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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
六章 機神と冒険
135/197

稽古

「後輩君たちはやる気いっぱいだね」

「そりゃそうだろ。なんせ同行してる間の態度ってのは直に響いてくるからな。それに好印象の相手なら査定も甘くなるだろうってくらいは誰だって考えるもんだ」


 その積極的な様子に感心していたら、ケレンが肩をすくめながら教えてくれた。さすが経験者、実感がこもってるね。


「……軽く周辺を見てくるわ」

「お願いするよ、シェリア。設営の方はおれが――」

「そっちは俺が見とくから、お前は馬の世話と昼飯の用意を頼んだぜ、リクス」

「わかったよ、ケレン。そっちは頼んだ」

「それじゃあ、ボクは荷物降ろしてるね」


 後輩君たちに少し遅れてボクたちもそれぞれ野営の準備に取り掛かる。シェリアは斥候らしく野営地周りの見回りに、パーティで一番料理がうまいリクスを専念させるためにケレンが設営監督ってことだから、ボクがやるのは荷下ろしくらいだ。そこ、下っ端の役割だってバカにしちゃいけない。荷物持ちに来てくれる子が決まるまでの三日間で入念に用意しただけあって、四輪馬車の荷台が半分以上食料と野営グッズで埋まってるんだ。全部を降ろすわけじゃないとはいえ、かなりの労力が必要とされる荷下ろしは実質体力無限のボクにピッタリな役目なのである!

 というわけで先輩の雄姿を見せつけるべくせっせと必要物資を降ろしていたんだけど……一緒にいるベールから妙に見られてる気がするんだよね。いやまあ、見せつける気だったから別に見られる分には構わないんだけど、注目してるわりには話しかけてくるでもなく、目が合った瞬間パッと逸らして何でもない風を装って感じでちょっと気になる。


「ねぇベール、ボクの顔に何かついてる?」

「……フード被ってるから、顔はあんまり見えないよ」


 試しに話しかけてみてもぶっきらぼうな答えが返ってくるだけだった。顔合わせからこっちだいたいこんな感じだし、ロックやタウが賑やかにしてる時も距離を置いてる感じだったし、たぶんシェリアみたいに一人の方が落ち着くタイプなんだろう。特にいやそうって雰囲気でもないし、ボクが気にしなければ問題なしか。

 そう割り切って作業を進めれば、ほどなく必要な物は降ろし終わった。手が空いたから手伝おうと思ってテント張りの方に行ってみたけど、合流する頃には完成間近で特に手を出す必要もなし。まあ大きめとは言え単純な三角型のやつだし、当然っちゃ当然か。ケレンに至っては偉そうに指示してるだけかと思いきや、お得意の『操土』で簡易のかまどまで作ってたほどだ。


「あっという間に準備完了だねぇ」

「まあ、手慣れた荷物持ちがいる小規模の野営ならこんなもんだろ。初めての連中なら俺らがいろいろ教えながらやらなきゃならないから、もっとかかってただろうけどな」


 ほどなく終わった野営準備に感心していると、なぜか当然って顔でそんなことを教えてくれるケレン。メインで頑張ったのは後輩二人なのに、なんでそんなに偉そうなんだろうね。


「じゃ、後はよろしく頼むぜ、ウル」


 そしてそんなことをほざきながらくるりと踵を返しかけたので、肩をがっちりつかんでそれを阻止。


「ちょっと待ってよ。いきなりよろしくとか言われても意味が分からないんだけど?」

「なーに、簡単な話だよ。リクスが昼飯を作り終えるまでまだしばらくかかるよな?」

「まあ、だろうね」


 チラッと振り返ってみれば、レンタルした馬の世話を終えたリクスが降ろした物資から食材を取り出してるところだった。調理の時間を考えれば、まあ早くてもあと三十分はかかるだろうね。


「つまりはしばらく俺らは手持無沙汰になるわけだ。で、そういう時はストーン相手に軽く稽古をつけてやるのが臨険士(フェイサー)の習わしだ」

「ああ、なるほど。そういうことね」


 要は暇な時間は後輩の面倒を見てやれってことね。で、この状況でやるとなれば主に戦闘訓練的なことになるから、全部ボクに任せて純後衛職のケレンは高みの見物をしたいと。いやまあ、剣士に猟師に斥候が相手じゃ確かにケレンがやっても速攻で詰む未来しか見えないし、リクスは料理に取り掛かってて手が離せないし、シェリアはまだ見回りで離れたところにいるから、適任がボクしかいないっていうのはわかるけど。

