通路
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――-ガツン、ガツン、ガツン、ガスッ!
「――おっ?」
振り上げた大鎌形態のレインラースから伝わる感触が違ったことに気付いて、ひたすら続けていた掘削作業の手をいったん止めた。そのままレインラースを降ろしてここ数時間の成果を確かめてみれば、無理やり削って作ったくぼみの一番深いところが空洞につながっている。
「よーしよし、やっと貫通か。見立てが間違ってなかったのは良かったけど、やっぱりレインラースじゃいろいろ無理があったかなぁ」
一般人ならとっくに投げ出してるに違いない苦行の成果に半分満足しつつも、何とも言えない気持ちで手にするレインラースを見下ろした。手持ちの装備で最大の質量兵器だけど、用途で言えば基本は『斬る』だ。岩でできた天井に穴を空けるなんて想定してないからちまちま削っていくしかなくて、おかげでえらく時間がかかったよ。今度カラクリに帰った時はピッケルとかハンマーとか、そっち方向の武器を用意しようそうしよう。
幸いというか、最大限に魔力を流した状態だったから、あれだけ酷使してもレインラースにはゆがみどころか刃こぼれ一つない状態なのが救いだ。さすが総剛性緋白金、耐久試験でもここまではやったことなかったのに、安心と信頼の頑丈さだ。
「まあ、次はボクが通れるくらいには広げなきゃだし、もうちょっとだけ頑張ってね」
もしレインラースが喋れたら絶対文句言ってきてるに違いないって使い方になんとなく後ろめたくなって、その柄をなでつつ話しかけてから再び天井の掘削作業を再開した。
なんで天井をぶち抜こうとしてるかって言うと、理由は単純に隠し通路っぽいのがあったのが天井だったからだ。いやー、見つけるまでも大変だったね。体感時間で丸々半日くらいはかかったし、床や壁に何の痕跡も見つけられなかったからじゃあ天井ってなったんだけど、足場にするために魔法傀儡の残骸を積み上げたり崩したりでさ。まあ、最終的にはシェリアが二つ目の部屋入り口のすぐ上にあったかすかな違和感から隠し通路を見つけてくれたから万事オッケーだ。あのあるかないかの微妙なズレに気付くとか、さすがシェリア。
で、後はぶち抜くだけってことで選手交代して、あたりを付けてかったい岩盤をコツコツ削っていったわけだ。そして大活躍のシェリアは手前の部屋でイルバスともども休憩中。時間的にも夜にはなってるだろうし、寝れるなら寝ておいた方がいいよとは伝えておいたものの、ガッツンガッツンと掘削音が響き渡ってたからどうかな?
とにもかくにも、後は空けた穴を広げるだけってことでラストスパート的にガッツンガッツン削っていった結果、さらに一時間くらいかけてようやくボクでも通れそうな穴が開通した。思ったよりラストスパートが長かったけど、疲れ知らずのマキナ族だから何も問題はない。さーて、この上はどうなってるんだろうね?
いったんレインラースを置いて、とりあえず先行偵察がてら、足場にしていた残骸の山を蹴って跳び上がる。そうして空けた穴の縁をつかんでちょうど壁一枚分くらいの隔たりを通り抜けて、無事天井裏の空間に到達した。
「――よっと。とりあえず、立てるだけの広さはあるか」
空けた穴からかすかに届く明かりを頼りにマキナアイで見回せば、四人ぐらいが余裕で大の字になって寝転べそうな床面積分の空間があった。真ん中あたりに段差があるから、そこをまたいで寝るのはちょっと辛そう。そして四方は壁に囲まれているけど、上を見れば天井は半分だけ。ちょうど床の段差があるあたりを境にして、今ボクがいる側には天井が見えるけど、向こう半分はさらに上へと続いている様子。
「まだ上かぁ」
どうやら本気で隠し『通路』だったようで、ここからさらに先へ抜けないとダメみたいだ。まあ、ちゃんと先につながる場所があるってわかっただけでも良しとしよう。この調子なら時間はかかってもぶち抜いていけばそのうち脱出できそうだ。
……それにしてもこの通路、上下につながってる構造のくせに階段どころか梯子や壁のくぼみみたいなとっかかりすらないんだけど。これでどうやって行き来してたのか――いや、逆に考えるんだ。この状態でも行き来できるんだとしたら?
