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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
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帰宅

 グローリス通りに出てからたまたま近くを通りかかった衛兵の人に人さらい一味のことを通報。被害者がお偉いさんの身内とあってか直ちに対処してくれるとのことだった。詳細な地図でアジトの場所も伝えたし、犯人連中も足を折ってあるからすぐに捕まるだろう。そんな状況でも逃げおおせたなら逆にいくらか敬意を表してやってもいい。それで次に遭ったときは念入りに両手両足を粉砕することにしよう。容赦? 悪人にそんなもの必要ないよね。

 後始末の方はそれでいいとして、どうやら疲れたらしい公爵家ご令嬢のために辻馬車を拾ってガイウスおじさんの屋敷まで向かってもらう。


「――そっか、ガイウスおじさんの孫かー」

「おじさん……ええとその、ウル様はお爺さまのお知り合いなんですか?」


 箱形馬車の座席で揺られながら念のため確認した事実に何となく感動すら覚えてしみじみと呟くと、向かいに座っている公爵家ご令嬢はなぜか信じられないものを見るような目を一瞬向けてからそんなことを尋ねてきた。ちなみに弟君は彼女に膝枕をされて座席に横たわっている。


「ええっと、はい、かな? 元々はイルナばーちゃん――じゃなくて育ての親のイルヴェアナ・シュルノームとガイウスおじ――えーっとレンブルク前公爵閣下が古い付き合いで、その縁で今朝知り合ったというか居候にさせていただいたというか……」

「あの、喋りにくいようでしたら先ほどまでの話し方でかまいませんけれど」


 証拠品の巾着袋を見せながらつっかえつっかえ説明していると、巾着袋の紋章を検めていたご令嬢はそんなことを言ってくれた。


「あ、ホント? ありがと、そうさせてもらうね」

「……その、どうして急に言葉遣いを改めようとされていたんですか?」

「いやー、成り行きで知り合っただけならともかく、ガイウスおじさんの家の人ならお世話になる予定だから失礼があったらダメかなーって」


 うっかりやらかして機嫌を損ねたあげく居心地が悪くなるなんてできれば遠慮したいからね。別に敬語ができないわけじゃないんだけど、ご令嬢改めエリシェナにはさっきまでいつも通りに話してたから違和感が出て変になってた。まあ気にしないでくれるんだったらありがたいな。


「とにかく、今日からキミの家にやっかいになってます。よろしくね」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 改めて頭を下げるとエリシェナも釣られたようにお辞儀を返してくる。これまでの反応を見る感じ、窮地を救った恩人ということもあってかボクの印象は悪くないみたいだ。よし、それならもうちょっと好感度を上げておこうか。


「ということで、友好の証に弟君の傷をもうちょっと直しておくよ」


 巾着袋をしまうとそう断ってから相変わらず意識のない弟君に手をかざす。使うのはもちろん『治癒促進』の魔導式(マギス)だ。さっき魔導回路(サーキット)を描いたばかりだから今度は見なくても感覚だけで大丈夫。


「……すごいですね。やっぱり魔導式(マギス)なんでしょうか」


 手から溢れ出した光に包まれると徐々にとはいえ目に見える早さで怪我がなくなっていくのを見て、エリシェナが遠慮がちに聞いてきた。まあこれだけじっくり見れば普通にわかるよね。うん、当たり障りないことだけ言っておこう。


「そうだよ。こう見えて魔導式(マギス)にはけっこう詳しくてね。まあこれは簡単なやつだから探せば似たような効果の魔導器(クラフト)くらいあるんじゃないかな?」

「でも今はそんなものを使っていらっしゃるようには見えないんですけれど……ひょっとしてその手袋が魔導器(クラフト)だったりするんですか?」

「それは秘密」


 さすがにガイウスおじさんの身内だからって全部は話せないからね。当面そこら辺の見極めはおじさんに確認してからってことにしている。じゃないとややこしいことになりそうだし。

