遺跡
「『遺跡』って、あの遺跡?」
「他に何があるっていうんだよ? こういった妙に凝った仕掛けがあってなおかつ未発見ってなれば、それ以外に呼びようがないだろう」
ふむ、言われてみれば確かにここは遺跡っぽい。遺跡……つまりはダンジョン! しかも未発見とかすごくない!?
おっと、単純に喜んでもいられないんだっけ。たしかボクが仕入れた知識によれば、この世界でも罠とかギミックとか番人とかが侵入者を待ち構える人工施設――前の世界で言うところの『ダンジョン』が存在する。それはたいていが魔導式が普及するはるか昔、不思議現象を起こせるのが『魔法』を使えるごく少数の魔法使いだけだった『魔法文明時代』のものだそうだ。
普通ならそれくらいの過去の建造物だと経年劣化で崩れたりしてるはずだけど、大事な倉庫や研究施設なんかだと、当時の魔法使いたちが成果を保存しておくためにかけた魔法で保護されているおかげで今も当時のまま残っているとのこと。それが一般的に言う遺跡ってやつだ。
で、この遺跡、元々の主目的が『魔法使いの資産を保存し外敵から守る』なせいで、侵入者に対する殺意がべらぼうに高いらしい。まあ普通そうだよね。前の世界の記憶にある、『これを突破できたらお宝を持って行っていいよ』とかいうクリア前提なゲームじゃあるまいし。
ただ、その性質上遺跡の奥にお宝があることはほぼ確定で、実際に踏破した人間は莫大な資産を手に入れているから、腕に覚えがある臨険士なら機会があればこぞって攻略に乗り出すだろう。それがこの世界のダンジョンだ。
……あれ? そう考えてみると、カラクリも地味にダンジョンの条件満たしてない? 不法侵入者には殺意マシマシのギミックてんこ盛りで、マキナ族っていうガーディアンが常駐してるし、奥にはイルナばーちゃんの遺産っていうオーパーツが山ほどあるし。うん、どう考えてもダンジョンだわ、これ。まあ秘密基地がコンセプトだし仕方ないかなー?
「えーっと、でもまだブロンズの子達が中に入ったって確定したわけじゃないよね?」
故郷が実はダンジョンだったという衝撃の事実はひとまず横に置いといて、とりあえずそう確認してみた。実際、かなり条件がそろってるってだけでここに入っていったって確証はないんだよね。通路は硬い岩盤をくりぬいた感じで、足跡なんか残ってなさそうな感じだし。
ただ、それを聞いたケレンは難しい顔で腕を組んだ。
「まあそうだが……かなり怪しいんだよな。この辺りならブロンズでもよく来る範囲で、入り口の仕掛けを動かす条件は持ってた。それでここを見つけたとしたら、攻略は無理としても、入り口付近の様子だけでもわかれば情報料がかなり違ってくるから、好奇心と合わせて入った可能性がかなり高い」
「そういう気持ちはわかるけど、玄関くらいでも全滅とかあるの?」
「実体験したわけじゃないが、そういう話はかなりあるんだよな。お前も自分の故郷を思い出してみろよ。その玄関に何を仕掛けてるんだ?」
ああうん、うかつに入ってきた侵入者を逃がさないためのトラップが完備だったや。そしてやっぱり裏のカラクリはケレンの中じゃダンジョン扱いだったんだね。
「で、どうしよっか、参謀。何ならボクだけ突っ込んでいってもいいけど?」
「だから俺らを置いて行こうとするなって。とりあえず、これ以上は何もせずに離れるぞ。今晩の会合で『轟く咆哮』に報告すれば、あとは向こうが判断するだろ」
「りょーかい」
閉じていく洞窟を眺めながらそう結論を出すと、本来の目的である採集に戻ることにした。ちなみに「カラクリって、やっぱり遺跡扱いになるのかな?」って聞いてみたところ、「知らずに入ったら誰だってそう思うだろうぜ、盛大に後悔しながらな」っていう答えが返ってきた。大丈夫、地獄に招待するのは招かれざるお客様だけだからコワクナイヨー。
