侵入
そうして移動がてらロヴに銃剣の使用感を簡単に問い詰めつつ、ほどなくして目的地に到着。他と違って大きく分厚い扉を開けば二フロアぶち抜きの広大な部屋が目の前に出現した。
「わぁ……」
「へぇ、こいつぁ……」
「おいウル、なんだこの部屋? なんか無性にそわそわするぞ?」
中を見たとたんに目を輝かせ始める男連中。そういえば管制区画はカラクリ見学ツアーに入れてなかったっけ。こんなに感激してくれるなら案内しとけばよかったかもしれない。
何を隠そう管制区画は力を入れて作った自慢の一つで、前の世界の記憶にある秘密基地の指令室をイメージしている。入り口正面の壁に設置された巨大なメインモニターにその周囲のサブモニター群。記写述機が備え付けられたテーブルがオペレーター席として規則正しくズラリと並び、それらを一望できる二階部分には指令席まで完備だ。
……もっとも、将来の拡張性を見込んだのが三割ロマンが七割で、実は現状だと一部しか使わなかったりする。あと予想はしてたけど、あるオペレーター席周辺に山ほど私物が積みあがってるのは見なかったことにしておこう。
そして入り口から程近くにある専用の大テーブルの周りには、各役名代表の子たち六名が勢ぞろい。たぶんみんな招集がかかった時点で即座に集合したんだろうね。勤勉な子たちばかりでボクは嬉しいよ。
「ウル様! 来てくださったんですね!」
「さすがに気になるからね。どういう状況なの?」
みんなからの歓迎を受けつつ尋ねれば、プロフの代表でいつの間にか管制区画を根城にしているコハクが早速とばかりに大テーブルの上を指示した。
「この通り、もう研究所内に侵入されてしまっています」
それっぽいっていう理由で天板に記写述機のモニターを使ってあるそこには、今は研究所の簡単な見取り図とその上を動き回るいくつもの光点が表示されている。作戦会議とかできるようにって何種類か表示できるように設定してあるんだけど、今は敷地に仕込んである『探査』専用の魔導器からの情報を表示してるわけだね。反応は一つ二つ三つ……二十三。思ってたより多いね。
それに、動きも何だか妙だ。以前も魔物の群れが研究所に侵入したことがあったけど、その時はある程度広がりつつも完全にばらけることなく動いていた覚えがある。でも今映ってる反応を見る限りほとんどがバラバラになって、研究所の敷地内をあちこち動き回っているように見える。
けど、よく見れば建物の中を重点的にうろついている――というより中の構造を考えるとくまなく探してるって感じがするね。それにこの魔力反応のパターン、直接読み取ったわけじゃないから確証はないけど……うん、確認してみるか。
「コハク、警報の間隔がやけに短かったみたいだけど、撃退とかはできなかったの?」
「それが……どういうわけか外壁に設置してある撃退用の魔導器が作動しなかったみたいなんです。ウル様が帰ってくる少し前に点検を済ませたはずなんですけど」
予想の裏付けが取れるかと思って聞いてみると、寝ぐらついでに管制を一手に引き受けているらしいコハクから申し訳なさそうな答えが返ってきた。あーうん、これわりと確定的かな?
