迎撃
そんな期待を知ってか、ポツリとアヤメが呟いた。
「――そういえば、対人を想定した試験は行っていませんでしたね」
それを受けて方針が決まったらしく、素早く視線を交わして互いの意図を確認した代表者たちは活発に動き始めた。
「アヤメ、管制要員には何名必要ですか?」
「小数相手なので私だけでも対応できますが、散開された時に備えて二人といったところでしょう」
「それならアタシとタチバナが補佐やるよ。コハクは統括お願いねー」
「やる」
「では我らは万が一に備えるとしよう。カエン、戦士班は任せる」
「おうさ! そっちは射手班頼むぞ、ムラクモ!」
あっという間に役割を決めると、ムラクモとカエンは管制区画を急ぎ足に出ていき、アヤメはヒスイとタチバナを連れて区画内の一角に向かった。
そしてコハクは再び自分のオペレーター席に飛びつくと、未だ通信がつながったままの当番組に向けて手早く指示を出していく。
「侵入者をカラクリ内部に誘引します! 隔壁を解放したら侵入者と接触、明確な敵意があるようなら交戦せずに撤退してください! それと、接触後は必ず所感を報告するように!」
〈了解したよ〉
そんなやり取りが終わったところでメインモニターが起動。映し出されるのはカラクリの縦断面見取り図だ。一緒に各所設置の『探査』用魔導器のデータがフィードバックされていて、それによればほとんどの反応はエントランスに集結済み。あとは管制区画に今いる人数分と、そこからエントランスへ向けて移動中の二つ。これはムラクモとカエンだね。
それと居住区画の奥の方にある三つ。こっちはガイウスおじさんたちかな? 一人護衛に残りながら一番安全な居住区画に誘導したってとこだろう。うん、うちの子たちは優秀だ。
ついでにテーブルのモニターにも動き在り。隔壁前に集まっていた反応がパッと散らばって距離を置いたところで停止した。たぶん当番の子たちが動かしたから警戒したんだろうな。物慣れてるっていうか、明らかに訓練されてる動きだよねこれ。
そして三度鳴り響く警報音とコハクの全館放送。
〈――第一種戦闘配置。繰り返します、第一種戦闘配置です。想定は『屋内設備での撃滅戦』。ムラクモとカエンが向かっていますので、そっちの指揮に応じてください。設備の対人試験運用も兼ねるので、みんなは基本的には戦闘待機です〉
そんな緊急事態を告げているはずだけどやっぱりどこか気の抜ける放送を受けて、ここまでいきなりかつ迅速な事態の推移に目を丸くしていたリクスが我に返った。
「ウル、どういうことだよ!?」
「カラクリのお客様を狙った敵対勢力の可能性が濃厚だから、中に誘い込んで確実に排除するって感じになったね」
「いや、だからそれはおれ達が――」
代表の子たちが導き出した結論を端的に伝えたボクは、それに対して言いつのろうとして来るリクスを手で遮った。
「気持ちは嬉しいよ。でも、マキナ族の里でお客様に危険な目を危険な目に遭わせるなんて、守護の兵器を自負するボクたちの矜持が許さないんだ」
カラクリに招いたお客様を狙って白昼堂々と襲撃を企てる。推測とは言えほぼほぼ間違いないだろう行為をしてくれるなんて、ボクたちの存在意義に真っ向から喧嘩を売ってるようなもんだ。上等だよ、種族をあげた接待でノシ付けて返してやらないとね。
そして今回の『お客様』にはリクスたちも入っている。若くても荒事が日常茶飯事っていうことくらいは理解してるけど、さすがに戦力不明の相手に送り出すってことはしたくない。あ、天下のプラチナランク様は別だよ? むしろマキナ族の子たちにじっくり戦ってるところを見てもらいたいくらいだね。
