呼出
と、ボクたちと同じようにたき火を囲っていたベールが前触れなしに立ち上がった。
「ちょっと、用をたしてくる」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
そしてポツリとそうつぶやくと、手近な雑木林の方へと離れていく。不用心に思えるかもだけど、マキナ族ならともかく生身じゃ生理現象なんてどうしようもないし、こんなところにまともなトイレがあるわけでもないしね。リクスも「気を付けて」って一声かけるくらいで気にした様子もない。
それに、そこくらいなら余裕でボクの『探査』の範囲内だから、万が一があってもすぐに駆けつけられる。あ、もちろん最中は意識から外しておくよ? そんな変態趣味はないしね。
そのままなんとなく無言の時間が訪れた。パチパチって薪が弾ける音だけが響く、何とも言えないいい雰囲気だ。うーん、キャンプしてるって感じがグッドだね。まさに野外活動の醍醐味って感じで――ん? ベールの反応が戻ってきた。用を足してたにしては早くないかな? ついでに移動速度もなぜか駆け足気味だし。どうしたんだろう?
不思議に思う間にたき火の明かりの中へ駆け込んできたベールが、少し切羽詰まったような顔でボクに取りすがってきた。
「向こうに何かいた!」
「うん?」
合わせてそんなことを訴えられたけど、それにはさすがに首をかしげざるを得ない。何かいたって言われても、さっきからずっと『探査』の反応には異物の侵入は認められなかった。さすがに虫とかのレベルだと保証はできないけど、その程度なら見習いとは言え臨険士やってる人間が慌てて戻ってくるようなことはないだろう。生理的に無理なものが出てきたなら『何か』なんてあいまいな言い方しないだろうし……幽霊の類? いや、この世界じゃ実在するけど、それだと低級な不死体の幽霊とか怨霊になるから、むしろある意味魔力の塊なそれが『探査』から外れるはずもない。
「見間違いじゃない?」
「そ、そんなことないって! 確かに何かいたんだって!」
だから至極当然の結論として伝えたわけだけど、ベールは動揺もあらわにそうまくし立ててくる。うーむ、これはあれか、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってやつかな? きっと何かの拍子に木の枝とか草とかが揺れたのに過剰反応しちゃったんだね。無口でどこかクールぶってるところがあるけど、実はベールって案外怖がりなんじゃないかな? うん、可愛い。
「大丈夫大丈夫、この辺に不死体含めて何もいないのはボクが保証するから、安心して用を足してくるといいよ」
「む、無理だよ! 本当に何かいたんだから! ちょっと来てくれよ!」
内心ほっこりしつつも落ち着かせようとそう返したけど、どうも当人からしたらまともに取り合ってもらえてないように思えたようで、ちょっと必死そうな顔で引っ張っていこうとしている。可愛いなぁ、もう。
「あー、ウル。ちょっと行ってあげたらどうだい? そうしたらたぶんベールも安心してくれるだろうから」
そしてやり取りを見かねたらしく、優しい顔をしたリクスがそう提案してきた。もうちょっとベールの意外な一面を見ていたい気もするけど、リーダーの言うことなら仕方ないか。それに、これ以上騒いだらせっかく寝てる面々を起こしちゃいそうだしね。
「わかったよ。ほらベール、一緒に行ってあげるから落ち着いて」
「わ、わかった」
そう言いながら立ち上がれば、一転しておとなしくなるベール。ただしその手は逃がさないとでも言いたげにしっかりとボクの服の袖をつかんで離そうとはしない。もう、可愛いんだから。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから火の番よろしくね」
「一応気を付けて。さすがにおれが付いて行くわけにもいかないしね」
「もしそんなことしたらシェリアに言いつけてやるんだから」
「なっ!? し、しないって!!」
ちょっとからかっただけでてきめんに狼狽えてくれるリクスを笑いながら置き去りにして、ベールと二人してキャンプの外へと向かう。目的の雑木林はそこだから、すぐにたどり着いた。当然『探査』に何も引っかからないんだから目で見て異常があるわけでもなし。
「ほーら、何もないじゃんか。間違いなく見間違いだろうね。まあどうしてもっていうなら終わるまでいてあげるから早いところ――」
「はぁ、やっとか」
だから安心させてあげようって思っておどけた調子まくしたてていると、何やら雰囲気が変わったベールの声が聞こえた。思わず振り返ってみればさっきまでのビビり具合はどこへやら、どこか疲れたような態度で大きくため息を吐いている。うーん、見間違いってわかってよっぽど安心したのかな?