そうこうしながらも滝の裏から出たケレンが、見張りに残っていた後輩君たちに声をかけた。
「おーし、撤収だ後輩諸君。結果は遺跡を発見だ。喜べ、組合への情報提供で臨時収入は確実だぞ」
「い、遺跡ッスか。了解ッス!」
「遺跡って……めちゃくちゃ儲かるんじゃないか? 入らないのか?」
そうしたら二人ともびっくり仰天って感じだったけど、素直なタウに対して向上心あふれるロックが不思議そうに聞いてきたところをケレンが嗜める。
「さすがにカッパーランクで遺跡を攻略できるなんてほど自惚れてないっての。これが俺らの引き際だ。危険に臨むって気構えはいいが、対処できないならそれはただの無謀だぜ? 覚えておけよ」
「……わかったよ」
うん、やっぱいい先輩してるよねぇ。昨日の昼の稽古からしてわりと反骨精神の高そうなロックも、ケレンに言われたらなんだかんだで納得してる気がする。ホント、普段からそうしてくれればいいのにね。
「さて、道草は食ったが成果としては予想以上だ。採集に戻るぞ」
そんなケレンの音頭によって、ボクたちは再び森へと分け入っていった。まあボクとしてはちょっとダンジョンに入ってみたかった気もするけど、今回の主目的じゃないからね。いつか機会があったらチャレンジしてみたいもんだね。
あたりがすっかり夜のとばりに包まれたころ、ボクはリクスとベールの二人と一緒にキャンプのたき火を囲んでいた。理由は簡単、夜の見張り番だ。ここは比較的安全とはいえ、何かの拍子に魔物とエンカウントする世界だ。人里近くならともかく、さすがに少人数で野営中ともなれば全員そろってぐっすりってわけにもいかない。
というわけで、『暁の誓い』じゃ二交代制で見張りをすることになっていた。ぶっちゃけボクが寝る必要のない身体だから他はみんな寝てても問題はないんだけど、それだと後輩君たちやイルバスたちに不審がられるし、何よりボクだけ起きっぱなしで自分達だけ寝るわけにはいかない――ってリクスが熱く語ってくれた結果こうなった。律儀だよねー。まあ対等の扱いをしてくれること自体は嬉しいんだけどね。見張り自体は『探査』があるから寝たふりしながら余裕でできるし。
なのでリクスとシェリア、それにロックとタウはテントで就寝中だ。さすがに男女で分ける余裕はなかったけど、場所がないなら仲良く雑魚寝が普通の臨険士一同、誰も気にする人はいないのだった。
ちなみに見張りの組み合わせはローテーションで、昨日はボクとシェリアにロックとベールだった。無口二人に男一人だから静かに過ぎるんじゃないかって思ったけど、ぽつぽつとベールが斥候の心得なんかを聞いて、シェリアがそれに答えるっていう地味にためになる時間になったよ。
そして今日も今日とて見張り自体は『探査』に頼りつつ、たき火のそばに腰を落ち着けて頭の中で趣味の術式いじりをしていると、たき火を挟んで反対側に座っているリクスがポツリと漏らした。
「おれも行けたらよかったんだけど……」
「いやいや、何言ってんのさリクス」
わりと本気で悔しそうな調子で呟いたリーダーに、組みかけの魔導回路をほっぽりだして釘を刺す。
「遺跡の攻略とか最低でも百戦錬磨のベテランじゃないとって話じゃんか。もしついて来たら殴ってでも止めるからね?」
「でも、大事な仲間が二人も危険な場所に向かうのに、おれはそれを見送るしかないなんて――」
「そこはむしろ絶対に無事に帰ってくるって信頼して送り出してほしいかなー?」
暗に『仲間の実力を疑ってるの?』って聞いてみたら、何とも言えない顔で口をつぐむリクス。うんうん、思った通り効果抜群だね。
「……そんな言い方はずるいじゃないか、ウル」
「大切な仲間を守るためなら手段は選ばないからね、ボク。まあ心配しなくても大丈夫だよ。なんたって守ることはボクの命題なんだからさ。救いをもたらす者がこの身の誓いに基づき、シェリアもイルバスも無事に連れ帰ってくるよ」
