攻防
「あれ、ケレ……ン……」
そんな感じに笑顔の下で戦々恐々としていると、横合いからこれまた聞き慣れた声。なぜか尻すぼみのそれに振り向けば、ポカンと間抜け面を晒して立ち尽くしているリクス。そしてたぶんケレンの陰謀だろうペアで行動してたらしきシェリアが、その隣でいつもより心持ち見開いた眼のまま微動だにせずボクを凝視していた。
「おおー、リクスじゃないか! こんなところで奇遇だな、組合には顔出せたのか? それにしちゃ早い時間だが」
「え……ああ、いや、ちょっと道に迷ってまだこれからで……」
「おいおいおいおい、しっかりしてくれよ我らがリーダー。せっかく俺が気を利かせてやったんだからな! ――わかってんな、ウルは依頼中だぞ。余計なこと言うなよ?」
「へ? えっと……ああ、うん。ごめん、ありがとう」
そこへすかさず進み出てリクスと肩を組みながら、何気ない会話の最中にマキナイヤーでなら聞き取れる程度の小声でボソッと釘を刺すケレン。腹芸とかが苦手だってわかってるからって真っ先に手を打つとか、さすが幼馴染。
「ごきげんよう、リクス様。ケレン様よりこちらにいらっしゃっているとはお聞きしましたが、これほど早く巡り会わせることが叶うとは望外の喜びです」
「あ、えっと、お嬢さん、久しぶりです。おれもまさか会えるとは思ってなかったので、その、驚きました」
「先だってお会いしてからは少し間が空きましたね。機会に恵まれたなら、また冒険のお話をお聞かせいただけますか?」
「あ、はい。ええっと……おれでよければ喜んで」
「まあ、とても嬉しく存じます。今後ともぜひ親しくさせていただきたいものです」
「あ、うん、そう言ってくれるならおれも嬉しいかな」
「はい。――ああ、リュミアーゼ様、またもご紹介が遅れて申し訳ありません」
それで何とか我に返ったらしいリクスが頷きを返すのを見て、続いて一歩前に出たのはエリシェナ。そのまま会話の主導権を握って、リクスが何かアクションを起こす前に自然とリュミアーゼへの紹介につなげるあたり、さすがとしか言いようがない。
「こちらはわたしが懇意にさせていただいている冒険者パーティ、『暁の誓い』の方々です。リーダーのリクス様と、そのお仲間でいらっしゃるシェリア様。そちらのケレン様も所属されております」
「あ、その、初めまして、ヒュメル族のリクス・ルーンです。臨険士で、カッパーランクです」
「……シェリア・ノクエス。シルバーランク臨険士」
そんなガッチガチに緊張した様子のリクスと、いつも以上に言葉少ないシェリアの自己紹介を聞いて、リュミアーゼは貴族スマイルを浮かべながらも小首をかしげた。
「失礼ですが、リクス様はカッパーランクでお間違いないのでしょうか?」
「え? あ、はい、間違いないですけど」
そう聞かれてキョトンとした顔のリクスが返事をすると、リュミアーゼはなぜか一瞬だけチラリとボクの方に視線を向けてきた。え、何? ボクまだリクスたちと合流してから一言もしゃべってないはずだよ?
