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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
六章 機神と冒険
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接近

「じゃあ、いったん仕切り直しだね」

「いややりすぎだろお前。一回落ち着け」


 抱えていたタウをぺいっとその辺に転がして稽古を再開しようとしたら、横から慌てた感じで体を起こしたケレンから待ったがかかった。解せぬ。


「まだ稽古始まったばかりなんだけど?」

「いやいや、お前の拳、お前が思ってる以上に効くからな? 俺らはまだ鍛えてるから多少は耐えられるけど、ストーンランクとか一般人に毛が生えたくらいだからな? 下手したら致命傷だぞ? それに、あんな木の梢越えそうなくらい高く投げ上げたら普通は臨死体験待ったなしだろうが」

「そんな大げさな――」


 これまでにもわりと頻繁にボクのお仕置きパンチを食らって、それでもピンピンしてるしてるケレンだから笑って否定しようとしたけど、改めて腹パンした二人を見てみるとどうにも様子がおかしかった。ロックはおなかを抱えたままうずくまるっていうか、顔面から地面に突っ伏すみたいな体勢で痙攣しっぱなしだし、逆にベールはいつの間にか力なく転がった状態でピクリともしない。え、あれ? これ本気でヤバいやつ!? まだ比較的無事なはずのタウもなんか変な笑い声上げだしてない!?


「え、ホントにやりすぎた!?」

「だから言っただろうが」


 さすがに焦ると呆れた様子のケレンに溜息を吐かれた。いやだって、人間って案外頑丈にできてるもんじゃないの!?


「でもそれにしたってもろすぎない!? リクスやケレンならこれくらいじゃまだ大丈夫でしょ!?」

「お前やロヴさんみたいな人外に両足どっぷり突っ込んでる基準で考えてやるなよな。こいつらまだ臨険士(フェイサー)始めて半年経ってないんだぞ? 俺らの場合にしたってこれまで鍛えてるのと、あとはまあ慣れとか覚悟とかそんなんでなんとか乗り切ってるだけだからな? ほとんど不意打ちの状態で受けたくはないぜ」


 そうか、ケレンはボクのお仕置きパンチが飛んでくることを普段から覚悟してるのか。なんという芸人魂。そこに痺れる憧れる――じゃなくて!


「……とりあえず、治癒系の魔導式(マギス)使った方がいいよね?」

「だな。しゃーない、俺も丸投げした手前があるし手伝ってやるよ。お前はロックの方を――」

「ベールはボクが手当てするからケレンはロックを頼むね?」

「チッ、気づきやがったか」


 どさくさに紛れて女の子の手当てを狙ってきたケレンの思惑を阻止しつつ、手のひらに『応急』の魔導式(マギス)をスタンバイ。ちょっと生死が危ぶまれるベールに駆け寄って様子を見た。うん、とりあえず息はしてるから大丈夫だけど、見事に白目むいちゃってるや。痛みに耐えきれず意識がシャットダウンしたってところかな? ちょっと女の子がしていい顔じゃないね。ホントごめんなさい。

 大急ぎで『応急』をかけてあげていると、タイミングよく――というか妙な様子を察知したのか、頼れる先輩が戻ってきてくれたのがわかった。


「シェリアお帰り、いいところに!」

「……どういう状況?」

「ウルがストーン相手に加減を間違ったってとこだな。悪いがシェリア、そこのタウ見てやってくれないか? 大した怪我はしてないはずだ」

「……わかったわ」


 こっちも長杖(ロッド)型の魔導器(クラフト)搭載の『応急』でロックを治療中のケレンが手短に事情を説明したら、『やっぱりか』みたいな呆れた雰囲気で頷いたシェリアがちょっと一時的狂気に陥っていそうなタウを見てくれることに。ホント、お手数をお掛けしごめんなさい。

 その後、無事息を吹き返した後輩君たちだったけど、稽古を再開するか聞いたらそろってめちゃくちゃ悲壮な顔をされた。どうやらちょっとしたトラウマになってしまったらしい。こっちからは攻撃しないって言ったらすごく安心した様子だったのがちょっと傷ついたけど、今回は自業自得だから仕方ないかなぁ。

 まあそんなわけで、どうやら野営初日ってことで張り切ったらしいリクスが呼びに来るまでの間、ボクは避けるだけのサンドバッグに徹したのだった。まあ当然、当てられはしなかったけどね。




