侵入
あけましておめでとうございます! 今年ものんびり付き合ってくれると嬉しいです。^^
特に問題なく夜が明けた翌日。準備を整えたボクたち捜索組の三人は、準備を整えてすぐ問題の遺跡に向かった。
「ここだね。その滝の裏がそうだよ」
「……よくまあ、見つけたものだな」
「すごいでしょ? もっと褒めてくれてもいいよ」
ブロンズランクでも危なくない環境だし、記憶力ばっちりなボクが案内したしですんなりと到着。ダンジョンがあるとわかってなければ何の変哲もない沢だからか、イルバスはどこか呆れたような声を漏らした。
とりあえず安全が確認できているのはこの辺までなので、突入前に打ち合わせの最終確認。隊列は斥候のシェリアが先頭で、後ろはイルバス。ボクは真ん中で、何かあった時は各自臨機応変に。目標としてはブロンズランクが遺跡に入った痕跡の発見だけど、入り口から近い範囲で見つからなかったら断念して帰還。うん、大丈夫。
あとはそれぞれで装備品の点検だ。ちょっと調べてすぐ戻ってくる予定だけど、一応万が一に備えた最低限の水や携行食料、あと傷薬とかは臨険士のたしなみとしてしっかり準備済み。何なら負担にならないボクはちょっと多めに持ってきたりしてる。それと、光源としてランプ型の魔導器をシェリアが腰に吊るしている。ただ、入り口付近は使ったとたんに魔力を分解吸収されるから、これを使うのは中に入ってからかな。
ちなみにダンジョン探索ってことで、ボクは手持ちの武器をちょっと変えてきている。
まず左手には盾のサンラスト。今は最小サイズだけど、何かあったら即座に最大サイズまで展開して二人をかばえるようにってね。
そして右手には、この前完成したばかりなボク専用の銃剣、名前は『デイホープ』。外見的にはライフル銃の下に片刃の長剣をくっつけた形に落ち着いたけど、銃身は刀身の半分くらいだ。そのせいで最大射程はナイトラフに劣るけど、そもそも近距離前提の武器だから問題なし。今回はダンジョンってことで屋内メインだろうし、片手で撃ったり斬ったりできるから対応力は高くなるって寸法だ。もちろん銃の方には回転弾倉式の弾種変更機能も搭載済み。
いやー、こうなるまでに結構試行錯誤したんだよね。まあ、里帰りの間にマキナ族の新武装として正式採用までこぎつけたから良しとしておこう。寝る間も惜しんだ甲斐があったってものだよ。まあ寝る必要ないんだけど。
ちなみに、開発に協力してくれたロヴにも、約束通り先行量産型の『ホープ』を蓄魔具対応にしたものを一本渡してあったりする。いかついおっさんが子供みたいにはしゃぐ姿は実にシュールだった。
とにかく、改めて準備万端なことを確かめたボクたちは早速滝の裏へと突入した。入り口の仕掛けを動かすのに最初は昨日みたいに『光明』を使おうとしたんだけど、ふと思いつてデイホープの銃口を向けてトリガーを引いてみた。そうしたら威力を持った光弾が飛び出したと思う間もなく分解されて、その魔力を吸収した仕掛けが作動。やっぱりこれも判定入ったか。本当に一定以上の魔力が発生したら何でもいいらしい。
「さて、これが入り口だよ」
「この奇怪な仕掛け、確かに遺跡らしいな」
ズズズっと姿を現す洞窟に、イルバスは表情を引き締めながらシェリアに視線を向ける。
「……無理ね、この辺りに痕跡は残ってないわ」
そして入り口が現れてすぐ付近を調べてたシェリアは、一つため息をついてそう断言した。まあ滝の裏とか常に水しぶきがかかるし、入り口も動く仕掛けがあるしで仕方ないよね。
「じゃあ、やっぱりちょっとは中に入らないと無理だね。ならさっさと行かない?」
「……そうだな」
「……なら、行くわね」
無事意見の一致をみたところで打ち合わせ通りシェリアが慎重に先陣を切る。すかさず続くボクの後からイルバスが入り口をくぐったところでちょうど入り口が閉まった。
すると一拍を置いて、下り坂の先がうすぼんやりと光り出した。十分な光量とは言えないけど、少なくとも足元につまずきそうなものがあればわかるくらいには明るいね。入り口付近は灯りが使えないだろうから真っ暗なのをどうしよって考えてたけど、これならひとまずは大丈夫そうだ。さすがにここを造った人も真っ暗じゃ入り口入って真っ暗なままじゃダメだって思ったんだろうね。
「……今更かもしれないが、これは中から開けられるのか?」
思いがけない薄明りにそんなことを考えていると、ふとイルバスが不安げな声を上げた。ああ、そういえばイルバスにはまだ説明してなかったっけ?
