発見
「ん? どうしたんだ、ウル?」
不自然に会話が途切れたのを耳ざとく察知したらしいケレンが聞いてきたから、いったん足を止めて反応を精査しつつ感じたままを報告した。
「なんか……あっちの方に変なものがある」
「変なものって……」
「えーっと……もう少し具体的に言うと、向こうに魔力が不自然なくらいに固まってる場所がある」
合わせて立ち止まりながら呆れたようなケレンの反応を見て、精査結果を簡単に伝えた。感知したものとしては崖らしい地形があって、その手前を上から下に動く流体――たぶん滝かな? おそらく滝があるんだけど、ちょうどその奥の岸壁から高密度の魔力反応が返ってきているのだ。
この世界に存在する魔力っていうものは、自然の状態だったらうすーく偏在する性質がある。様々な要因で『溜まる』場合もあるにはあるけど、今回感知したのは自然にできるとは思えない程明らかな『塊』だ。ボクたちが受けた採集依頼なら気にすることでもないだろうけど、イルバスたちみたいな調査ってことなら見逃さない方がよさそうってくらいには不自然だ。
「どうする? 調査依頼のことを考えたらボクとしては不自然すぎて気になるけど、わざわざ怪しいところに近づくのもなーって思うんだよね」
「……まあ危険かどうかもわからんし、それを見極めるためにもいくのはやぶさかじゃないんだが、こいつらもいるしなぁ」
そう言いながらケレンが振り返った先には立ち止まりつつも、ボクの『探査』に慣れてないせいでキョトンとした顔のロックとタウ。そうだね、いつものメンバーだけならまだしも、今は面倒を見なきゃいけない後輩君たちがいるからね。
「何ならケレンたちはここで待ってて、ボクだけ行ってくるっていうのでもいいけど」
「いくらブロンズでも安心な場所だからって、魔導器使いとストーン連中だけで置いて行こうとするなっての。ちょっと待ってろ」
そう言ってボクを引き留めたケレンは、一度ロックとタウの二人の方へ向き直った。
「さて、依頼の遂行中だが状況に変化ありだ」
「えっと、どういうことッスか?」
「何かは知らんが、ウルが怪しいところを見つけたみたいだ」
ボクの索敵能力にまだなじんでないせいか、戸惑いを隠せないタウ。それに対して端的に答えたケレンはぐるりと後輩君たちの顔を見回した。
「知っての通り、『轟く咆哮』から妙なところを見つけたら知らせてくれって言われてはいるが、俺らにとっちゃ協力するのはついでの話だ。今はお前らもいるからこれ以上深入りする必要はないんだが、臨険士としてはどうしたらいいと思う?」
二人へのそんな問いかけに、少しだけ間をおいて口を開いたのはロックだった。
「怪しいところがあるんだろ? ならそこがどんなふうになってるのか、オレは確かめに行った方がいいと思う」
「ろ、ロック、それはおいら達がいたら無理なんじゃ……」
「じゃあ、タウは放っておくってのかよ。危険かどうかもまだわかってないんだぞ」
どうやら慎重派らしいタウの意見に息巻くロック。そんな様子を見たケレンはどこか面白そうに改めて問いかけた。
「それでいいのか、ロック? 下手に近づくのは危険じゃないか?」
「危険が怖いなら臨険士になろうなんて思わねぇよ!」
思わずって感じでロックの切った啖呵を聞いて、危うく吹き出すところだった。だってケレンやリクスが日頃からよく言ってる事とほとんど一緒じゃん! 思いっきりブーメランだよ! いやー、戦闘や探索とかだとまだまだって感じのところが目立つけど、心意気はもう立派に臨険士だね、ロックって。
「それに、あんたらだって確認くらいはしときたいんだろ。なら最初っから逃げるよりは、引き際の見極め方を知ってから逃げた方がずっといい」
「あっはっは! そりゃ違いないな!」
そんな斬り返しもおまけにもらったケレンは、わざとらしく笑いながらバシバシとロックの肩を叩いた。
「まあ、『竜の卵は巣にしかない』からな。慎重なのも大事だが、多少の危険はあえて冒すのが臨険士だってことは覚えとけよ、タウ」
「う、うッス」
「とはいえ、何も考えずに突っ込んでくのはただの馬鹿だ。危険に挑む時は慎重すぎるくらいにな、ロック。これは経験に基づいて本気で言ってるからな?」
「わかってる!」
そしてそれぞれの反応に対してコメントを贈ったりなんかした。うわぁ、ケレンがちゃんと先輩してるよ。いつも面倒ごとなんかをボクやリクスに振ってサボろうとしたりしてる姿からは想像もできないや。
ケレンってば元々頭はいいし、そうやってしっかりしてたらかっこいいんだよね。普段からそうやっておちゃらけたりせずに先輩してくれたら、ボクももうちょっと尊敬してあげてもいいと思うんだけどなぁ。あとどうでもいいけど、『竜の卵は巣にしかない』ってこっちの世界のことわざ? ニュアンス的には『虎穴に入らずんば虎子を得ず』っぽいけど、どうだろう?
