青春
今年は最後の投稿ですね。よいお年を!^^
「じゃあ……いつでもどうぞ」
「応! 学び舎故に名乗りは略すが、騎士ドランツ、参る!」
適当に距離を開けてから木剣をビシッと突き付けてみせれば、再び手にした木剣を構えるや否や後先考えてないんじゃって勢いで突っ込んでくるドランツ。
「はああっ!!」
裂ぱくの気合と共に繰り出される袈裟斬りは十分様にはなってる。きっとリクスだったら全力で防御しないと、うまくいっても態勢を崩されるだろう威力と鋭さだ。
まあそれくらいならボクは片手でも余裕だけど、見た目完全女の子に正面から力負けしたとかになったらさすがに男としての気まずいだろうから、受ける角度の調整と足さばきで受け流すことにする。
けどドランツはボクの横で盛大に空振った木剣を、なかなかの反応で斬り返してきた。しかも狙いは太ももから腰あたりを狙った浅い軌道。避けるなら大きくステップしないとだけど、至近距離だから生半可な脚力じゃ逃げ切れない。避けづらい上に傷を受けたら機動力に響く、受ける側からしたら厄介だからこそいい狙いだ。
だから地面を蹴って飛びあがりつつ体をひねれば、一瞬で上下反対になった視界の頭上すぐをドランツの木剣が通り過ぎていく。あ、また目を丸くしてるや。ニッコリ笑顔でもサービスしておいてあげよう。
そのまま最小限の滞空時間で着地して――ってまた斬り返しくる? 判断の速さとそれを実行する瞬発力がすごいね。このままだと着地よりほんのちょっとだけ早く木剣が当たる。さすがに空中じゃ常識的な手段で移動なんて無理だ。
なので、さらに体をひねってもう一回転。勢いをプラスした木剣で下から思いっきり跳ね上げて無理やり軌道をずらした。その間にしっかり着地して追撃――っと待て待て。ドランツがやりたいのは稽古だろうし、ここで本気出して終わらせても絶対物足りないって言うに決まってる。なんせリクスがそうなんだから。
ということで試合モードだった意識を鍛錬用に切り替え、軽くバックステップして距離を取りつつドランツの出方を見る。すると弾かれた木剣を引き戻して大急ぎで構えなおしていたドランツは、一瞬不思議そうな顔をしてから気を取り直したように斬りかかってきた。今度は振りを小さくして威力よりも速度を重視した剣筋になっている。どうやら当てることを重視したらしい。鍛錬大好きな脳筋かと思ってたけど、すぐに戦術を切り替えられるなんてちゃんと頭まで使ってるんだ。少し見くびってたよ。
威力控えめってことで今度はきっちり木剣で受けて防御するけど、ドランツもそれは織り込み済みだろう。すぐに引き戻された木剣が別の角度から打ち込まれてくるから、それをどんどん受けて弾いて逸らしていってあげる。やー、剣一本でここまで無理のない連撃を繋げられるなんて、ドランツったらいい腕してるね。これならカッパーランクの臨険士とでも、たいていは張り合えるんじゃないかな?
頃合いを見て受けた木剣を強めに弾いて、生まれた隙に反撃を加える。と言ってもリクスでも反応できるくらいに速度を落としてあるから、ドランツも素早く戻した木剣で受け止めることができた。そのまま二回三回と攻撃するうちに受けきれなくなってきたようで、受け止めた反動も使って一度大きく距離を取るドランツ。当然追いかけようと思えばできたけど、そうはせず離れるに任せて仕切りなおす。
「……手加減しているのか?」
おっと、さすがに露骨過ぎたかな。でも怒ってるというよりは不思議そうな感じの顔してるね。あえて言うなら『なんで自分が今の攻撃を防げたんだろう』ってところかな?
