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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
15/197

暗部

「――ということで二人と一緒に帰ってきたんだ」


 そう締めくくって出されていたお茶を一口すする。あれ、ガイウスおじさんの部屋で飲んだのと味も香りも違うね。相手によって茶葉を変えたりしてるのかな?


「なるほどな……」


 一通り話を聞いたガイウスおじさんが向かい側の席で深く息を吐いた。

 今ボクたちがいるのは玄関ホールからすぐの応接間。応接とは言いつつも広々としていて真ん中にあるテーブルとソファも数人並んでゆったりできる代物、さらには暖炉まで完備ともうこれ居間じゃないかってくらいの部屋だ。

 そんな中で一方のソファにエリシェナを真ん中にして右にボクと左に弟君。向かいの席に中央ガイウスおじさん、向かって右側公爵閣下、左側におばあさん。その後ろにジュナスさんと公爵閣下の執事服さんが並んで控えている。


「そんなことになっていたなんて……かわいそうに、恐かったでしょう」


 そう言いながら立ち上がったおばあさんがテーブルを回り込んできてエリシェナと弟君を優しく抱きしめた。ちなみにこの人ロウェナさんって言って、ガイウスおじさんの奥さんだと紹介してくれた。穏やかで優しい感じの人だ。 


「次は不意に催した時に備え、厠の設備を設けた魔動車を用意しなければなるまい」


 公爵閣下は深刻な顔でトイレ付き自家用車について検討しているらしい。前の世界でも長距離移動の大型バスくらいにしかそんな物付いてなかったのに、レトロな雰囲気の魔動車が普及し始めたばかりなこの世界じゃ間違いなく特注品になるだろうな。

 なんでそんな話になってるかって言うと、そもそも今回の誘拐騒ぎの発端としてエリシェナが語ったところによると、お付きの人と一緒に車で買い物に出た姉弟だったけどお付きの人が離れているときに急にトイレに行きたくなったそうだ。

 それで近くを通りがかった女の人に使ってもいいトイレの場所を聞いたところ親切に案内してくれることになったらしいけど、ついていったらいつの間にか人気のないところまで誘導されていてそこで例のチンピラたちにさらわれたとのこと。

 そんなわけで公爵閣下は『車にトイレが付いていればさらわれることもなかった』という結論に至ったらしいんだけど、ボクとしてはそれならなんでトイレに行くのに弟君まで連れて行ったんだとか、結局行く暇もなかっただろうに助けてから今まで特に切羽詰まった様子もなかったのはなんでだとかいくらか突っ込みたいところがある。

 まあエリシェナがする話を聞いていて妙な顔になった弟君になにやら目配せしていたのには気づいたから、たぶん大筋は変わらなくても実際はいろいろと違うんだろうなーってことくらいは察した。

 ただ、エリシェナ。その顔からして君は不都合なところは上手くごまかせたと思ってるみたいだけど、父親はともかくお爺さん、あの微笑ましいものを見るような表情は確実に察してるだろうからね? なんせボクでも気づいたくらいだから百戦錬磨のおじさんが気づかないはずがない。おっと、あの顔はジュナスさんもかな。

 ……それにしても、何か引っかかるんだよね。

 内心で首をかしげながらこれまでのことを改めて振り返って、その正体を突き止めようと考えを巡らす。

 最初に違和感を覚えたのは二人を連れて帰ってきて、誘拐されていたのを助けたって教えた時。みんなの、特に公爵閣下の反応がまさに今知りましたって言わんばかりだったことだ。

 あの時いろいろ飛ばそうとしていた指示の内容はまさにこれから犯人を捜し出して引っ捕らえようとする内容だったけど、むしろ誘拐が判明していたならもっと以前に同じような指示を出していないはずがない、それは確信できる。

 つまりそれまでは犯人がいると思っていなかったってことじゃないかな? 扱いとしては行方不明ってところなんだろう。

 じゃあなんで誘拐だってならなかった? それは……知らせる人がいなかったから、かな。掠われた本人はともかく、エリシェナの話を聞く限り誘拐されるところを見ている人もいなさそうだったし。だとすると犯人からの接触なんかもなかったことに――


