突破
一歩踏み込んで見回せば、例の灯りにうすぼんやりと照らし出されているのは奥に長い部屋。広さ的にはパーティ単位の模擬戦くらいなら余裕でできそうなくらいだけど、その壁際に武骨な人型の石像がズラリと立ち並んでるのがなんていうか……あからさますぎない?
「あれ絶対動くよね?」
「石像……確か魔法傀儡だったか。遺跡の守護者として定番と聞くな」
「……厄介ね」
魔法傀儡――まあ要するに魔法版の魔導体だ。大きな違いとしては構造が複雑かそうでないか。前の世界で言えば魔導体がロボットライクで、魔法傀儡がファンタジーで魔法使いとかが使役する岩人形的なヤツだね。イルバスの言う通り、遺跡じゃガーディアンとしてよく見かけるそうだ。
その構造上肉弾戦しかしてこない反面、素材そのままの硬度と質量を持っているから接近戦にはめっぽう強いとのこと。それでも単純動作ならいくらでもやりようはあるけど、遺跡によっては生き物とそん色ないかそれ以上の機動力を発揮するようなやつもいるらしい。しかもそれが量産されてるわけだから始末に負えないとか。
主な対処方法は魔法傀儡の素体以上の硬度を持つ武器でぶっ壊すか、攻性魔導式の飽和攻撃で無力化するかくらいだっけ? 要は物理的に壊すか動力になってる魔力を枯渇させるかってことだね。どっちにしろカッパー以下の臨険士には荷が重いわけで、ダンジョンアタックの推奨レベルが高くなってる一因らしい。
今のところはまだ動き出す様子はないけど、それはたぶん入り口付近にいるせいだね。動き出したところでちょっと引き返して扉を閉じれば襲われることはないだろうし。まあ、退路がないから戻ったところで詰んでるから、野たれ死ぬならご自由にってところだろう。そして入り口の正反対側には出口と思しき両開きの扉。
うーん、この状況だと……。
「駆け抜けるのが一番かなー?」
「確かに、魔法傀儡が動き出す前に突破するのが一番だろうが……最初の部屋のような罠があるんじゃないか?」
「……たぶん、ないわ」
「シェリアに同意するよ」
「何の根拠があってそう断言できるんだ?」
「魔法傀儡がいるから、かな?」
自爆特攻前提の兵器ならともかく、こういった警備だとか防衛だとかの設備は使いまわしが基本だろう。侵入者によって結果的に壊れてしまう可能性は許容できても、わざわざ自分から使い捨てにするとは考えにくい。迎撃に出た味方が落とし穴に引っかかるとか侵入者爆笑ものだ。罠の方を侵入者だけに反応するように設定できたとしても、発動した時に近くに魔法傀儡がいれば結果は同じだし、それなら魔法傀儡で囲んで袋叩きにする方がいろいろと無駄がないし手っ取り早い。
「――だから、ここの魔法傀儡は無視した方がいいと思うね。シェリアも同じ感じ?」
「そうね」
「なるほど……だが、向こうの扉がすぐに開くという保証はないぞ。むしろこの遺跡の主からすれば、そうやすやすと逃がす理由がない」
そりゃそうだろうね。二人にはまだ見えてないだろうけど、現に向こう側の扉とその周辺はどす黒い汚れが染みついている。他の壁とか床にも似たような染みがあちこちにこびりついてるけど、そこが特にひどいんだよね。ついでに言えば比較的新しそうな何かの残骸が散らばってる。何があったかは推して知るべし。
「まあ、そこはたぶんボクが何とかできると思うよ」
そう言いながらデイホープを目の前にかざした。さっきから余剰魔力を注ぎ込みまくった結果、全体的に赤熱化して激しく揺れる陽炎をまとうそれを見れば、言いたいことは十分伝わるだろう。
「ただまあ、扉の向こうに何があるかはわからないから、臨機応変に対応できるように心構えはしといてね、二人とも」
「わかったわ」
「……了解した」
「じゃあ、行こうか」
念押しに返事が返ってくるのを確認してから床を蹴って駆けだした。すぐさま二人がついてくるのを『探査』でとらえつつ、周囲の石像に変化がないかにも注意を払う。
そうして部屋の中ほどに差し掛かったころ、背後で開け放ったままだった入り口が勝手に閉じるのと同時に石像が一斉に動き出した。確かにこのタイミングなら、普通に進んでたらすぐに周りを囲まれて詰んだだろうからベストっちゃベストだね。
でもまあ、ボクたちもそれを見越して全力疾走してるわけだからそうはならないはず。問題は魔法傀儡自体の機動力だったけど……うん、普通の人間よりも緩慢かな? こう、巨人がのしのし歩いてる感じがするね。サイズ的にはイルバスより頭一つ大きいくらいだけど。なんにせよ、これならボクたちの中で一番足の遅いイルバスでも一、二体かいくぐるだけで扉には到達できそうだ。
それを確認したところで両脚に回す魔力の量を上げて、二人よりさらに先行して部屋を駆け抜けた。なんせ扉をどうにかしないといけないわけだから、少しでも時間的猶予を作るに越したことはない。
というわけで、突撃遺跡の隣部屋! 元から正攻法で開ける気はさらさらないボクは、低い姿勢でサンラストを体に密着するように構えて最大加速のまま両開きの扉へ突っ込んだ!