「少しでも長く戦えた方がいいかと思ったので」
それが不満って感じじゃなかったから、とりあえず正直に思ったままを述べてみることにした。果たしてドランツは納得したように頷いたかと思うと、その目にさらなる闘志をみなぎらせる。
「心遣い、感謝する!」
「そんな暇があるなら、遠慮なくどうぞ」
「言われずとも!」
口にした勢いに乗せるように再び突っ込んでくるドランツ。うん、やっぱり根本的なところで脳筋だね。まあ清々しいからボク的には断然好感が持てるってもんだ。
「あれほど気を入れたドランツであっても掠りすらしないとは……君の新しい友人はとてつもない武人なのだな、エリシェナ嬢」
「はい! 御覧の通り、ウル様はとてもお強いのですよ!」
「ドランツ、あれ完全に本気じゃない? それを涼しい顔で相手できるって……」
「嘘だろ今の避けれるのかよ!? 絶対入ったって思ったのに!」
「うわ、よく防げたな今の。やっぱドランツって強いんだなぁ」
時々攻守を入れ替えながら相手をしていると、いつの間にか増えてきたギャラリーからそんな感想が聞こえてくる。素人目にもなんとか視認できるくらいのスピードだからか戦技科所属の学生の興味を引くようで、気付けば訓練場の端の方のはずなのに随分とにぎやかだ。まあ実力を示すって目的には合うし、何よりなぜかボクのことを自慢げに話すエリシェナが楽しいそうだから問題なし。
「――おいおい、何をそんなに手間取ってるんだよ、ドランツ」
なんて思ってたら、横合いからそんな声がかかった。剣戟を捌きながらチラッと横目で声の主を見れば、茶色のザンバラ頭に腕白で生意気そうな顔の少年だ。歳はドランツと同じくらいに見えるけど、オブリビアン寮で見たことのない顔だから一般枠の学生だろう。パッと見じゃヒュメル族だけど、表皮の一部が鱗だったり、身長くらいありそうな長いしっぽがあるところからすると、爬虫類系のアナイマ族かな? 適度な筋肉のついたバランスのいい身体つきは、有望な若手の臨険士を思わせるね。
「お前がそんなじゃ、今日来たばかりのやつにオレ達全員が舐められるじゃねぇか。それとも何か、いつもみたく騎士道なんてのを気取ってやがんのか?」
わーお、セリフと言い馬鹿にするような笑みと言い、反骨精神の塊みたいな雰囲気だね。周りも『またか』みたいな顔してるところを見ると、普段からかなーりヤンチャなんだろうな。
「――ネイルズか。ちょうどいい、手を貸してくれないか?」
けれどそんな声をかけられたドランツ自身は、それをきっかけにしたようにいったん大きく飛び退って距離を取った。そして肩で息をしながらボクが追いすがらないのを確認すると、視線を外さないままそんな提案をする。ほほう、一人じゃ手も足も出ないとみて仲間を増やそうって魂胆かな。
そんな揶揄なんてどうでもいいって言わんばかりの態度に、ネイルズって名前らしい少年がムッとしたように顔をしかめる。
「おいおい、戦技科の四天王が本格的に余裕なしか? いつものお説教はどうしたよ?」
「悪いがそんな時間も惜しい。そしてウル嬢の本気を少しでも引き出すには、俺だけでは圧倒的に不足だ」
「そんな華奢なお嬢様に敵わないなんて、腹でも下したか? ならさっさと寮に帰って寝てろよ」
「お前も見ていたなら実力の差くらい分かっただろう? 圧倒的強者から手ほどきを受けられる機会なんて滅多にないんだ。今より強くなりたいなら少しでも糧にしようと思え」
どうもあくまで神経を逆なでしたいらしいネイルズの言い方に対して、ドランツの方は言葉通り頭の中が『貴重な特訓の機会』に埋め尽くされているような、ある意味塩対応。性格の違いが見事に出てるね。
そして『戦技科の四天王』だってさ。がぜん興味を引く響きだね! 後で詳しく聞かせてもらおうっと。
「ハッ、素直に『助けてくださいお願いします』って言ったらどうだ?」
「ならば請おう。お前の助力が必要だ。共に戦ってくれ、ネイルズ」
そしてネイルズの挑発にしか思えない言い分に、それでもドランツが一瞬のためらいもなく応じたことで、ギャラリーからどよめきが沸き起こった。どうやら戦技科の皆さんにとってはかなり意外な展開らしい。『二人の共闘が見られるなんて!』みたいなことを興奮気味にしゃべっているのがチラホラ聞こえてくる。
「……チッ、普段の『誇り』がどうのっていうのはどうしたんだよ?」
「場をわきまえているだけさ。『誇り』は戦場において命を賭すものだが、鍛錬において弱者が強者に掲げて見せたところで滑稽なだけだ」
「フン……貸しにしとくぜ」
「安いものだ。借り受けよう」
そんなやり取りを経て、進み出てきたネイルズがドランツの隣に並んだ。うーん……面白そうだから待っててあげたけど、普段はどうあれ内心じゃお互いに相手の実力を認め合ってるライバル同士って感じかな? いいねぇ、青春してるねぇ!
