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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
七章 機神と留学
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令嬢

 結論から言うと、前の世界の義務教育すげー。

 いきなり何言ってんだと思うだろうけど、入学翌日にさっそく受けた初めての教養科の講義が原因だ。この世界の最高学府の共通科目ってことで結構身構えてたのに、蓋を開ければ答えが四桁になる程度の四則演算だったんだもん。

 いやまあ、確かに単純な計算問題じゃないかったよ? 一門一門が語学も兼ねてるんじゃないかってくらい修飾が多くてややこしい長文を読解したうえで計算式を導き出さなきゃいけなかったけど、逆に言えばそれだけだ。前の世界の記憶じゃ勉学系は大学卒業レベルだから、よっぽど油断しなければ間違える方が難しい。

 休憩を挟んで歴史の講義が始まったけど、ちょっとした年表と大きな歴史的事件を覚えるくらいだから、そういう勉強の要領がわかってることに加えて、記憶力が飛び抜けてるマキナ族なら朝飯前。続けて主要国家の流通貨幣とその計算問題もあったけど、同じ理由で余裕綽々だ。

 そんな感じでボクとしてはこんなものなのかと拍子抜けしたわけだけど、講義中周りの学生たちを見回せばどうにも様子が違った。下は十代後半から上は四十台くらいと年齢層がすごいけど、そのほとんどが難しい顔で真剣に取り組んでいる。

 エリシェナみたいに余裕がありそうな人は片手で足りるくらいで、中には頭を抱えて唸っている人もいるようだった。この世界基準だとかなりレベルの高い講義だっていうのがなんとなく伝わってきたね。

 まあ学院生なら必修な科目なわけだから、貴族出身以外の学生が多いのも一因だろうけどね。それでもちょっとまじめに勉強してればこれくらい鼻で笑える基準の教育を、もっと小さいころから全国民に義務付けられてるってホントすごいや。


「公爵閣下やガイウスおじ――ガイウス様は大げさだと思っていたけれど、ホントに拍子抜けするほどですね」

「お父様に厳しく教育していただいたおかげですね。これなら明日にでも教養科の免除試験を申請できそうです」


 午前中の講義が終わったところでそうこぼせば、エリシェナが微笑みを絶やさずに同意してくれた。やっぱりというか、トップクラスのお貴族様ってことで基礎教育はバッチリだったらしい。

 ちなみに免除試験っていうのはその名の通り、学生がもれなく出席させられる教養科の講義をすっぽかしていい資格を得られる試験のことだ。毎日午前中は教養科の講義が入ってるから、これをパスすると丸一日を他の専門コースに費やすことができるようになるけど、その分かなり難しいらしい。まあ、講義を受けた限りだとボクは余裕だろうね。


「――少しよろしいでしょうか、エリシェナ様?」


 とりあえず講義も終わったので席から立ち上がったところへ、聞いたことのある声が呼び掛けてきた。そっちを向けば昨日のあいさつ回りで見知った子が、にこやかな笑みを浮かべて近づいてきている。

 軽くウェーブのかかった夕日みたいにきれいな赤毛の、エリシェナより少し年上に見える彼女はリュミアーゼ。九商都連盟(ナインデパートメント)を挟んでブレスファク王国の反対側にある、アトライ小国連合っていう国の出身者が集まってるテーブルで代表を務めていた子だ。確か社交科と美術科、経済科に所属って言ってたっけ。取り巻きのようにリュミアーゼに付き従っているのは、同じテーブルにいた三人だね。ついでに言うと余裕の顔で講義を受けていた数少ない学生たちでもある。

 ちなみにだけど、教室内にウィニアさんを含めたお付きの人の姿はない。講義を受けられるのはあくまで学生枠だけとのことで、終わるまでは控室で待機してるのが普通だそうだ。確かに付き人枠でも授業が受けられるなら学生枠の意味がないよね。きっと料金も違うんだろう。


「ごきげんよう、リュミアーゼ様。同じ講義を受けていらっしゃることは存じておりましたが、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「どうぞお気になさらないでください。わたくし達が間際に来た上に、離れた席しかなかったのですから致し方ありません」

「フィリプス様からは、オブリビアン寮の学生はほとんど免除試験を終えているとお聞きしていました。あとからやってきたのはわたし共ですから仕方ないこととは理解していても、少し寂しい思いをしておりました。ですから知己の方がいらしたことで驚き、そしてとても嬉しく心強く感じたのです」

