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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
五章 機神と故郷
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警報

「良かったの?」

「経験豊富な人が改良に協力してくれるならむしろ願ったりかなったりだからねー」


 すぐ隣から聞こえてきた声に応じながら振り向けば、そこにはいつの間やらシェリアの姿が。そして足元にはなぜか疲労困憊でぐったりしたままのリクスが転がっている。

 ……そういえば今ロヴたちがはしゃぎまわってる辺りに倒れてなかったっけ? どうやら巻き込まれないように回収してくれたみたいだ。体勢や衣服の乱れ方からして足でもつかんで引きずってきたっぽくて、運ばれた本人はどこか悟りを開いたみたいな遠い目をしてる。まあ好きな女の子に足もって引きずられでもしたら男として立つ瀬ないよね。ご愁傷さま。

 それはそれとして、思い返してみればシェリアってば気づいたら傍にいるよね。さすがはシルバーランク間近の斥候。なんか前の世界の記憶にそんな神様がいたような気がする……うん? あれって邪神だっけ?


「……何?」

「いやいや何も! 悪いことなんてちっとも考えてないから!」


 顔を見ながら変なことを考えたせいか、心持ち眉根を寄せたシェリアに軽く誰何されて大慌てでごまかす。これも斥候ゆえの勘働きなのかな? たまにこっちの考えてる事見透かされてるんじゃないかって気になるよ。


「そういえば、うちの子たちに教導してくれてるみたいだね。ありがとう、助かるよ!」


 とりあえず異世界の邪神を連想したなんてバレたら絶対怒られるから盛大に話題を変えてみたところ、なぜか不満そうな声音が返ってきた。


「……大したことはしてないわ。そもそも、あなたの差し金でしょ? マキナの人から『教えるのがうまいとウル様がおっしゃってました』なんて聞かされたわよ」


 いつもの鋭い目つきをさらに鋭くしたシェリアの睨みつけ。ちょっとしたお怒りも含まれているようで、気の弱い相手ならすくみそうなくらいには怖かったりする。

 ただし、ボクの仕込みがマキナ族の子たちから漏れることは織り込み済みだったわけで、それくらいなら友達のお怒りとして余裕の許容範囲内だ。


「そうだけどさ、嫌なら断ってくれても別によかったんだよ?」

「……」


 なるべくかわいらしく見えるように小首をかしげながら言い返せば、何とも言えない沈黙と視線を逸らすっていう反応が返ってきた。

 シェリアの言う通り、ある思惑があってみんなにそう吹き込んだのはボクだ。実際武闘大会の特訓に始まり、普段の鍛錬でもちょくちょくリクスに指導してる光景を目にするけど、指摘が的確で見てる方も勉強になる。拝み倒せばボクにも稽古をつけてくれるけど、それがまたわかりやすいおかげで動きを洗練しやすいんだよね。

 そしてボクはあくまで『教えるのがうまい』ってことを伝えただけで、指導を受けるようにとかそういった形の指示は一切出してない。つまるところ稽古をつけてほしいっていうのは全部マキナ族の子たちの自発的な行動で、彼ら彼女らの純粋な向上心が動機だ。

 そしてそして、抱える自身の秘密から普段はなるべく他人と距離を取りたがるくせに、実は頼られたり懇願されたら断り切れない程度には面倒見がいいのがシェリアだ。なんせ毎回毎回普段以上のしかめっ面を見せながら、それでも文句の一つも言わずにリクスやボクの鍛錬に付き合ってくれてるんだから間違いない。頼んでくる相手がマキナ族の子たちに変わっても最終的には断らないというのが予想で、現状はもくろみ通りだ。

 そうしてここに、確かに鍛えられることでマキナ族の子たちからの尊敬の念がどんどん強くなっていくというインフレスパイラルが完成する! そう、これこそが『マキナ族総勢シェリアリスペクト』大作戦の第一段階なのだ! ふっふっふ、これでうちの子たちからの尊敬をボク並みに集めて、羨ましいなんて思えなくなるくらい慕われるがいいよ、シェリア!


「……何よ」

「ううん、なーんにも?」


 着々と進行している計画に思わずニヤニヤしてたら胡乱げな目で見られたので、とりあえずごまかしておく。いやー、今からでも慕われすぎて戸惑いまくるシェリアの可愛い様子が目に浮かぶよ。第二段階の方も気合を入れて準備を――

 そんなことを考えていると、不意に甲高いベルの音が第一訓練場に鳴り響いた。音自体は無線魔伝機(マナシーバー)の呼び出し音にも使ってるやつだけど、それが受信機もない場所にまで聞こえる意味は一つしかない。現に断続的な音が響き始めたとたん、ロヴとやり合ってたマキナ族の子たちはピタリと戦闘を中断し、戸惑うロヴを放置して全員が全員虚空を見上げて待ちの態勢に入った。


