妄執
「とりあえず、出口を探すの優先ってことでいいよね?」
「そうね」
「当然だな。そもそも遺跡で見つかる書物なぞ理解できる気がしない」
ざっと見まわして扉っぽいのが背後にしかなかったため、念のため方針を確認しつつ、三人固まって探索を始める。手分けなんてしないよ? 罠に気付けるのはシェリアだけだし、イルバスは探索なんて専門外だから潔く諦めてるし、それなら一塊になって何かあった時にまとめて守りやすいようにした方がずっといい。
それにしても、やっぱりここって研究室っぽいね。何かまではわからないけど、机の上だったり棚の中だったりと、あちこちから魔力反応が『探査』に返って来る。椅子の上にも他に比べて大きい反応があるし、今で言う魔導器みたいな道具とか作ったりしてた――
「ん?」
「どうしたの?」
「ちょっと、今何か妙なものに気付いたような……」
一瞬感じた引っ掛かりに思わず漏れた声に、シェリアが敏感に反応して立ち止まる。そしてパーティでもっぱらメインの感知役を引き受けているボクの言葉に警戒を強め、握剣の柄に手をかけた姿勢で油断なく部屋の中を見据える。そうすれば自然とイルバスも背負っていた両手剣を抜き払って警戒態勢に。さすが、訓練された臨険士は違うね。
ボクもボクでデイホープとサンラストを油断なく構えながら、さっきの思考の流れをトレースして引っ掛かりを探す。えーっと、『探査』に返って来る魔力反応を順繰りに見て行って……あ、なるほど。
そうして感じた違和感の正体――ちょうどこっちに背を向ける形で置かれている座り心地の良さそうな椅子を見据えた。あれのちょうど座面の上に大きめの魔力反応があるんだけど、そもそも自分が座るための物なのに、邪魔になるような形で何かを置きっぱなしにするかな? うん、なんかイヤーな予感がするね。
「……あの椅子がどうかしたのか?」
「うん。ちょっと様子見てくるから、シェリアとイルバスはここでいつでも動けるようにしてて」
「わかったわ」
ボクの視線から判断して警戒を強める二人を残し、慎重に近づいて横からそっとのぞきこむ。
そうすればうなだれるような格好で深く背もたれに体を預けた状態の、からっからに干からびた死体とご対面。うわあ、やっぱりか。傷んではいるけど妙に豪華なローブっぽい服を纏っているところから推測するに、この遺跡の主人の魔法使いってところだろうね。こんなところで最期を迎えてるなんて、よっぽど研究が好きだったのかな?
なんて思ってると、何の前触れもなく首がぐるんとこっちを向いた!
「ぎゃああああっ!!」
思わず叫ぶと同時、反射的にサンラストでぶん殴っていた! そうすれば当然のことながら椅子ごと綺麗に吹っ飛ぶ死体。そのまま近くの棚にぶつかって派手に激突音を響かせる。
「ウル!?」
「どうした!?」
「いや、ゴメン、ちょっとびっくりしただけだから!」
そして駆け寄ってくるシェリアとイルバスに慌てて釈明する。ちょっとそんな気はしてたんだけど、それでもいざいきなりやられるとビビるね。心臓止まるかと思ったよ。止まるような心臓ないけど。
……って、そんなことよりも!
「気を付けて、二人とも! 不死体だよ!」
ボクのその警告が聞こえたからか、散乱した椅子やら棚やらのの中からゆらりと立ち上がる影が一つ。動くはずのない身体が落ちくぼんだ眼窩でボクたちを見据え、枯れ果てた声の代わりに震わせた魔力が怨念を届ける。
――ケん、キュウ……ワタ、さン……ゾぉ……!
「……ここの主の、慣れの果てか」
「だろうね」
もうわかりやすくダンジョンボスだよね。魔力反応からして『邪霊』でも、ましてや『悪魔』でもないレベルだから、たぶん一般的な分類に入るヤツだろう。見た感じ肉体に宿ってるから動死体系列だね。思念が多少はっきりしてるところを見ると腐導師あたりかな?
