報告
「お嬢様、坊ちゃま!」
やがて辿り着いた屋敷の扉をくぐれば、使用人の人たちに混じって半分泣いている執事服の青年が歓声で出迎えてくれた。見覚えがある、出がけにすれ違った魔導車で爆走してた人だ。
真っ先にエリシェナに駆け寄ったかと思うと流れるような動作で土下座、額を床に打ち付けんばかりの勢いで――あ、ゴンって音がしたから確実に打ってるねこれ。というかこの世界にもあるんだ、土下座。
「ご無事で何よりですっ! 私が不甲斐ないばかりにっ、申し訳ありませんでしたっ!」
「い、いえ、顔を上げてくださいロラン。そもそもわたしがあなたの目を盗んで――」
「エリシェナぁあああ、カイアスぅううう!!」
慌てた様子で執事服の人をなだめようとしたエリシェナの声を遮って大音声が玄関ホールに鳴り響く。何事かと思ってそっちを見れば、二階に続く正面階段を駆け下りてくる壮年の男性。どこかガイウスおじさんに通じる顔立ちを必死の形相にゆがませ、品のいい貴族服を蹴立てる様子はどこかシュールだ。
「エリシェナ、カイアス、無事かうおぐぉっ!」
あまりにも慌てていたせいか階段を踏み外して勢いのままゴロゴロと下まで転がり落ちた。……転げ落ちたままピクリとも動かないけど、大丈夫かな?
「お父様っ!?」「父上っ!?」「「旦那様―っ!?」」
それを見てそれぞれに悲鳴を上げつつ男性に駆け寄るレンブルク公爵家の皆々様。そっか、あの人がエリシェナたちのお父さんか。うーん、なんかこう、イメージが……。
「ウル様! あのっ、お父様に手当を!」
「あ、うん、今行くよ」
急な展開について行けずに立ちつくしていると必死なエリシェナに呼ばれたので急いで近づく。まあ打撲や捻挫程度なら『治癒促進』の術式で直せるだろう。まわりもガイウスおじさんの屋敷の関係者ばかりだから情報操作くらいなんとでもなりそうだし。
倒れ伏すお父さんの脇にしゃがんでとりあえず頭に手をかざして『治癒促進』を発動させてしばらく。
「エリシェナっ、カイアスっ!!」「うわっ!?」
いきなり叫びながら勢いよく身を起こしたお父さん。驚いて飛び退ったボクには目もくれず傍らにいた娘と息子にガバッと抱きついた。
「馬鹿者が、いらぬ心配をさせるな」
口から出てきたのはきつい言葉だけど、裏腹に威厳を保とうとする声は震えていて両手は二度と離すものかとばかりに姉弟を目一杯抱きしめている。エリシェナとカイアスが相当愛されていて、めちゃくちゃ心配をかけたのが端から見てるだけでこれでもかってくらいに伝わってくるなぁ。
抱きしめられている二人も少し面食らった様子だけど、すぐにお父さんを抱き返している。うーん、この絵面、貴族の親子っていうのに持っていたイメージとは全然違うけど、あまり顔も会わせないとか会話するだけで緊張感が漂うとかそんなのよりはずっと健全だよね。
まわりにいる使用人の皆様はちょっと意外そうな表情になった人が何人かいるけど、だいたいは屋敷の主人が無事そうなのを見て安心したようにほっと息を吐いていた。
そんな様子をしばらく眺めてたんだけど……あの、お父さん、ずっと子供たちに抱きついたままだけど大丈夫? 抱きつかれてる二人もそろそろ困惑顔になってるよ?
……このままじゃ話が進まないな。しかたない、ちょっと声かけてみよう。
「えーっと、お取り込み中すみませーん」
「――む、なんだお前は?」
呼びかけには反応してすぐにこっちを向くお父さん。でも首から上だけで娘と息子を離そうとする気配が微塵もない。いやまあそれは別にいいか。
「初めまして、マキナ族のウルです」
「ああなるほど、お前が例の者か。父から話は聞いている。私はレンドル・エル・レンブルク。ヒュメル族であり、レンブルク公爵家の現当主である」
うん、重々しく名乗ってくれてるとこ申し訳ないんだけど、もうちょっと威厳とか見せたいならまず姿勢を変えようか。お宅のお子さん方、さすがに離してほしそうな顔になってきてるよ。
「街を見ると言って出て行ったと聞いたが、そのお前が今ここにいると言うことはエリシェナとカイアスを見つけ出したのはお前なのか。感謝しよう」
「感謝なんて別にいいですよ、偶然誘拐されてた子を助けたらそれがたまたま二人だっただけなんで」
何気なくそう言った途端、お父さんの目がくわっと見開かれてぎょっとした。そのままの表情でぎぎぎっと音がしそうな動きで腕の中にいる子供二人に首を向ける。
「……お前達は、誘拐、されていたのか?」
え、今更その確認?
