土産
お待たせしました。六章開始です。
「やっほーサリアさん、久しぶり」
ちょっと長めの里帰りからレイベアに戻ってきた翌日、ボクはシュルノーム魔導器工房を訪れていた。後ろには買い物希望の『暁の誓い』がフルメンバーでそろっている。
「あら、ウルさん。お仲間さん達もいらっしゃいませ」
ボクの呼びかけでこっちに気付いたサリアさんは、何かしら書き込んでいた帳簿を閉じるとカウンター越しに笑顔で出迎えてくれた。書類仕事をしていたからか細めの眼鏡をかけてそれがまた抜群に似合っていて、ものすごくできる女感を演出している。いいね、眼鏡。
「その顔ぶれからして、今日は買い物といったところでしょうか?」
「そうなんだ。けっこう貯まってきたからそろそろ便利系の魔導器に手を出そうかなってパーティで決まってさ」
実際は賛成二人の委任二人だけど、実質満場一致なので間違いじゃない。
「えっと……よろしくお願いします」
「それは素敵ですね。ぜひゆっくりと当店自慢の臨険士御用達商品を見ていってください。ウルさんからの技術提供のおかげで出来上がった新製品もありますから、お値段は融通を効かせますよ」
「技術提供って……お前何やってんだよ、ウル」
「何って、単純に趣味の話?」
なぜか尻込み気味のリクスに営業スマイルを向けるサリアさん。そのの言葉に反応したケレンが揶揄するような口調で聞いてきたから、大したことないよって言い返せば呆れた様子でお手上げのポーズをされた。解せぬ。
「ところでさっきから気になってたんですけど、その大荷物は何ですか、ウルさん?」
「ん? あ、これ?」
そんな風にサリアさんに指摘されて、ここまで背負ってきたリュックを振り返った。背負いひものついた蓋つき袋のってシンプルなやつだけど、詰め込めば最低でも一抱えはあるような物がパンパンに膨らんでれば気にもなるか。ボクは特に気にならないけど、見た目通りそれなりに重量もあったりする。
「しばらく里帰りしたからね。せっかくだからアリィにお土産見繕ってきたんだ」
「ほほう」
どうやらそれだけでいろいろと察したらしいサリアさん。その目がギラリと光った気がするのはたぶん気のせいじゃないと思う。
「では、そちらはアリィの研究室までお願いできますか? お仲間さん達のお買い物には他の者をつけますので」
「いいよー。じゃあリクス、ちょっとお土産渡してくるからのんびり買い物しといてくれる? ひょっとしたら時間かかるかもだから、終わったら先に帰ってくれててもいいからね」
「ああ、わかったよ。でも昼からはまた別の買い物だけど、大丈夫なのか?」
「さすがにそれまでには合流するって」
そんなわけで仲間たちといったん別れたボクは、他の店員の人にリクスたちの接客を任せたサリアさんに続いてアリィの研究室に向かった。
「――お土産?」
そうして訪問を告げられたアリィが部屋の中をひっくり返すっていうのを様式美のようにやらかした後、騒ぎが落ち着いたところで用件を伝えたところ、なぜかキョトンとされた。なんだろう、この世界じゃ遠出したらお土産を渡すっていうのは一般的じゃないってことかな? お土産っていう概念自体はあるみたいだけど。
「そう、お土産。カラクリ――ボクの故郷ね、そこで標準的に使ってる記写述機」
「え? 記写述機……え?」
どうやら記写述機って聞いてこの研究所にもあるアップライト式ピアノみたいな据え置き型のを想像したらしく、ものすごく混乱したみたいだ。隣のサリアさんも『まさか』って顔でボクが持ってきた荷物を凝視してるし。
「まあ物を見せたほうが早いかな」
言いつつ手早くリュックの口を開けて、緩衝材の中から現物を引っ張り出した。ブラウン管テレビにキーボードをくっつけたようなそれが、カラクリで標準の記写述機だ。まあ好きなところに持っていけるタイプでって注釈がつくけどね。
それでもさすがに長距離の運搬は初めてだったから問題がないかどうか起ち上げてみると、事前に魔力は十分補充してるからすぐに起動した。機械系が大体魔力駆動なおかげで基本的にコンセントいらずなところがいいよね、この世界。