「ちなみに今回はボクも傍観するよ」
「え?」
「おいおいそれでいいのかよ、ウル。お前ここで一番偉いんだろ?」
それでも何か言いたそうに口を開こうとしたのに先んじて言い足せば、ポカンと間抜け面を晒すリクスに替わってケレンが茶々を入れてきた。
「一応そうなってるけど、何でもかんでもボクに頼りっきりていうのはダメだから、普段はみんなに任せてるよ。今回も十分対処できそうだから、ボクは臨険士として動くつもり」
そう言い返しておいてから、ボクは『暁の誓い』のリーダーに提案した。
「だからリクス、ボクたちは念のためガイウスおじさんのそばで備えておこう。そっちの方が護衛本来の動きだと思うんだけど、どうかな?」
「え? あ、うん……」
まだ思考が追い付いてないらしいリクスの生返事と前後して、当番組からの再連絡が入ってきた。
〈もしもしコハクさん? 侵入者と接触した所感を伝えるよ〉
「どうでしたか?」
〈最初は隠れてたみたいだけど、直通路で立ったまま待ってたら襲い掛かってきたんだ。今はヒュウガと一緒に撤退中〉
「なにかやり取りはしました?」
〈無言で刃物出して駆け寄ってきたよ。今も少し後ろを追いかけて来てる〉
「怪我とかは?」
〈言われた通りにすぐ逃げたから傷一つないさ〉
「わかりました。そのままカラクリまで戻ってきてください」
〈りょーかい!〉
どうやら予想通りに遠慮のいらない敵さんだった様子。テーブルの反応を見れば侵入者全員が直通路に突入していったようだし、これでためらう理由がきれいさっぱりなくなったわけだからみんなが負けるはずはない。
「コハク、あとは任せて大丈夫だよね?」
「もちろんです! わざわざ来てくれてありがとうございました、ウル様!」
「じゃあ、ボクたちは居住区画に向かうね。終わるまでに何かあったら知らせて」
「はい!」
「ロヴはどうする?」
この場に残っている役名代表者のコハクに後を託し、念のため員数外のプラチナランク様にお伺いを立ててみたけど、案の定というか子供が見たら大泣きしそうな凶悪スマイルを浮かべるロヴ。
「オレは別に護衛ってわけじゃねぇからな、ちっとばかり祭りに参加させてもらうぜ」
まあ予想通りの答えだ。ロヴならまず大丈夫だろうしそもそも止めても聞かなさそうだし、注意事項だけ伝えておくとしよう。
「別に止めないけど、うちの子たちから何か指示があったらおとなしく従ってね? でないと下手したら命に関わるから」
「おいおいなんだそりゃ? ここは魔境並みの危険地帯か?」
「普段はそんなことないけど、戦闘状態に入ったカラクリは下手しなくても魔境よりたちが悪いと思うよ?」
ここはマキナ族が平和に暮らすための場所だけど、同時に戦うために生まれてきた種族の最後の砦だ。防衛のためにイルナばーちゃんお手製の攻性魔導器や魔導体が山ほど配備されてる上に、攻略させる気ゼロのトラップ類だっててんこ盛りだ。なんせうちはゲームみたいにクリアできるように調整されたダンジョンってわけじゃないからね。
「みんなの方も注意するとは思うけど、うっかりでも即死罠とかに巻き込みたくないからホントに気を付けてね?」
「……おう、了解したぜ」
真顔で念押ししておけば、本気具合を悟ってくれたのかロヴも真面目な顔になって頷いた。この戦闘民族は生粋の荒くれみたいな顔して意外とクレバーだし、たぶん大丈夫だろう。
さて、あとは無謀にもカラクリに襲撃なんかしかけてきたおバカさんたちが排除されるまでのんびり待つとしよう。
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なんなのだこの施設は!?