 そのまま治癒を続けて弟君の怪我はあらかた綺麗になった。服の汚れや破損は無理だからそのままだけど、見た目はかなりマシになっている。ついでにエリシェナの手首も治しておこう。


「ほら、エリシェナも手を出して」

「いえ、わたしは大丈夫ですから――」

「いいからほら」


 なぜか遠慮しようとしたからちょっと強引にその手を取って魔導式(マギス)を使う。


「……なんだか暖かくて、むずむずします」


 そうすればエリシェナは戸惑ったような顔をしていたけど、そのうち表情を緩めてぽつりと感想を漏らした。そっか、この魔導式(マギス)を使うとそんな感覚があるんだ。あれかな、かさぶたがかゆくなるのと似たような理屈なのかな。まあ前の世界の記憶だし、この身体じゃもう二度と実感できないんだけど。

 こっちの傷は軽かったこともあってすぐに跡形もなくなった。何度か手首をひっくり返してそのことを確かめていたエリシェナは、なぜか大切なものを抱きしめるように抱えると目を閉じてほうっと息を吐いた。


「……本当にありがとうございます、ウル様」

「大したことじゃないから気にしないで。あと、ボクのこともウルって呼んでほしいな。砕けて話してくれたって全然いいよ」


 ついでとばかりに堅めの口調を崩さないのが気になっていたからそう言ってみたら、逆にエリシェナは困ったような表情になった。


「そう言っていただけるのは嬉しいんですけど、ウル様は恩人ですし。それにあの、砕けて話すというのはどうすればいいんでしょうか?」


 ごくごく真面目に聞き返してくるのを見るに、本気で言ってるらしい。砕けた口調がわからないって、お嬢様教育の弊害か何かかな? 普段使いの口調からして丁寧なら、ざっくばらんな話し方の方が不自然になるんだろうな。こっちはタメ口で相手は丁寧な口調っていうのが少し気になったんだけど、その辺は諦めるしかないか。


「あー、わからないんならそのままでいいから。別にたいして気にすることじゃないからね」

「すみません、そう言っていただけると助かります」


 そんなやりとりを交わしていると、弟君がうめき声を上げて身じろぎした。

 反射的にボクたちの視線が集中する前で閉じていた瞼がゆっくりと押し開けられて、エリシェナによく似た綺麗な青い瞳がのぞく。起き抜けのせいかぼんやりとした顔で正面から自分をのぞき込んでいる相手の顔を認識して、掠れるような声で呟いた。


「――あね、うえ……」

「カイアス、よかった。気分はどうですか? 身体の具合は?」

「え……と、だいじょうぶ、で――」


 ほっとした様子のエリシェナが問いかけると、弟君は答えたところでハッとした表情になって慌てて起き上がってきた。


「姉上、姉上こそ大丈夫ですか!? あいつらに何もされませんでしたか!?」


 どうやら気を失う前の状況を思い出したようで、エリシェナにすがりついて必死に尋ねる弟君。当時の状況は知らないけど、あの状態からして相当痛めつけられていたのは想像できるから心配するのも無理ないか。


「心配しないで、わたしは大丈夫です。あなたが無事で良かった」

「姉上……ごめんなさい、僕が姉上を守らなきゃいけなかったのに、あいつらに負けてしまって……」

「しかたないわ。あなたもまだ子供なんですから、あれだけの大人が相手じゃ勝てと言う方が無理だもの」

「それでも、それでも僕は、母上に頼まれて――」

「だから、今はもっと力を付けましょう。そして一人前になったらちゃんと守ってください。それまではわたしもあなたを守りますから。わたしはあなたの姉で、あなたのことをお母さまから託されたんですからね」