 今日は時間が中途半端ということで、本格的な採集は明日以降ということになった。それにここに来るまで移動優先で、後輩君たちのできることもまだ把握してなかったから、昼食が終わってからは主に実力確認の時間になった。ちなみに昼前の稽古はボクが相手ってことでノーカンらしい。解せぬ。

 まあそれはともかく、リクスとシェリアが一人ずつ模擬戦をやって戦闘能力を見たかと思えば、みんなで丘陵の浅いところに分け入って森の歩き方を確かめたり、その辺に生えてる木や草をどれだけ見分けられるか聞いたりと、思ってた以上にしっかりと後輩君たちのことを見ていた。きっとリクスたちも同じように指導を受けてきたんだろうなって考えれば、知識や技術の伝承っていうものの一幕を見ているみたいでちょっとした感動を味わえたよ。

 ついでにボクも伝承の恩恵に与りつつ歩き回っているうちに時間は過ぎて、日が沈む前にはキャンプに戻ってきた。目に見える成果としては採集リストのごく一部が埋まった程度だけど、リクスたちは後輩君たちの実力を大まかに把握できたらしい。


「――で、実際のところどうなの、あの三人って?」

「えっと、そうだな……ロックとタウはもう少し実力がついたら推薦はもらえそうだと思うよ」


 軽くスノウティアを振り下ろしながら聞いてみれば、それを盾でしっかりと受け止めながら少し考えて答えるリクス。同時に突き出された幅広剣(ブロードソード)を素直に横ステップして回避しつつ、待ち構えていたように襲い掛かってくる握剣(カタール)の連撃を捌く。


「シェリアから見ても同じ感じ?」

「……まあ、そうね」


 捌き切ったところで牽制の横薙ぎを振るいつつ確認すれば、シェリアはあっさり跳び離れながら言葉少なくそう答えた。そこへリクスが盾打撃(シールドバッシュ)をかましてきたので、逆にこっちからショルダータックルをぶつけて弾き飛ばしておく。


「うわぁっ!? ――っとと、まあ、初めてだからちょっと自信ないけど……」

「いやそこはしっかり自信持とうよ、先輩」


 危うく倒れそうになったところで何とか体勢を立て直したリクスが、困り顔で予防線を張ってくるのにため息交じりでそう返した。まったく、さっきの批評もどこか他人事って感じだったけど、推薦する権利は今のリクスも持ってるんだってこと自覚してるのかな?


「まあいいや。あと二、三回打ち合ったら今日は終わろっか」

「ああ、わかったよ。シェリアもそれでいいかな?」

「……いいわ」


 スッと自然に並び立ったシェリアにリクスが確認を取ったところで、本日最後の打ち合い開始だ。

 今ボクたちがしていたのは日課の鍛錬の中で、移動中はできなかった軽い模擬戦だ。素振りや型稽古みたいなのは宿に泊まってもできるけど、さすがにこれはそれなりに動き回れるスペースがいるからね。せっかくだからってことで後輩君たちも誘ったんだけど、全力で遠慮して今は少し離れたところでそれぞれの鍛錬をしていた。遠慮とかそういうんじゃなくて明らかに怯えた目をボクに向けてたことから理由はお察しだけど、まあおかげで本人たちの前じゃ話題にしにくいことを聞けたからいいとしよう。

 そういうわけで、宣言通りにリクスとシェリアのコンビと数回打ち合って今日の分の鍛錬終了。ほとんど沈んだ夕日を背景にクールダウンまで済ませると、夕食の用意は炊事担当のリクスに任せてボクとシェリアは後輩君たちの所へ向かった。もちろん、空き時間に稽古をつけるためだ。


「やっほー、やってるね」

「お、そっちは終わったのか?」


 気楽に声をかけると後輩君たちが一瞬ビクッと硬直する中、『後輩たちの監督』を口実にして一人ちゃっかりとボクたちの鍛錬から離れていたケレンが振り返った。どうにも白々しい態度に見えるけど、単に口実ってだけじゃなくて持ち前の知識を生かして鍛錬のアドバイスなんかもしてたみたいだから、簡単に怒れないんだよね。