「そんなに怖かったの、ベール?」
「んなわけあるか。何もいないなんて最初からわかってるよ。そんなのあんたと二人きりになる口実だよ」
かと思ったらバッサリと切り捨てられた。なんか口数増えてない? というか、ボクと二人っきりになりたかった?
「なんでわざわざそんなことを? 言ってくれたらそれくらい付き合ってあげたのに」
「……うっさい、こっちも事情があるんだ」
首をかしげたところ、そんなぶっきらぼうな答えが返ってくる。そっかー、事情があるなら仕方ないかー。
まあわざわざ妙な手間をかけて呼び出したりなんかしたんだから、きっと何か用があるんだろうと思って待ってあげる。けどどういうわけか、ベールはどこか居心地悪げというかきまり悪げというか、視線を合わせたり逸らしたりと妙にそわそわした様子でなかなかそれ以上に口を開こうとしない。ふむ、これはもしや。
「先に済ますもの済ましておいた方がいいんじゃない? なんならちょっと離れておくよ?」
「うっさい! というか、用足しも口実だよ!」
「そっかー。それじゃあ、二人っきりでボクに何の用があるの?」
「それは……」
「あ、ひょっとして愛の告白? 残念だけど数日一緒にいたくらいでなびくほど軽いつもりは……」
「ばっ……!? あ、愛なんてそんなんじゃ――」
「いや、よく考えたらリクスたちと一緒にいるって決めたの数日だっけ? よし、どんと来い!」
「軽いじゃんか! どんと来いじゃねーよ!」
「大丈夫、ボクは気に入った相手には尽くす方だよ?」
「聞いてねーよ! というか、愛の告白ですらねーよ! あんたに聞きたいことがあるんだよ!」
「そっかー、残念。で、何が聞きたいの?」
どうも言い出しづらそうな雰囲気だったから小粋なジョークで緊張をほぐしてあげたら、妙に息を荒げるベールになぜか睨みつけられた。解せぬ。
「調子狂うな……あんたについての噂だよ。いろいろあるけど、あれ全部本当なのか?」
「ボクの噂? 聞いたことないけど、どんなのがあるの?」
「なんで本人が知らないんだよ……悪魔を町ごと消し飛ばしたとか、城みたいな魔導兵器をぶっ壊したとか、小鬼の大軍を皆殺しにしたとか、プラチナランクと正面から戦えるとか」
何その物騒すぎる噂。特に町を消し飛ばしたとか、守護の兵器として極めて遺憾である。誰だそんなこと言い出したの、訴えるぞ。
とはいえ、別にそれくらいなら二人っきりじゃないとって話でもないよね? むしろ先輩の噂話とか時間潰しのネタにするレベルだと思うんだけど。そしてそんな物騒な噂のある相手に一対一の状態で正面から聞き出そうなんてよく思ったよね。
まあボクは温厚だからそれくらいで怒ったりはしないけどさ。噂自体もわりと身に覚えがあるし。でもバレたらまずそうなのも混ざってるからちょっとはぐらかしておこう。
「そんなことになってるんだ、噂って怖いや。ロヴと戦えるのは否定しないしたいていのことなら何とかする自信もあるけど、人のいる町を吹っ飛ばしたりなんか当然しないよ?」
「……『できない』じゃなくて『しない』のか?」
「あー、うん、それは言葉のあやっていうか……」
だけどそんな風に言葉尻を捕らえられてフイっと視線を逸らした。そこに気付くとは……ヤバい、これ早いこと応えないと肯定してるのと同じじゃん! えーっと、嘘にはならないようにごまかすには――
「まあ、それはいいよ。じゃあ……『胡蜂』を正面から返り討ちにしたっていうのは?」
だけどどういうわけか、ボクが弁解する前にベールは別の噂のことを持ち出した。なんか突っ込んだ割には興味なさげだね。まあ追及がないのは助かるけどさ。
で、『胡蜂』を倒したって? 邪教集団壊滅させた時のことだよね。それ自体が秘密のはずなのに、なんで噂になってるんだろう。大本は絶対ロヴだね、間違いない。
まあどうもルカスは毛色が違うみたいだったし、肝心の邪教集団については噂にもなってみたいだから、それ単体でなら認めたところで問題はないか。
「まあ成り行きで倒したね。『胡蜂』って名前は後で知ったけどさ」
「……そうか」
だけど素直に答えたところ、ベールの顔がものすごく複雑そうなものになった。うん? なんか回答ミスった?