さて、不死体って言えば時間経過でどんどん強力になってくから見つけ次第討伐推奨なんだけど、遺跡で遭遇した場合はその限りじゃないらしいんだよね。基本遺跡自体が魔力的に保護されてる影響で吸収できる魔力が限られるから、放っといてもほとんど強力にならないとの研究結果が出ているらしい。実際今目の前にいるヤツも、いつ発生したかはわからないけど、それでも今の今まで放っておかれて『邪霊』にもなってないんだ。信憑性は高いと思う。
つまりはあと数日から数か月放置してもほとんど変化はないってことだから、攻略目的ならともかく、脱出メインのボクたちにとっては無理に倒さなきゃならない相手じゃないってことなんだよね。
「よし、面倒だから逃げよっか」
「……意外だな。てっきり倒すのかと思ったが」
「遺跡の主がいたってことは、たぶんここが最深部ってことだろうしね。そうすると出口に繋がってる可能性低いし」
「同意見ね」
「わかった。今は何よりも脱出が優先だからな」
そんな風に短くやり取りして意見を統一させたのとほぼ同時、腐導師が怨念と共に魔力弾をぶっ放してきた! さすが元魔法使い、腐っても遠距離攻撃手段は健在ってとこだね!
ただし、それが真正面からの投射じゃ芸がない。
「先に昇降室動かして! その間抑えるから!」
慌てず騒がずサンラストで完全防御しながら指示を出す。動き始めてから下に降りきるまでラグがあるし、ボクはギリギリで乗り込むのがベスト――うん? なんか昇降室前から返って来る『探査』の反応が変?
「わか――なっ!? くそっ!」
「まずいわね……」
後ろから聞こえる二人の反応からして、『探査』のエラーってわけじゃないみたいだね。昇降室の入り口周辺の壁がまるで氷が急速成長するみたいに広がって塞ごうとしてる。元からそういう仕掛けがあったのか、それとも腐導師が操作してるのかはわからないけど、今からじゃ走ったところで到底間に合いそうにない。
――ニが、サン……わタ、さン……
「まだ何も盗ってないんだから見逃してほしいんだけどねぇ!?」
タイミングよくというかなんというか、言いがかり甚だしい怨念が響いてきたから、乱射される攻撃を防ぎながら思わず言い返していた。いや、言っても無駄だってことはわかってるよ? それであっさり引き下がるようならそもそも不死体なんかになってないだろうしね。
「――せあっ!!」
そんな中、入り口があったところまで駆け寄ったイルバスが、気合一閃両手剣を叩きつけるのが『探査』に映っていた。おお、さすがなんでも斬る流派、あのアホみたいに硬い壁にも綺麗に斬りこみを入れてる――ってちょっと待ってすぐ埋まるのはさすがに反則じゃないかな!?
「くそっ、駄目だ、斬れはしてもすぐに元に戻るぞ!」
「みたいだねー、めんどくさい!」
「……そいつが大元かしら?」
「たぶんね」
さっきの怨念からして、そこの仕掛けは元遺跡の主な腐導師が直接いじってる可能性が大だ。どっちにしろ不死体なんかと一緒に閉じ込められたんなら、やることなんて決まってる。
「先にあれ倒すよ!」
「わかったわ」
「是非もなしだな」
短いやり取りで方針の変更を共有すると、後ろの二人が左右に分かれて飛び出した。たぶん的を散らそうとしたんだろうけど、脅威と認識していないのか腐導師のターゲットはボクのまま。
しかしながら、それならそれで構わないとばかりに挟むように肉迫すると、時間差をつけてそれぞれの武器で一撃をぶち込んだ! シェリアは腐導師の片腕を持って行き、イルバスに至っては体を腰のあたりで両断という成果だ。
ただ、厳密には魔力の塊こそが本体な不死体。余波で体勢を崩したものの、ぶった切られたはずの体で何事もなかったかのように立ってるし、腕に至ってはなくしたまま放置を決めた様子。
それでもさすがに胴体真っ二つはお気に召さなかったのか、幾分かボクにヘイトを残しながらもイルバスの方をメインに狙い始めた。対してイルバスもさすがランク詐欺の実力保持者、余裕を持って回避しながら時折ちょっかいをかけては注意を引き続けている。そこにシェリアの遊撃も加わって、わりと安定した立ち回りだ。うん、好機到来だね。
不死体に有効なのは魔力攻撃。というわけで、一番手軽な手段としてデイホープを向けて引き金を引いた。それに応じて峰の半ばにある銃口から光弾が瞬時に出現し――直後に解けるように散って消える。
「は? ――あだっ!」