「じゃあ、ちょいと行ってみるか。いいか、くれぐれも慎重にだぞ。まあ最悪何かあった時はうちの最終兵器が何とかしてくれるから心配すんな」
「まっかせて!」
まあ思うことはあるけど、そうと決めれば動きが早いのがいいところ。それに仲間として頼られたんなら全力で応えないとね! 守護の兵器の本領発揮ってもんだよ!
というわけで、最大限に警戒しながら四人そろって怪しい場所を目指して進んだ。途中から水の流れ落ちる音が聞こえるようになってきたところを見ると、やっぱり滝みたいなのがあるらしいね。
そうしてしばらく、ボクたちは切り立った崖の前にたどり着いた。感知した通り、それなりの水量が崖の上から流れ落ちているちゃんとした滝で、周辺は開けてこそいないものの、ちょっとした沢になってる。
「で、ウル。ここのどのあたりが怪しいんだ?」
「ちょうどあの滝の裏側だね。近づいて分かったんだけど、そこを起点にしたみたいに奥の方に向かって下りながら不自然な魔力の塊が広がって行ってる感じ」
接近中も『探査』の反応を見ていた結果わかったことを伝えながら、滝の裏側をよく見てみる。けどこの位置からだと水しぶきが邪魔すぎてさすがによくわからないなぁ。
「ケレンは二人とここで待ってて。ちょっと先に行って偵察してくる」
「おい、無茶はするなよ? 何かあっても俺らまで被害広げるなよ?」
「大丈夫、いざって時は一蓮托生だから」
「巻き込むなって言ったからな?」
さすがに埒があきそうにないからそう提案して、いつものちょっとしたジョークを交わしてから今度はボク一人で滝の裏に近づいていく。一応『探査』の反応には注意してるけど、今のところ他に変なところは見当たらない。それにしてもこの反応なんなんだろう? さっきケレンにも言った通り、目の前の崖の地下広範囲に反応が広がってるんだよね。その中を精査したくても『探査』の性質上、高密度の魔力のせいでシャットアウトされてるから完全にブラックボックス状態だ。
何が起きてもいいようにゆっくりと歩みを進めて、ひとまず横から覗ける位置まで来た。ここまで特に異変はなし。念のため残してきたケレンたちの様子を見るけどそっちも異常はなさそうだ。
安全確認をしたところで滝の裏の様子を見てみる。ちょっと陰になってて薄暗いけど優秀なマキナアイにとってはその程度なんのその。しっかりはっきりと壁面の凹凸具合まで見てとれる。
だからわかるけど、滝の裏側ってことでしとどに濡れてる以外はこれと言って変なところはない。ちょっとえぐれ気味になってる以外はいたって普通の岸壁って感じだ。不自然な魔力反応がある範囲を念入りに見てみるけど、目視情報だけなら特に異常はないように見える。変なオブジェがあるわけでも、意味深な洞窟があるわけでもない。
んー……これはどうしたもんだろうね? 通常と違う知覚があるボクにとっては違和感がないのが違和感レベルなんだけど、見た目だけだと何の変哲もないようにしか見えないからなぁ。同じく別の知覚系を持ってるらしいシェリアがここにいたら何かわかったりしたのかな? まあ、今回何もなかったら次一緒に来てもらおう。
さすがにここから何の相談もせずに突撃したらあとでケレンに怒られるから、いったんは問題なしってことで待機中の三人にこっちに来るよう合図を送った。無駄に知識量のあるケレンなら何か気付いてくれるかもしれないしね。
「――どうだ、ウル。なんかわかったのか?」
「えーっとね、見た限りじゃ異常なしなんだけど、別の感覚が異常ありってさっきから訴えっぱなしでさ。ケレンから見て何か気付くこととかないかな? タウもロックも、何か些細なことでいいからあれば教えてほしいな」
「いや無茶言うなって、俺らは普通にヒュメル族だぞ。お前みたいに良すぎる目があるわけじゃないんだっての」
それもそうか。ボクはくっきりはっきり見えるから想像するしかないけど、日の差し込み具合からして結構暗いはずだから、夜目でも鍛えてないと見えないんだろうね。
「じゃあちょっと光源作るから」
言いつついつもの指鉄砲を作って、手袋の下で『明光』の魔導回路を展開して起動。指先にちょっと直視が躊躇われるレベルの光を放つ光球を作り出した。まあ、これくらいの明るさなら滝の裏側を照らす分には十分でしょ。
うっかり直視でもしたのか背後で悲鳴が上がったけど、すぐに治るだろうと気にせず発射。速度の術式をいじったから、人が歩くくらいの速度でゆっくりと滝の裏側を目指す光球を見送った。頼んだよー。
そうやって光球が近づくにつれて、よりはっきり中が見えるようになっていったんだけど……ちょうど滝の裏側へ突入した瞬間、光球が前触れもなく掻き消えた。え、どういうこと!? 壁に当たったらそこで停止するように術式は組んだけど、そのはるか手前でなんで消えるの!?
