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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
七章 機神と留学
156/197

性質

 明けて翌日、ボクとシェリアは朝の混雑が落ち着くころ合いを見計らって組合(ギルド)を訪れた。もちろん依頼を受けるためじゃなくて、更新した登録証(メモリタグ)を受け取るためだ。なにせボクたちは昨日大きく日をまたぐ依頼から帰ったばっかり。そういった場合、翌日は丸一日休養に充てるのが臨険士(フェイサー)の常識だ。まあ金欠の場合はその限りでもないみたいだけど、幸いボクたちにはある程度貯えがある。

 ちなみに残り二人は『空の妖精』亭でお留守番だ。理由は単純、リクスが二日酔いでダウンしたから。

 それというのも昨日の『仲間の昇格祝い』を口実にしたプチ宴会。ガイウスおじさんのお屋敷でもろもろこなした後は無事時間までに合流できたんだけど、そこで後輩君たちを交えて大いに飲み食いしている時だった。

 ちょっとリクスが席を外したのを見計らったかのように――というか確実に狙ったんだろう、いつもは頼まないような度数の高い高級そうなのをケレンが頼んで、それをなみなみと注いだコップをリクスのコップと入れ替えたのだ。

 この世界に飲酒法があるかは知らないけど、だいたいの臨険士(フェイサー)は老いも若いも普通にお酒を飲んでいる。リクス達だって普段から食事ついでに頼むこともあるけど、あんまり好きってわけでもないのか、そういう時は大体度数の低いやつをゆっくり飲むのが常だった。

 だからまあ下戸の人を相手にする質の悪いやつじゃなくて、軽い悪戯だと思って特に気にしなかった。ケレンだってそのニヤニヤ顔からすれば、せいぜい驚いて噴き出すのをからかってやろうくらいの気持ちだったんだろう。

 けれど、戻ってきたリクスはそれを口にして、噴き出すでもなくなぜか一気に飲み干した。そして一同が目を丸くして見つめる中、妙に大仰な身振りでコップを置くと――うん、まあ、リクスの名誉のためにもいろいろと大変だったとだけ言っておこう。珍しくケレンが真顔で『二度としません』って誓ってたけど、ボクとしては楽しかったからまたやってくれても全然かまわないんだよ?

 そういうわけで今朝目を覚ましたリクスは見事に二日酔い。それでも組合(ギルド)まで同行しようとした根性は褒めてあげてもいいかと思うけど、別に付き添ってもらうほどのことでもないから大人しくしておくよう言い置いてきたのである。ケレンはその付き添い兼監視を自主的に買って出てくれた。それが多少なりとも責任を感じたからなのか、はたまたいつものサボりなのかは微妙なところだけどね。

 ちなみにお約束と言うか、リクスったら大暴れしてる間の記憶は飛んじゃってるらしい。覚えてくれていたらいいからかいの種になったのに、残念だ。

 まあ、昨晩リクスがさらした醜態は本題じゃない。さっさともらうものもらっておこう。


「すみませーん、更新した登録証(メモリタグ)受け取りに来ました」

「あ、ウルさんとシェリアさんですね。お話は伺ってますので少々お待ちください」


 ガラガラだから特にこだわりなく適当な受付まできて申告すると、事前通達があったらしく即座に奥へと向かう受付嬢の人。そんなに待つことなく戻ってきたその手には、木枠でできたお盆のようなものを捧げ持っていた。


「お待たせしました。こちらがお二人の新しい登録証(メモリタグ)となります。遅ればせながら昇格おめでとうございます!」


 差し出されたお盆の上には新しくなったボクとシェリアの登録証(メモリタグ)がきれいに並べてあった。今までずっと手渡しだったのがいきなり丁重な扱いになってる気がするけど、それがシルバーランクになったからか単に二つ一緒だったせいなのかは不明だ。

 いやまあ、ぶっちゃけそれはどうでもいい。問題はこっちだ。


「……なんか、余計な物がくっついてるように見えるんだけど?」


 そう、ランクアップに伴って名前の刻まれたプレートが赤銅製から銀製に変わってるのはいいんだけど、どっちの登録証(メモリタグ)も名前の横に小粒な宝石にしか見えない物体がくっついているのだ。ボクのには紅玉(ルビー)碧玉(サファイア)の二つ、シェリアのにも翠玉(エメラルド)が一つ。


