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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
六章 機神と冒険
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落下

 とっさに下を向けば、床なんて最初から存在しなかったかのように真っ暗な縦穴がこんにちは。ご親切に底の方はぼんやりと明るくなっていて、まあ固い地面でも受け身が取れれば死にはしないだろうってくらいの深さを教えてくれてるけど、問題は底の部分。剣山とかそういった物騒なものはなさそうなのはありがたいんだけど、半透明の何かが上を覆って二重構造になっている様子。たぶん何かの液体だと思うけど、ただの水って保証がどこにもない。毒とか溶解液だったらシェリアとイルバスが一発アウトだ。

 ここまでを一瞬で認識したところでデイホープを手放し、空いた両手をそれぞれシェリアとイルバスに伸ばしてむんずと掴む。


「――っりゃぁっ!」


 そして気合一発、腕に魔力を集中させて落下を始めたばかりの二人を投げ上げた! 代わりにボクの落下速度が一気に上がったけど、とりあえず二人の分だけ時間が稼げれば問題はない。ひょっとしたら追加の滞空時間で床が戻ってくれることにも若干の期待をかけておく。

 そして仰向け落下中に『魔氷』の魔導式(マギス)を効果範囲マシマシで両腕に展開して、準備が終わった直後に背中から着水、それと同時に一気に『魔氷』を起動した。そうすれば設定に従って水面付近に発生した氷の塊が、あっという間に横へと広がって二人の落下予測地点の真下に即席の浮島を作り出す。

 この足場のミソは『魔氷』が魔力から直接氷を生成するタイプの術式だって点で、正体不明の液体を凍らせてるわけじゃないから安全性が保障できるのだ。まあ若干被っちゃうのはどうしようもないけど、今のボクみたいに直接突入するより何百倍もマシだ。浮かんでるわけだから落下の衝撃もある程度吸収してくれるだろうし、ここまですればシェリアもイルバスも無事に着地できるだろう。

 実は根本的な解決にはなってないけど、とりあえず急場をしのげそうなことにほっと安心したところで水底に背中から着底。見てわかってたけど、そんなに深くなくて良かったよ。何せマキナボディは全身金属、しかも比重の重い白金ベースな緋白金(ヒヒイロカネ)をさらに高密度にした素材をふんだんに使ってるから、どんな液体だろうがまず浮かばない。溺れる心配はこれっぽっちもないけど、海溝レベルの深みに落ちようもんなら水面に出るまで苦労するのは請け合いだ。

 それはさておき、ずっと寝転がってる必要もないからと水底で立ち上がって、体や装備の様子を確認する。毒はともかく強酸の類なら溶け出しててもおかしくないけど、ざっと見た感じだと異常はなさそうだ。痛みは元から感じないけど気泡が湧き出てるわけでもなく、液体の中ってことを除けば普段通りにしかみえない。

 一応、体内への侵入を警戒して口は閉じてたんだけど、試しに舌だけちろっと出して舐めてみた。うん、ほぼ何も味がしない。嗅覚情報からも特に何も感じないってことは無味無臭っぽい。劇薬って大体刺激臭とかするはずだから、それを考えればまだ安全ってことかな? 『解析』の魔導式(マギス)で成分を調べるのは確定だけど、あれちょっと時間かかるから水中でやってたらさすがに心配されそうだ。

 そんなことを考えていると、頭上から甲高い音と一拍置いての落水音が聞こえてきた。見上げてみればそれなりの速度で沈降中のデイホープ。どうやら落ち初めに手放したのが追い付いてきたようだ。氷の上に落ちたはいいけど、衝撃で弾かれてボチャンッてところかな?