外壁設置の撃退用魔導器は申し分なしの威力を持っているけど、構造自体はわりと簡単なタイプを配置してある。多少知恵のまわる魔物くらいじゃ回避するくらいしか手はないだろうけど、そういうのがあると予想してあらかじめ対抗手段を用意すれば無力化することは難しいことじゃない。つまりは、そういうことだ。
「始祖様……」
そしてボクが侵入者の正体にあたりを付けたことを察したのか、ワルクの代表としてテーブルを囲っていたタチバナが何か言いたげな無表情を向けてきた。この面子の中じゃ外に出ていたのはタチバナだけだし、気づいても不思議じゃないか。まあ経験の差か、ボクみたいに確信してるわけじゃないみたいだけど。
「いいよ、タチバナ。たぶんキミが考えてるので間違いないから」
「わかった」
「ウル様? タチバナ?」
やり取りの意味が分からないコハクたちが首をかしげるけど、ボクとしてはみんなにこういう事態にも慣れてもらいたいから、なるべく口出ししたくはない。
……時間的に考えてそろそろだとは思うんだけど。
「当番の子はまだ到着してないのかな?」
「あ、はい。無線魔伝機は持ってるはずなので、今は二人の報告待ちです」
「じゃあボクが何か言うよりもその報告を待とう。どっちにしろそれでわかることだから」
「わかりました!」
コハクの返事を聞いた折も折、私物だらけのオペレーター席から着信音が聞こえてきた。
「――コハクです。当番組ですね?」
〈だよ。今隔壁前に着いた。ヒュウガも一緒だ〉
すかさず駆け寄ったコハクが卓を操作しながら出れば、拡声モードにしたらしく向こうにいるスオウの声がこっちまで聞こえてきた。
「じゃあ早速侵入者を『探査』して、こっちに詳細を教えてください」
〈うわ、本当にもう入られてるんだ。早くないかい? それと、目視でなくていいのかい?〉
「状況がわからないので隠密優先です」
〈了解したよ。ちょっと待ってて〉
そんなやり取りを経て待つことしばらく。
〈――えーっと……とりあえず結果を伝えるね、コハクさん〉
『探査』の魔導式を使った結果、戸惑いをあらわにしながらもスオウが報告する。
〈たぶん間違いないと思うんだけど……侵入者は全部『人間』みたいだ〉
それを聞いたとたん、予想できなかった五人の子たちから驚きの声が上がった。
「人間だぁ? こんななんもねぇ裏口に?」
そして同じことを聞いたロヴがすぐ後ろで素っ頓狂な声を上げると、テーブル上の映像を指差しながらボクに聞いてきた。
「おいウル、この光ってるのが侵入者なんだよな?」
「そうだよ。二十三個、全部がどこかの誰かさんみたいだね」
「ふぅむ……ところでお前、わかってたって顔してんな?」
「迎撃用の攻勢魔導器を無効化するための魔導器なんてもの、そこらの魔物が用意してくる思う?」
「ちげぇねぇな!」
何がおかしいのか、ボクの返事に物騒な顔で笑いだすロヴ。そしてリクスたちは侵入者が人間だとわかると、一気に表情を引き締めた。うん、このタイミングでこんなところに人間がくるなんて、どう考えてもガイウスおじさんがらみのイベントだよね? ボクも一応は護衛なわけだし、ちょっとは気を引き締めないとかな。
その間にも信じられないといった様子のコハクは無線魔伝機越しに再確認をしていた。
「確かなんですね?」
〈ヒュウガも同じ意見だって言ってるよ。反応がガイウス様とかシェリアさんとかとほとんど変わらないんだ〉
「わかりました。あなた達は少しそのまま待っていてください。こっちでどうするか対応を――」
「コハク、話し合うなら急ぎの方がよさそうだぞ」
「どういうことですか、ムラクモ」
「侵入者達が直通路の隔壁を目指し始めた」
首をかしげるコハクにシュトラの役名代表のムラクモが、テーブルに映る反応を指し示しながら狙撃手らしい冷静な口調で端的に答えた。
実のところスオウたちが『探査』の魔導式を使い始めた時点で動きはあったんだよね。それまで研究所のあちこちを探し回っていたのに、全部の反応が本当にピタリと止まってしばらく動かなかった。
それが今しがた、まるで何か目標を与えられたみたいにそろって直通路を隠してある方へ向けて動き出したわけだ。
「そんな、急にどうして!?」
「……おそらくですが、魔導式の発動を感知できる魔導器を所持していたのでしょう。侵入者が人間であるならば考えられることです」
まさかばれると思ってなかったらしく慌てるコハクに、テクノの役名代表のアヤメが少し考えて答えを導き出した。ガイウスおじさんも日常的に身に着けてるみたいだし、やろうと思えば組み込む魔導回路次第で出所を逆探知とかもできる。何なら無線魔伝機とか絶賛起動中だしね。
