再会
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留学開始から三日を無事に過ごした今日は、ちょうど休日で学院自体が休みの日だ。学生はたいていすぐ横の街に繰り出すようだね。街自体が学院より一回りも二回りも大きいから、休日を過ごす分には結構いろいろあるらしい。
そして例に漏れず、昨日の内にリュミアーゼからお誘いを受けて、せっかくだからとエリシェナが大乗り気な時点でボクの同行も自動的に決定だ。まあ初めて来た街を案内してくれるっていうことだから、相手がリュミアーゼっていうのがちょっと怖いけど、どうしたって好奇心の方が勝るよね。
そんなわけで、学生三人で朝からオーラルの繁華街に繰り出している。お供にはそれぞれ空気みたいな付き人だけで取り巻きはいないから、実質ノーカウントと思っていいだろう。
さてさて、オーラルは行政特化の都市ってことだけど、人がいるなら必ず営みがある。市場やお店はレイベアに負けないくらいは充実してるし、何なら娯楽系の店だって軒を連ねている。しかもレイベアと似たようなレベルで最低限とか言い張ってるらしい。それ以上を求める場合は周囲の各商都市に行くなりお取り寄せするなりが必要だけど、ぶっちゃけ『する必要あるの?』っていうのがボクの正直な感想だ。さすが商業国家、各種商品に求める水準がいろいろおかしい。
「ウル様は欲の少ない方なのですね。確かに一般の方ならばそう思われるかもしれませんが、裕福な家庭の出身であれば物足りないと感じるものですよ」
立ち並ぶお店を冷やかして思ったことをポロっと漏らしたところ、リュミアーゼには微笑ましいものを見る目で見られた。うん、マキナ族自体が生存するだけなら完全自己完結してるせいか、種族的に物質的な欲求が薄いのは認めようと思う。
「ウル様はわたしのお友達ではありますが、最近まで辺境で過ごされていたのです。そのためか、あまり物に執着されることがございません。わたしのように生まれから恵まれてしまった者には簡単に真似のできない、素晴らしいお心をお持ちなのです」
こういう場合はなんて返すのがいいんだろう、なんて思った時にはエリシェナのフォローが差し込まれていた。僻地の生まれ育ちで庶民よりさらに物欲の水準が低いってことを、いい感じに聞こえるように言い換えてるのはさすがだと思うけど、そう表現されてしまうと微妙にくすぐったい。
「いえいえ、ただ単に田舎者なだけです。褒めてもらえるほどのものじゃありませんよ」
「ご謙遜を。例えそうだとしても、自らと異なる視点を持つ知己というものは、わたくし共のような尊き血に連なる者にとっては、他に替え難い宝なのです。叶うことならば、わたくしもそのような友を持てればと常に願っております」
さすが生粋の貴族様、ハードルが上がり過ぎないように牽制したつもりだったけど、軽くいなされた気分だ。そしてなんか後半のセリフに合わせて期待のこもった目で見つめられてる気がする。なんなの? 逆にちょっと怖いんですけど?
「そのお気持ちは察して余りあります。けれども、未熟な身ではなかなか機会が巡りませんもの。ウル様、せっかくのご縁ですし、リュミアーゼ様とお友達になって差し上げてはいかがでしょうか?」
すると一瞬チラッとボクの方を見たエリシェナが、ことさら明るい調子でそんなことを言う。ああなるほど、リュミアーゼのは『お友達になってください』ってことだったのか。ボクが、腹黒ピュア貴族の? うわぁ、できれば遠慮したい……けど、今エリシェナ、ボクがわかってなかったことを確認したうえで勧めてきてるよね?