「それはようございました。本来でしたらフィリプス様のおっしゃる通りでしたが、学院に来たばかりのエリシェナ様が心細くしていらっしゃらないかと気にかかりましたので、先達として久しぶりに顔を見せようかと思った次第ですの。いらぬ世話かと少々心が揺れておりましたので、無駄ではなかったことが知れて幸いです」

「まあ、リュミアーゼ様はとてもお優しいのですね。リュミアーゼ様のような方と共に学べるだけでも、わたしがこの学院に来た意味はありましょう」

「あなたのような方にそう思っていただけるとは、何とも光栄なことです。その期待を裏切らないよう、わたくしも気を引き締めさせていただきますわ」


 そんな風に和やかなやり取りを交わす二人は、まさに絵に描いたご令嬢って感じだね。どっちも負けず劣らずの美少女だし、たまたま近くにいる学生たちがチラチラと盗み見してるのもうなずける話だ。

 ……それはそれとして、お貴族様流のやり取り、長くない? 全然本題っぽいことを話してないところを考えたら、これであいさつ代わりなのかな?


「時に、エリシェナ様。午前の講義はこれで終わりましたが、この後何かご予定はありまして?」

「午後からでしたら、社交科の講義に出席させていただこうと考えております。オブリビアン寮の皆様も受けていらっしゃるとお聞きしておりますので、とても楽しみにしているのですよ」

「あら、そうでしたか。では、よろしければ先達として講義についての助言などいかがでしょうか。すでにご実家で身に着けていらっしゃるとは思いますが、講義では少々勝手が違うせいか、最初は難儀する方が多いのです」

「まあ、そうなのですね。お父様より恥ずかしくないようにせよと仰せつかっていますので、是非ともお聞かせくださいませ」

「それでは、お話がてら昼食としましょう。エリシェナ様はこちらことではまだ不案内でしょう? 食堂までご一緒いたしましょう。昨夜の食事会ほどではありませんが、さほど劣らない料理を堪能できましてよ」

「喜んでお言葉に甘えさせていただきたいと思います。ウル様、参りましょうか」


 あ、終わった? なんかいろいろ修飾の多いやり取りしてたけど、結局『お昼食べに行こう』ってお誘いってことで合ってる?


「はい、行きましょうか」


 にっこり笑って頷けば、リュミアーゼもその取り巻きも満足そうに頷いて当然のように踵を返した。なんかついてくるのが当たり前みたいで微妙に上から目線な態度な気がしなくもないけど、フィリプスも似たような感じだったしむしろこれが貴族のデフォルトなんだろう。冒険話大好きな隠れお転婆のエリシェナを基準にしない方がいいよね、絶対。

 そんなわけで、途中控室によってそれぞれお付きの人を迎えに行きつつ、ボクたちはリュミアーゼの先導に従って学院の大食堂にたどり着いた。さすが最高学府の食堂、一階だけでオブリビアン寮の多目的ホールの数倍はありそうだ。一部は吹き抜けになってて二階席が見えることを考えればそれ以上だろう。広さのせいか、お昼時だからかなり人はいるけど、ちょっと見渡せば意外に空いてる席が見つけられるね。


「ちょうどあちらが空いていますね。エリシェナ様は食事にお好みはありまして?」

「今は食べ慣れたものよりも、見知らぬ料理を味わう貴重な機会と思っております。どれも素晴らしいものとお聞きしておりますから」

「でしたら、わたくし共の郷土料理などはいかがでしょうか? ここならば昨日供された物とはまた一味違った風味を楽しむことができましてよ」

「まあ、それはとても素晴らしいですね。是非に味わわせていただきたいと存じます」


 そんなやり取りの後、入り口近くの空いていたテーブルを囲んだ。どうやらレストラン方式らしく、リュミアーゼがお付きの人に何やら料理名らしきものを伝えて行かせると、しばらくして人数分の食事が給仕の人によって運ばれてくる。チラッと聞こえた通り、昨日の食事会で見たのとはまた違ったやつだ。

