到着
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そんなこんなで依頼を正式に受けたボクは、出発当日になるとパーティのみんなとは一旦分かれて、レンブルク公爵家ご一行と共に車上の人となった。今回は公爵閣下の事情に便乗する形になったから、なんと国が用意した豪華な公用車に乗ることに。
居住性も十分に考慮されたキャンピングカー仕様のやつなんだけど、二階建てで一階の大部屋と二階に複数の個室、さらにはシャワー完備と、むしろちょっとした家にタイヤがついて走行できるようになってるって言った方がよさそうな代物だった。さすがは魔導大国の貴族専用車両、スケールが違うね。
そこに別の魔導車で使用人の人たちや護衛の騎士団なんかがくっついてくるわけで、なかなかの大所帯での移動だ。道中特にトラブルとかもなくて、強いて言うなら何度か弱い魔物とエンカウントしたくらい。それも護衛の騎士団が秒殺したからボクの出番は一切なしだ。
まあ、依頼の本番は留学先についてからだから、遠慮なくのんびりさせてもらったよ。具体的にはエリシェナとひたすらおしゃべりだね。あと、時々公爵閣下からの訓示を一緒に聞いたり。さすが現役公爵様、いろいろためになる話だったよ。
そうしてレイベアからおおよそ東に進むこと三日と少し。お昼をしばらく回ったころに、ボクたち一行はブレスファク王国のお隣にある商業都市国家、九商都連盟の中央都市オーラルに到着した。うん、今回は留学ってことだし、せっかくだから復習兼ねてお勉強しようか。
この九商都連盟って国、名前の通りに九つの商業都市がそれぞれの代表を議会に派遣して運営している、いわゆる議会制民主主義を地で行く国だ。それぞれの分野に特化した九つの商業都市が相互扶助を繰り返していった結果、自然と国って形に落ち着いたらしい。独立するときは周辺の国と多少もめたらしいけど、今はちゃんと一国家って認められてるみたいだからその辺は正直どうでもいい。
で、その九つの街を取りまとめる十個目の街がここ中央都市オーラルというわけだ。九都市じゃないじゃんって突っ込み入れたいところだけど、完全に行政特化してるとのことで『商』都市にはカウントされないんだとか。どこかの都市に国としての権力が集中するよりは、そのためだけの新しい街を作った方が誰からも文句が出ないだろうって発想らしい。理屈はわかる気もするけど、だからってあっさり街一つ作っちゃう商人ってすごいよね。
そして商売には当然知識と教養が必須ということで、完全中立なオーラルに併設される形で設置されたのが、今回エリシェナの留学先となるオーラル専修学院だ。もともとは商売関連のことしか教えてなかったけど、資金にものを言わせて各方面の専門家を集めてるうちに商売そっちのけで興味を持つ学生が増えて、続々と専門学科が増えていったとのこと。
今じゃあらゆる分野に渡ってハイレベルな教育を受けられるってことで、この世界じゃ最高学府扱いになっているらしい。おかげで九商都連盟はもちろんのこと、大陸中から入学希望者が集まるんだそうだ。今回のエリシェナみたいに短期留学もよくある話とのこと。まあ、ある程度資金があるのが前提になるらしいけど。
「おおー、思ってたよりずっと広いんね」
学院の敷地を進む魔導車から外を眺めながら思わず感嘆の声を漏らした。少し前に正門らしいのをくぐったはずなんだけど、そこから未だに車移動ってところでお察しだろう。最高学府ってことでかなり広いだろうってことは予想してたけど、まさか街が一つ丸々入りそうなほどとまでは思わなかったよ。
「わたしもこれほどまでとは思いませんでした。やはり話に聞くだけではわからないこともあるのですね」
「だねー。さて、そろそろ降りる準備しとかないとかな?」
「わたしはすでに万全です。ウル様はいかがですか?」
魔導車一階のリビング的な場所でくつろぎながらおしゃべりする中、そうエリシェナに聞かれて自分の姿を見下ろす。今回は学生として活動するってことで、いつもの一張羅の代わりに渡された学院の制服を着用済みなのだ。シンプルな白いブラウスの上に黄色ベースのおしゃれなショートジャケットみたいなのを羽織って、脛までの長さのあるモスグリーンのプリーツスカートに茶色い編み上げブーツと、さすが商業国家の学校だけあってなかなかお洒落な感じになっている。当然エリシェナもほぼ同じ格好で、後は飾り羽根つきのベレー帽みたいなのをかぶれば一丁上がりって寸法だ。
そう、当然のようにボクが着ているのは女の子用の制服なのだ! 護衛として常に一緒にいるなら同性扱いの方がいいってことで、ボクの意見を聞くことすらせず公爵閣下が用意していたお仕着せである。
あ、別に不満はないよ? ボクにとって元々性別なんて飾りみたいなもんだし、実際こっちの方が都合いいし、何より可愛いし面白そうだし!