ざっと触って機能のチェックをした後、仕上げにガイウスおじさんの審査を通過したこの記写述機の設計図入り記録晶板をセットすれば、無事に画面に映し出される。よーし、問題なしだね。
「とりあえず運んでる間に壊れたってことはなさそうかな。はいどうおっと!?」
ひとまず起動チェックを終えて顔を上げたとたん、飛びつくように無言で迫ってきたアリィを慌てて回避して、ついでに荒ぶる尻尾が引っかけ飛ばした製図道具を空中キャッチ。けれど当人はそれにも気づかないようで、食い入るように画面を見つめながら記写述機を操作している。うん、チラッと横から見ただけでも目の輝き具合がすごいことになってるね。しばらくは梃でも動きそうにないや。
「これはまた……とんでもない物を持ち込まれましたね」
その様子を見て呆れとも感嘆ともつかないため息を吐くサリアさん。まあ世間一般の最新型がピアノサイズってことを考えれば隔世レベルの代物だろうね、これ。
「まあちょっと独自の圧縮術式使いまくってるけど、基本的には今ある技術の延長だよ、これは。ガイウスおじさんからも『これくらいなら構わん。むしろ早く広めろ』ってお墨付きもらったよ」
ちなみにそのガイウスおじさんも是非にとのことで、これの同型機を三台お土産にしてある。そっちの運搬及び設置は留学担当の子だ。
「簡単に言いますけど、こんな物、世に出したとたんに注文と詰問が殺到しますよ?」
「注文はともかく詰問? なんで?」
「あまりにも物が違いすぎるからですよ。今からでも世の魔導士や機工士が目の色を変えて詰めかけてくるのが浮かびます」
想像するだけで頭が痛いのか、こめかみを抑えるサリアさん。まあ超革新的な新技術ってことでなら確かにわからなくもない。でも、こっちには技術的な話なら伝家の宝刀があるんじゃないかな?
「そんなのイルナばーちゃんの遺品が見つかったって言い張ればいいんじゃない?」
「まあ、確かにその一言で誰もが納得するでしょうけど、そうなると次は『他にも遺品が見つかったのでは?』という話に発展するのが容易に想像できますから……」
あー、それは確かにありそう。こんな短時間で先のことまでよく色々と考えつくね、さすがサリアさん。
「まあ、他にも公開していいって話はいくつもあるから、そっちも出せばしばらくは行けるんじゃないかな?」
「……ウルさん、今日のお買い物はすべて九割引きにさせてもらいます」
なぜか今日の買い物がめちゃくちゃ安くなった。ラッキーだけど、たぶんリクスあたりは全力で遠慮しそうだ。
まあ、なんだかんだ言いつつ技術の公表自体は拒否しないあたりは商売人って感じだね、サリアさん。ここは是非とも文明を推し進める片棒を担いでもらおう。
「当面はそれくらいで我慢してね。故郷じゃ今も鋭意改良中だからさ」
実のところ、これでもまだまだ改良途中なんだよね。今のところの目標はデスクトップパソコンくらいにするところだ。その次はノートパソコンくらいかな? 将来的にはスパコンとかも作ってみたいな。
「……とりあえず、あなたが話に聞くイルヴェアナ様とご同類だということはよくわかりました」
そうしたらボクの内心を察したのかどうか、サリアさんから非常に呆れたような目と声が注がれた。絶えることない改良は技術者のライフワークなのに、解せぬ。
そんな風にちょっとした世間話に興じていると、納得いくまで触ったのかパッと顔を上げるアリィ。
「――これ、分解してもいい!?」
そしてものすごくいい笑顔でそんなことをのたまってくれる。お土産に対する第一声がそれって……まあ物が物ってこともあるだろうけど、思考が根本的に技術者なんだね。
「一応、それの設計図も持ってきたんだけど?」
というか今まさに展開してるのがそれなんだけど、いわく『実物を見たほうがより理解が進む』とのこと。まあお土産としてあげたものだしどう使うかは本人次第なわけで、ついでに言うと壊れたら直すくらいはボクもできるから実質的に問題はないんだよね。
「まあ、どうしようもなくなったらボクが直すから」