「おいウル、なんか消えたけどお前がやったのか?」
「いやいや、光源のつもりだったのに照らす場所に着く前に消す意味なんて――」
それを見て首をかしげるケレンに慌てて弁明していると、なにやらズズズッって音が聞こえてきた。発生源はどう考えても滝の裏側。改めて見てみれば、ちょうど魔力反応があったあたりがスライドするように動き出していた。え、なに、何が起こってるの?
同じく動きに気付いたらしいケレンともども後輩君たちをかばいながら身構えること数秒。再び静かになった時には滝の裏にぽっかりと空洞ができていた。サイズ的には人一人が余裕をもって入れるくらいかな。入り口をふさいでいた魔力がなくなったことで『探査』に反応が返ってくるようになったんだけど、どうやら通路みたいに地下にある魔力の塊まで続いているみたいだ。
「……なんか、あったね」
「……おう、めちゃくちゃ怪しいのがな」
突如として現れた洞窟に、ボクとケレンは顔を見合わせた。どうやらこんなのがあるなんてケレンも知らなかったらしい。ということは一般的に知られてるものじゃなさそうだし、下手したらボクたちが発見者になるんじゃないかな?
「……で、中はどうなってるんだ?」
「えーっと、下りの通路みたいになってて、もっと地下の方にある大きな魔力の塊につながってるって以外は特に何もなさそうかな? なにか心当たりある?」
「あー……まあ、まさかとは思うんだが――」
そうケレンが言いかけた途中、また滝の裏から何かが動く音がして再び警戒態勢を取る。まあ、開いた洞窟がまた閉じた音だったから特に問題はなかったんだけどね。
「……どうしよう、ケレン」
「まあ、今晩報告するのは確定としてだが……とりあえずのところ危険はなさそうだからもう少し調べるか。おい、ロック、タウ。これからあそこを調べるが、念のため気は抜くなよ?」
「お、おう」「う、うッス」
ひとまず意思統一ができたところでおっかなびっくり歩みを進めていった。とりあえず何事もなく滝の裏まで来れたけど、広さはあまりないから後輩君たちには周辺の警戒をお願いしておく。
「ここが動いたんだよな?」
「そのはずだね。うーん、これだけ近くで見ても自然に見えるね。偽装としては完ぺきだよ」
ちょうどさっき動いたあたりをケレンと二人で丹念に調べてみたけど、継ぎ目なんかが全然目立たない。これじゃあ、普通の人間ならさっきみたいに動いたところを見てないと信じられないだろうね。
「つーか、なんでさっきはいきなり動いたんだ? 俺らは近づきすらしてなかったよな?」
「まあ、原因はたぶんボクが『光明』を飛ばしたことだろうけど……試してみていい?」
「ちょっと待て、万が一があるかもだから俺はいったん出るぞ――よし、いいぞ!」
首をかしげるケレンに状況の再現を提案したところ、慌てて滝の裏から脱出していった。まあ、近すぎた場合に何かが起こる可能性は無きにしも非ずだから、その判断は間違ってないか。最悪でもボクなら死なないだろうし。
というわけで、今度は直接打ち込む気持ちで『光明』を起動したところ、出たと思った瞬間に光球がかき消えた。今度は予想してたから魔力の流れを観測してみたところ、どうも光球を構成する魔力が壁の方へと吸い取られた感じだった。
そして再び動き出す洞窟の入り口。今度は目視で中を確認してみたけど、不自然なくらいなめらかな壁面の通路がまっすぐに続いているだけだった。
「やっぱり、この辺りで何かの魔導式を使うのが鍵みたいだね」
「そうなのか? お前がまた何かやらかしたんじゃなくて?」
「さっきの反応から見て間違いないよ。術式じゃなくて、一定量以上の魔力を仕掛けのきっかけにしてるんだと思う。だから、もしケレンがここで『応急』でも使えば同じように開くと思うよ」
なんでわざわざ『一定量』なんて付けたかというと、今も起動中の『探査』に反応しないからだ。あれはレーダー波みたいに常時魔力を流してるけど、単位面積当たりの魔力量自体はごくごく微量で、起動時はともかく維持してるだけなら『光明』みたいに単純な魔導式よりも少ないのだ。魔力を感知する魔物に気付かれないよう、自然な魔力と比べて誤差の範囲に収まるようにイルナばーちゃんともども苦労したからそれは断言できる。
そしてしばらくしたらまた勝手に入り口が閉じたので、論より証拠とばかりにケレンに適当な魔導式を使ってもらえば案の定、当然のように洞窟が現れた。
「たしか、イルバスが行方不明のブロンズランクのことで特徴言ってたよね?」
「ブロンズには珍しく魔導器使いがいるパーティなんだったな。つまり、そいつらは何かの拍子にこの遺跡を見つけた可能性があるって言いたいんだな?」
さすがケレン、ボクが言いたいことをすぐに察してくれたのはいいとしてなんか聞き捨てならない素敵ワードが飛び出てきた気がしたんだけど?