「はい。組合支部長(ギルドマスター)からは遺跡攻略の報告を鑑みた結果、シェリアさんをエメラルドジェムド、ウルさんをルビーとサファイアのデュアルジェムドに認定すると伺ってます!」


 なんて感じで興奮気味にまくし立ててくる受付嬢の人の話を要約すると、『ゴールドランクでも困難な偉業をやった人間に対する特別処置』だそうだ。そもそも宝飾(ジェムド)っていうのがランク以上の実力を持つ臨険士(フェイサー)に対する優遇措置のようなもの。成り行きとはいえ遺跡を攻略しちゃったボクやシェリアに対して与えるのは、むしろ当然とのことだ。

 ちなみにジェムドの認定だけど、普通は昇格と当時にいったん白紙に戻るらしい。単純に一つ上のランクでも活躍できるって証なんだから、上がった時点で外れるのは当然といえば当然だろう。ルビー継続なボクは例外だ。


「はー、そうなんだ。よかったねシェリア、エメラルドジェムドだって」

「……他人事みたいに言わないでちょうだい。あなたなんて増えてるじゃない」


 うん、だよね。戦闘能力に関する紅玉(ルビー)はまあまだわかるけど、確か碧玉(サファイア)って知識に関連する認定だったよね? なんかしたっけ――って、ああ、ひょっとして昨日ベリエスがやれって言った謎の解読作業が原因だったりする?

 そう思って聞いてみたら予想的中だった。さらに言うとサファイアジェムドだけ扱いが特殊で、どんな特殊知識を持ってるかっていうのが特記事項みたいな感じで付け加えられるとのこと。ボクの場合だとサファイアジェムドの『魔導式(マギス)』及び『魔法文明末期言語』ってところとか。他にも『〇〇地方知識』とか『商用交渉術』とか、種類はそれこそピンキリみたいだ。


「……ちなみにだけど、もしジェムドを三つ揃えたらどうなるの?」

「今のところ記録にはありませんが、単純にトライジェムドとでも呼ばれるようになるだけかと思います」


 三つ揃えて即昇格――なんて単純な話でもないようだ。実力はあるけど経験は足りてないって扱いになるのかな? まあ、探索に関してはシェリア並みのことをすぐにできるようになる自信もないし、気にしないでいいか。


「――それとですね、ウルさんについてはつい先ほど指名依頼が入りました」


 そして一通り確認が終わったところで、受付嬢の人が一枚の依頼書を取り出しながらそう切り出した。うん、まず間違いなく例の件だろう。


「えーっと、それって公爵家がらみのやつだったりする?」

「はい、護衛依頼ですね。内容的には最低でもシルバーランクだったんですけど、ウルさんはちょうど今日からシルバーランクとして扱われますので、まるで狙ったようだって受付ではちょっと話題になってましたよ」


 いやまあ、まるでじゃなくてまさに狙ったやつなんだよね。リークしたのが本人だから別に問題はないんだけどさ。それにしても昨日の今日とか、前から思ってたけどガイウスおじさん家の人たち、貴族の中でも最上位って言っていいくらいなのに行動力あり過ぎない?


「たぶん個人的に打診されてたやつだと思うけど、一応見せてもらってもいいかな?」

「はい。どうぞ、こちらです」


 そうして見せてもらった依頼書に記載されていた依頼主は予想にたがわずレンドル・エル・レンブルク公爵閣下ご本人の物で、ついでに内容も昨日聞いた話とほぼ同じ。違いといえば具体的な報酬額と期間が明記されてるくらいだ。


「……これが、昨日言っていた依頼?」

「そうだね」


 後ろから肩越しに確認したんだろうシェリアの言葉に肯定で返しておく。一応昨日の時点で大体の内容が決まってたから、宴会が始まる前に軽く話しておいたんだよね。まあ、詳しいことは終わってからってした直後にまさかの大惨事だったから、それ以上はぜんぜん進んでないんだけど。