「ちゃんと制服は着てるし、他にいるものは閣下が用意してくれてるし、ボクもバッチリだね!」
「はい! とてもお似合いですよ、ウル様」
「そうかな。ありがとね、エリシェナ!」
そんなこと言われたらやるっきゃないと、その場でクルリと回ってキャピっとポーズ! うん、結構テンション上がってるのが自分でもわかるね。二月程度の短い間とはいえ、ファンタジーな学園生活が割と楽しみだ。
「――賑やかなのは結構だが、浮かれ過ぎるは禁物であるぞ」
ちょうどそこへ二階から降りてきた公爵閣下が、微笑ましい物を見るような表情ながらもボクたちを軽くたしなめてくる。うん、ちょっとはしゃぎすぎな自覚はあるから大人しくしようっと。
「お父様、失礼いたしました。なにぶん、ウル様と学院で過ごせるなんてまるで夢のようですので、未熟なわたしにはこの気持ちがなかなか抑えられません」
「なに、楽しむなとは言わん。心の持ちようは成果に大きく響くものだ。得難い機会であるからして、最大限の成果を得られるように努めよ」
笑みを浮かべてそこまで言ったかと思うと、スッと目を細める公爵閣下。
「しかし、今回の留学は同時にそなたの公務でもあるのだ。必要ならば心を囲い、レンブルクの名に恥じぬ働きを忘れるでないぞ」
そう言われたエリシェナもあっという間に姿勢を正すと、貴族のご令嬢らしいきれいな礼を取る。
「心得ております。どうぞ、お父様も憂いなくお務めを果たされますよう」
「うむ。そなたのもたらす成果を楽しみにしておるぞ」
そんな貴族風な親子の暖かいエールの送り合いが一段落したところで魔導車が静かに止まった。振り向けば窓の外にガイウスおじさん家に匹敵しそうな、三階建ての立派なお屋敷が見える。
「到着したようだな。改めて聞くが、不足な物はなかったか?」
「御心配には及びません、お父様。身の回りの物はすべて荷にまとめてウィニアが備えてくれています。もちろん、ウル様の分もです」
そんなエリシェナの言葉に応じるように、ずっと部屋の隅で控えていたメイドの人が恭しく頭を下げた。どうやらこの学院、入学にあたって学生枠とは別でお付きの人を一人まで受け入れてくれるらしい。
今回その役に抜擢されたのがエリシェナの専属メイドことウィニアさんで、エリシェナより少し年上の物静かなお姉さんだ。一応一般人のはずだけど、どういうわけだか気配を隠すのが妙にうまくて、臨険士やってるはずのボクがたまに見失うんだよね。だもんでボクとしてはアサシン寄りの戦闘メイドじゃないかと睨んでる。
ちなみにボクにもお世話役をつけるかって一応聞かれたけど、護衛のボクが護衛対象を余計に増やす意味がないし、そもそも自分のことくらい自分でできるから謹んで遠慮させてもらったよ。
そしてウィニアさんの足元には大型トランクくらいの荷物が三つ。一つにつきそれぞれの身の回り品が詰め込まれているそれは、ボクやウィニアさんならともかく、貴族ご令嬢のエリシェナには小さすぎるんじゃないかって要らない心配をしたくらいだけど、替えの効かない物以外は、お金さえあれば大体こっちでそろえられるそうだ。さすが商業国家の学校である。
「では、先に降りていよ、エリシェナ。私は少しばかりウルデウスに話がある」