「――戻れぇっ!!」
はるか先に見える突き当りの壁にわずかな動きを見てとった瞬間、走る勢いを無理に殺して身を翻しつつ全力で警告を発する。今我々がいるのは一直線の通路で、身を隠せるのはつい今しがた通り過ぎた脇道しかない。かろうじてもぎ取ることのできた猶予ですら間に合うかどうか。
「どうか断罪をっ!」
共にあるほとんどが死に物狂いで元来た道を駆け戻ろうとする中、一人がその場で立ち止まると悲壮な声で後を託すと『障壁』の魔導器を起動させた。
誰もよせとは言わない。それが必要だとすでに身に染みているからだ。
誰もその声に応えない。そんな余力すら振り絞らねばならないからだ。
そしてほとんど間をおかずに容赦なくそれが聞こえてくる。
はじめは豪雨が水面を打つかのような音。同時に最も近かった同志が脇道へと飛び込んだ。あと二歩。
すぐにかすかな断末魔と水をぶちまけたかのような音。しかしながら値千金の時間でさらに二人が脇道へと飛び込む。あと一歩。
一か八かの思いで投げ出した身体のすぐ上を無音の死が通り抜ける気配。それと同時にすぐ傍らから途中で断末魔が聞こえ、しかしすぐに途切れる。
降りかかる生暖かい液体が何かなど考える暇もなく、死に物狂いで転がることでかろうじて脇道への退避に成功した。
まだ生きている。そう認識したとたんにはね起きて、そしてあろうことか足を止めてしまっている同志たちに目を剥いた。
「隊長、ご無事で――」
「走れぇっ!」
気づかわし気な言葉を発しようとしたのを遮り、今まさに脇道の先を塞ぐように降りつつある壁を見据えながら再び駆けた。通路が半分塞がれた時点で何とか潜り抜け、先に延びる通路を限界まで見開いた目で探る。今のところ兆候は見当たらないが、ここはそれで油断できるような場所ではない。
「ああああっ!!」
そんな折に魂消るような叫び声と肉がつぶれる音が聞こえて反射的に振り返れば、今まさに降りきった壁が隙間から延ばされていた腕を断ち切ったところだった。無意識に視線を振れば残された――あるいはそれだけ逃れることができた腕を凝視しながら荒い呼吸を整える同志が二人。選り抜きであった断罪の使徒たる我々が、今や自分を含めてもたったの三人である。
盟主様から直々に賜ったという命を導主から任されて三ヵ月。強大な力を持つと予想される怨敵を討つ為に準備と鍛錬を重ね、それらが整ったところで怨敵が遠出したという情報を得て、今こそ断罪を下さんと出立した。
共に使命を授かった精鋭の同志三十名と共に怨敵の後を追い、並み居る魔物に七人を失いながらも奥地にひっそりとたたずむ研究施設と思しき場所までたどり着いたまでは良かった。用意された最新鋭の魔導器により侵入も容易く、あとは断罪を下すべく修練した我々の独壇場――そのはず、だった。
歯車が狂いだしたのはいつからだったのか。
怨敵はおろか同行者の姿すら見つからずにいたところで強力な探知魔導式の発動を感知した魔導器が隠された施設の存在を露わにしたと思えば、なぜか隠蔽されていた入り口をこれ見よがしに開け放って現れた二つの人影。その特徴的な髪の色から、怨敵ではないものの関係者であることが容易に予測できたのだが、それは同時に予定外の戦力が存在することを臭わせていた。
それでも巡ってきた機会に逸る同志が無力化すれば同じこととばかりに襲い掛かるも、先の探知魔導式で我々の存在を認識していたのだろう相手はすぐさま身を翻して施設の奥へと逃走した。
その不自然なほど潔すぎる姿勢に頭の中で警笛が鳴り響くも、ほとんどの同志が二人の後を追い始めたためにやむなく続くこととなった。
そしてそれが我々を死の檻へと誘いこむための罠であったと確信したのはほどなくで、その時にはすべてが遅かった。
急に異音が響いた通路を振り返れば、今しがた通り過ぎた壁がせりあがって大口を開けており、そこから這い出てきたのは一目で戦闘用とわかる魔導体。初めて目にする形式だが、それでも今まで見聞きしたことのあるどんな物よりも洗練されたそれらはあっという間に通路を埋め尽くすと、容赦なく全ての銃口を向けてきた。