 依頼内容は簡単にまとめると『留学する公爵令嬢の身辺警護』ってところだ。そう、とある事情によりエリシェナってば短期留学するらしい。事情って言ってもマイナスなのじゃないから、本人も至って楽しみにしている様子だった。

 その話自体は以前から進んでいたらしいし、国を代表する感じになるから正式な護衛も別にあるみたいなんだけど、もうすぐ出発予定って時期になってタイミングよくボクが帰還。しかも都合よく貴人の護衛を務められる最低水準のシルバーランクに昇格って話が舞い込んで、急遽追加の護衛として雇うって話になったのだ。

 本来なら上がりたてで実績の低いシルバーランクに依頼するような内容じゃないけど、ある意味身内ってことでその辺を強引にクリア。実力に至っては自分でいうのもなんだけど折り紙付きだからって、むしろ話をエリシェナから持ち掛けられた公爵閣下の方が『最高の条件の護衛を確実に雇える』ってことで大乗り気だった程。

 そんなこんなでトントン拍子に進んだ依頼だったんだけど、難点がたった一つ。


「お呼びがかかってるのがボクだけだからねぇ……」


 そう、この依頼ボクが所属するパーティ『暁の誓い』じゃなくて、完全にボク個人を指名したものだっていうこと。以前アリィから受けた指名の護衛依頼と似ている状況ではあるんだけど、内容的にボク個人じゃないといけないんだよね。


「だからと言って、わたし達まで学院なんかに入るわけにはいかないでしょう」

「それはそうなんだけどさー」


 その主な原因が、たった今シェリアが言ったことそのもの。これ、留学先に行くまでの道中の護衛じゃなくって、留学先での護衛――しかもボディーガードよろしくほぼ四六時中一緒にっていう話だったんだよね。

 もっと具体的に言うと『学友として共に過ごし、万一の事態に備える』ってことで、第一条件は『護衛であることを悟られないこと』ときた。確かに友好国への留学なのに、護衛ってわかる人間を四六時中ゾロゾロ連れてるのはいろいろと外聞とか悪くなりそうだ。さらに言えば魔物みたいな脅威はあっても基本平和なこの世界、健全な精神をはぐくむべき青少年の学びの園に、物騒な連中がたむろするとか情操教育に悪影響待ったなしだよね。

 そもそも他にも貴族とか富豪とか権力者とかの子供たちが山ほど在籍してるから、基本的な警備体制は万全らしい。けど、それでも公爵閣下は一抹の不安がぬぐえなかったようなのだ。まあ確かに計画的に脱走したあげく、うっかり拉致された実績のある愛娘をほぼ一人で送り出すことになるとしたら、親バカでなくても心配もするだろう。

 だからこそ、見た目は小柄で人畜無害そうな美少女風ながら、例え単身無手でも騎士団を片手間で壊滅させられるようなボクを、愛娘のお目付け役兼いざという時の護衛戦力として是非にというわけだったのだ。

 そういうわけなんだけど、留学ってことだから当然のように人数枠があるらしい。だから公爵権限でも一人分をねじ込むのが限界で、さらに言うと学生枠だからちゃんと勉強もするようにって言われたんだよね。この世界水準じゃかなりの高等学府とのことで、半端な学力だと容赦なく叩き出されるから、ただの臨険士(フェイサー)には荷が勝ちすぎるとのこと。

 以上の条件から、この依頼はボク単独で受けるしかないわけだ。パーティの仲間とキャッキャウフフな学園生活とかちょっと楽しそうだなって思っただけに、実に残念。

 ちなみに学力面に関しては、求められる水準がわからなくて不安があったからボクで大丈夫なのかって聞いたんだけど、「あのイルヴェアナ・シュルノームの手ほどきを受けたのならば問題ないだろう」っていうのが公爵閣下の弁だった。

 後から聞いたガイウスおじさんからも「お前が無理なら誰も入学などできまい」って謎の太鼓判を押されてさ。その信頼はどこから来るのやら。いや確かに魔導式(マギス)とかそっち方面は得意だけど、こっちの世界の一般教養とかだとてんでダメだよ?