「――はいっ! 僕はもっと強くなって、ちゃんと姉上を守れる騎士になります!」


 そんなやりとりを経て、なにもかもを慈しむかのように穏やかな笑みを弟に向ける美少女と、泣き出しそうになるのをグッとこらえて決然とした表情を幼い顔に浮かべる美少年。端から見ていて眼福ものの光景である。うーん、麗しきかな姉弟愛。エリシェナは穏和で聡明な懐の深い子って感じだな。まさに貴族のご令嬢。弟君の方も真面目で素直みたいだね、若干シスコンが入ってる気がするけど。


「……ところで姉上、ここはどこですか? あいつらはどこに?」


 そんな感じである種の二人の世界を作り出していた二人だったけど、ふと弟君の方が思い出したようにエリシェナに尋ねた。今まで心配で姉のことしか見えていなかったけど、とりあえず何ともなさそうだということでようやく周囲のことが気になりだしたってところかな。

 ……ほんの少し、いたずら心がうずいた。


「大丈夫です、わたし達は――」

「キミたちはさらわれたんだけど、それは覚えてるかな?」


 エリシェナの言葉を遮るように話しかけると、ようやくボクの存在に気づいた弟君はこっちを向いて露骨に顔をしかめた。やっぱりフード付きの外套で全身を覆っていたら怪しく見えるようで、まだ可愛いと形容できる顔にありありと警戒の色を浮かべている。


「……覚えている」

「それなら話は早い。キミたちは悪者にさらわれて、今はこの馬車でさる御方のお屋敷に運ばれているところだよ。ボクはその道中の安全を保証するためにいるけど、向こうに着いた後キミたちがどうなるかまではわからない。理解したかな? くくくっ」


 最後にちょっと悪そうな笑い声を付け足せば、みるみるうちに顔を青ざめさせる弟君。こっちを凝視しているせいで、お姉さんがすぐ隣で困惑の表情になっているのには気づいていないみたいだ。

 別に嘘は言ってないよ? 二人が悪者にさらわれたのは事実だし、今乗っている馬車は公爵家に向かってるわけだし、助け出した相手が心配だからボクは同行しているわけで、家に帰った二人がどんな歓迎を受けるか方向性はわかるけど具体的なイメージはない。全部本当のことだ。

 ただちょーっと間をはしょってるせいで勘違いが起こりかねないだけ。そして弟君の様子を見るに、どうやらそっちの方向へと思い至ったようだ。

 弟君は青ざめた顔のままボクのことをにらみつけていたかと思うと、急に決意をにじませる顔になって――


「――ハァッ!」


 気合い一発素早い動作で顔面向かって拳を繰り出してきた。子供とは思えないなかなかの速さで迫るそれを、痛くないとはいえ黙って殴られる趣味はないのでとりあえず素早く動かした手で当たる前に捕まえる。

 そうすると止まった拳が顔の下端を狙っていたらしいのに気づいた。なるほど顎か。ここを攻撃すれば相手を最小限の力で無力化できるのは前の世界の記憶と合わせて知っている。何か武術でも習ってるのかな?


「なかなか思い切りがいいね」

「――くっ、はなせっ!」


 思わず感心してそう呟けば、弟君は悔しそうに顔をゆがめて手をふりほどこうと力を加える。けど怪我をしないよう片手で軽くつかんでいるだけとはいえ、小学校高学年くらいのお子様にふりほどかれるほど軟弱な身体はしていない。


「はははっ、キミくらいじゃ無理だよー」

「うるさいっ! はなせこの――」

「カイアス、やめなさい!」


 ムキになって暴れようとする弟君に、急な事態をあっけにとられて見ていたエリシェナが慌てたように大声を出した。


「姉上、ですが――」

「そうそう、ちなみに今向かっているお屋敷、レンブルク公爵家のお屋敷だよー」

「……え?」


 どうして止めようとするのかといぶかる顔をエリシェナに向けたタイミングで思い出しかのように付け加えると、ポカンとした表情で再びこっちを向く弟君。そりゃそうだよね、誘拐犯の一味と思いこんでる相手から実家に向かってるって言われたらそうなるよね。