 何はともあれ回収すべく液体の抵抗をかき分けつつ進んでいるうちに、氷の浮島がググッと沈みこんでまた浮かんだのが見えた。どうやらシェリアとイルバスも無事着地できたようだ。残念ながら滞空中に床が戻ることはなかったらしい。まあ、すぐに戻す理由もないから当然か。デイホープも無事に沈降途中でキャッチできたし、まずは二人に合流しないと。

 というわけで、追加の『魔氷』で浮島と水底をつないで固定。これでボクが上がっても沈まない――はず。後は浮島の縁に向かって階段状になるよう氷を生成すればオーケーだ。


「――やっほー、さっきぶり。大丈夫だった?」

「平気よ」

「大丈夫かはこっちの台詞なんだが……」


 水面を割って氷の足場に上陸しつつ尋ねてみれば、予想通り無事な二人の姿。さすがは隠れた実力者たち、あの程度の高さからなら受け身は完璧だね。

 そう感心していると、無言で近づいてきたシェリアが止める間もなく両肩を鷲掴みにした!?


「待って待ってシェリア! ボクここの液体にもれなく全身浸かっちゃってるから触ったらダメだって!」


 慌てて振りほどきながらシェリアの手を見る。ひょっとしたら生き物にだけ効く毒とかかもしれないから『解毒』と『治癒促進』の魔導式(マギス)を用意したけど……特に異常なし、なのかな?

 そう思っていたら、真剣に手に付着した液体を見ていたシェリアが唐突にそれを舐めた!?


「うわ、ちょ、シェリア!? まだ成分もわかってないのにそんなことしたら――」

「……たぶんだけど、ただの水よ、これ」


 ……はい?

 さすがに直接体内に取り込んだらヤバいと思って焦ったところへ妙に冷静な声を聞かされ、一瞬思考が停止した。というか、予想外すぎる答えに戸惑いしかない。

 え、嘘でしょ? 空洞音がしないくらいの分厚い床を丸っと消して落とすとかいう初見殺し過ぎる落とし穴を仕掛けておいて、その底にはクッションぐらいにしかなりそうにないただの水だけ? そんな半端な仕掛にするとかどういうつもりだ作成者! ボクなら絶対毒とか剣山とか仕込んでおくよ! いやまあ助かったけどさ!?

 どこか納得いかない気持ちになりながらも、念のため『解析』の魔導式(マギス)を起動。しばらくして得られた情報を統合した結果、まごうことなき水だってことが判明した。


「……ホントにただの水だし。何考えてるんだろう、この遺跡造った人」

「それは造った奴に聞くしかないだろう?」


 釈然としない気持ちのまま呟いたらイルバスに正論で突っ込まれた。ごもっともだよ。問題はご本人がとっくの昔にお亡くなりだってことだねチクショウめ。


「……まあとりあえず、ここが遺跡ってことは確定でいいと思うよ」

「さっきは明確な根拠がないと言っていたが、それを覆す理由は何だ?」

「さっきの部屋の床が消える仕掛けだよ」


 そう言いながら頭上を振り仰いでみると、いつの間にか再出現してる今は天井な床。まあ普通の人から見たら暗がりで見えにくいかもしれないけど、それでも床が抜けたままなら部屋の灯りが見えてるはずだから、元に戻ってることくらいは察せるだろう。


「床っていう大質量が『動く』でもなく『抜ける』でもなくいきなり『消える』なんてこと、亜空間にでも放り込まなきゃ絶対無理だよ。でも、そんなことができる魔導式(マギス)を組めるのはボクの知る限りイルナばーちゃんくらいだ。おまけに勝手に戻るなんてことはばーちゃんでも無理だったんだから、後はもう魔法くらいしか残ってない」


 理屈としてはボクが武器の収納に使ってる『亜空接続』と同じだ。床だけ独立させて必要な術式を刻み込めるなら、後はタイミングを指定して床を消すなんてことはできる。

 ただ、それはあくまで亜空間に放り込むだけの一方通行だ。イルナばーちゃんと研究はしてみたけど、今のところ亜空間に入れたモノを引っ張り出すにはこっちからの干渉が不可欠で、時限式らしいとはいえ何もしなくても戻ってくるなんてオーバーテクノロジーのさらに上だ。そうなるともう、後は術者のセンス一つでとんでも機能を組み込める魔法くらいしか可能性がない。

