレンは芝居がかった仕草で感動に打ち震えているようなポーズをとった。
「俺なんかのご心配までしてくださるとは、美しいだけでなくなんと心優しい方なんでしょうか! だけども、何の問題もありません! なにせ元から任せるつもりだったんで、俺の登録証は先に渡してあったんですよ」
そりゃまあ、最初っから別行動前提で動いてたんだから、こういうことには抜かりのないケレンが先に預けてないわけないよね。
「なるほど。ではウル様はよろしいのでしょうか?」
そしてなんか流れでめっちゃサラって聞いてきたから、思わず普通に答えそうになったんだけど。ホントやめてくれないかな?
だがしかし、警戒度アップ中のボクはギリギリで堪えて、慎重に言葉を選び直しつつ何でもない風な笑顔を浮かべて隣を見る。
「……どうしてボクにそんなことを聞くんですか?」
「臨険士は実力さえあれば身分を問わずと聞き及んでおりましたので、ウル様ほどの方であれば臨険士として活躍されていてもおかしくないと愚考しました次第です。いらぬ配慮であったなら、失礼をお詫びいたしましょう」
そして真っ向から貴族スマイルで迎え撃たれて心の滝汗が止まらない。なんかもうさ、さっきから薄々感じてたけど、ボクが臨険士ってことリュミアーゼは確信してるよねこれ!? チクショウ、武芸科でちょっと強者ムーブした以外は精一杯貴族らしくしてたはずなのに、どこでミスったの!? やめてケレン、その『お前もうなんかやらかしたの?』って感じの目で見てくるのやめて、なんか心にクるから!!
お、落ち着くんだボク。ここから何とかしてはぐらかさないと、今後エリシェナの護衛に支障が出る可能性が高いんだぞ!
「時にエリシェナ様、オブリビアン寮の細則にはお目を通されていらっしゃいますか?」
「はい、留学に際して必要なものと伺っておりましたので一通り」
そう思って次に何言われるのか内心でビクビクしてたら、なんか知らないけど突然話題を変えたリュミアーゼ。オブリビアン寮の細則って……ああ、あれか。寮の規則とかがズラッと並んでたやつ。留学に必要な資料ってことで渡されたからボクも一応見て覚えておいたけど、いろんな国のお貴族様が集まる寮だけあってか、やたらと細かいところまで書いてあったんだよね。まあ大半は普段通りにしてたら問題なさそうだったから見るだけ見た感があるけど。
それよりも、ボクとしては唐突過ぎる話の振り方にそつなく合わせられるエリシェナがね。これボクだったら確実にキョドってたと思うし、こういうところはホント尊敬するよ。
「お時間もさほどなかったことでしょうに、あれほどの条文にもしっかりとお読みになっているなんて、やはり優秀でいらっしゃいますね」
「お父様に手ほどきを受けましたので、それほどのことでもございません。短い間とは言え、学友となる皆様にご不快な思いをさせないためにも、決まり事を知っておくことは当然ですから」
「素晴らしい才をお持ちですこと。でしたら、細則の中に『オブリビアン寮への入寮資格は王侯貴族に限る』などといった一文が存在しないこともご存じでしょう」
「……言われてみれば、リュミアーゼ様のおっしゃる通りです」
……うん、そう言えばなかったね、そういう規則。
それを聞いて思わずエリシェナと顔を見合わせたからか、そろって気づいていなかったことが分かったらしいリュミアーゼが笑みを深めた気がした。
「どうやらお気づきにはなられていなかったようですね。ですが、オブリビアン寮の特色として『貴族様式の生活に対応可能』とあれば、致し方ないことかもしれません」
まあ確かにその辺りを読んで「ああ、貴族用の寮なんだな」って思ったことは確かだけど、なんでそんな話題を今ここで引っ張ってくるのかな?
「けど、実際寮にいるのは貴族の人ばっかりですよね?」
「確かにウル様のおっしゃる通り、わたくしも含めた現在の寮生は王侯貴族の方ばかりでしょう。しかしながら事例が皆無ということでもなく、非常に珍しいことには違いありませんが、現に裕福ながらも平民出身の方が滞在されていたという記録もございます。故にオブリビアン寮の一員と認められたのならば、その振る舞いに恥ずべきことがない限り、出自の貴賤で咎めだてられることはあり得ないのです。そのことについては、是非ともご理解いただきたいと存じます」
そう断言して貴族スマイルのまままっすぐ見据えてくるリュミアーゼ。うん、これもうあれだよね。ボクの正体とか潜入中だからこその懸念とか、その辺マルっと分かった上で『何の問題もないよ』って言ってきてるわけだよね? もうこれアウトだよね?
その上で、リュミアーゼはそれ以上追求せずにジッとボクの方を見つめ続けている。まるで何かを待っている雰囲気は、さながら推理を披露し終えて犯人の自白を待つ名探偵のようだった。そしてボク的にはやたら周到に外堀が埋められてて、もう嘘つく以外の選択肢がないってという完全な詰み状態。まさに追い詰められた犯人の気分だね。おかしいな、悪いことなんて一つもしてないはずなんだけどなぁ!