とりあえず、論より証拠と閉じた入り口に向かってデイホープをぶっ放した。そうすれば予想取りに光弾が分解されて入り口から光が差し込む。
「ああいう魔力を分解吸収する仕掛けは一定範囲に作用するタイプだからね。こんな感じで帰り道は心配はしなくてもいいよ。逆にもう少し離れないと魔導器が使えないっていうのが困りものだけど」
魔法文明っていうと大げさに聞こえるけど、要は魔導式の源流だ。体系化されずに一部の人が感覚頼みで操ってたってだけで、根っこのところの理論はそう変わらない。逆に術者のセンス頼りだからたまにとんでもない術式が組まれてることもあるって話だけど、それはまあ置いておこう。
とりあえず、入り口の仕掛けが『一定範囲に発生した魔力を分解吸収』って仕組みだと考えれば、当然のことながら範囲の起点になる場所が必要になる。吸収された魔力の流れを見ればそれが扉付近なのは明らかだったから、そうなると内側だろうと同じ効果が発揮されるのは必然だ。
一応内側には作動しないように絞ることも可能といえば可能だけど、そうすると今度は内側から仕掛けを動かすための術式を別に組まなきゃならなくなる。今あるやつで十分なのに、そんなのどう考えたって無駄だろう。奥に眠る財宝や侵入者への殺意が大げさに語られる遺跡だけど、元々の用途が倉庫なんだから、持ち主が出入りしにくかったら本末転倒だしね。
「なら退路を失うことはない、か。手間取らせてすまなかった、先へ進もう」
そう素直に謝罪してくるイルバス。まあ入り口が開かなくて閉じ込められるとかわりとシャレにならないから、心配しても仕方ないんじゃないかな? 妙に律儀なのは、やっぱり何かあったからかな?
そして再び閉まる入り口を背にして、行く手から届く薄明りを頼りに最初の下り坂をゆっくりと進んでいく。
「……シェリア、たぶんそろそろ魔導器使えると思うよ」
「わかったわ」
ちょうど坂が終わったあたりで予想される入り口の仕掛けの有効範囲から抜け出したからそのことを伝えれば、一つ頷いたシェリアは腰のランプ型魔導器のスイッチを入れた。そうすれば特に何の問題もなく十分な灯りが周囲を照らしてくれる。よし、想定通りだね。
そうして改めて行く手を見れば、まっすぐな通路が伸びている。両側の壁には一定間隔で薄明りを放つ石っぽい物が埋め込まれていて、それが少し続いた先には扉らしきものが見えている。いいね、なんかすごくダンジョンっぽい!
「……比較的最近、誰かが入った痕跡があるわ」
いかにもって雰囲気に内心でテンションを上げていると、明かりをつけて早速足元を調べていたシェリアがそう知らせてくれた。
「それは確かなのか?」
「……かすかだけど砂利が足形に残っているわ。そこまで古くない」
どうやら一般人なら見逃すレベルで足跡が残ってたらしい。言われて示されたあたりに目を凝らせば、埃と見間違いそうなくらいだけど確かに砂利が散らばっていた。よく見つけたねこんなの。しかも新しいかどうかまで判別できるなんて、さすがの斥候だ。
さてさて、これで最近になってこの遺跡に誰かが入ったことがあるってことは確定だね。時期的に見て問題のブロンズランクな可能性が極めて高いけど、これで探索終了かな?
「誰か入ったことは間違いないみたいだけど、これ以上調べるの、イルバス?」
「――まだ先に続いてるということは、そこまでは危険がなかったということだ。なら、もう少し確かな痕跡があるところまでは進んでみよう」
そして少し考えた末に出されたイルバスの結論。まあ確かに死体とか血痕とかもないってことは無事に通り抜けられたってことだしね。うっかり入りこんじゃった誰かさんはご愁傷さまとしか言いようがないけど、期せずして炭鉱のカナリヤみたいな感じになってるや。
とりあえず大丈夫そうだってことだけど、それでもちゃんと警戒しつつ慎重に通路を進んで扉までたどり着いた。トラップが仕掛けられてないかシェリアが調べてくれたけど、物理的なのは特になくて鍵も類もないとのこと。
後は魔法関連のトラップだけど、これはさすがに発動してからじゃないとわからないらしい。まあ、魔導式だって壁の中にでも魔導回路を埋め込んじゃえば判別不可能になるし、『物体内部に魔力で直接術式を刻む』なんてわけのわからないことができたらしい魔法ならいわんやってとこだね。
それでも魔導式ならボクの『探査』で察知できるだろうけど、壁どころか床も天井も呆れるくらい高密度の魔力に浸されてるせいで完全にシャットアウトされてる。いつもお世話になってる便利機能が使えないっていうのは痛いなぁ。
あと、なんでか通路内の空間でも妙に『探査』の精度が悪い。これはあれだ、プルストで要塞みたいな超大型魔導兵器が攻め込んできた時の不調に近い感じがする。これは何か明確な原因がありそうだね。後でゆっくり考察しよう。
それはさておき、何があるかわからないなら探索の奥義、漢探知の出番だね! そしてそれにうってつけのマキナボディと装備! ということでサンラストを最大展開してからシェリアと場所を替わって、二人がボクの後ろに隠れたことを確認してから一気に扉を開く!