「はい、ボクでもいいのなら」
「まあ、ありがたく存じます。改めてよろしくお願いいたしますわ、ウル様」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
営業スマイルを浮かべてそう答えれば、向こうも笑顔で応じてくれた。たぶん貴族的にはこういうお願いごとって断らない方がいいんだろう。下手に断って機嫌を損ねでもしたら護衛の負担が増えそうだし、表面上だけでも仲良くしておくしかないね。
「そこ行く麗しのお嬢さん達、少し時間をもらえないかな?」
そんな風に新たな暫定お友達が増えたわけだけど、上機嫌に見えるリュミアーゼが口を開こうとしたタイミングで、背後からキザなセリフが聞こえてきて思わず振り返った。大勢の人が行き交っている大通りだからそうじゃないかもしれないけど、周りで『麗しのお嬢さん達』っていうのに当てはまりそうなのがボクたちくらいしかいないし、何よりその声は聞き慣れたもの。
「まあ、ケレン様ではありませんか。ごきげんよう」
同じく振り返ったエリシェナが驚いた様子で声を上げた通り、視線の先にいたのはうちのパーティの自称参謀くん。今回の護衛はボクへの個人依頼なんだから、本来ならレイベアにいるはずのケレンがオーラルにいることに驚いたんだろう。そして実を言うとボクもちょっと意外に思っている。
「あれ、ケ――」
「ああ、遠目にも見間違いようのない華やぎでわかってましたけど、やっぱりエリシェナお嬢さんとウルお嬢さんですね! 拠点を離れて少し寂しく思ってましたが、まさか異国でお会いできるとは、これこそまさに運命のお導きというやつでしょう!」
思わずいつも通りに話しかけようとしたところを遮るように、ケレンは芝居がかったナンパセリフをまくしたてる。そんな明らかにボクってわかってるはずなのに、どこか他人行儀な口調だったもんだから一瞬首を傾げたものの、その視線がボクをジッと見た後でチラッとリュミアーゼの方へ向けられたのに気づいたことでなんとか察せた。
今回の護衛依頼は、合法だけどいわゆる潜入系だ。お守り兼任な念のための配置とはいえ、身分的に一般人が貴族の中に紛れ込んでるなんて大っぴらにするのはよろしくないはず。護衛対象のエリシェナは内情を知ってる協力者でもあるわけだけど、居合わせているリュミアーゼは暫定お友達になっただけの赤の他人。うっかりでもバレた後にどんな対応を取るのか予測がつかない。
なのにちょっと意表を突かれたってだけで、いつものように話しかけようとしちゃったわけだ。表向き貴族の子女が臨険士とタメ口たたく仲だとか、怪しさ爆発だろう。頑張れば誤魔化すこともできそうだけど、そもそもそんなリスクを取るくらいなら最初から隠し通した方が手っ取り早い。
そんなわけで同じく依頼の事情を知っていて頭の回転の速いケレンは、ボクがうっかりボロを出さないように長セリフで牽制してくれたんだろう……たぶん。
とりあえず、同じようにリュミアーゼにチラリと視線をやってから注視してれば気づくだろう程度にコクコクと頷くと、ちゃんと気づいてくれたらしいケレンが小さく肩をすくめた。その時の顔に『やれやれ手間のかかるやつだ』って書いてあるような気がしてちょっとだけイラっとしたけど、やらかしかけたのはこっちなんだから心の中だけにとどめておくことにする。
「相変わらずお上手ですこと。こんなところを見られては、またリクス様からお小言を頂くのではないですか?」
「ご安心あれ。あの朴念仁は今ちょいと別の用事で離れてますから、いくらでもエリシェナお嬢さんの美しさを褒め称えれるんですよ! いやあ、レイベアを離れた甲斐があるってもんです」
「わたしもこちらでお会いできて驚きました。レイベアに居を構えてらっしゃるとばかり思っておりましたが、何か理由でも?」
「いやいや、大したもんじゃないですよ。いわゆる『遠征』です。俺らもそれなりに場数を踏みましたんで、ここらでいっちょ本場を拝みに行こうかと思い立ちましてね」
「まあ、そうでしたの。いつからご滞在されていらっしゃるのですか?」
「ちょうど昨日の遅くに着いたばかりでしてね。本当ならもう二、三日かかる予定だったんですけど、乗り継ぎがうまいこといったのと道中何事もなかったおかげで、だいぶ早く来れましたよ」
そしてボクたちのやり取りで気づいたのか、同じく裏事情を心得ているエリシェナが率先してケレンから話を聞きだしてくれた。エリシェナには教えてなかったから知らなかっただろうけど、実のところリクスはボクへの依頼詳細を聞いたら「それじゃ、おれ達も遠征に行こう」って当たり前の顔で言ったのだ。
普通、臨険士っていうのは普段の行動範囲がある程度決まっている。危険を伴う仕事なんだから、地の利や馴染みっていうのは重要だからね。主に不測の事態を減らす意味合いが強いから、カッパーランク以下だとその傾向が強い。
でも、それだと悪い意味での慣れができちゃうから、向上心の高い臨険士はいつもと違う環境を求めて行動範囲を大きく離れることがある。そういうのを業界じゃ『遠征』って呼んでて、リクスもボクが遠出することになったからいい機会だと思ったかそう提案したようだ。
英雄志望のリクスは元から向上心にあふれてるし、ケレンは「面白そうだ」って即了承。方針は丸投げが基本のシェリアも反対はしなかったし、依頼で別行動予定のボクが意見していいことでもないと思ったから、遠征自体はあっさり決まった。そして行き先をオーラルにしてくれたのは、『臨険士組合の本部を見に行く』っていう理由以外にもあるって自惚れてもいいのかな?