涼しい顔をしながら心の中でニヨニヨしていると、ネイルズが背負っていた二本のやや短めな木剣を両手に持って構えた。どうやら二刀流が彼のスタイルらしい。
「そんじゃ、オレも混ぜさせてもらうぜ。二対一が卑怯だなんて文句は巻き込んだドランツに言えよ?」
「すまない、ウル嬢。事後承諾になってしまうが、彼の参戦を認めてもらえるだろうか?」
一方の木剣を担ぐようにして不敵な笑いと共にもう一方を突き付け、当然のような顔をしてそんなことを言ってくるネイルズ。対してドランツは自分から申し込んだ試合の条件を成り行きで勝手に変えてしまったことが気になるようで、少し申し訳なさそうにそう申告してくる。見事な凸凹コンビ具合だね。
ボクにとってはそのくらいなんでもないだろうけど、せっかく引け目に感じてるみたいだから今のうちに気になってることでも聞いておこうか。
「その前に、さっき言ってた『戦技科の四天王』ってなんですか?」
「ああ、その……それに関してはあまり気にしないでもらえるとありがたいのだが」
「んだよ。言ってやればいいじゃねぇか。オレ達こそ入学以来不動の上位成績を取り続けてる、精鋭中の精鋭だってことをな!」
そうすればここにきて初めて視線を泳がせるドランツだったけど、それを見たネイルズが実に誇らしげに教えてくれた。どうやら彼、若干中二病を患っているらしいね。年齢的には高二病かもしれない。でも嫌いじゃないよそういうの! 生意気すぎる態度にちょっとイラってきてたけど、そんなのすっ飛ばして一気に親しみが湧き出てくるレベルだ。
「つまり、二人の実力は近いって考えても?」
「んなわけあるか! 試合じゃオレの方が勝ち越してんだ! オレの方が強ぇ!!」
「そうなんですか?」
「まあ、事実として勝ち星はネイルズの方がいくらか多いな。これまで何十回と試合した中でだが」
「少しだろうがオレの方が勝ちは多いんだ! オレの方が強ぇのは変わりねぇ!」
そんな主張を聞く限り、わりと実力伯仲ってところみたいだね。まあ予想はしてたよ。
「なら別にいいですよ。それくらいなら二人になってもあまり変わらないですから」
だからあえてニッコリ笑顔で挑発してあげると、思った通り覿面に顔を険しくするネイルズ。
「あぁ? なんだその態度、余裕のつもりか? 気に入らねぇな」
「その通りですよ。ボクからしたら子犬が二匹じゃれついてくるようなもんです」
「……言ってくれるじゃねぇか、てめぇ!!」
さらに煽ってみればネイルズの額にくっきりと青筋が浮かぶ。今までの発言から考えれば、きっとどっちかって言うと『ドランツに対抗する』って意識の方が強かったんだろうけど、たぶん今明確に『生意気な闖入者を倒す』って方向に切り替わったと思う。うんうん、事実とは言えせめて余計なことは考えないようにしないと鍛錬にもならないからね。
「てめぇなんざオレ一人でも十分だ!」
「おい待て、単独では相手にすら――」
「ならお前は見てやがれ!」
それだけ言い捨てたネイルズは、ドランツの制止も聞かずに一人で飛び出してきた。あらら、ちょっと煽り耐性低すぎない? そんなに沸点低いといざ実戦ってなった時に心配だなぁ。