「左様でしたか。そちらのシェリア様がシルバーランクとおっしゃられましたので、よもや聞き違えでもしてしまったのかと危惧いたしましたの」
「ああ、なるほど。実はシェリアはおれ達よりも先輩で、それに加えて大きな依頼をこなしたから、少し前にランクが上がったんです」
「まあ、そうとは知らず、不躾なことをお尋ねして大変申し訳ありません」
「あ、いえ。おれは全然気にしてないから大丈夫です。それに、シェリアがすごく優秀な臨険士だっていうことは本当のことなんで」
「ご容赦いただきありがたく存じます」
どうもリーダーよりもランクの高い仲間がいることに疑問を覚えたらしいけど、この業界だと意外に珍しいことでもなかったりする。だいたいが実力はあるけど交渉や折衝なんかが苦手な脳筋がその辺を全部ぶん投げてるケースだから、そう意味だと『暁の誓い』は珍しいかもしれないけどね。
……うん、なんでそれでボクの方見たんだろう。普通に考えて視線が向かうならシェリアの方だよね? 解せぬ。
「申し遅れました。わたくしはヒュメル族、クリュシス公国ヴァレンティ大公家が第一子、リュミアーゼ・ノルム・ヴァレンティ・クリュシスです。望むべくもない希少な巡り合わせに、ただ感謝を」
そしてリュミアーゼの名乗りを聞いて考える顔になった二秒後、ビシリ――なんて音が聞こえそうなほど露骨に硬直するリクス。エリシェナと一緒にいる時点で貴族ってことくらいは想像できてたんだろうけど、まさか一国の王女様相当の相手だとまでは予想だにしてなかったらしい。これくらいで許容量を超えるとか、相変わらずの小心者だね。
「ケレン様も所属されているパーティということは、ウル様も彼らと懇意にされていらっしゃるのでしょうか」
おっと、こっちに矛先が向いてきたぞ。無難な答え無難な答え。
「はい。親しくしてます」
「まあ、やはり。それでしたらいかがでしょうか、お二方もお招きしてお茶にいたしませんこと?」
無難に済ませようとしたらなんか話が発展した!?
「まあ、それは素敵ですね、リュミアーゼ様!」
「公女様からのお誘いとあっちゃ断れないな、だろ、リクス?」
そして四面楚歌再び! というかたぶん無言を貫くだろうシェリアはともかく、顔に出るタイプのリクスが参戦とか状況悪化してるよねこれ!? いや待て落ち着け、よく考えて答えればまだ挽回できるはず!
「楽しい提案だと思います。けど、リクスは組合に行く途中なんでしょう? それを引き留めるのはどうかと」
「……そうね。しばらく滞在するんだから、組合には早いうちに顔を出しておかないと」
ニッコリ笑顔で肯定しながら相手の都合を慮ってるようなことを言ってみれば、それでボクの事情を汲み取ってくれたのか、シェリアがもっともらしい言い分で援護してくれた。さすが親友、頼りになるぅ!
「あ、え――うん、そうだよ、な? そうだけど……」
けれどフリーズから復活したリクスは、言葉を濁しながらシェリアとボクたちの間でワタワタと視線を往復させている。うーん、これは……仲間と惚れてる相手からのもっともな意見に頷きたいけど、それだとお姫様の希望を蹴ることになるから躊躇ってる感じかな? ということは、エリシェナからリュミアーゼへとりなしでもあれば……。
「臨険士には臨険士なりの都合があるんですから、ボクたちの都合を押し付けてしまうのはダメですよ。ねえ、エリシェナ?」
「そうですね、ウル様のおっしゃる通りです。お恥ずかしながら、期せずして皆様とお会いできたことで少々舞い上がってしまっていたようです。リュミアーゼ様、ご提案はとても魅力的でしたが、リクス様方もお忙しいご様子ですし、本日のところは巡り合わせがよろしくなかったと致しませんか?」
さっすがエリシェナ! ちょっと話を振ったらちゃんと察してくれたようで、リュミアーゼをやんわりたしなめる方向に持って行ってくれた! さっきもちょっとお転婆が先走っちゃっただけだよね、信じてたよ!
「いやいや、高貴な花のお誘いを断るなんて男が廃るってもんですよ! 顔見せなんて少々遅れたところで依頼の一つ逃す程度のものですから!」
ちょっとケレンは黙ってくれないかなぁ!? せっかくリクスが断りやすい状況作ってるのに、どっちの味方なのさ!? いや待て、ケレンのことだからボクが嫌がってるの察してあえてやってる可能性も?
「だったら、ケレンだけ来ればいいんじゃないですか? もともと組合への顔出しはリクスたちに任せて別行動していたんでしょ?」
「おおっと、俺をご指名とは光栄の限り! ではモテる男として、我らがリーダーの分までお相手させていただきましょうとも!」
よっし、ちょっとセリフにイラっと来たけどこれでややこしい茶化し屋は封殺! ほらリクス、ここまで断っていい雰囲気作ってあげたんだから、男らしくスパッと断っちゃいなよ! そしてそのままシェリアとプチデートしてきなって!