「ん?」


 今、なんで犯人からわざわざ知らせる可能性を当たり前のように考えたんだろう。

 しばらくその理由を探って前の世界の記憶に行き当たった。確かこういう身分が高かったりする人の誘拐が絡む話じゃ身代金が目的なのがほとんどだった。そうでなければ利権の絡む話だったりしたけど、どっちにしろ『被害者を返して欲しければ言うことを聞け』っていうのを相手に伝えなければ意味がないのは共通している。二人が攫われたのは午前中のはずだし、いくら電話が普及しきっていない世界とはいえ同じ街なら手紙なりなんなりでとっくに脅迫されているはず――


「あ」


 そのことに思い至って思わず間抜けな声を漏らした。今回の事件はそもそもお付きの人の目がないときに出歩いた結果、運悪く人さらいにあったと言った感じだ。つまりはたまたまで、計画的な可能性がとても低いと思う。むしろこんな偶然の機会を見事に拾える用意周到さと積極性があるなら初めから屋敷に忍び込むなりしておけとぜひ犯人に言いたい。

 なんにせよ相手が誰だかわからないけど、身なりが良さそうだったからさらったと言う雰囲気だ。つまり脅迫しようとしても肝心の相手がわからない状態だったわけで、そうなると――


「エリシェナ、あのチンピラとかからどこの家の子かとか聞かれたりした?」

「え? ……いいえ、ほとんど話をすることもなくあの建物の地下室に閉じこめられました」


 考えながら視線も向けずにエリシェナに尋ねれば、ロウェナさんに抱きしめられていた彼女は不意の質問に驚いた声を上げたけど、少し間をおいてはっきりとした答えを返してくれた。と言うことはあの誘拐犯達はどこの誰ともわからない相手を誘拐してそのまま閉じこめていたことになるわけで、つまり――


「――身代金とか何かの要求とか、そんなものがなかった?」


 じゃあなんで誘拐したの? 何も要求するものがないならわざわざ身なりのいい相手をさらう理由が――あ、いやちょっと待って、ここって前の世界基準から考えたらファンタジーの世界だった。しかも王侯貴族が現役な中世近世な世界観なんだし、それなら――

 そこまで考えてふと意識を戻すと、いつの間にか妙に真剣な目でボクのことを見据えていたガイウスおじさんと正面からかち合った。


「ねえガイウスおじさん、ここって奴れ――」

「レンドル、そろそろ晩餐の時間だろう。皆と先に始めておれ」


 ボクの言葉を遮ってガイウスおじさんがそんなことを言えば、なぜか驚いたような表情でボクを見ていた公爵閣下が鋭い視線をおじさんに向けた。


「……父上、よろしいのですか?」

「私はウルと少し話をしてから向かう。食事はなるべく穏やかに行うべきだろう。心配せずともよい」

「……わかりました」


 なにやら妙に含みのあるやりとりの後、公爵閣下はロウェナさんやエリシェナたちを促して応接室から出て行った。エリシェナは少し心配そうな顔をボク向けてたけど、心配ないよって意味を込めて笑顔で手を振っておく。たぶん、ガイウスおじさんの言ったとおり食堂にでも向かったんだろうな。

 そして部屋に残ったのはボクとガイウスおじさん、そして当然のように控えたままのジュナスさんだけになった。


「――さてウルよ。先ほど何を言いかけていたのだ」


 ガイウスおじさんに言外で『喋るな』って言われていたボクはここでようやく許可が出たと判断して、気を取り直すとさっき言いかけていたことをもう一度口にした。


「ここって奴隷制度ってある?」

「我が国の法では認められてはおらんな」

「『我が国の法では』ってことは、他の国なら?」

「黙認されている国もあれば、合法である国もある」


 やっぱりか。身代金も利権の要求とかもなければ人をさらう理由なんて誘拐した相手を直接売り飛ばすくらいしかない。前の世界でも臓器売買とか色々あったみたいだし。

 でもそうなると今度は売り先だ。合法ならともかくブレスファク王国じゃ非合法みたいだし、あんな頭の悪そうなチンピラ連中が国外にさらった相手を連れ出せるとは思えない。そうするとおじさんと公爵閣下のあのやりとりが意味を持ってくる。