「これ以上やってたら真っ暗になるからね。たまには夜の戦闘訓練とかもいいかもしれないけど、それなら夕飯の後にした方がいいし」

「違いないわな。俺もいい加減腹が減ってきたところだけど、できるまではこいつらの稽古だろ? まーたやりすぎるんじゃないぞ?」

「大丈夫だって! 昼と違ってシェリアもいるんだからさ」

「……期待されても困るんだけど」

「そんなこと言って、シェリア教えるのすごくうまい――」


 そんな風に和気あいあいと話しながら後輩君たちを招集しようとしたんだけど、展開中の『探査』領域に侵入してくるものがあったから、言葉を切ってそっちの知覚に集中する。これは、人型生物の反応が八つ、付随してそれなりに大きな物体……荷物を担いだ人間だろうね。移動速度は少し急ぎ足ってくらいで、進行方向からしてこっちに向かってきてるところだろう。


「……ウル?」

「おいウル、何かあったのか?」

「誰かこっちに来るよ。数は八人で、たぶん武装してて、あとみんな大荷物を持ってる」


 不自然に途切れた言葉から察したらしい二人に、反応のあったほうを振り返りながらまずは感知したことを簡潔に伝えた。そうすればシェリアはスッと目を細めてボクと同じ方に視線をやり、眉間にしわを寄せたケレンは頭を掻いて少し考えるようにうつむいた。


「こんなところに荷物抱えて団体で来る奴なんて大体は臨険士(フェイサー)だろうが、万が一ってのもあるだろうしな……他に何かわかることあるか、ウル?」

「うーん……日没間際だからかちょっと急いでる感じはするけど、それ以上は目で見ないとかな」

「……それなら、わたしが偵察してくるわ」


 どうやらやってくる相手にあたりを付けようとしていたらしいケレンがさらに情報を求めてきたけど、残念ながら現状じゃ芳しくない返事をするしかない。するとそれを聞いたシェリアは、言うが早いか謎の集団がやって来る方へと駆けて行った。さすが熟練の斥候、動きが早くて躊躇がない。


「あー……どうする? ボクも行った方がいい?」

「お前隠密行動苦手だろ? シェリアに任せとけ。こっちはこっちで警戒するぞ。十中八九は臨険士(フェイサー)だろうけど、たちが悪い相手って可能性は十分あるし、盗賊の類って可能性もないわけじゃないしな」


 そういうわけで稽古はいったんお預けって形にして、誰かが近づいてきてるって説明したら困惑顔になった後輩君たちを連れて料理中のリクスに合流した。こっちはさすがの付き合いで、ボクの言ったことをすぐに理解すると煮込み中だった鍋をいったん火から上げる作業に移った。これでちょっと夕飯の時間は遅くなったけど、対応中に焦げ付いたりなんて万一の時に台無しになるってことはないはずだね。

 そうしている間にも『探査』の反応には集団にどんどん近づいていくシェリアの姿が映って――って、あれ? まだ近づいていくの? さすがにそれ以上近づいたら向こうも気づくんじゃ……あ、集団が立ち止まった!? これ気付かれたってことなんじゃってなんでお構いなしに近づいて行ってるのシェリア!?


「うわー……」

「おい、どうしたウル?」

「いや、なんかシェリア、例の集団と殴り合えそうな距離で向かい合ってるんだけど。あ、一緒に動き出した。そのままこっちに近づいてくるよ」


 思わず漏れたうめき声に反応したケレンに現状をありのままに伝えたところ、ほっとしたように肩の力を抜いた。


「そういう反応なら、たぶん知り合いの誰かだったんだろう。おいリクス、心配なさそうだから夕飯の準備再開していいぞ」

「ああ、わかった。でも、知り合いってことは臨険士(フェイサー)だろう? こっちに来た時はおれが相手をした方がいいんじゃないか?」

「それくらいは俺が代わりにやっとくから、ちゃんと飯作っといてくれ。腹減ってるんだ」

「そうか。じゃあ、悪いけど頼むよ、ケレン」


 そんな感じでやり取りを終えたリクスはあっさりと料理に戻った。いやまあ料理はリクス以上の適任がいないし、渉外はこのパーティだとケレンの独壇場だけど、それでいいのかパーティリーダー。


「あのー、ウルさん……なんでそんなことわかるッスか?」


 そんなことを思いながらちょっと呆れ気味に見送っていると、なぜか妙におずおずと声をかけてくるタウ。めちゃくちゃ腰が引けてるみたいだけど、強制プレゼントした空の旅がそんなにトラウマだったのかな?


