配分
お待たせしました、連載再開します。更新は相変わらず隔週です。
「やっほーベリエス久しぶりー」
バーンと勢いよく扉を開きざま声をかければ、組合支部長の執務室に呼び出してくれたご本人は机の向こう側から楽し気な笑い声をあげた。
「君は相変わらずのようで何よりだ、ウルくん。どうだね、調子は?」
「心と体のって意味なら平常運転、稼業の方ならまあまあってところかな」
「ふむ、聞く話によれば『まあまあ』どころではない活躍のようだが?」
「ボクとしてはやることとやらなきゃいけないことをやった覚えしかないんだけどね」
「いやはや、逸材とは思っていたが予想以上だよ」
何やら含みのある問いかけに肩をすくめながら答えて見せたら、ボクの返事のどこがおもしろかったのか、ベリエスはますます楽し気に肩を揺らせた。
「それはどーも。それで、何か用事があったから呼んだんでしょ?」
「そうだな。まあ、本題に入る前に依頼帰りのところを捕まえるような形になってしまったことを謝らせてほしい。シェリアくんも」
「……別に、問題ないわ」
そう話を促せば、ボクとその斜め後ろに視線をやりながら軽く頭を下げるベリエス。それに対してひっそりとボクの後ろに続きながら、呆れた様子でボクたちのやり取りを見守っていたシェリアが短く返す。斥候っていう役目がらか普段からして気配が薄い上に、他に誰か会話担当がいる時はほぼほぼ任せて黙っているのがデフォルトだから、一般人から見たら意識から外れがちになるらしいのがシェリアなんだけど、普通に認識しているところはさすがギルドマスターだね。
そんなベリエスがつい今しがた言った通り、ボクとシェリアは組合から指名された採集依頼から戻ってすぐに呼び出しを受けたのだ。まあ疲れてるようなら明日でもいいとは言い添えられてたけど、採集した素材のチェックや清算なんかにどうせ時間がかかるってことで、そっちはリクスとケレンに任せてやってきたんだから、そこについては特に文句をつけるつもりもない。
「それで本題だが、君達が遺跡を攻略したと聞いてね。それに関して色々と確認する必要ができたんだよ」
「あれ、まだその報告してなかったと思うんだけど?」
そしてさっさと用件を切り出したベリエスに首をかしげて見せる。なにせさっき帰ってきたところだ。一応報告するつもりはあったけど、その前にここへ来たからすでに知られてるとは思ってなかったんだけど。
「グローストの支部から連絡があってな。『轟く咆哮』のイルバスくんが君達二人と臨時パーティを組んで未知の遺跡を攻略したとね」
あー、そう言えば伝魔器――いわゆる有線通信機はある程度普及してるんだっけ。情報が命な仕事でしかもけっこう機械化されてる組合同士が、お互い連絡を取り合うのに便利なそれを設置してないわけがないか。
「それなら報告の手間が省けてボクとしてはありがたいんだけど、それならボクたちに確認することなんてないでしょ? イルバスには一通り報告してくれるように頼んでおいたし」
「普通ならその通りだ。個人的には詳細な冒険譚を聞かせてもらえれば嬉しい限りだが、報告の一環としてなら要所を抑えてもらえれば十分だし、その点に関してであればイルバスくんは十全に役割を果たしてくれている」
そこまで言ったベリエスは「しかしだな」と少し間を置くと、本当に楽しくて仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「遺跡の踏破が関わってくるとなると少し勝手が違ってな。それも少数かつ額面上ではカッパーランクのみのパーティによるものとなればなおさらだ」
あー、そういえば実際の実力で考えてたから特に気にしなかったけど、登録情報だけ見たらものの見事に全員カッパーランクだっけ。ボクはルビージェムドなんておまけがついてるけど、どっちにしろ本来なら遺跡の探索なんて手が出せないレベル帯になるわけだ。
つまり、わりと王道でボク好みなイベントのフラグが成立していたわけだ、やったね!