だもんであっさり許可を出したとたん、アリィはいつの間にか手にしていた工具を駆使して猛然と分解を始めた。あっという間に蓋板が外されてパーツごとに分けられていく様は、さすがイルナばーちゃんの一番弟子といったところだ。魔導回路を検分する目が爛々と輝いているところなんて往年のばーちゃんを彷彿とさせるね。
「……何か本当に、いろいろとすみません。今日のお買い物は十割引きにしますので」
そしてとうとうタダになる今日の買い物。いやまあ仲間の懐具合を考えたらありがたいけど、そんなことしちゃって商売の方は大丈夫なのかな? え、長期的に見たらむしろ空前絶後の黒字? そっかー、ならいっか。
「ウル、ここの魔導回路について説明してくれる!?」
「はいはーい、ちょっと待ってね」
そして取り出したパーツの一つを手にしながら嬉々として聞いてくるアリィに付き合って解説とかしてるうちに盛り上がっちゃって、そのまま気づいたら魔導式談義に突入していた。いやー、話が一段落してふと窓の外見たらとっぷり日が暮れてた時は焦ったね。おかしいなー、来た時はお昼までまだ時間があったはずなのになー。
慌てて売り場に戻ってみたものの、当然仲間たちはとっくの昔に帰っていった後だった。ちなみに予想通り会計の時に一悶着あったらしく、タダで持って行っていいって言われた客側がなぜか値上げ交渉を行った挙句、最終的に九割五分引きの値段で決着したとこのと。ちょうど対応してくれたサリアさんいわく、「あそこまで必死に割引の撤回を求めたうえで、格安で手に入った商品に対して罪悪感の塊のような目を向けた臨険士は初めてでした」って逆に感心してたよ。ちなみにケレンは便乗して買い足そうとかしてたらしい。たぶんこっちの方が一般的な反応だと思うね、ボクも。
そんなこんなでまだいろいろと話し足りなさそうな目を向けてくるアリィを振り切って定宿の『空の妖精』亭に戻れば、ちょうど夕食の最中だった仲間たちから呆れ交じりの出迎えを受けることに。それでこれまで何をしてたか説明を求められて、ありのままに話したらちょうど注文を取りに来たイスリアにまで呆れられた。まあつい趣味に没頭して時間を忘れたわけだからぐうの音も出ないわけで。
「――まあ、おかげで憧れの魔導器が格安で手に入ったわけだけどな」
「それはそうだけど……『お代はいりません』って言われた時は本当にどういうことかって思ったよ」
とりあえず一通り事情を話したところでいつものようにさっぱりと切り替えて飄々というケレンに、その時のことを思い出したのかげんなりした顔でため息をつくリクス。なんだかんだ言いながら、この二人はボクが何かやらかしても『仕方ないか』で済ませてくれるから大好きだ。いつもゴメンね。
「まあ、没頭できる趣味があるっていうのはいいことだと思うけど、あんまりそれにのめり込みすぎてお仲間に愛想を尽かされちゃったらダメよ?」
「わかってるって。あ、日替わり定食お願いね」
「はいはい、いつも通り軽めね」
なんとなくお説教が続きそうな雰囲気のイスリアに夕食を注文して回避。さて、残るは一人だけど……それが一番の難関なんだよねぇ。
「え~っと、……シェリア?」
「……」
恐る恐る呼びかけてみたところ、チラリとすらこっちを見ずに黙々と食事を続けるシェリアさん。いつもなら呼びかければノータイムで返事があるところが今はこれだから、経験的にものすごーく不機嫌なご様子。まあみんなで買い物行こうっていう約束をすっぽかしちゃったボクが全面的に悪いんだから仕方ない。
「ホントにゴメン、シェリア。買い物任せっきりにしちゃって」
「……」
「今度はちゃんと気を付けるからさ。今日みたいなことは二度とないように努力します!」
「……」
「え、えっとさ、何だったら明日にでも改めて買い物行かない? 実はちょっと個人的に買いたいものがあったんだけど、今日はうっかり行けなかったし――」
「――次からは」
「うん?」
「ウルがアリィさんに会うなら、わたしも付いて行くから」
「……はーい」
どうやらありがたいことにストッパーの役目を買って出てくれるらしい。とりあえず機嫌を直してくれたのはいいけど、信用を回復するにはしばらく先になりそうだ。