「……一応聞いておきたいんだけど、なんでそいつと戦ったんだ?」
「なんでって、向こうが襲い掛かってきたから――いや待って、あれってボクが先に攻撃したことになるのかな?」
なぜかそんなことを聞いてきたベールに応える途中、あの時の戦闘を思い返してそういえば先にナイトラフ撃ち込んでたなってことを思い出した。うん、明らかにルカスの方が反撃してる形だよね。いやでもその時は邪教集団の連中と一緒にいたわけだから雇われてたかなんかだったと考えると、生贄にする気満々で拉致った時点であっちの害意は最大級なわけで、そうなると属する組織へ正当防衛ってことになるから結論として悪いの全部あいつらってこと!
「……じゃあさ、その……そいつ、最後になんか言ってなかった?」
内心で誰が悪いのかってことに納得がついた時、ベールはなぜかそんなことを聞いてきた。うん、それ噂の確認って範疇じゃないよね? まさかとは思うけど……。
「……ボクのことを化け物って言ってくれたね。あと、なんか名前を教えられたよ」
「名前!? なんて名前なんだ!?」
「ルカスって言ってたけど」
「ルカス……」
なぜかそこに激しく食いついてきたベールは、ルカスの名前を教えると噛みしめるみたいに繰り返して、妙に切なそうな表情になった。うん、なんていうかね。まさかとは思ったけど、これもうベール、思いっきりルカスの関係者だよね? いろんな噂の確認とか言ってたけど、絶対これが本命だよね? しかも今まで名前知らなかったっぽい反応からして、なんかめちゃくちゃ複雑な事情がありそうなんだけど。そりゃ他に誰かいる状況で聞きづらいわけだよ。
……ねぇ、気づいちゃったんだけどさ。今ね、ルカスと深い関係がありそうな子とルカスを殺したボクが人目のない雑木林の中で二人っきりって状況なんだけど。しかもどっちも凶器持ち。これどう考えても刃傷沙汰一歩手前のシチュエーションだよね!? いや刺されたぐらいじゃボクは死なないしそもそも不意打ちでもない状態で刺される気もないけども!
「……ベールは、仇討ちがお望みかな?」
「うぇ!? い、いや、ルカスなんてやつ、オレは知らない!」
「いや、さすがに今までの反応でそれは通らないと思うんだけど」
念のため確認してみたところ、思いっきり動揺した状態でシラを切ろうとするベール。それとも、本気でバレてないって思ってるのかな?