 そのまま和やかな雰囲気で食事とおしゃべりが始まったけど、貴族の流儀で交わされる会話が面倒くさいことこの上ない。一応、講義の内容についてだとか学院の生活だとか親しい相手のことだとかが話題になってるってことはなんとなくわかるけど、一つ一つの言葉が修飾過多で、無駄に思えるほど相手を褒める感じの言葉が入り乱れるせいでうっかりしてると本題を聞き逃しそうだ。

 幸いなことに歓談自体は主にエリシェナとリュミアーゼが話してるだけでいいようで、向こうの取り巻きも時々振られる話題に応じたり相槌を打ったりってくらいしかしていない。エリシェナも無理に話を振ってくることはないし、下手にしゃべったらボロが出そうだし、適当に相槌打つくらいにして料理を楽しむことにしようっと。

 そんな風に愛想笑いを浮かべながらモグモグしてると、『探査』に人が近づいてくる反応があった。他の人は特に気にせず出入りしてるのに、急に進行方向を変えてきたからまず間違いなくボクたちの誰かに用事があるんだろう。


「やあ、エリシェナ嬢、リュミアーゼ嬢。麗しき華が楽し気に声を弾ませている様子は、まるで一枚の絵画のようだ」


 反応は見つつ素知らぬ顔で待っていると、聞き覚えのあるイケボがかかってきた。どこかケレンを思い出すセリフを当然の顔で口にしているのはフィリプス。今日はお付きの人だけの単独行動中のようで、昨日食事会で一緒になったメンバーは近くに見当たらない。とりあえず要警戒対象が来ちゃったことだし、ちょっと注意しておこう。


「まあ、フィリプス様。お声がけいただき光栄にございます」

「ああ、リュミアーゼ嬢、そのままでいいよ。可憐な花がとても親し気に笑い合っているのについ誘われてしまっただけで、私に和を乱すつもりは欠片もないのだよ」


 ごく自然にスッと立ち上がって挨拶しようとするリュミアーゼを制して、フィリプスがニッコリと笑いかけてくる。リュミアーゼもエリシェナ並みの美少女だから、二人がやり取りしてるとすごく絵になるね。どこからか『爆ぜろ』とかいう怨嗟が聞こえそうでもあるけど。

 まあ美男美女のやり取りだけなら目の保養にはちょうどいいし、こっちに話が来る気配もないから適当に聞き流しつつ食事続行だね。


「フィリプス様、もし食事がお済でないようでしたらご一緒にいかがでしょうか? エリシェナ様も、同郷の方からの助言を頂ければより心強いかと」

「お誘いいただきありがとう、リュミアーゼ嬢。ただ、残念ながら先約があってね。花に惹かれた蝶の身としては実に名残惜しいが、少しばかり君に話をさせてもらえたなら早々にお暇させてもらうとするよ」


 リュミアーゼが昼食に誘ったものの、どうやらフィリプスは別の用事で同席できない模様。そういうことなら警戒度下げてもいいかな。


「お約束があるならば致し方ありませんもの。またの機会にご一緒できれば幸いです。わたくしにお話というのは?」

「なに、さして難しいことではない。リュミアーゼ嬢の人望を見込んで、こちらの二人と親しくしてもらえればというだけのことさ」

「ご心配なさらずとも、オブリビアン寮の朋友ですもの、当然のことですわ」

「その気持ちを嬉しく思うよ。もちろん私も気に掛けるつもりなのだが、女性同士でなければ気付かないようなこともあるだろうからね」


 なるほど、フィリプスは留学生のことを気にかけてくれてるらしいね。気配り上手とかさすがイケメン。


「まあ、エリシェナ様はフィリプス様がそこまでお気にかけられるほどの仲なのですか?」

「なに、家の縁で幼少より互いを知っているというだけさ。おかげで彼女の武勇伝には事欠かない」

「武勇伝……ですか?」


 おっと、和やかな会話にしれっとぶっこまれたパワーワードにリュミアーゼが反応した。ていうか、フィリプスの口ぶりだとエリシェナがお転婆なのは小さい頃からのようだ。加減が利かない子供ってことを考えると、むしろ今よりパワフルだった可能性もあるね。