「何か面倒なこととかあるの? 攻略した証拠を出せーとか?」
そんな内心はおくびにも出さずに何でもない風を装って聞いてみれば、対するベリエスは首を横に振った。
「いや、そっちに関しては何も問題ない。イルバスくんの方から遺跡の見取り図や資料が提供されているからね。ほどなく調査隊が派遣されるだろうし、それらの真偽もおのずと判明する。もっとも、彼の性格からして嘘を言っているなどとは微塵も思っていないがね」
だろうね。この世界わりと近代寄りだし、攻略本がなくてもああいった遺跡を探索するエキスパートな人もたくさんいるわけだし、そういった人たちを動員できる組織相手に嘘の報告したところですぐにばれるのがオチだろう。
「じゃあ何が問題なの?」
「単刀直入に言うと、遺跡から得られるもろもろの配分に関してだ」
ベリエス曰く、遺跡の攻略者には組合から優先して該当する遺跡の探索をする権利が与えられるらしい。そして臨険士の原則として、誰の物でもない物は見つけて手に入れた人の物。つまり、ボクたちはあの遺跡にあった物を、暫定的とはいえ全部自分たちの物にする権利があるというわけらしい。まさに一攫千金、冒険を生業にする人種にとってのゴールデンドリームってわけだ。
「――もちろん、単に遺跡に残された遺物の回収となれば少人数では時間も労力もかかるだろう。そういった場合はいくばくかの利益と引き換えに組合の調査隊が代行してもいいし、物品の売買も喜んで行う用意があるのだが、それでも攻略者には一生を不自由しないだけの富が舞い込む。そのはずなんだが……」
そこでいったん言葉を切ったベリエスは、なぜか妙にまじめ腐った顔になってから続けた。
「どうもグローストからの話を聞く限り、イルバスくんはその権利をすべて放棄して君たち二人にゆだねることを宣言したらしい」
「……はい?」
一瞬言われたことの意味が分からなくて間の抜けた声が漏れた。いやだって、苦労の末にゲットした大金を得る権利を受け取り拒否? 種族的に物欲が薄いマキナ族でもない普通の人間がそんなことするの?
「なんで?」
「イルバスくん曰く、『自分が攻略はおろかあの遺跡から生還できたことすら二人のおかげであり、ただ同行しただけで何の役にも立てなかった自分が受け取る権利はない』とのことだそうだ」
「あー……」
そういえば変なところで妙に律儀だったりしたね、イルバスって。気にせずもらっておけばいいのに。
つまりは、遺跡攻略の報告を持ってきたパーティのリーダーが、自分はいらないからって後のもろもろを他のメンバーに丸投げした、と。そういう面倒くさそうな処理とか手続きとかやってくれるだろうって期待してたのに。
いやまあ、話聞く限り本人は嫌がらせとかのつもりはなさそうっていうのはわかってるけどさ。実質的に取り分が増えるから、むしろ一般的に見たらお得なわけで。物欲薄いせいかあんまりありがたくはないけど。
「それで、同じ攻略者だから権利を持ってるボクたちにどうするか聞きたいってこと?」
「そういうことだ」
把握した状況を確認してみればその通りと頷くベリエス。こういった権利関係の認識が意外としっかりしてるのが驚きだ。いやでも、考えてみればロヴとかそれに準ずるような戦闘能力持ちが所属するんだ。下手したら竜も狩れるような人間相手にその辺を曖昧にしたせいでトラブルになるより、きっちりして徹底しておく方がみんなハッピーになれるか。
それはそれとして、ダンジョンの攻略報酬か。探索中に確認できたのはレア素材と各種資料で、回り切ってないけどかさばるのは確定とすると……。
「シェリア、どうする? ボクとしては自分で取りに行くほどの物じゃないと思ってるけど」
「なら、全部組合に任せていいんじゃない?」
「じゃあそうしよっか」
たったそれだけのやり取りであっさり方針が決まる。まあ、シェリアもわりと物欲薄い方だからね。かたや生きていくのに金銭いらずな超エコ仕様、こなた生きていくために目立つのを避けたい秘密持ち。大金が入るとしてもあんまり使い道がないとなれば、むべなるかな。ボク的には『もらえるならもらっておいて損はないだろう』って感じだね。
「というわけでベリエス、回収は組合の調査隊ってのに全面的に任せたいんだけど」
「構わんが、さっきも言った通り手数料をもらうことになるぞ?」
「現物でいいならどうぞ持っていって。臨険士やる分には持ってても仕方ないし」
本来ならレア素材なんかは鍛冶屋にでも持ち込んで特製の武器防具にでもするんだろうけど、ボクにはとっくに専用の物が一通り配備済み。シェリアはそうでもないけど、望んでくれるならマキナ族謹製のオーダーメイド品をプレゼントするつもりだ。
あ、でも資料の方はちょっと中身を見てみたいな。ひょっとしたらあの初見殺しな落とし穴の仕組みとか書いてあるかもだし、もしそうならぜひとも参考にしたい。
「研究資料とかの方はちょっとほしいかもなんだけど、その辺って融通できたりしない?」
「もちろんできるとも。調査隊が持ち帰った物から選別してくれればいい。連絡が回ってくれば君達に伝えよう」
よっし、これで運が良ければカラクリのトラップ強化に使える! 目指せ難攻不落の秘密基地!