さあなんでも来いと身構えてみたものの、しばらくしても特に反応はなし。サンラストの陰から顔だけ出して様子を窺ってみたけど、特に変な動きも見当たらない。まあ、ここで即死トラップがあったなら誰かさんもやられてる可能性が高いから、それがないってことは何もなくても不思議じゃないか。
「……先、入るね?」
「気を付けて」
「……下手を踏むなよ?」
それでも念のため先行してみることを後ろの二人に伝えて、了承が返ってきたのを確かめてからゆっくりと扉の中へ足を踏み入れた。広さ的にはちょっとした小屋くらいかな? 不自然なくらい何も置いてないただの空間で、今入ってきたのと反対側にまた扉があるだけだ。壁や天井も通路と同じように明かりを放つ石が埋め込まれてるくらいで、何かが飛び出してきそうな穴とかも特に見当たらないし、部屋のど真ん中まで進んできたのに動き出す様子もない。ここまでくると、本気で何もないのかな?
「……大丈夫そうだよ?」
「……みたいね」
「……拍子抜けだな」
とりあえず、三人そろって狐につままれたみたいな顔をしつつも部屋の中で合流。その際、退路確保のために入り口側の扉は当然開けっ放しのままだ。
「ここは本当に遺跡なのか? 話に聞くだけでも、入ってそれほど進まないうちに全滅したパーティがいくつもあるくらいの難度のはずだが」
「まあ、遺跡かどうかの根拠はケレンが『そうだ!』って断定したくらいだからね。入り口の仕掛けとかその辺の灯りとか、やろうと思えば魔導式でも再現できるし」
眉間にしわ世を寄せて周囲を見回しながら、どうにも納得いかなげなイルバスにそう答えを返しておく。こちとら遺跡の専門家ってわけでもないんだ。そもそも昨夜の会合で伝えた時だって遺跡『かも』って言ってたわけだし、文句を言われる筋合いはない。
……ただ、壁とか床とか天井とか、そういったもの全部にバカみたいな魔力が圧縮されてるのも事実なんだよね。材質的に岸壁をくりぬいたそのままを利用してるみたいなんだけど、そこにこれだけの魔力加工を施すなんてどれだけの機材と労力が必要になるのか。正直なところ、この点だけ見たらカラクリ以上だ。そしてオーバーテクノロジーの集合体みたいなカラクリよりもってなると、この世界の今の技術水準じゃかなり厳しいってことになる。
「……おかしいわね」
そんな時にポツリとした呟きが届いた。言ったのはボクとイルバスが言い合っている間も屈みこんで床を調べていたシェリア。
「どうしたの、シェリア?」
「痕跡が完全に途切れてる」
「痕跡って、ボクたちより先に入った推定ブロンズランクの?」
「そう。部屋の入り口で不自然なくらい綺麗に」
……それ、ひょっとしなくてもまずいんじゃないの? 部屋の前まで確かにあったものがいきなり途切れてるのに、今ここが何の異常もないとかもうそれが異常でしょ。明らかにここで何かあって、証拠隠滅されたやつなんじゃ? ボクだけなら何とでもなるだろうけど、シェリアとついでにイルバスがいる状況で不測の事態は避けたい!
「イルバス、引き上げよう。この部屋なんかあるっぽい」
「そうだな。組合には可能性が高いと報告すれば最低限の条件は満たせるはずだ」
どうやらイルバスも同じ結論に至っていたようで、ボクが撤退を提案すると即座に了承が返ってきた。シェリアも当然異論はないようで、何かが起こる前に撤収するべくそろって入口の方へ踵を返す。
けど、その判断はどうやらちょっと遅かったみたいだった。
部屋を半分も進まないうちに、ボクたちの目の前で開けっ放しにしていた入り口側の扉が何の前触れもなく音を立てて閉じた。それを見て慌てて駆けだそうとしたところでいきなり床が消えて、踏み出した足が空を切る。
「「「は?」」」
あまりの驚愕に三人そろって間抜けな声を上げる中、支えをなくした体は自然の法則にしたがって自由落下を始めた。え、ちょ、マジで床どこ行ったの!?