 つまり、『魔法を利用した建造物』ってことで遺跡なのは間違いがない。


「まあ、そんな超高等技術で必殺の罠を造っておきながら殺す気がないとしか思えないような配置っていうのが腑に落ちないんだけど」

「まだ言っているのか……」

「……進んでみればわかるんじゃない?」


 思わず漏れる愚痴を聞いたイルバスが呆れ気味に言う横で、スッとシェリアが指差した先を目で追う。そうすればそこにはさも上陸してくださいと言わんばかりに壁がくぼんでいて、ついでにここから入れますよと言わんばかりの扉がある。位置的にはちょうど遺跡の奥側だね。いやまあ元から気づいてから溺れさせる気でもないってことがわかってたわけだけど、こうまで御膳立てされてるとクリアを前提にしたダンジョンって感じがするから、この世界の定番から外れる気がするんだよねぇ。

 とにかく他にやれそうなこともないしで、再び『魔氷』をセットして足場とくぼみを繋げて移動した。ただの水ってわかっても、無駄に濡れることもないしね。


「これは……文字か?」

「……知らない言葉ね」


 そうして扉に刻まれている模様をみて首をかしげる二人。装飾のない扉の中で唯一規則的に並べられた記号は明らかに文字の類ってわかるだろうけど、現代で使われてるものじゃないからわからないも無理はないよね。


「えーっと、『招かれざる者よ、その報いを知れ。されど試練を乗り越えたならばその身を保障しよう』だって」

「読めるのか!?」


 だから翻訳した内容を伝えてあげたら、驚愕の表情でボクを振り返るイルバス。そりゃまあ、未知の言語を当たり前のように読み上げたら驚くか。


「魔法文明後期に使われてた言語なら読解はできるよ。魔導式(マギス)の原型ってことで、イルナばーちゃんがその辺の資料を研究してたからね」


 そんなわけで、ボクがそれを読めたのは単純に知ってたから。ついでにここが遺跡ってことが客観的に証明されたけど、それは今重要じゃない。


「意訳したら『盗人め、思い知ったか! だがこの遺跡を突破できたら助けてやろう』って感じだと思うんだけど、二人ともどうする?」

「……つまり、この先に脱出できる可能性が存在するということだな? なら行くしかないだろう。どのみちここにいても野たれ死ぬだけだ」


 とりあえずこの遺跡の主がなぜかクリアすることを考えて用意したらしいことが判明したので二人に話を振ってみると、イルバスは覚悟を決めた顔で先に進むことを宣言した。


「……壊して戻ることは?」


 対して短く聞き返してきたシェリア。それを聞いたイルバスが耳を疑うとでも言いたげに眉を寄せたけど、まあボクもその案は考えなくもなかったんだよね。ただ、施設のを覆う魔力的に閉所で使えるような魔導式(マギス)だと月単位の時間がかかりそうだし、物理で削っていくにしてもこれだけの魔力を用意して硬化処理をしない方がおかしいしわけで。

 念のため魔力を通したデイホープで試し切りしてみたところ、案の定というかガツッと少し食い込んだところで止まった。ただの石くらいなら綺麗に両断できることを考えれば、硬度の方はお察しだろう。銃撃しても予想通り表面であっさり散らされる始末。


「たぶんだけど、地道に壊すより攻略した方が早いね」

「そう。なら進みましょう」

「……本気で壊せる気だったのか」


 二人仲良く納得したところでイルバスから信じられないものを見るような目を向けられてしまった。いやだって前の世界のゲームでもあるまいし、わざわざ攻略する必要性がないならダンジョン自体を壊すのも選択肢の一つに入って当然だよね?

 まあ真正面から攻略ってことになっても、実はこのメンバーってたぶん適正レベル帯なんだよね。イルバスは推定ゴールドレベルの実力はあるランク詐欺だし、シェリアも元々シルバーくらいのところ、カラクリ合宿でレベルアップしたことを考えたら上位ぐらいには喰い込んでるだろうし、ボクは言わずもがな。うん、案外何とかなりそうだよね。


「じゃあ、腹くくって攻略しますか。出力変更(アウトプットシフト)戦闘水準(レベルアーム)


 様子見から本格攻略に目的が切り替わったところで『本気』モードを解禁。二人とも覚悟完了したらしいのを確かめてから目の前の扉をそっと開いた。……よし、罠はなし。


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