とりあえず地を這うような低姿勢から、走る勢いものせて伸びあがってきた二本の木刀をいなす。ドランツに勝ち越してるっていうのも嘘じゃないみたいで、スピード勝負の二刀流ってことも相まってか剣の速度自体は明らかに上だ。間髪入れずに翻った木刀がそれぞれ最短距離で急所を的確に狙ってきたのはちょっと感心したし、さらにはそこから手数で圧殺しようと言わんばかりな怒涛の連撃に続くのもなかなかだと思う。
けど、頭に血が上ってるせいか、どれも剣筋が直線的で単調すぎるから予測もしやすい。いくら攻撃回数が多くてもボクからしたら誤差の範囲だし、これならしっかりフェイントとかも駆使してたドランツの方がまだ少し面倒だね。
そしてそのドランツはというと、勝手に飛び出しちゃった相方を援護するかと思えばそうでもなく、さっきまでの打ち合いで上がっていた息を整えつつジッとボクの動きを見ている。うーん、ドランツって脳筋は脳筋だけど、戦闘に関してはしっかり考えてる感じだし……頭に血が上ってるネイルズが落ち着くのを待ってる感じかな? こんな状態じゃ連携なんて聞きやしないだろうし、その間にできるだけ体力の回復とボクの動きに慣れようとしてるんだろう、きっと。
そんな風によそ見をしていると、急にネイルズの動きが変わった。ただまっすぐに急所を狙ってきてたのに、フェイントを挟んだうえで急所狙いを囮に足を狙ってきた。まあ余裕で捌いたけど、それ以降戦術が組み込まれているのがはっきりとし出す。あれだけ攻撃しといて掠りすらしなかったってことで、ちょっとは頭が冷えたのかな?
やっと理性の見えてきた剣捌きは、なるほどこれならドランツに勝ち越せてるっていうのもうなずけ――うお、今のそこまで伸びる!? それで体勢崩さないとかどうなって……あ、尻尾をカウンターウェイトにしてバランスとってるのか。便利そうだなー、その長い尻尾。
まあ尻尾持ちアナイマ族特有の戦法はちょっとビックリしたけど、根本的に速さも威力も手数も足りない攻撃がボクに届くはずもない。危なげなく捌いてから隙を見て軽く拳を当ててあげれば、ネイルズは弾かれたように吹っ飛んだ。
んー……手ごたえが思ったより軽い? さてはとっさに自分から後ろに飛んで軽減図ったな。その判断力と反応速度、悪くないね!
「ぐぅっ! ――チッ、なんなんだあいつ。化け物かよ」
「現実は見えたようだな。わかっただろう、俺達程度が一対一では簡単にあしらわれるだけだ」
どうやら頭に上っていた血が完全に落ち着いたらしいネイルズに、しっかり息を整えたドランツが並んだ。やっと本番ってところだね。――あ、そうだ。
思いついたら即実行。油断のない目つきで見据えてくる二人にニッコリ笑顔を返しながら、空いている手を差し出して指をクイクイ。
……うん、せっかくの強者ポジだからちょっとやってみたかっただけなんだけど、視界の端に映るエリシェナがますます目を輝かせた気がする。どうやら今のムーブが琴線に触れたらしい。うん、解せる!
「……余裕かましやがって。ぜってぇ一撃入れてやる」
「それに関しては同意だ。だからこそ、二人でかかるぞ」
「わーったよ。遅れんじゃねぇぞ、ドランツ」
「誰に言っている?」
どうやら二人の戦意を掻き立てることも成功したようで、短くやり取りを終えると突撃してきた。ネイルズはまっすぐ最短距離を駆け寄ってきていて、ドランツがその斜め後ろに追随。メインアタッカーはネイルズでドランツが補助とか遊撃って感じかな? よーし、受けて立とう!