そして当然のことながら衝突と同時に響き渡る大音響。うん、そりゃ体当たりくらいで開いたらこの辺の染みはできなかったろうね。知ってた。
でも、さすがに金属生命体の全力突撃までは想定しきれていなかったらしく、扉全体がちょっとゆがんで壁との間に隙間ができている。思った通り、独立している扉は壁に比べてまだ柔らかい方だ。それだけ分かれば十分。
すかさず振り上げたデイホープを一点めがけて唐竹割に斬り下ろす。狙うは扉と壁のわずかな隙間、そこにあるだろう蝶番! 他がどれだけ頑丈でも、可動部分が脆弱になるのは古今東西次元を隔てても共通だ!
そして機工の身体はボクのやりたいことを正確にトレースして、赤熱した剣先を外すことなくわずかな隙間に滑り込ませた。すかさず右腕に魔力を集中し、隙間をこじ開ける勢いで一気に床まで振り下ろす。途中に二度ほど感じた突っかかりは狙いがうまくいった証。
すぐさまデイホープを引き抜いて魔力を再び脚に。
「おりゃぁっ!!」
気合一発全力で蹴り飛ばせば、派手な音と共に吹き飛ぶ扉の片割れ。勢いで反対側も豪快に開いたことで次の部屋があらわになり――
「うえぇっ!?」
それを見たとたん、自分でも顔が引きつるのがわかった。
なぜなら、たった今駆け抜けた部屋の倍くらいはある空間を、埋め尽くす勢いで並べられた石像が待ち受けていたから。しかもご丁寧に、吹き飛ばした扉に巻き込まれた何体かを除けば、今まさに動き始めていたんだからたまらない。もうこれ逃がす気これっぽっちもないよねぇ!?
前も後ろも魔法傀儡ばかり。戻ったところで行き止まり、進もうにも石像の群れで次の部屋は見渡せないから先へ行けるかすらわからない。
「――戻って!」
迷いは一瞬、再起動した『魔氷』でたった今ぶち破った出口を塞ぐと、すぐさま踵を返して急停止したシェリアの横を抜け、ちょうどイルバスに攻撃をかわされた魔法傀儡を横薙ぎに斬りつけた。そうすればヒートブレード状態のデイホープは振り下ろされた腕もろとも胴体あたりで上下に両断。うん、多少の抵抗はあったけど、同じ材質に見える壁ほど固くはない。
「おい、どうするつもり――」
「後ろから全部潰す!」
入れ違ったイルバスが急停止しながら聞いてくるのに被せて叫び返して、そのまま近くにいるやつから手あたり次第にぶった切っていく。あの物量に来られたら遠からず囲まれて、ボクはともかくシェリアやイルバスが危ない。なら、まだ数が少ない最初の部屋を掃討してバトルフィールドを確保した方が生存率が上がるだろう。うまくいけば扉のあった部分がボトルネックになるから、そこにボクが陣取れればあとは二、三体ずつしか通ってこれない木偶の坊をひたすらぶっ壊すだけの作業だ。
「……やるしかないか!」
「援護するわ!」
そして同じ結論に至ったのか、張り詰めた声で応じた二人もそれぞれ武器を抜いて最初の部屋の魔法傀儡へと向かっていった。と言ってもシェリアは握剣でイルバスは両手剣だし、岩の塊な魔法傀儡相手だと決定打に欠けるだろうから、早いところボクが何とかしないと――
「――っらぁ!!」
なんて考えてたら、イルバスが気合と共に振りぬいた一撃で魔法傀儡の片腕を両断し、残った腕と両脚も立て続けにぶったぎって、あっという間に達磨の出来上がり。え、何それ。今の攻撃、魔力一切関知できなかったんだけど!? 岩って魔導式の強化もなしにあんな簡単に斬れたっけ!?
……いや、今はそんなことはどうでもいい。重要なのはイルバスも魔法傀儡をぶっ壊せるってことだ。さすがランク詐欺筆頭、こういう時は頼もしいね!
ただまあさすがに攻撃全部が必殺ってわけでもないようで、普通に避けて弾いて押し返してってしてるね。クールタイムでもあるのかな?