おや、語らいを大人しく眺めてたらなんかお呼びがかかったぞ。まあたぶん、ボクに依頼したことについてだろうけどさ。
「かしこまりました。ではウル様、お先にお待ちしております」
そう言うとエリシェナは令嬢的にウキウキした足取りで車を降りて行った。そしてウィニアさんや公爵閣下の付き人として来ている人たちがボクたちのトランクを抱えて続き、ボクと公爵閣下だけがあとに残る。
「……さて、ウルよ」
「はい、なんでしょうか公爵閣下」
そのどこか改まった口調に思わず背筋を伸ばして敬礼の姿勢を取る。うん、なんていうか、どうも苦手っていうか、向かい合うたびに初対面の時のあの気迫がフラッシュバックするせいで、自然と対応が敬語になるんだよね。
「此度の依頼、名目は護衛としたが、学院という場であればさほど大きな危地も起こるまい。よってお前に求めることの一つは、いらぬ面倒からエリシェナを遠ざけることにある」
うん、だろうね。そもそも護衛必須な危険地帯で安心して勉強に専念できるはずがないし、そんな環境に公爵閣下が目に入れても痛くない愛娘を送り込むわけがない。
だから今回の依頼の実態は、簡単に言ってしまえばお目付け役だ。それも使用人の人とかみたいに身分上押し切られる可能性の低いタイプで、最悪依頼を建前にして実力で止めることがボクの役目になるわけだね。
「心根が優しく責任感を持てることは貴族としても美徳であるが、未熟であればこそ余計な責を背負い込むことにもつながりかねん。こうと決めれば親の言葉も忘れるやもしれんが、あれも恩人と慕うお前が直に言うならば聞くことだろう」
「えーっと……期待に沿えるよう、頑張り――」
「そして、よいか」
とりあえず無難な返事を返そうとしたところで不意打ち気味に真顔のまま、ずずいと迫りくる公爵閣下。そこに得体のしれない迫力を感じて反射的に後退ろうとしたけど、それに先んじるように肩を両手でガっとつかまれる。
「エリシェナへ近づく不逞の輩はことごとく斬り捨てよ。これが最も肝要である」
「ア、ハイ」
うん、目がマジだった。屠殺場に送られる豚とかを見る目もこれに比べたら優しいんじゃないかな? 汚らわしいとか許せないとか、そういう次元を通り越して『ただ捨てるべき物』を見てるかのような。直接ボクに向けられてるんじゃないってわかっててもめちゃくちゃ怖いんですけど。
……そういえば、同じようなことは出発前にカイウスからも頼まれたんだよね。学力が足りないとかで今回はお留守番ってなったからか、ものすごく不本意そうに「僕のいないところで姉上に近づくムシがいたら、たたきつぶしてしまえ」って。似た者親子っていうか……そういえばガイウスおじさんもボクに対して必要以上に気にしてる感じだし、レンブルク公爵家の男の人って過保護なのが遺伝だったりするのかな?
「では、頼んだぞ」
「ハイ」
言いたいことを言って満足したのか、それ以上何か言われることもなく無事に解放された。まあ、過保護だろうと依頼は依頼だ。クライアントの要望を可能な限り叶えてこその臨険士。斬り捨てる方向性の指定はなかったし、ボクとしても下心満載な軟派野郎を叩きのめす分には異存はない。エリシェナの健やかな学院生活は、この機神ウル様にお任せあれってね。