そんなわけでケレンが今ここにいること自体は予定通りだけど、移動は一般ルートだから事前予測だともう少し時間がかかるはずだったのだ。けどまあ、厳密な時刻管理ができるはずもないこの世界じゃ、日程に余裕を持つのは当たり前。運が良ければ早めに着くことはあり得るわけで、今回はたまたまそんなパターンだったようだ。
「随分親しい間柄の御仁なのですね、エリシェナ様」
そこで一区切りついたと判断したのか、それまで静かにしていたリュミアーゼがスッと会話に入ってきた。実はケレンがエリシェナと話し出したあたりから無言でじっとやり取りを見つめてたんだよね。顔はいつもの貴族スマイルだったからちょっとわかりにくかったけど、注意して見てれば頻繁に視線が行き来してて、わずかな変化も見逃すまいって感じだったよ。いやホント、ケレンが機転を利かせてくれて助かった。
「申し訳ありません、リュミアーゼ様。望外の巡り合わせに少々浮かれてしまったようです。遅ればせながらご紹介させていただきますね。こちらは、わたしが懇意にしております臨険士のお一方で、ケレン様とおっしゃいます」
「お目にかかれて恐悦至極です、金の波を頂く麗しきお嬢さん。俺はヒュメル族、カッパーランク臨険士のケレン・オーグナーと言います。どうぞお見知りおきを」
エリシェナの紹介を受けて芝居がかった仕草で跪くと、当然のようにリュミアーゼの手を取って額に押し当てるケレン。いや、確かに貴族相手の挨拶としたら順当なのしれないけど、往来のど真ん中でやるかな普通? 相変わらずリクスにも見習ってもらいたいくらいのクソ度胸だけど、清々しいくらいのキメ顔がなんとなく腹立たしい。
「――ご丁寧にありがたく存じます。わたくしはヒュメル族、クリュシス公国ヴァレンティ大公家が第一子、リュミアーゼ・ノルム・ヴァレンティ・クリュシスと申します」
それに対してリュミアーゼは束の間考えるように小首をかしげたけど、ケレンの大げさすぎる挨拶がさも当然って感じで艶然と微笑んで見せた。これが本場貴族令嬢の貫禄か……。
――ところで今の名乗りだけどさ。学院の外だからって判断なのか、正式バージョンになってたリュミアーゼのやつ、しれっととんでもないのが混ざってた気がするんだけど。
さて、地理と政経の復習だ。アトライ小国連合っていうのは、文字通り小さな国が同盟を結んで一つの国みたいになってるところだ。連合としてのトップは各小国の代表者で構成される連合議会で対等にって方針らしいけど、当然発言権の大小はあるわけで、クリュシス公国は上から数えたほうが早いって話。
そのクリュシス公国もちょっと政治形態が特殊で、軽く聞き流してたけど確かヴァレンティ大公家っていうのが実質トップだったはず。つまり、リュミアーゼは実質的にお姫様ってことになる。
……うん、いつもならこう、『ガチのお姫様初めて見たさすがファンタジー!』ってテンション上がりそうなんだけど、当人が笑顔の仮面に絶賛警戒中のリュミアーゼってことで、いまいちありがたみが薄いね。
「これはこれは、草原に咲くアロウェナのごときお姿とは一目見た時から感じてましたが、まさしくアトライの姫君でしたか! 旅先で知己に会えるだけでなく、高貴なお方にご挨拶させていただけるなんて、ああなんという行幸でしょう!」
ただ、会ったばかりのケレンにとってはそうでもないようで大げさに――いや、女の子が相手ならわりといつも通りのテンションだね。そして大抵そのせいで肝心の女の子に引かれるっていうね。その事実に本人が気付いてないのか、気付いていてそれでもめげないのか……頭はいいはずなんだし、仲間としては後者であることを願ってやまない。
「まあ、お上手ですこと。このようなお方ともご縁をお持ちとは、エリシェナ様の人望の高さがうかがえますね」