「シェリア、ボクはいいからイルバスの方援護してあげて!」
「――わかったわ!」
さすがにそれだとそのうち囲まれてどうしようもなくなりそうだったから、ボクたちの周囲を駆け回って魔法傀儡をかく乱していたシェリアにお願いしておく。そうしたら一瞬こっちを見たけど、問題なく片っ端からぶった斬っていくのを見て納得したのかイルバスの方に集中してくれた。決定打こそ持たないものの、斥候職なシェリアの武器は身のこなしだ。魔法傀儡の大ぶりな攻撃をことごとく最小限の動きでかわしては、数回斬りつけてから素早く離れて次の標的に迫る。すると思考回路が単純なのか、魔法傀儡はものの見事に釣られてシェリアを追いかけていく。
そもそも基本的に近くにいる相手を攻撃しようとするみたいで、駆け抜けようとするところを狙って攻撃するヤツもいるんだけど、シェリアに回避されては追いかけてきたヤツや近くの別のヤツと同士討ちなんてことをよくやっている。シェリアあれ、しれっと狙ってやってるね。戦闘開始からそんなに経ってないはずだけど、すでに特性を把握済みらしい。さすが将来有望と組合に期待されてるだけあるや。おかげでイルバスにたかる魔法傀儡がかなり減ってるから、援護の役目は十分果たしてると言っていい。
そんな感じで思っていたよりも順調に魔法傀儡の数を減らしていると、ピシリとひびの入る音を拾った。発生源は当然のように出口を塞ぐ氷塊から。たぶん、向こうの部屋のヤツが壊そうとしてるんだろう。『魔氷』で作った氷は普通の氷よりもずっと壊れにくいとはいえ、あくまで氷だ。放っておけばそう遠くないうちに壊されるだろう。
なので魔法傀儡をぶった斬りつつ片手間に『魔氷』を重ねがけ。壊れてるところを直すわけじゃないから時間稼ぎにしかならないけど、この勢いならそれで十分だ。
そうやって時々『魔氷』で補強しながら暴れまわることしばらく、とうとう最初の部屋にいた最後の魔法傀儡を真っ二つにした。
「ふぅ、これで後ろの脅威は排除完了だね。シェリア、イルバス、そっちは何ともない?」
「……平気、よ」
「――ッハァ、ハァ……なんとか、な……」
一段落したところで奮戦していた二人に無事を確認したところ、問題なしの返答。まあ常に『探査』でトレースしてたから知ってたけどね。さすがは隠れた実力者。
ただ、さすがに疲労は隠せないみたいだ。シェリアはなんか涼しげな顔してるけど、顔は汗びっしょりだし肩の上下もせわしない。イルバスに至っては大きく肩で息をして、今にも倒れ込みそうな顔だ。ただ、それでも得物を手放さず、懸命に息を整えようとしているのはさすがとしか言いようがないね。
でもこれで、一番の懸念事項だった二人の安全がかなり確保できたわけだ。後はボクの独壇場。
「お疲れさま。あとはボクが何とかするから休憩してていいよ」
「……ずいぶん、はぁ、余裕だ、な」
「まあ、マキナ族の誇りにかけて、のろまな岩の塊にてこずるわけにはいかないからね。さてと、呼出・虚空格納――武装変更・壊戦士」
左手のサンラストをいったん外してデイホープに持ち替えてから術式登録を唱える。引っ張り出すのはもちろんレインラース。やっぱり大型武器はこんな場面にこそふさわしいよね。さっきまでは下手に振り回そうもんなら二人を巻き込みそうだったから自重してたけど、向こうの部屋ならそんな心配もない。
「じゃあ、ちょっとあいつら潰してくるから」
レインラースにも魔力を流しつつ、部屋中に散乱してる魔法傀儡の残骸を踏み越える。部屋を隔てる氷はすでに破られそうなところ。まあこっち側の数が減ってきたところでもう必要ないかって補強やめたから当然だね。
とりあえず、ヒビ割れで白くなった氷越しに写る人型めがけて斧形態のレインラースを振り下ろした。甲高い音と共に氷が粉砕されて、そのまま向こう側にいた魔法傀儡もまとめて両断――あれ、直撃した胸から上が爆散した。けっこう抵抗あったし、レインラースの過熱が十分じゃなかったかな? まあぶっ壊せたから良しとしよう。
中途半端に残った残骸を後続もろとも蹴飛ばして道を作りすかさず突入! 付近にいたヤツをまとめて薙ぎ払ってから『魔氷』で改めて入り口をふさいだ。よし、これでしばらく向こうの部屋は安全地帯だね。こっちでボクが暴れてる限り魔法傀儡のヘイトは独り占めできるだろう。
「さーて、待たせてゴメンね」
改めて一度周りをぐるりと見渡せば、薄ぼんやりとした部屋のいたるところから、ただひたすら無言で迫りくる遺跡の守り手たち。この場合悪いのは侵入者のこっちで、こいつら自体ははるか昔に与えられた命令を忠実にこなしているだけってことは重々承知だ。
だからって、はいそうですかと素直にやられてるようじゃ冒険なんてできっこない。何よりこちとら最新を通り越した兵器代表、大昔の量産型警備員に後れをとってちゃ一族のみんなに合わせる顔がない!
「イルナばーちゃんの最高傑作がどういうものか、見せてあげるよ化石さんたち!」