「これヤバくない? 隔壁の偽装は自信あるけど、元から怪しいって前提で調べられちゃ限界があるよ?」
困り顔で頬を掻くのはアルテの役名代表のヒスイ。芸術家の彼女たちは偽装なんかにも関わっていて、凝りに凝ったそれはちょっと見ただけじゃ本物と見分けがつかないくらいだけど、何か隠してるって先に知られていたらその効果も半減だ。
「けどよ、相手が人間なら魔物みたいにしたらまずいんじゃないか?」
こっちはバルトの役名代表のカエンが文字通り頭を抱えている。普段は深く考えずに笑いながら魔物をぶっ飛ばしてるけど、普通の人間相手に同じことをするのはまずいってことはちゃんと理解してくれていたようだ。うん、ボクとイルナばーちゃんの教育がしっかり行き届いてるようで何より。まあ今はそれが足枷になってるわけなんだけど。
「このまま様子見をしていれば気づかれないんじゃないですか?」
「『探査』の行える魔導器があれば通路が隠されていることは簡単に露見します。我々の使うものほどの性能がなくても、至近ならば発見は時間の問題です」
「では今からでも撃退に動くか?」
「相手人間でしょ? 追い払うだけだったら隠してるのバレるし、もっとたくさん連れてくるんじゃない?」
「殲滅?」
「いやいやタチバナ、『悪人』かどうかもわからないのにいきなりそれはいかんだろ!」
そして代表たちの話し合いは難航中。うーん、前から初遭遇の事態には弱い傾向があったけど、今回もそれが如実に表れてるね。
だけど侵入者の方は待ってくれるはずもなく、すでに全部の反応が隔壁前に集合してそのあたりを手あたり次第って感じでうろついている。もしこいつらがガイウスおじさんの暗殺目当てだったとしても、こんな辺鄙なところじゃ人目を気にする理由もないし、強硬手段に出るのは時間の問題だね。
さーてと、いつもなら結論出るまで待つんだけど、今回はちょっと切羽詰まった状況だからボクからも――
「……ウル、おれ達が偵察に行こう。そうすればマキナ族のことまではばれないと思う」
さすがに助言しようかと口を開きかけたまさにその時、リクスから絶妙な提案が上がってきた! さすがは我らがリーダー、無意識なんだろうけどここぞという時に踏み込んでくれる!
「悪くないと思うけど、それでもし相手が敵意満面だったらどうするの?」
「連絡手段があるんだろう? それならおれ達が少し時間を稼げればロヴさんが来てくれるはずだよ」
「おいおいさすがはリクスだな。はなっからプラチナランク様のことを顎で使おうって腹積もりか。いいねぇ!」
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて!? あ、すみませんロヴさん、おれ勝手なこと言って!!」
ケレンに茶々を入れられたリクスはてきめんに狼狽えて全力謝罪をかますも、当のロヴは気にした風もなく豪快な笑い声を上げた。
「はっはぁ! なぁに気にすんな坊主、使えるもん使ってこその臨険士だ! 元よりよっぽどバカなこと言い出さねぇ限り協力する気満々なんだ、そのつもりで遠慮なく話せ!」
「あ、ありがとうございます! ――えっと、だからその……これは臨険士の仕事だと思うから、まずはおれ達が威力偵察に向かおう」
その言葉には無関係な相手を巻き込まないようにしようという気概が見え隠れしていた。うん、それでこそリクス、英雄志望の男の子だね。キミのそういう真摯なところは嫌いじゃないよ。
ただまあ、今回ばかりはちょっとばかり事情が違うわけで、念のための後押しを狙ってロヴへと軽く話を振る。
「迎撃前提で話し進んじゃってるけど、それでいいの?」
「そう言うお前もわかってんだろ、ウル。この時期にこんな場所で組織だった連中が来る理由なんざ、十中八九お前らの護衛対象目当ての刺客だってことくらいよぉ」
「まーね」
十中八九どころかほぼ確定でガイウスおじさん狙いだと思ってるよ。出発前にも恨まれる覚えなら山ほどあるって豪語してたし。
「まずないとは思うけど、万一たまたま迷い込んだだけだったとしても、人様の敷地で好き勝手してたらお仕置きを受けても仕方ないよね?」
「そりゃそうだ。食うに困ったからって人のもん盗んだ時点で厳罰もんだぜ? でなけりゃ世の中盗賊だらけになってらぁ」
「だよねー」
大先輩の太鼓判をもらったところで横目でチラリと見やれば、役名の代表者たちは議論を中断してボクたちのやり取りをしっかりと聞いていた。うん、この子たちなら判断材料はこれくらいで十分なはず。