「ねえおじさん、この街ひょっとしたら人さらいの組織とかあるんじゃないの?」

「……なぜそう思ったか、理由を聞かせてくれるか」


 聞き返されて素直にさっきの思考の流れをかいつまんで話してみた。もちろん前の世界の記憶が云々は適当にぼやかしながらだけど。

 そうしてボクが推測を語り終えると、ガイウスおじさんは少しの間だけ沈黙してやがて重々しく息を吐いた。


「……お前は本当にあの婆さまの子なのか?」

「それどういう意味?」

「言葉に含んだ意味を察しはしてもいっかな構おうとしない上に、自らの領域以外のことはてんで無頓着だったあの婆さまの子とは思えない、と言う意味だ」

「……褒めてくれてるんだよね?」

「むろんだとも」


 なんだろう、そう言われてもなぜか素直に喜べない。


「……ウルデウス、お前は――」


 顔をしかめているボクにガイウスおじさんは眉間に皺を寄せながら口を開いたけど、しばらくためらった様子を見せてから結局何も言わないまま口をつぐんだ。なんだろう、何か言いたいことがあるなら言っておいた方がいいと思うんだけど。


「どうしたの、ガイウスおじさん」

「いや、なんでもない、今は気にするな」


 話を促そうと思って声をかけてみたけど首を横に振るばかりだ。うーん、本人がいいって言うならボクとしてはそれ以上追求できないかな。

 それから気を取り直すかのように一度深呼吸すると、ガイウスおじさんはボクの目を真っ直ぐに見据える。


「先ほどの答えだが、半分ほどはお前の言うとおりだ。現在この王都ではある程度の規模を持つ人買いないしは誘拐組織が暗躍している――と思われている」


 ボクの推測をガイウスおじさんはあっさりとそう認めた。けど、なんか言い方が引っかかるなぁ。


「『暗躍していると思われる』って?」

「ここ一年ほど、若い女や子供の行方不明者が増加している。衛兵隊では被害が抑えられておらんと見てレンブルク公爵家としても独自に調査をしているのだが、いっかな尻尾をつかません」


 つまりは『おそらくいるはずだと確信しているけど証拠が全然見つからない』って言う状況なわけか。

 でもいいのかな、今日この街に来たばかりのボクにここまでぶっちゃけた話をしてくれて。


「それってボクが聞いても大丈夫な話なの?」

「市井の者なら問題もあろうが、お前の場合は半端に隠し立てすれば逆にいらぬところに首を突っ込みかねんからな。なにせあの婆さまの子であるのだから」


 もちろん口外はするなと釘も刺された。……イルナばーちゃん、過去になにやらかしたの? 子のボクまで信用されてないよ? いや、でも話してくれるってことはそれ自体が信用してる証になるはず……たぶん。

 その後もガイウスおじさんはいろいろと教えてくれた。届け出があっただけでも月に七、八人が行方不明になっていること。目撃情報が皆無な点からよほど上手く人目に付かないように事を行っているのではないかと言うこと。現場がダメなら街から出て行くところを抑えようと人の流れに目を光らせているものの、怪しい動きが一切見られないことなどなど。

 なるほど、エリシェナと弟君をさらった奴らがそいつらなら重要な証言が得られるかもしれないと踏んだわけか。誘拐の手口を聞く限り可能性は高そうだ。でも――


「明らかに下っ端だったんだよね、あのチンピラ」

「エリシェナの話に出てきた女がおそらく主犯か、ないしは組織との伝手を持つ人物だったのであろう。それ以外はろくに情報を持っていないと見るべきだな」


 そうでもなければとうにあぶり出せている、と苦々しげに呟くガイウスおじさん。うーん、あの時はまさかここまで大きな問題に繋がるとは思ってなかったからね。元々いなかった可能性もあるけど、すぐに家捜しでもしとけば良かったかな。


「だが今回のことで裏組織の存在がほぼ確定した。そうなれば衛兵隊や関係各機関にも圧力をかけやすくなる。その女も人相書きを用意した上で追うことにしよう」


 そう事態の進展を前向きに捕らえる口調のガイウスおじさんだけど、その言い方が淡々としていてあまり覇気を感じられない。

 まあ確かにボクたちの中じゃ裏組織の存在が確定しても状況証拠だけで物的証拠はないからどこまで協力を得られるのかわからないし、主犯っぽい女の人だって顔が割れたとわかれば表だって動くこともなくなるだろう。下手したら組織の方がその人を切り捨てて最小限の被害に抑えるかもしれない。前の世界の記憶にも裏組織が似たような手口を使う話があった。

 連鎖的に内容を思い出して、少し考えてからボクは口を開いた。


「ねえガイウスおじさん、ちょっと提案があるんだけど――」



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