けれどそう思ったのはボクだけらしく、聞かれた二人も神妙な顔で口を開いた。
「……はい。運良くウル様に助けていただけました」
「もうしわけありません、父上」
その様子をまじまじと見つめていたお父さん。しばらくしてようやく子供達を離すと、妙にゆっくりとした動きでその場に立ち上がる。
「マイルズ」
「ここに」
トーンの低い声で名前を呼ばれて使用人の人たちの中から進み出る男の人。ジュナスさんと同じ執事服姿だけど、こっちはまだお父さんと同じくらいの年齢だ。
「直ちにバルテマス公へ遣いを出せ。衛兵を総動員し不貞の輩を炙り出すよう要請しろ。渋るようならルエスクの件を持ち出して構わん。身柄を確保した後はどのような手段を用いても親類縁者まで引っ捕らえろ。レンブルク公爵家を敵に回したことの意味を、魂の奥底にまで刻んでくれる」
地の底から響いてくるような声音の命令を何かを諦めたような表情で取り出した手帳に書き留める執事服の人。
「あの、お父様? 賊ならすでにウル様が衛兵の方へ引き渡されていますが」
「ほう、そうか」
父親の様子を見てなぜか戸惑う様子ながらもおそるおそる告げるエリシェナ。それを聞いて公爵の首が巡り、完全に据わった眼がボクを捕らえた。
「ウルよ、エリシェナの言ったことに間違いはないのか?」
「間違いありません」
ひしひしと感じる逆らっちゃいけないオーラに思わず姿勢を改め敬礼を返しながら応える。
「まさかなにも手を下さぬままというわけでもあるまい」
「はい閣下、多少痛めつけてから」
「多少、な。具体的にはどの程度だ」
「とりあえず殴り倒した上で逃げられないように両脚は折っておきました」
敬礼を崩さずにそう報告すれば公爵閣下にフンと鼻で笑われてしまう。
「手緩いな。両手両脚はもちろんのこと、余計なことを喚かぬよう顎までは最低限砕いておかなければな」
「ああなるほど、顎。その発想はありませんでした」
目から鱗が落ちる思いでポンと手を打った。そうだね、意味もなく騒がれたりしたら鬱陶しいだけだもんね。顎を砕くのは有効、ちゃんと覚えておこう。
「まあいい、すでに捕縛されているのならば手間が省けたというもの。バルテマス公へはその愚か者どもの身柄の引き渡しだけ要請しておけ。後は全てこちらで処理する」
何をどう処理するのかは気になるところだけど、平静を装っているように見えてその実相当怒り心頭らしいことがあからさまな言動の公爵閣下を見る限りろくなことにはならなさそうだ。まあ相手は悪人なんだし、因果応報ってことで冥福だけ祈っとこう。
「――何を大騒ぎしておるのだ」
心の中で形だけお祈りをしていると、呆れた風な声が聞こえてきた。そっちに視線をやればちょうどガイウスおじさんが、ジュナスさんと初めて見る老婦人をつれて階段を下りてくるところだった。
「ああ、お喜びください父上、エリシェナとカイアスが戻りました」
それに気づいた公爵閣下が清々しいほどの満面の笑みで報告すると、ガイウスおじさんは一つ頷いて尋ねる。
「それは確かに喜ばしいが、それが剣呑な話に繋がる理由はなんだ」
「それが、不届き者によって拐かされていたと」
「ふむ、下手人はどうなったと?」
「そこにいるウルが衛兵に引き渡したとのことです」
「なるほど。それで仔細は?」
ガイウスおじさんのその台詞でここまでテンポ良く進んでいたやりとりに間ができる。
「……それ以上に何が必要だと?」
「たわけ者めが、昨今の連れ去りに類する案件ならば仔細の把握が必要であろうが。そのことすら頭を離れたか」
眉根を寄せて考えていたらしい公爵閣下が真顔でそんなことをのたまえば、呆れた様子を隠そうともせずに嘆いてみせるガイウスおじさん。
「……そう言えば失念しておりましたな。お恥ずかしい限りです」
「まったく、ようやく家督を任せられるようになったかと思えば子が絡むとすぐに我を失いおって」
「お言葉ですがその台詞、二十年より以前のご自身に向かって同じように言うことができますか?」
どうやら頭の冷えたらしい公爵閣下が言い返すと、ガイウスおじさんはスッと視線を外した。
なんだろう、二十年前って言えばイルナばーちゃんから秘境の研究所に籠もりだしたって聞いてる頃と時期に重なるけど、何かあったのかな? ちょっと気になるかも。
「――おお、そうだ。ウルよ、部屋に無線魔伝機を置いて出たであろう」
思い出したと言わんばかりの様子で露骨に話題を変えてきたガイウスおじさん。よっぽど追求されたくないんだね。それならまたの機会にするとして、無線魔伝機だっけ。
「……ひょっとして、音が鳴ってたりした?」
「そのようだ。魔伝機の発展型であるならば何かしら連絡が入ったのだろう。扱いがわからぬゆえ放置することとなったが、妙にきっちりと半大刻おきに音がしていたぞ」
昼前に連絡した時には特に何も言ってこなかったけど、あの後問題でも起きたかな? タイミング的にはこっちに来てくれる子たちに関してかな。まあ応答がなくて再連絡するのに半大刻――こっちの世界で約一時間おき程度ならそんなに緊急性は高くなさそうだ。
「ありがとう。後で確認しとくよ」
やっぱり緊急連絡手段は常に持ち運ぶべきだね。あれかさばるから邪魔になるんだけどしかたない。……いや、それにしても再呼出に一時間待つとかのんびりしすぎじゃないかな? 定時連絡でもあるまいし――あ、まさか。
「――ともかく、晩餐までまだしばらく時間もあろう。エリシェナ、カイウス、それにウルよ。事の詳細を聞きたい。レンドルも同席せよ」
悠長すぎる緊急連絡に思いを巡らせていると、ガイウスおじさんからそんな風に声がかかった。口調からしてどうも救出劇の顛末を聞きたいだけって雰囲気じゃなさそうだ。誘拐以外で何かあるのかな?
「わかった」
不思議に思って首をかしげつつも、いろいろお世話になってる上に断る理由もないからそう承諾することを伝えた。