階段の上り下りは生身だと結構しんどいから、なるべくなら楽をしたいはず。ついでに魔法傀儡を用意するために資材を運ぶ必要があるとすれば、考えられるのは――
「――リフトか」
そう結論付けてもう一度あたりをよく探せば、ボクがいる側、天井が抜けている方とは反対の壁にわかりづらいけど意味深な模様を発見した。うーん……これ、かなり原始的だけど魔導回路っぽいね。意味合いは……『上がる』と『下がる』が近いかな? となれば、後は簡単に予想がつく。
早速『下がる』の模様に手を置いて魔力を流してみれば、案の定今立っている床全体がゆっくりと下降し始めた。こっち側の壁や天井も一緒に降りて来てるところを見ると、エレベーターみたいに箱ごと動いてるようだ。これなら位置的に下の部屋を区切る扉を塞ぐ形になるから、たまたま降りて来てる時に侵入者とご対面なんてリスクも減る。考えてるね。
なんて感心している間も下降を続けたリフトは、当然のことながら足場として積み上げていた残骸の山に接触。しばらくはプレス機みたいに山を押しつぶすようにしてじりじりと下がっていたけど、そのうち力尽きたのか中途半端なところで止まった。
「どうしたの?」
「おい、なんだそれは?」
そして異変を察知したらしいシェリアとイルバスが、リフトの下から姿を現した。本来ならぴっちりと扉を塞いでたんだろうけど、扉を吹き飛ばしたのと半端なところで止まったせいで、下をくぐり抜けてくる余裕があったみたいだ。
「やっぱり仕掛け付きの隠し通路があったよ。上に続いてるんだけど、そこを通るための仕掛けは今から探すところ」
「なら、わたしの出番ね」
ちょうどいいからひとまずの経過報告をしたところ、素早くリフトに乗り込んでくるシェリア。いっそ清々しいほどに躊躇がないね。
「休憩は大丈夫なの、シェリア? たぶん時間的にもう真夜中くらいだと思うけど」
「十分よ」
さすがはベテラン臨険士、あの騒音の中でも仮眠はばっちりとれたらしい。もしくは一徹くらいなら余裕ってことかな?
「その通路は、十分な広さがあるのか?」
イルバスも手伝うつもりかそう聞いてきたけど、残念ながらあのくらいじゃ十分広いとは言えないだろう。
「うーん……ただ三人で並んで立つだけなら余裕だろうけど、剣を振り回すってなったら厳しいんじゃないかな?」
「そうか。なら、オレはおとなしく下で待っていた方がよさそうだ」
だから正直に伝えれば、存外あっさりと引き下がる。まあ、下の探索中もボクと並んで瓦礫動かすくらいしかできなかったし、邪魔になる物もない狭い通路じゃやることもないから当然か。
ということで、シェリアを載せて『上がる』の魔導回路に魔力を流した。上に参りまーす。
降ろす時は中途半端なところで止まっちゃってたから、ちゃんと元の位置まで戻るかどうかが少しだけ心配だったけど、無事何事もなく元の位置に収まった。どうやらこの遺跡を作った人にとっては、これくらいの誤動作は許容範囲内だったらしい。無駄にいい仕事してるね。
「……カラクリにあった、昇降室? それみたいね」
「たぶん、根本の考え方は同じだね。さてと……この構造考えたら、順当に行けばそっち側に同じ機能を持たせたのを用意してると思うんだけど」
そう言いながら吹き抜けを下から見上げれば、予想通り少し上がった先で天井になっている推定リフトの底面が見えた。そりゃ自分が乗れればいいんだから、普段は入り口の方に上げておくよね。
「やっぱりぶち抜くことになりそうかなぁ」
「……一度調べてみてらかでも、遅くはないわ」
「いや、でも調べようにもさすがにこの高さは無理があるんじゃ――」
言いかけたところで軽く助走をつけたシェリアが壁を駆け上がり、勢いが落ちたところでさらに壁を蹴ると三角跳びの要領でどんどん登っていって、ついには天井の角にピッタリと張り付くようにして身体を支え始めた。うん、忍者かな? 前から思ってたけど、この世界の鍛えてる人って前の世界の人間よりも身体能力絶対高いよね?