 ため息を吐きながらなんとなく見やれば、話が聞こえてたらしい後輩君たちがじっと期待の視線で見つめていた。若干挑戦的な雰囲気が混じってるのを見れば明らかにやる気満々といった様子だ。


「教えるのはシェリアの方がうまいんだけど……まあいいよ。馬車に乗ってばっかりだったから、お腹もすかせられるだろうしね」

「よっしゃあ!」「よろしくお願いするッス!」「……よろしく」


 そしてボクが承諾すれば、それぞれ元気な返事を残して一足先に野営地から飛び出していった。さすがはベテランストーン、飛んだり跳ねたりするなら折角整えたキャンプを台無しにしないようにってことだね。


「おっし、じゃあ俺は――」

「あ、ケレンはちゃんと横で見ててねよね? ストーンランクの基準なんてボクはわからないんだからさ」

「いや、俺斬ったはったは専門外で――」

「それでもまったく知らないボクよりマシでしょ? いいから先輩なら付き合いなよ」


 後は任せたとばかりに踵を返したケレンの襟首をがっちり確保。逃がさないよ? ボクの戦闘評価基準の最低ラインはカッパーランク相当で、第三者の意見がないとストーンランクの戦闘力なんて計れっこないんだからね?

 ボクの言い分に納得したのか、がっくりうなだれておとなしく引きずられるケレンを連れて後輩君たちの後を追えば、野営地から少し離れた場所でめいめいが準備運動を始めていた。ちゃんと柔軟も混ぜてるところが慣れ具合を物語っている。これ、ボクたちが教えることってあるのかな?


「準備ができたら教えてね」


 適度な距離でケレンを離すと、ボクもフリだけ準備運動をしてみる。ぶっちゃけマキナ族の身体には何の意味もないんだけど、こういう時に不自然がられないようにっていうのと、いつか誰かに教えるかもってことでリクスからちゃんと習っているのだ。経験の蓄積がなせることなのか、前の世界の記憶にある準備運動とかとあんまり違いがないところはすごいと思う。


「――うっし、準備できたぞ! オレから行かせてもらう!」


 起き上がったケレンがなぜか涅槃のポーズで観戦を始めたころ、真っ先に声を上げて進み出てきたのはロック。得物は持参の幅広剣(ブロードソード)だけど、鞘に納めてしっかり固定してある状態だからそのまま打ち合っても安全だ。事前に打ち合わせておいたのか、タウとベールは素直に後ろに下がっている。

 うーん、たぶん稽古だからって気を使ってくれたんだろうけど……まだストーンってことは、リクス以下だって考えていいよね?


「ああ、ダメダメ、そんなのすぐ終わっちゃうよ? せめて三人まとめて来てくれるかな?」


 実のところ、野外を移動ってことで『探査』の魔導式(マギス)は朝からずっと起動中だ。シェリアが今も見回り中とはいえ、危険に満ち溢れた外で索敵を切らすのはもってのほか。

 でもそうなるとリクスくらいの動きなら精度を上げなくてもトレースできちゃうわけで、どんな動きにも対応できるからリクスから一本入れられたためしがない。いわんやストーンランクならってわけだ。


「……舐めてんのか?」


 ただし事情を知らない後輩君たちには侮りに聞こえたらしく、露骨にムッとした顔になるロック。お世辞にも丁重とは言えない口調がさらに荒くなったけど、まあたぶん、ボクの見た目がロックより小さくて華奢だから余計にそう思えるだけなんだろうね。下がった二人はどうかと見れば、タウは『本当にいいのか?』って顔に書いてあるし、ベールも心なしか目つきがきつくなってる気がする。


「あー先に言っとくぞ、お前ら。そこのウルはこのパーティじゃ文句なしに最強だ。なんせ普段の訓練じゃ俺ら三人がかりでやっとやり合えるってくらいだからな。お前らじゃ束になったところでかすり傷一つつけられないから、安心して袋叩きにしてやれ」


 そんな時に横から飛んできたケレンのどこかからかうような助言。まあ事実だから別に文句をつけるつもりはないけど、最後は若干強引に連れてきた恨みが入ってない?