「あ、えっと、じゃあ――」
「あら、でしたらわたくし共も同行させていただいてもよろしくて? 臨険士組合ならば、いずれ街をご案内する上で訪れることになりますもの。このような類稀なる巡り合わせをこれきりにしてしまうなど、エリシェナ様も忍びないとお思いにならなくて?」
だがしかし、リクスが口を開きかけたところで『いいこと思いついた!』とばかりに手のひらを打ち合わせたリュミアーゼがインターセプト! いや待ってなんでそうなるの!? エリシェナならともかく、一国のお姫様がアウトローの溜まり場を嬉々として訪れるってどうなの!?
「まあ、それでしたらリクス様方のお邪魔にはなりませんね!」
あ、ヤバいエリシェナが釣られた! 臨険士組合の本部を見れるからか、冒険譚を聞いてる時並みに目がめっちゃ輝いてるぅ!
チクショウさすが正統派貴族のお姫様、たった一つの提案で一気に形勢が不利だ! ど、どうしよう!? よし、ここはお目付け役としての立場を活かす時!
「エリシェナ、組合なんてキミが行くようなところじゃ――」
「治安のご心配をされているのでしたら、ご安心頂いて問題ありませんわ、ウル様。 この街の組合は本部ということも相まりまして、いずれの国の騎士団にも劣らぬ規律正しいものですの。オーラル専修学院生もしばしば利用しておりますし、何より戦技科や収録科の所属する方の中には臨険士として活動している方もいらっしゃるほどです」
「まあ、そうなのですね! でしたらウル様が心配されるようなこともありませんね!」
「ええっと……」
リュミアーゼぇえええ!! なんでそこで要らないフォローくれるかな!? もうエリシェナの顔『ぜひ行きたい!』ってなってるじゃんか!! しかもここで強硬に反対したらボクがなんか臨険士に偏見持ってる感じになるよね!? リクスたちと親しいって明言しちゃってるから明らかに矛盾だし、公爵閣下からの言いつけってしても根本的に『安全』への配慮だから、それについては問題ないって太鼓判推されてる状況じゃ説得材料としては弱いし――
「ウル様、これならば問題ないとお思いになりませんか?」
そして打開策を考えているところへリュミアーゼが貴族スマイルでダメ押ししてきた。うん、これあれだ、止め刺しに来たやつだ。今なら断言できるね、こいつ確信犯に違いない!
「――そうですね」
そしていい考えが浮かばないうちに回答を迫られたボクは、張り付けた笑顔でそう言うしかなかった。うう、あとは提案を受けてる本人がキッパリ断ってくれたら――ダメだ、詰んだ。
「いかがでしょうか、リクス様。決してお邪魔は致しませんので、ご用がお済になりましたら少しお時間を頂けませんでしょうか?」
「あ、えー、そういうことなら、はい、大丈夫だと思います」
ダヨネー、知ってた。普段は押しに弱いのがリクスだもん。あからさまにホッとした顔しちゃって、せっかくシェリアとプチデートできるチャンスだったのに。
……いや、無口不愛想で話題を振っても最低限の受け答えしかしてくれない相手と二人っきりって、冷静に考えたらメンタルに難在りなリクスには少しキツイかな。好きな相手だからこそなおのこと、傍から見て機嫌がわかりにくいとか胃痛案件待ったなしだよね。うん、頑張れリクス!
「お許しいただき何よりです。では、皆様はまだこの街に着いて日も浅いとのことですので、此度は僭越ながらわたくしが臨険士組合まで先導いたしましょう。どうぞこちらへ」
そうしてシェリアの攻略難易度の高さに現実逃避している間に話は進み、笑顔の裏で何か企んでそうなリュミアーゼに渋々ながらついていくことになった。くっそぅ、口で純粋培養のお貴族様に勝てる気がしない。だからって逃げる選択肢は端からないし、ここから先はより一層用心しないと。