「……かなわないなぁ」
そう胸を叩いて宣言して見せれば、リクスはやっとあきらめたようにため息を吐いて、苦笑い気味にそう言ってっくれた。仲間思いなのはいいところなんだけど、いろいろと事件に巻き込まれてるせいか妙に心配性なんだよね。
ボクたちが何の話をしてるかっていうと、今日の『轟く咆哮』との会合であった提案についてだ。予定通りに情報共有をってことで昼間見つけた遺跡の話をしたら、他のみんなにすごく驚かれたんだよね。まあ臨険士にとっての定番スポットに実はダンジョンがあったって言われたら当然かな。
合わせて周辺状況から問題のブロンズランクパーティが文字通り『喰われた』んじゃって推測も伝えると、喧々諤々の議論の末に入り口付近だけ確認してみるってことになったんだよね。今のところ確証はないけど、もし本当にブロンズランクパーティが入ったんだとしたらそう奥まで進むことなくやられてるだろうってことだ。
もしそうなら遺留品があるだろうから、それを見つければ調査依頼は達成ってことになるらしい。誰も生存の可能性を論じなかったからドライだなーって思ったんだけど、そもそもダンジョンの探索なんてゴールドランク推奨で、ゴールドに近いシルバーランクがギリギリ最低ラインってレベルらしい。英雄クラスじゃないとダメって、この世界のダンジョン思ってた以上に厳し過ぎない?
だからっていうのもあって、『暁の誓い』であれ『轟く咆哮』であれ、入り口付近を確認するだけでもカッパーランクのパーティじゃ荷が重いってことで臨時パーティを結成することになった。内訳はイルバス、シェリア、そしてボクという、ここに集まったメンツの上位三人って形だ。
……うん、まあ、いろいろ察してくれると助かるね。ぶっちゃけボク一人の方が生還率とか圧倒的に高いと思うし、入り口の確認が必要って話になってからはそういう風に持って行こうとしたんだ。
だけど、元々依頼を受けた『轟く咆哮』から人を出さないと示しがつかないってイルバスが主張して、それでリクスたちまでが「確かに」って難しい顔をしだして断りづらくなって、そうしたらシェリアが「……斥候も必要よね」なんて言い出して、そこまで深く探索することもないっていうのに「建物の中でも痕跡を探せる」って言ってまで頑として譲らなくて、そうしたら他のみんなまで『最小の人員で最大の戦力』ってことで納得しちゃったから……。
そんなこんなで、シェリアはともかくいけ好かないイルバスとも一緒に行動するハメになったわけだ。できる相手に任せちゃえばいいのに、変なところで律儀だよね。まあその程度じゃ好感度はマイナスのままだけど。
ちなみにリクスを含めた選考漏れの面々だけど、結果的に『暁の誓い』の主力半分が全面協力することになったから、その代わりに残った『轟く咆哮』のメンバーがこっちの採集依頼を手伝ってくれることになっている。さすがに後輩君たちの相手はリクスとケレンが受け持つけど、実質的に採集に専念する人手が増えたことで依頼達成までの大幅な時間短縮が見込めることになった。予定では半日くらいとはいえ、ボクとシェリアが抜けてしまう穴を埋めてくれるのは正直ありがたいね。
「ま、リクスは後輩君たちの面倒を見ながらこっちの依頼をこなしておいてよ。おいしいご飯も作っておいてくれたらなおいいね」
「わかったよ、そっちは任せてくれ」
実際のところは入り口付近を見て戻ってくるだけだから大したことにならないだろうから、気楽に言ってこの話は一区切りってことにした。リクスも察して苦笑気味だけど了承してくれたし、これで問題なしだね。あとは明日即席のパーティでちょっと探検するだけだ。個人的には折角だしダンジョン攻略としゃれこみたかったけど、さすがにそんな贅沢は言ってられないから仕方ないか。