「……わかった。タウ、ベール!」


 それでとりあえずは納得したのか、ロックは後ろの二人を呼び寄せて簡単な連携を確認しだした。といっても前衛兼タンク役をロックがやるから、ベールは素早さを生かして遊撃、タウは隙を見て弓矢で攻撃ってくらいだ。一応声を潜めてはいるけど、三人を見たらだいたい想像がつく分担だからマキナイヤーで拾っちゃってもノーカンってことで。


「それじゃ、行くぞ!」

「胸を借りるッス!」

「後悔しないでね」


 そして打ち合わせを終えた後輩君たちはそれぞれ武器を構えて戦意をみなぎらせる。うん、あわよくば一泡吹かせてやるって意気込みがひしひしと伝わってくるね。一応言っとくけど、これ稽古だからね?


「お互い手合わせは初めてだからね。最初は軽く行こうか」


 一応念押ししつつ向かい合わせに対峙すれば、それを見たロックが眉をひそめた。


「あんた、武器はどうするんだ?」

「まあ、必要になったら使うよ」


 今のところボクは手に何も持たない自然体だ。見習いの稽古ってことでまずは動きを見ることを重視したいし、そうなると打ち込む気のない武器は邪魔になるだけだからね――って、あれ? なんかロック、ますます険しい顔になってない?


「うおおおっ!」


 そして次の瞬間、合図も何もなく大きく振りかぶった幅広剣(ブロードソード)で斬りかかってきた! おいおい、いくら早く稽古をしたいからっていきなりはダメじゃないかな?

 まあ、予想通りリクスはおろかカイアスと比べても動作が大きくて隙だらけだから、あわてず騒がず半歩横にずれて空振らせる。そうしたら勢い余ってたたらなんて踏んで大きく体勢を崩したもんだから、ちょっと横から押しただけで盛大にひっくり返ってくれた。ダメだよ、ちゃんとフォロースルーのことも考えて武器を振らなきゃ。

 そんなロックの陰に隠れて弓を引き絞っていたタウ。用意のいいことに矢じりをはずした矢をつがえているけど、その狙いじゃボクの肩の上を通り過ぎるだけだよ?


「くらえッス!」


 わざわざそんなことを大声で言いながら矢を放ってきたところを見ると、どうやら牽制のつもりだったらしい。まあ当たらないってわかってる攻撃なんて相手にする必要もないから、そっちは無視して横合いから跳びかかってきたベールを空中キャッチ。こちらも鞘に入れたままだけど、首筋狙いとかなり殺意の高い腕を片手でつかんで止めた結果、若干ボクのほうが背が高いから自然と宙ぶらりんの体勢に。


「な――離せっ!」

「はいはい、暴れない」

「うわっ!?」


 顔のすぐ横を通り過ぎる風切り音を聞きながら、焦った様子でもがこうとするところで要望通りに手を放してあげると、とっさに対応できず尻もちをつくベール。そして一瞬呆然としたところではっと我に返ると、途端に警戒心むきだしの猫みたいに飛び離れていった。


「くらえっ!」


 そして起き上がりざまに振りぬかれたロックの攻撃を軽く屈んでかわしたところに、無言で放たれたタウからの二矢目が飛んできた。今度はちゃんと胴体に当たる軌道で、今まさに屈んだところだから避けるとなるとちょっと無理な体勢にならざるをえない。でもさすがに後輩相手に格好悪いところは見せられないよね。

 なので、手の届く範囲に入ったところで掴んで止めてみた。さすがマキナ族の身体、生身じゃなかなかできないことを平然とやってのけられる。


「あ、これ返すね」

「マジっすか……」


 丁寧に掴んだおかげで再利用できそうだったからポイッと投げ返してみれば、顎が外れそうな顔で驚いていたタウは頭でキャッチしちゃってあたふたとしてる。


「うおおおおっ!」


 そしてまた崩れた体勢をやっと立て直したロックが、懲りずに幅広剣(ブロードソード)を振りかぶる。あーこれはダメだね。せっかくの稽古だし、ちょっとは先輩らしく教えてみようか。