まあ特にとっかかりもない壁を登れるのはすごいけど、あの体勢だとじっくり調べるのは厳しくないかな? やりやすいように『魔氷』で暫定的な足場を作ろうか。滑ってやりづらいなら下からいくらか魔法傀儡の残骸を運んで積み上げるっていうのもありだし。
「なっ――!?」
とか考えながら眺めてたら、いきなり天井が落ち出した!? 支えが崩れて真っ逆さまに落ちてくるシェリアを追うように、まっ平らな岩の塊が勢いよく迫ってくる!
なんでなんて思う余裕もあればこそ。とっさに両手を上げて構えながら手足に魔力を集中させた次の瞬間、轟音と共に押しつぶす勢いの大質量が叩きつけられた!
不意打ち気味の圧倒的過負荷を受けて、無理に支えるよりはと全身を屈伸させて衝撃を逃がしつつ堪える。ボクだけなら最悪押しつぶされても何とかなるだろうけど、今は一緒に落下してきたシェリアがいるんだ! つぶされてたまるかぁ!!
そんな風に気合を入れたからか、屈み切った体勢になったところで何とか拮抗して安堵した。まったく、ボクじゃなかったら死んでたよ。
「――っぶなかったぁ。シェリア、大丈夫?」
「……なん、とか」
とっさのことで落ちてくるシェリアを気にかける余裕がなかったけど、声をかければすぐ横から返事が聞こえてきた。
「おい、何の音だ!? 大丈夫か!?」
そしてさすがにさっきの衝撃音は聞こえたようで、下の部屋からはイルバスの慌てたような大声が聞こえてくる。
「ちょっと罠? に引っかかって死にかけたけど、ひとまず大丈夫だよ!」
「死にかけただと!? 無事なのか!?」
「シェリアが無傷じゃないけど、とりあえず重症じゃないから! すぐそっち降りるから待ってて!」
とりあえずイルバスに心配しないよう伝えながらゆっくりと落ちてきた天井を持ち上げていく。思ったほど重くはないけど、落下の勢いがあれば人一人くらいペチャンコにするには十分って感じだ。
「よいしょ……っと。シェリア、支えておくから先に抜けれる?」
「……少し、時間をちょうだい」
どうやら不意打ちと相まって、とっさに十分な受け身を取れなかったらしいシェリア。
「ゴメン、さすがに受け止める余裕はなかったや」
「うかつに罠を作動させたのはわたしよ。命が助かったのだから、そこまで贅沢は望まないわ」
さすがにあれは予想外だったろうに、斥候としての自負があるのか声がどこか悔し気だ。ぶっちゃけこの遺跡の造り主が万が一の事態全部をつぶすかの如く、偏執的に仕込みまくってるのが話をややこしくしてるだけだと思うけど。今のだって無理を通してきた侵入者を嵌める気がヒシヒシと伝わってくるし。
さすがにもう追撃はないようで、天井を支えることしばらく。動けるくらいに回復したシェリアが安全地帯に移動したのを見届けてからボクも続き、再び落下しきった天井を振り返る。そうすれば予想通りというか、ちょうどこっち側と鏡合わせになるみたいなリフト構造になっていた。ちょっと危なかったけど、結果的にトラップのおかげでまた天井をぶち抜く手間が省けたってところだね。
「怪我の功名ってやつだね。これで上の階層に行く目途が立ったよ」
「……あなたがいなければ、わたしはここで終わってただろうけどね」
「まあ無事だったんだから、細かいことは気にしないでおこう」
まだ引きずってるらしいシェリアを励ましながら、いったん下に降りるほうのリフトを降ろす。次に進むにしてもイルバスも一緒じゃないとだし、置きっぱなしのボクの武器も回収しないとだしね。
「戻ったか。何があったんだ?」
「天井が落ちてきたんだけど、おかげでまた穴空けなくてすんだよ。準備が整ったら先に進もう」
奥の部屋に移動して待ちかねていたイルバスに軽く説明してから残骸の山に突き立てておいたレインラースをいったん亜空間に片づけ、掘削の邪魔になるからってことでまとめて置いておいたサンラスト及びデイホープを身に着ける。それを見たイルバスも立てかけてあった両手剣を背負い、さらに追加の荷袋を腰に下げた。中身は前の部屋にあった犠牲者の物らしき残骸から、比較的新しいのや登録証らしいのを選んで詰め込んだやつだ。いわゆる証拠品だね。シェリアはもともとフル装備状態だったから、残ったダメージが抜けるようにじっと大人しくしていた。