「わたしなどまだまだです。ケレン様方とはたぐいまれなる機会に恵まれたおかげで、たまさかその機を掴むことができたという幸運のたまものです」
そしてやっぱりこういうのに慣れてるのか、芝居がかったケレンの言葉を貴族スマイルで当然のように受け止めるリュミアーゼ。ただあんまり話す気はないのか、即座にエリシェナへの誉め言葉に変換してるね。
「エリシェナ様が懇意にされているということは、ウル様もこの方とはご縁がおありなのでしょうか?」
おっと、ちょっと油断してたらこっちに話を振ってきた。えーっと、嘘を言わずに無難に返すとしたら――
「はい、親しくさせてもらってます」
「まあ、やはり。先日はウル様が類稀なる武人であるとのお話を小耳に挟みましたが、それもこのようなご縁があるからこそ培われたのでしょうか」
いやその話昨日の今日だよね? 結構派手にやらかした自覚はあるけど、もうそんな噂になってるの?
「そうじゃないですね。ケレンと知り合ったのは最近です」
「そうなのですか? では、ウル様はもとよりお強かったのですね」
「まあ、はい」
「さようですか。あいにくと剣に触れることなく育ったわたくしでは、おそらくは武人が積み重ねるものを正確に理解することはできないでしょう。しかしながら、そのお歳で無類の称賛を受けられるウル様は、きっと秀でた才とたゆまぬ努力を培ってこられたのでしょうね」
「あ、あはは、そうでもないですよ」
「まあ、それほどの積み重ねをお持ちでありながらご謙遜まで。わたくしも見習わせていただきたいほどですわ」
「あははは……」
い、いたたまれない……。いやまあリュミアーゼにしたら生まれた時からデフォルトで強いなんて想像の埒外だろうし、そこから少しでも向上できるようにいろいろ試したりしたのは事実だけど、それだって思いついたり面白そうって思うことを片っ端から試しただけだし……正直、真面目に鍛えて強くなった人と比べるべくもないと思うんだよね。
なのにその言いようだと、ボクなんかがマジで『どこの世界の主人公?』って言いたくなるような完璧超人に聞こえてしまうからやめて欲しい。やめて欲しいけど下手に言い返したらボロが出そうだからできない……ぐぬぬ、褒め殺しってこういうのを言うのかな? ねえちょっとエリシェナ、嬉しそうに聞いてないで助け舟出してくれないかな? あ、ケレン、その微妙に顔がプルプルしてるの、絶対笑い堪えてるやつだよね? あとで覚えとけよ!
「そうですわ! わたくし、近くに素敵な喫茶店を存じております。この後お友達として武勇伝などお聞かせいただけませんか、ウル様? もちろんまたとない巡り会わせにちなみまして、そちらのご友人もぜひ」
いやそんな『いいこと思いついた!』みたいな感じで提案されてもめちゃくちゃ困るんですけど! なんかさっきから妙にグイグイ来てない、リュミアーゼ!?
「まあ、それはとても素敵ですね! ウル様、ぜひ参りましょう!」
「花のようなお嬢さん方からのお誘いとあっちゃ、断れば男が廃るってもんです。この不肖ケレン、喜んでお供いたしましょうとも!」
ねえちょっとそこの二人、いつもならボクが困ってることくらい察してるよね!? なんでそんなノータイムで嬉々としてオーケー出しちゃうの!?
そんな風に内心で悲鳴を上げても、表面上はエリシェナよりも下の立場かつケレンとは身分が違うわけだから、下手なことを言えばせっかく隠してることが即バレしそうで怖いしで、ボクとしては気分的に冷や汗流しながらニコニコ笑顔を張り付かせておくしかない。
「では、参りましょうか。こちらです」
そんな状態で賛成多数の貴族提案をどうにかできるはずがなくて、先に立って歩くリュミアーゼに黙ってついていくしかなかったのだった。なんでだろうね、味方の方が多いはずの状況で四面楚歌ってなかなかないと思うんだ。