「そんなことって?」

「いやだって、さっきもそうッスけど、こっからじゃシェリアさんのいるところなんて見えないのに、まるで見てるみたいに言ってますし、リクスさんもケレンさんもそれが当然みたいな態度してますし……」


 そんな感じでわけがわからないと言いたげに聞いてくるタウ。同じ疑問を持ってたのか、ロックやベールも似たような目をボクの方に向けている。

 んー……やばいミスったかもしれない!

 いつもなら外で仕事中の時は基本『探査』を使ってるし、リクスたちもそのことを承知で頼りにしてくれてるけど、それは大前提として仲間はボクがマキナ族でどんな特性を持ってるのかを知っているから。

 今も当たり前みたいに取得した情報を伝えてたけど、初めて一緒になった後輩君たちが知るわけないし、だとしたら見えないはずのものを当然のように語って、しかも他の先輩たちまでその情報がさも確定事項って調子で行動してたら、そりゃ不審がられても仕方ないよね! 全然気にしなかったよ! 慣れって怖い!

 落ちつけボク、まだリカバリーはできるはず! ぶっちゃけマキナ族のことがばれるのは問題ないはずだけど、まだ認知度が上がってない今だと余計な勘繰りされかねないから詳細は伏せる方向で!


「んー……ボクはマキナ族だからね。その特性の一つってところかな?」

「ま、マキナ族ッスか? 聞いたことないッス」

「まあ、今はまだ世間に知られてない少数種族だからね」


 動揺を隠しながら三秒で頭の中をまとめて出した答えに、一応納得した様子でコクコクと頷くタウ。ホントに便利だね、種族の特性を言い訳にするの。メジャーどころなら難しいだろうけど、マイナー種族なら大体これで片が付く気がする。


「そういうわけで、ある程度の距離なら何があるか把握できるんだ。ほら、もう戻ってくるのが見えるよ――って、げ……」


 ついでとばかりにちょうど見えるようになってきた集団の方へ注意を逸らそうとしたんだけど、シェリアの先導についてくる顔ぶれを確認したとたん思わず変なうめきが漏れた。いやまあ、うん、ちょっと見ない顔も混じってるけど、あれは確かに知り合いだわ。だからって素直に歓迎できるわけでもないんだけどさ。


「イルバスだ……」

「イルバスぅ? てことはあれは『轟く咆哮』か? しばらく見なかったけど、またずいぶんと人数増えたんだな」


 知り合いって断定できたそいつの名前を呟けば、耳ざとく拾ったケレンもボクと同じように嫌そうな口ぶりで集団を見やった。どうやらケレンも『轟く咆哮』――というかイルバス個人にはあんまりいい印象を持ってないみたいだ。うん、解せる。


「……この距離で人の顔の区別がつくんッスか?」

「目も人よりいいんだよ。で、どうするケレン? こっち来てるけど追い返す?」


 またもやいぶかしそうにしているタウに適当に返しつつパーティの参謀役に対応を尋ねると、ケレンは少しの間うなった後でガシガシと頭を掻きむしった。


「そうしたいのはやまやまだが、反りが合わないってだけでそんなことした日にはこっちが悪者だ。あと、大荷物って言ってたよな?」

「うん。全員がでっかい背嚢とかいろいろ背負ってるよ」

「ということは、たぶん向こうもここに用があってしばらく滞在する気なんだろう。なら、情報の交換も含めて仲良くしといた方がいい。というわけで、こっちも手が空いてる全員で出迎えだ」


 というわけで、ボクとケレンは後輩君たちと一緒に天幕からやってくるイルバスたちを迎えることになった。天幕から少し離れたところに移動して待ってる間、ケレンが「いいかウル、何かあっても穏便にすませるから絶対に暴れるなよ? いいか、絶対だぞ?」なんて釘をさしてきたけど、それは暴れろって言うフリなのかな? いやまあ、こっちの世界に前の世界の記憶にある『お約束』的な文化はまだないってわかってるからやらないけどさ。


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