ちょっとこの状況から言い逃れできる気がしないんだけど、かといって嘘をつくのは絶対ヤダ。いつもならこういう時に助け船を出してくれるエリシェナを見れば、完璧な貴族スマイルで見つめ返してくるだけ。うん、なんとなく『お任せします』って言われてる気がするから、エリシェナから見ても詰んでるんだろうね。
一縷の望みをかけて仲間二人を見やれども、シェリアは無言でジッと見つめてくるだけだし、ケレンに至っては苦笑しながら肩をすくめて両手をそろえて前に出すジェスチャーをくれやがった。それたぶん『お縄をちょうだい』のやつだよね? もう諦めちまえってことだよね、ねぇ!?
……まあ、ぶっちゃけ一番の懸念事項が完全に杞憂だって言われちゃえば、無理に意地張る理由も意味もないんだよね。それならリュミアーゼもそうして欲しいって雰囲気をバンバンに出してるわけだし、素直に打ち明けて要注意な相手の好感度稼ぎを優先した方がまだ賢い……かな?
「……一応、聞かせてもらっていいかな。ボクとしてはうまくごまかしてたつもりだったんだけど、なんでわかったの?」
だからバレてるならもういいやと思って口調だけいつものに戻して尋ねてみれば、案の定というかリュミアーゼは変わらない笑顔で満足そうに頷いた。
「誇るほどのことではありません。ただ、一国を預かる一族に連なる者として、多少人を『見る』すべを心得ているだけです」
えーっと、つまりはお姫様レベルの観察眼があれば、ボクの演技はもろバレするってこと? そんなのが必須技能とかやっぱ貴族怖いよ。
「リュミアーゼ様は素晴らしいご慧眼をお持ちなのですね。わたしも未熟であると改めて感じいる次第です」
「ご謙遜を。ウル様程の方と隔たりのない親交を築かれていらっしゃるのは、まごうことなきエリシェナ様のご人徳でしょう。わたくしでは持ちえぬその秘訣、ご教授いただきたいと願うほどです」
「それこそ誇るほどのことではございません。わたしはただ、ありのままに親しくさせていただいているだけですから」
そしてすかさず貴族な会話に繋げていくお嬢様二人。何かするたびに褒め合わないといけないっていうのもね。普通なら絶対疲れると思うんだけど、そんな様子は微塵も見せない。もうここまでくると『貴族』っていう別の生き物なんじゃないかって思うんだけど、どうだろう?
……ところで和やかな会話のはずなのに、なんか二人の間で火花が散ってる様子が幻視されるんだけど、これってボクの気のせいだよね? 精神的に疲れてるのかな? ここしばらく慣れないお嬢様ロールしてたし、ついさっき追い詰められてたところだし。
「やっぱりボクには貴族のマネするのも無理があったってことかぁ……」
「そんなことはありませんよ。立ち振る舞いについては良家の子女として申し分ありませんでした。もしウル様がお一人でいらしたのであれば、さほど疑問に思うこともなかったかと」
思わず愚痴っぽく漏れた呟きにすかさずリュミアーゼのフォローが入った。なんと、ボクのお嬢様ロールが意外と高評価だった件。いや、貴族のことだしお世辞も入ってるんだろうなってことはわかってるけど、ちょっとでも頑張ってたのが認められるのってやっぱ気分がいいもんだね。
「しかしながらリュミアーゼ様、ウル様が身分を隠していらっしゃったことが特に問題をはらまないのでしたら、例え気付かれていらっしゃったとしても、わざわざ暴き立てるようなことをなさらなくともよろしかったのではないでしょうか?」
けれどそこへエリシェナが、笑顔のまま眉をひそめて困り顔を作るなんていう芸当を見せながら口を挟んできたことでハッとした。うん、そうだよね。特に問題なしってことならそのままそっとしておいてくれたら、身バレ回避の攻防なんて無駄なことしなくてもよかったのに。
「そのことにつきましてはどうかご容赦くださいませ。ウル様の本来のご身分を推測はできましたが確証には至らず、そのため性分と言いましょうか、一度気になってしまえば確かめずにはいられなかったのです」
それに対してスッと視線を下げて謝罪を口にするリュミアーゼ。うん、まあ多分合ってるだろうなって思ってても正解が気になる気持ちは少しわかる。どうも彼女、昨日明らかに待ち受けてたのに偶然を装ってたことと言い、さっきみたく的確に逃げ道を潰して主導権を握ったことと言い、割と計算して物事を進めるタイプって感じだからなおさらだろうね。巻き込まれたこっちはたまったもんじゃないけどさ。
「加えて言うならば、抱えている秘め事をお友達自身から打ち明けていただけたのならば、それは信頼の証に他ならないとわたくしは考えましたので。浅ましくはありますが、新たな朋友として、わたくしはウル様にお認め頂きたかったのです」
ん? なんか今の言い方引っかかる――あ、まさかと思うけど……つまりはあれか、『友達になったんだから、抱える秘密は本人の口から聞きたい』とかそういう感じのノリのやつか! シェリアと仲良くなれたきっかけみたいな、そういう親密度アップに定番なイベントのつもりだったのリュミアーゼ!?
だとしたら普通もっと仲良くなってから発生するイベントだと思うんだけど、貴族界隈じゃ強制発生させるのが常識なの!? もうヤダ貴族怖すぎる帰りたい!