「ウル様は囚われていたわたし達を助け出し、ご親切にも屋敷まで送ってくださっているんですよ」


 フリーズした弟君にほっとした様子のエリシェナが困ったようにネタばらしをすれば、訳がわからないといった顔でボクと姉を何度も往復する弟君。いやー美少年のこんな困惑顔はなかなか見る機会がないだろうね。


「そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはウル、マキナ族のウル。たまたまキミたちがつかまってるところに通りかかって、助けて欲しいってキミのお姉さんに頼まれたんだ」

「ウル様はお爺さまにご縁のある方で、本日より屋敷に滞在されていらっしゃるそうです」


 つかんだままだった手を離して自己紹介すると、エリシェナが補足するように付け加える。


「……姉上、本当なのですか?」

「本当のことです。あなたの傷もウル様が治してくださったんですよ」


 戸惑いを隠せない弟君にエリシェナがそう告げると、ようやくあれほどあった怪我が残っていないことに気づいたらしい弟君が目を見開いた。傷はなくなっているけど服の傷みはそのままなので、怪我をした記憶があるなら彼的に信じられなくても信じるしかない状況だろう。


「……本当に、こんな怪しいやつが、ですか?」

「怪しい奴なんて酷いなー」

「なら、そのフードを外して顔を見せろ!」

「いいよ」


 要請に応じてあっさり素顔をさらしてみせれば、今度はポカンと大口を開けて固まる弟君。まあこれは予想通りだけど、ここまで思ってたとおりに反応が良かったなぁ。やっぱり素直な子は表情がころころ変わるからからかい甲斐がある。それが美形ならなおさらに。


「……ウル様、あの、先ほどはどうしてあのような言い方を? あれではカイアスが思い違いをしても仕方がないかと」

「いやー人に説明するってムツカシイネー」


 眉をひそめて問いかけてくるエリシェナから少し視線をそらして心持ち棒読み口調で答えれば、困ったような表情で頼んできた。


「……あまりからかわないでやってください。カイアスは――その、聞いた言葉をそのまま鵜呑みにしてしまうことが多いんです」


 うん、だろうと思ったよ。そんなので権謀術数渦巻く貴族界を渡っていけるか心配だけど、まあその辺は親なりガイウスおじさんなりが鍛えていくんだろうね。

 そんなことを考えていると、ずっと続いていた馬車の揺れが止まって御者の人から到着を知らされた。どうやら騒いでいるうちにお屋敷まで戻ってきたらしい。


「ちょっと待っててね」


一応今は護衛みたいな役割だからとそう一声かけ、フードをかぶり直すと念のため先に降りて周囲を見回す。目の前には見知った公爵家のお屋敷と脇に控える門番の人。ぐるっと馬車のまわりを一周するけど、見える範囲に怪しい人影なんかはなし。


「……うん、大丈夫みたいだから降りてきていいよ」


 特に脅威はなさそうだったから馬車の中に呼びかければ、少し間をおいてエリシェナが、そしておそるおそるといった様子の弟君が降りてきた。


「――本当に……」


 弟君の呆然とした呟きを耳にしながら御者の人にチップをはずむ。料金は街中だったら一律十ルミルって言ってたし、五十ルミルの穴あき銀貨を渡すことにする。その際念のために潜めた声で「今日のことは秘密だよ」って言っておくと、御者の人はほくほく顔で頷いて馬車を返すと来た道を戻っていった。

 ボクが馬車を見送っている間にエリシェナは弟君の手を引いて門番の人に帰宅を告げていた。そして伝声管でいくらかやりとりがされた後、恭しい様子で通用門を開ける。


「おつとめご苦労様です」

「ご苦労さまー」


 ねぎらいの声をかけたエリシェナに習ってボクもそう言いながら後に続いて門をくぐった。なんだかんだでけっこう時間が経ってたみたいで、だいぶん傾いてきた日差しが照らす前庭をそろって歩く。


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