広さはあるとはいえ隠れる物もない一本道だ。この段階で全滅してもおかしくなかったが、にもかかわらずほとんどの同志が奥までたどり着けたのは、そいつらが文字通り追い立てるかのように散発的な牽制射撃しか行わなかったせいだ。あえてそうしたということは、その程度の性能しかないと勘違いして立ち向かった同志が二人、何の抵抗もできないまま消し飛ばされたことから明白であった。
完全に退路を断たれたが、もとより我々は怨敵討伐のために相打ちも辞さない覚悟を決めてきた。戻れぬならば進むまでと。
そうして通路の終着点、いくらかの魔導車が並ぶ開けた空間で、片隅にあった扉へと逃げていた二人が駆け込んでいった。しかしながら扉を閉めようとすらしなかったことからも、それが誘いであることはすでに誰もが気付いていた。
一瞬全員の足が止まったものの、魔導体は変わらず追い立ててくるため、罠に注意を払いつつ先へと進んだが、そこから先は想像を超えるほどの殺意に満ち溢れていた。突然真横の壁から光弾が放たれるなど可愛い方で、通路の先から雨あられと降り注ぐ光弾に雷の走る床。何の前触れもなく人が瞬時に氷で覆われることもあれば、吸い込めば血反吐を吐く煙が噴き出してくることもあった。
それらの罠全てが鍛え上げた我々ですら全力をもってしても犠牲を出さずに抜けることはかなわず、その上でどれもが最新の護身用魔導器が作り出す『障壁』すら紙か何かのように容易く食い破ってくる、人を相手取るにはあまりにも過剰すぎる戦力であった。わざわざ地下をくりぬいた構造といい数知れない致死の罠といい、この施設は何もかもが異常だ。
だが、それでも我々は進まねばならない。課せられた使命を果たす為、何もできずに散った同志の無念を晴らす為。
何より断罪の使徒として討つべき怨敵の姿すら見ないうちは、死んでも死にきれまい。
「……行くぞ」
最後に閉ざされた通路を一瞥して促せば、再び駆け出した後ろを無言で追随する二人の同志。それを感じつつもどんな予兆も見逃すまじと叶う限り感覚を研ぎ澄ませるが、どういうわけか先ほどまでとは打って変わって罠が現れる気配がない。しかしながらその代わりのように、行く手から圧倒的強者の気配が伝わってくる。
待ちかまえられているのは明白だったが、我々が今進めるのはこのまっすぐな通路だけだ。備えを食い破るほかに手はない。
そうして通路を抜けた先、展示場のように魔導器や魔導体が立ち並ぶ広場には絶望が待ち受けていた。
「いよぉ、ご苦労さん。あとは……なんだ、お気の毒様って言っておいてやるよ」
荒々しい顔にどこか複雑そうな表情を浮かべるのは『孤狼の銃牙』ロヴ・ヴェスパー。怨敵との交友が確認されているプラチナランク臨険士で、人の身でありながら人外の領域に踏み込んだ化け物。休暇と称してレイベアを離れたという報告は受け取っていたが、なぜそのような男が今ここにいるのか。
そして半包囲するように広がる虹色の髪を持った者達。慣れた様子で手に手に武装を構える姿が四十前後か。全員が全員妙に気配が薄いが、その眼には一辺の恐怖も浮かばずただただ戦意を湛えている。
一人のところを万全の態勢で不意を突ければ、あるいは三人でも『孤狼の銃牙』を討てたやも知れない。だがしかしこの状況で正面切って相対しては、一矢報いることすらできるかどうか。
せめて包囲の中に怨敵がいないかと望みをかけるが、似たような顔かたちはあれど知らされた人相に合致するものはない。これだけ同じ身体的特徴を持つ者達がいることから関係があることは明白だが――
「まあ、せっかくこんなところくんだりまで来たんだ。最後はちっとくらいオレを楽しませてくれや」
一転して凶悪な笑みを浮かべた『孤狼の銃牙』を突破することは困難を極めるだろう。そして例えこの場を逃れられたとしても、あれほどの罠がひしめく施設を探索するのはさらに困難。
だがしかし、我々とてすでに死兵。この身この命、全て盟主様のために捧げたから時から盟主様の望みの成就のためだけに。
軽く重心を落とせば応じるように同志達も無言で構えた。対して『孤狼の銃牙』はただ得物を構えたまま待ち受ける体勢。それは侮りか余裕の表れか。
もしも奇蹟が起きるならば、あるいはこの場を切り抜けられるかもしれない。しかしながらこの身使命を果たせず朽ちるならば、せめて爪痕くらいは残して見せようか。