「君も気を付けてくれたまえ、リュミアーゼ嬢。エリシェナ嬢は昔から少し目を離すと何をしでかすかわからないのでね」

「いやですわ、フィリプス様。そのおっしゃりようではまるでわたしが幼子のようではありませんか。これでも先日成人いたしましたのですよ」


 おっと、にこやかなエリシェナの反論でいつの間にか誕生日過ぎてたことが発覚。貴族も確か十五歳で成人だったっけ? 機会を見つけてお祝いしてあげないと。


「幼いころから其方を知り、変わらず健やかに育ったということを知る私としては、喜ばしいことだと言祝ぐと同時に年長者として気にかけざるを得ないのだがね。少しは自らの行いを顧みて欲しいと望んでも罰は下るまい。そうだろう、エリシェナ嬢?」

「お褒めの言葉はありがたいのですが、あいにくとわたしは自身の行動に恥ずべきところはないと自負しております。もちろん失敗があったことを否定する気はございませんが、それもすべて今に至る糧にできたと胸を張りたいと思っております」

「その常に前を向く考え方は相変わらず好ましいが、代わりに周囲が振り回される様が目に浮かぶようだ」

「大変恐縮でございます」


 ……うっすら察してたけど、エリシェナとフィリプスって昔からかなり親しい感じだね。いつの間にか会話の主体がリュミアーゼからエリシェナに移ってるし、本人たちもめっちゃ楽しそうだ。その割には最初顔見て緊張してたのが謎だけど、久しぶりに会う感じみたいだったから、少し見ない間に向こうがイケメンに育ってたからびっくりでもしたのかな? 学園もの始まったりする? 個人的には大歓迎だけど、公爵閣下に恨まれそうだなぁ……。

 そんな感じで割って入るのも気が引けたから、貴族風な幼馴染トークを聞くともなしに聞きつつ黙々とお昼を食べていると、ふとリュミアーゼの様子が目に入った。話を弾ませる二人を気遣って笑顔で見守っているように見えるけど、眼だけがさっきまでと違ってスッと細められていて、妙な迫力をもってひたとエリシェナを見据えている。

 ちょっと吊り目がちでパッと見だときつい印象を受けるリュミアーゼがそんな顔をしてると、まるで何かを企んでるように見えてね。思わずまじまじと見つめていたら、それに気づいたらしい。


「――あら、ウル様。いかがなさいました?」

「いいえ、何でもありません」


 ニッコリ笑顔で尋ねられて、とっさに無難な答えを返した。だけどなぜかじっと見つめ続けてくるもんだから、こっちも一度ニッコリ笑ってそっと視線を落とし、何事もなかったように食事を再開した。しばらくしてチラッとリュミアーゼを盗み見れば、最初と変わらない貴族スマイルでエリシェナとフィリプスのやり取りを見守っている。気のせい……だったのかなぁ?


「――おっと、懐かしい話をしていると時が過ぎるのを忘れてしまうな。肝要な話もすでに終えたことであるし、私はこれにてお暇するとしよう」

「わたしとしたことが、お引き留めしたようで申し訳ありません、フィリプス様。どうぞ先約の方にもお詫び申しあげていたことをお伝え下さいませ」

「伝えておこう。しかしながら私の友はこの程度で気分を害するほど狭量ではないゆえ、安心してくれたまえ。リュミアーゼ嬢。我が同朋である二人のこと、重ねてよろしくお願いしたい」

「お任せくださいませ、フィリプス様。どうぞ心置きなくご友人とお過ごしくだざい」


 思っていた以上に長話をしてしまったらしく、貴族にしては短いやり取りを交わしてボクたちから離れていくフィリプス。それを見送ったお嬢様二人も和やかなおしゃべりと食事の続きを始めた。リュミアーゼの取り巻きたちと同じように適当な相槌を打ちながらしばらく様子を見てみたけど、エリシェナは当然としてリュミアーゼからも特に剣呑な雰囲気は感じられない。

 そのまま何事もなく食事を終えると、リュミアーゼも社交科の講義に向かうってことで仲良く並びながら再びおしゃべりに花を咲かせるお嬢様ズ。そこに違和感なんてっまったくなくて、普通に仲良くなった学生同士にしか見えない。

 ……考えすぎだよね。

 結局そんな結論になるんだけど、ほんの束の間見ることになったあのリュミアーゼの表情が引っかかって仕方ない。これも視力と記憶力がよすぎるマキナ族の思わぬ弊害かな?

 ……まあ、もし何かあった時はちゃんと護衛の本分をまっとうすればいいか。敵対するなら容赦しないでいいからね。


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