「なら後は回収を代行する組合の手数料についてだが、遺物の質と量にもよるからな。全体の二割というのが普通だが、それでいいかな?」
「その辺はお任せするよ。別にどうしてもお金が欲しいってわけじゃないからね。あ、シェリアはもっとしっかり交渉したい?」
「別に。わたしもそれでいいわ」
「了解っと。というわけだから」
「驚くほどに欲がないな。まあ承知した。それで手配を進めるとしよう」
「……なんか嬉しそうだね、ベリエス?」
「それはウルくん、上機嫌にもなろうというものだよ」
ここまでもすっと笑顔だったけど、なんかもう今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらいわかりやすく上機嫌になっているのが気になって尋ねてみれば、大げさなくらいの身振りを使ってまで全身で喜びを表してくる。
「臨険士の活躍は組合の栄誉でもあるからね。特にその臨険士が拠点にする街の支部ともなれば我がことのようなものだよ! 加えて今回は遺跡攻略ということで希少素材や資料文献が還元される可能性が高い上、君達は回収を全面委託してくれたから臨時収入も期待できる! いやぁ、実によくやってくれたよ!」
どうやら降って湧いた名誉とお金がとっても魅力的だったらしい。意外と俗っぽいなーなんて思ったけど、「これで予算が足りずに導入を見送っていた最新式の記写述機を入れられる」なんてさっそく使い道を呟いてるところを考えると、私欲は二の次三の次っぽいね。まあみんな幸せになれるならそれが一番だ。
「もうこれで用事は終わった? なら戻っていいかな?」
「まあそう急ぐな。本題は終わったが、まだ組合としては用事があるのだよ」
そろそろ依頼の清算も終わった頃だろうかなって思いながら聞いてみれば、ベリエスはそう言って積み上げられている書類の中から二枚を抜き出すと、机越しにボクの方へと差し出す。
「ウルくん、これに何が書かれているかわかるかな?」
「ん?」
なんて名指しで聞かれたので促されるままに受け取って目を通す。どれどれ、えーっと……片方は魔導回路の模式図だね。機能としては一度の起動で一定時間弱めの冷気を発生させ続ける術式。名前を付けるとしたら規模的に考えて『冷蔵』あたりかな。なんか無駄に効果のない術式とか組み合わせまくってるせいでめちゃくちゃ見づらいけど。何したいんだろう、これ設計した人?
もう一つの方は……うん、そのままの意味を取るなら『かの者は風を歌う』『汝は疾く駆ける』ってあたりだね。そんな似たような短文がズラッと箇条書きにされてるんだけど、使われてる言語が魔法文明後期のってことを考えると、文法理解のための例文かな? 前の世界の記憶にある英語の教科書みたいな感じのやつ。
「……これがどうしたの?」
「その様子だと、内容がわかるのか?」
「無駄が多すぎるけど生モノを冷やして保存しておくのに便利そうな魔導式の術式ってことと、魔法文明後期の言葉の練習に使えそうな例文の箇条書きってことはわかるけど」
意味深に用事として見せる理由がいまいちわからず首をかしげたけど、どうやらベリエス的にはそれで満足できる返答だったらしく、笑顔で何度もうなずいている。
「実に結構だ。いやはやこれほどとは、まったくもって喜ばしい!」
「……勝手に盛り上がられても困るんだけど? まさかこれの解読がしてほしかったとか?」
「ある意味ではその通りだとも。実のところ私はこれの『答え』は知っていた。まさに今君が指摘してくれた通りなのだが、しかし『問題文』の方はさっぱりでな」
ふむ? 『答え』あらかじめ知ってたけど『問題文』はわからない? つまり重要なのは解読結果じゃなくて――
「ボクがこれを読めるかどうかが知りたかったってわけ?」
「その通りだ。そして君は結果を示してくれた」
どうやらベリエスはボクのことを試していたみたいだ。急に試されるような理由がいまいち思い当たらないんだけど、そのことを聞く前にベリエスがにっこりと言葉を続けた。
「さて、ウルくん、シェリアくん。君達だが、今回の功績をもって近々シルバーランクに昇格してもらうことになるだろう。ぜひおめでとうと言わせてくれ!」