一瞬思考が停止した隙に腐導師の魔力弾が顔面にクリーンヒット! ダメージはないけど思わぬ衝撃にそんな声が漏れる。
「ウルっ!?」
「大丈夫! ただの魔力弾だから効かないよ!」
耳ざとくボクの悲鳴を拾ったらしいシェリアから心配そうな声が上がったのに返事をしながら、今度は経過に注意を払いながら再びデイホープの引き金を引く。そうすればやっぱり出現とほぼ同時に霧散する光弾。そしてこの消え方と魔力の流れにはものすごく見覚えがある。
「魔力の分解吸収……」
入り口の仕掛けと理屈は同じだ。魔力の流れを見る限り、効果はこの部屋全体ってとこだろう。しかも腐導師が普通に魔力攻撃をしてくるところを見ると、特定の魔力以外に対してっていう条件付きな線が濃厚だ。
時折思い出したかのように跳んでくる魔力弾を防ぎながら、さらなる確認のために『魔氷』の魔導回路を描き、発動を試してみる。そうすれば予想通りというか、発動直後に霧散して役に立たない。他にも『爆轟』『魔砲』などなどいろいろ試してみるけど結果は同じで、ここに来る前に発動済みだった『探査』以外がまるで機能しない。
……うん、たぶんだけど、これがこの部屋の罠ってところかな。何せこの遺跡は魔法が全盛期に造られたんだ。障害を乗り越えて到達できるのは魔法使いを想定してるはずで、そうなるとこの研究室なら相手の魔法だけを封じて一方的に攻撃できる、まさに最後の砦ってわけだ。
「シェリア、イルバス! この部屋、魔導式が使えない!」
不利な情報とはいえ事実は事実。それを前提としてもらうためにも判明したことを大声で共有する。
「なっ!? 一番の有効手段だろう!?」
「……ウルでもどうにもならない?」
「戦略級のは試してないからわからないけど、どうなるか予測できない上に逃げ場もない空間じゃボク以外への被害が大きくなる可能性が高いから却下!」
一応全部分解されるまでわずかながらタイムラグがあるから、それこそ『核撃』クラスの魔導式なら分解され切る前に発動可能かもしれないけど、下手をすれば暴発、うまく発動しても元の威力が威力だ。どっちにしろボク以外が無事に済むとは思えない。
「ならどうしろと言うんだ!?」
「地道に削ろう!」
イルバスからの泣き言じみた怒鳴り声に即答しつつ、デイホープとサンラストに魔力を思いっきり流し込みながら腐導師に斬りかかった。さっきから見てる感じだと、どうも何かの内側に留まっている魔力にまでは干渉できないようだしね。
けど、二度三度と切りつけても平然と反撃を繰り出してきやがる。微妙にデイホープから溢れる魔力と相殺が起こってはいるから無駄じゃないはずだけど……。
そう思って『探査』の反応から前後の推移を比較してみる。うん、まあ減ってるっちゃ減ってるけど……例えて言うなら大き目な池の水を全部汲むためにコップで頑張ってる気分だ。空にするまでどれくらいかかるやら。ボクだけならそんな耐久レースも何とかクリアできるだろうけど、さすがに生身な二人がもつ気がしない。
だけど今のところこれしか有効な手段がないわけで、ならボクが矢面に立ってなるべく二人には消耗しないように立ち回ってもらった方がいいかな? くそぅ、こういう非常時にもちゃんと備えておけばよかった!
……いや待てよ? そういえばまだ一個使えそうな手があったね。
「こんな感じか――なっ!」
物は試しとその攻撃をくらった時のことを思い出しながら、デイホープを持ち替えて柄を握ったまま拳を作ると、がら空きの胴体にボディーブローを叩きこむ。そしてインパクトの瞬間を狙って、拳の先から直接魔力を放出! 武闘大会の決勝トーナメント一回戦で戦ったワーグ族の拳闘士、ガウムンが使ってきたいわゆる浸透攻撃ってやつだ。放出した時点で分解されるなら直接ぶつけてやれって寸法だね。
そうすれば予想通り、拡散しきる前に腐導師の魔力とぶつかって、大きくよろめくと同時に苦鳴じみた怨念が伝わってくる。そして案の定というか、どうやら結構痛かったらしくて集中砲火が来たからいったん飛び退って削れ具合を確認……うん、まあ、コップがバケツになったくらいかな? 多少は短縮できそうだけど、焼け石に水感がしなくもない。
これが効くならゼロ距離発動の魔導式も行けるんじゃと思って再度殴ってみたところ、ちょっとでもタイムラグがあると霧散するし、そうでないならぶっちゃけ直接魔力をぶつけるほうが効率がいいということが判明。もうアンデッドと殴り合えってことだねチクショウ!