 ということで素早く踏み込みながら、今まさに振り下ろそうとしていた剣の柄を上から掴んで止めてあげる。ロックの一撃くらいなら最高速の時でも余裕で止める自信があるけど、だからって隙だらけな動き初めを狙わない理由にはならないよね。


「なっ!?」

「ほらほら、こんな近くでそんな大振りばっかりじゃダメだよ。すぐに潜り込まれてこんな風に出だしを抑えられちゃうよ。それと――」


 微動だにできないことで愕然とするロックになるべく優しく言いつつ、軽く足を払って姿勢を崩させた勢いを利用して、今まさに後ろから跳びかかってきたベールの方に投げてやる。


「「うわぁっ!?」」

「思い切りがいいのは褒めてあげるけど、露骨な隙は先に警戒しないとダメだよ、ベール? こんな風に対処しきる自信があるからわざと隙を見せてるだけだったりするからね」


 仲良く悲鳴を上げて転がる二人に言いながら、軽く前後に身体を揺らす。そうすれば直前まで頭があった位置を、二本の矢がそれぞれ風切り音を上げながら通過していった。うーん、さっきも思ったけど、タウは意外と腕がいいのかもしれない。狙えるところで積極的に狙ってくるし、精度も高いしね。ただ――


「タウ、急所狙いは悪くないけど、ちょっと素直すぎるよ。誰だって一番弱いところに来る攻撃はいつも警戒してるんだからね?」

「……ウッス」


 とりあえず言ったことに対しては素直に返事をしたけど、直後にぼそりと「ばけもんッスか?」なんて呟いてくれたのは聞き逃さなかった。失礼な。ロヴならあくび交じりに同じことするだろうし、矢を見てから避けるくらいはシェリアだってやれるよ、たぶん。

 そうしてる間に何とか起き上がって武器を構え直したロックとベールだけど、さすがにさっきのが効いたのかすぐに襲い掛かっては来なかった。焦ったような表情で距離を保ちつつ立ち位置を変えようとしているところを見ると、どうやら三人でボクを中心に三角形を作るつもりらしい。ようやく正面からは分が悪いって理解して、即席だけど連携を取ろうとしてるわけだ。

 でもまあ、待ってあげる義理もないよね?


「じゃあ、行っくよー」


 わざわざ声に出してあげながらロックの方に相対してぐっと身をたわめた。そうすれば狙われたと感じたらしいロックはたちまち緊張を顔に張り付けながら足を止め、手にする幅広剣(ブロードソード)を握り直す。どうやら覚悟を決めて迎撃する気らしい。その心意気やよし。

 だが無意味だ!


「――はっ!」


 気合の声と共に体に込めた力を解放し、斜め後ろへ思いっきり跳び退った。一瞬の滞空の後、着地と同時に振り替えれば予定通り目の前に弓を構えたままのタウの姿。


「……へ?」


 いきなり跳んできたボクに理解が追い付かないらしく、間抜けな声を漏らすその胴体を両手でがっしりと掴んだ。


「どっせい!」

「――うびゃぁああああっ!?」


 そのまま全身を使って勢いよく投げ上げれば、変な悲鳴を上げながら高々と宙を舞うタウ。人を化け物なんて言っちゃう悪い子には強制空の旅をプレゼントだ。

 そうして振り返れば、ロックもベールも高々と投げ上げられてもがくタウをポカンとした顔で凝視していた。まあ人間が空中遊泳するところなんて滅多に見られるものじゃないから気になる気持ちはわかるけど、戦闘中のよそ見は大減点だね。


「よそ見厳禁だよ」

「うごぉ!?」


 素早くロックの懐まで潜り込んで、迎撃の覚悟なんて欠片も残ってないお腹を軽く突けばあえなく撃沈。その声を聴いてベールがようやく我に返ったみたいだけど、もう遅い。


「はいおしまい」

「がほぉ!?」


 同じように間合いを詰めてお腹を小突けば、ベールもその場でうずくまって悶絶体勢に。一応女の子ってことを考えて若干弱めにしたけど、まだ強かったかな?

 まあそれはそれとして、最後の仕上げに落下地点に先回りして空の旅から戻ってきたタウをお姫様抱っこでキャッチ。ちょっと刺激が強すぎたのか目を回してるみたいだけど、それ以外は元気そうなので何よりだ。



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