「まあ、別にそういうことにしておいてもいいけど、誰かに命を狙われてるとかものすごく気になって仕方ないんだけどなー? ならいっそここで、さ?」
「だ、だから知らないって! も、もしそうだとしても、危ないやつの仇なんか取らないって! というか、オレじゃあんたに手も足も出ないだろ!」
試す意味合いも込めてそう言いつつ、わざとらしく腰に下げてるスノウティアの柄へ手を持って行けば、それをちゃんと脅しと取ってくれたらしく、サーっと顔を青くして逃げ腰になりつつも必死の様子で訴えてくるベール。うーん、この反応は信用してあげてもいいかな? まだ数日の付き合いだけど、シェリアと同じで愛想がないだけな普通のいい子っぽいし。
「そっか。ならベールは大丈夫だね?」
「だ、大丈夫に決まってるだろ! そ、そもそも知らないやつなんだし!」
「うんうん、そうだねー。ところでそろそろ戻らないとリクスが心配しそうだけど、本当に用はたさなくて大丈夫? 我慢してない?」
「うっさい! 大丈夫だって言っただろ!」
最後にからかいを混ぜれば、ちょっとやけ気味に言い捨ててくるりと踵を返すベール。そのまま足音荒くキャンプの方に戻るのに続きながら、ルカスとの関係について考察してみる。とりあえず他に誰かがいる状態で話題にすることを避けてたなら、ルカスが表ざたにしにくい種類の人種だったことはわかってたんだろうね。普通バレたなら後腐れなく始末しそうな気がするけど、現にベールは生きてる。
で、半年くらい前にいなくなって、ルカスを倒したって噂が立ったボクを誘い出してでも確認しようとした。臨険士になって二ヶ月くらいって話だったけど、今まで接触しようとしなかったのは接点がなかったからかな? 今回はたまたま一緒になったからいい機会だったとすれば、今まで聞きたくても聞けなかったとか? 下手な相手なら自分の身が危険だろうに、そうまでして真実を知りたかった。それくらいの仲ではあったけど、名前は知らなかった。
うーん……なんかいろいろと想像できるね。何かの拍子に知り合ったお兄さん。けどその実態は裏の世界でも名の知れた殺し屋。危険な香りに惹かれた少女との触れ合い。それがある日唐突にいなくなって、やきもきしながら臨険士になったら倒したって噂される相手がいて、せめて何があったのか――。
うん、すごく興味があるね! ぜひともどんなドラマがあったか聞いてみたいところだけど、何の因果かボクがひょっとしたらあったかもしれない物語を終わらせちゃった当人だしなぁ。ベールもかたくなに認めようとしてないし。バレバレだけど。
よし、こういう時は『まずはお友達から』作戦だね! 気長に仲良くなって、わだかまりが溶けたところで詳しい話を聞き出そう!
まあそっちの方針はそれでいいとして、実はもう一個気になることができたんだよね。ぶっちゃけベールは関係なくて、仇討ちからの連想なんだけど。
里帰りした時にあった謎の連中の襲撃。どうやら狙いがボクだったらしいって話を聞いて、ガイウスおじさんから『恨まれた覚えはないのか?』って言われたのに『ない』ってどきっぱり答えちゃってたけど、あれ、『悪いことなんてしてないから恨まれる覚えはない』ってつもりだったんだよね。
でも、今回はたまたまそうじゃなかったとはいえ、『倒した相手は悪人だけど、その関係者から恨まれる』……まあ一種の逆恨みだね。そっちの可能性のことはこれっぽっちも気にしてなかったわけだ。で、そっちを改めて考えてみたら、ものすごく思い当たる相手がいたんだよね。
そう、邪教集団の時とか武闘大会の決勝戦の時とか、悪魔関連の騒動があった時に遭遇した女の人。どっちもボクがいなかったら相当な被害が出てたんじゃないかって案件で、たぶんその被害を計画してたんじゃないかって相手。
今はもう失われたはずの『悪魔錬成』なんて魔導式を引っ張り出して、たぶん相当大きな対価を払って準備して、いざ実行って時に邪魔が入って成果はほぼなし。しかも偶然とはいえ、結果的に邪魔したのが同じ相手。
うん、ボクなら絶対そいつを恨んでるね。少なくとも顔を合わせたら殴りたくなる程度には。しかも謎の集団がそうなんだとしたら、その『殴る』のまで失敗してるわけだから余計に腹が立つわけで。
うーん……これからはもっと周りを気にした方がいいかな? 怪しい人間とか。いきなり自爆特攻なんてされたら迷惑すぎるし。だとしたらリクスたちとは距離を置いた方が――いや、『全力』が出せる条件は整えておいた方がいいか。そうでないとまた悪魔なんて持ってこられたら対処しきれないかもだし。これは要相談の案件だね。
とりあえず、この依頼が終わったら一度みんなに相談しておこう。もちろんガイウスおじさんにも話しておかないとね。