「まあ、先に受けるって言っちゃったからには受けるけどさ、その間みんなと離れなきゃいけないと思うとねぇ……」

「……大丈夫よ」

「うん?」

「パーティを組んでいる高ランクのフェイサーが、個人の指名依頼を受けるのはよくある話。その間別行動なんて普通よ」


 そして微妙な顔で依頼書とにらめっこを続けていたところ、シェリアからフォローらしきものが入る。言われてみればこの世界、ロヴとかの例外を除いて臨険士(フェイサー)は有名だろうが無名だろうが大体パーティを組んでいる。その方が生存率を上げられるっていうのが理由だろうけど、だからと言ってあらゆる依頼がそろってパーティ単位の物しかないわけじゃない。

 さらに言うとパーティ内でランクも違うこととかよくあるみたいだし、そうなると依頼によってはお留守番なんて当たり前。人数が多いパーティなら依頼ごとに分割とか普通にするらしい。そういう場合は事前に合流する日時と場所だけ打ち合わせて、あとは各自自由にが臨険士(フェイサー)のやり方だそうだ。

 たとえその間に何かあったとしても、それはそいつの自己責任。それが自由で厳しい完全実力社会な臨険士(フェイサー)業界における暗黙の了解。

 ……うん、それくらいわかってる。一度失敗して懲りたリクスはすごく慎重だし、ケレンも命にかかわるところじゃ調子に乗ったりしない。何ならシェリアもいるからボクがいない間にみんなが来世に旅立ったなんてこと、それこそ悪魔の襲撃でもない限り心配する必要ないってことはわかってる。だから、そういうところじゃないんだ。


「うーん……理屈じゃわかってるんだけどね」

「……案外寂しがりなのね」

「それシェリアが言う?」

「……何よ」


 そんなどこかからかうような言葉を受けて思わずジト目を返したところ、声を尖らせてみせながらも視線を泳がせるシェリア。どうやら自分が寂しがり屋だってことは、多少自覚があるらしい。そこが可愛いからいいんだけどね!

 それはそれとして……うん、シェリアが言ってくれたことで自分が『寂しがってる』ってことを今自覚した。うん、よくわからないけどなんとなく気乗りしないなーってモヤモヤしてたのが少しすっきりした気分。わりとその辺サバサバ割り切れるって思ってただけに、自分の意外な一面にビックリだ。これじゃシェリアを笑えないよね。


「うん、そうだね。ちょっと寂しいけど依頼はきちんとこなさないとだよね。ということで、この依頼受けるから手続きお願いしまーす」

「かしこまりました! では、早速ですが登録証(メモリタグ)をお預かりしますね」


 そんな要請に応えて今しがた受け取ったばかりの新しい登録証(メモリタグ)を手渡していると、後ろの方からポツリと独り言のようなものをマキナイヤーが拾った。


「リクスだから、たぶん心配しなくていいと思うけど」


 ……うん、臨険士(フェイサー)として確実に成長していってるリクスの心配が必要ないのはわかってる。けど、それはちゃんとわかってるって伝えてるのに、このタイミングでもう一度口にする意味がいまいちわからない。


「それどういうこと?」

「……なんでもないわ」


 振り返って素直に聞いてみたけど、当のシェリアはどういうわけかはぐらかそうとする。むむむ、そんな対応されると余計に、ねぇ?


「えー、気になるんだけど?」

「……戻って本人に聞けばたぶんわかるわよ」


 さらに重ねて尋ねれば、視線を逸らしながら肩をすくめつつそんなことをおっしゃる。うーん……これはあれかな、リクスの行動を何かしら予測したけど、もし外れてたら恥ずかしいから回答を拒否してるのかな? どっちにしろ想像で物事進めるわけにもいかないから本人にも聞かないとなんだし、別に気にしないのになー。

 ……ん? でもこれってひょっとして、不完全だけどリクスの行動を予測できるくらいには見てるってことになるんじゃ? 基本他人はノーサンキューなシェリアがそこまで気にかけてるって、案外脈ありなんじゃないかな? 頑張れリクス、キミの想いは無駄じゃないみたいだよ!



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