「おいおい、急になんだこれ?」

「……ウル、この音は何?」


 突然の展開に慌てて駆け寄ってくるケレンと、一気に警戒した様子で周囲を窺うシェリアから同じ趣旨の疑問が飛んできた。ちょっとは回復したらしいリクスも何とか立ち上がりながら不安そうな目をボクに向けている。まあ魔導技術博覧会(マギス・エクスポジション)の時の襲撃でもプルスト一帯に響き渡るようなサイレンが実装されてる世界だ。こういった音の出し方をする意味を知っていれば当然の反応だし、これも基本的には同じ意味を持っている。

 まあ、初期段階だとそんなに緊急性はないんだけどね。


〈――第三種戦闘配置。繰り返します、第三種戦闘配置。今回の当番はスオウとヒュウガになってますので、念のために向かってください〉


 それまで鳴り響いていた音が止まったかと思えば、そんな感じでコハクのゆるーい全館放送が流れる。そしてちょうど当番だったらしいスオウが『仕方ないなぁ』とでも言わんばかりに頭を掻くと、「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」なんて、ちょっと散歩に行ってくるみたいなノリで足取り軽く第一訓練場を出て行った。

 そして思い思いにそれを見送った残りのみんなは何事もなかったかのように武器を構え直すと、ちょっと事態を把握しきれてなさそうなロヴめがけて遠慮なく戦闘を再開した。けれどさすがはロヴ、すぐに態勢を整えると再び楽しそうに大立ち回りへと戻っていく。


「……今のは?」

「一応カラクリにある警報の一種だけど、一回目だからそんなに大した事態じゃないよ」


 そんな地元民たちの様子から大きな問題はないと判断したらしいリクスたちは警戒を解いていて、念のためって様子で聞いてくるシェリアには端的に事実を伝えておく。今回は第三種戦闘配置だから、つまり研究所周辺に近づいてきた生き物がいるってことだ。場所のせいか魔物が付近をうろうろするのはよくあることで、大概は研究所周りを囲っている塀の仕掛けで撃退できるから、当番の子が念のために備えつつも目視で確認するくらい。ちなみに文言はボクの趣味で設定した。

 他の場合だって誰かがちょっと失敗してテーブルを吹っ飛ばしたとか、カラクリにある魔導器(クラフト)が何か故障したとか、そんな感じのものばかりだ。例外はジョン君が来た時くらいだけど、ついこの前来たばっかりだからまだしばらくは先の話だしね。


「さてと、マキナのみんなはロヴとじゃれ合ってるし……せっかくだからシェリア、ボクの訓練に付き合ってくれる? まだ調整したりない武装があるんだ」

「……あなたの相手、最近はわたし一人じゃきつくなってきてるんだけど」

「じゃあケレンが援護に入ってよ。どうせ暇でしょ?」

「うお、こっちにとばっちりが来たか……まあいいぜ。その代わり、使った分の畜魔具(カートリッジ)の補充はしてくれよ?」


 話を振ってみると意外に乗り気なケレン。しっかり対価を要求してくるのはさすがだけど、魔力のリチャージくらいならいくらだってできるから何の問題もない。


「それくらいならお安い御用だよ」

「おっし! じゃあたまには派手に使ってみるか!」

「……わたしを巻き込まないでよ?」

「仲間を信じろって、シェリア! 俺がそんなへますると思うか?」


 そんな風に無駄に自信満々なケレンにシェリアが胡乱げなし目を向けていると、多少復活したらしいリクスが息を整えて混ざってくる。


「――ふぅ~……ウル、おれも混ざっていいかな?」

「いいけどリクス、まだ動き回れる元気残ってる?」

「正直全力は厳しいけど、シェリアの援護するくらいならたぶん何とか……」

「はっはぁ、いいじゃないか! たまには後輩に先輩らしいところを見せてやるとしようぜ!」


 相変わらず強くなることに真面目なリクスの背中をバシンバシンと叩きながら、急に先輩風を吹かせようとするケレン。わりと普段から先輩として尊敬はしてるつもりなんだけどなー。


「その後輩に三人がかりって、先輩としてどうなのさ?」

「いやいや、連携の妙を教えるには多人数戦は避けて通れないだろ。何の問題もないな」

「リクスー、キミの親友こんなこと言ってるけど?」

「いや、本気のウルだったらむしろ三人でも足りないと思うんだけど……」

「……そうね」

「いやさすがに仲間との訓練で本気なんて出さないから――」


 そんな感じで仲間とのやり取りを楽しんでいたら、ちょうどしゃべってたのを遮るように甲高いベルの音が再び響き渡った。それと同時にマキナ族の子たちがロヴと繰り広げていた乱戦がまたもやピタリと止まる。


〈――第二種戦闘配置。繰り返します、第二種戦闘配置です。敷地内への侵入を確認しました。各役名の長と、できればウル様も管制区画に集合願います〉

「……これも心配ないの?」

「うーん、ちょっと雲行き怪しいかな?」


 さっきと放送の内容が違うことに気付いたのかどうか、再び尋ねてくるシェリアに対して、ボクはあまりよろしくないことを正直に告げた。第二種ってことは、要するに『全員いつでも戦える準備をしといてね』っていうのがカラクリでの意味合いだ。ジョン君が来たら『全員即座に出撃』を意味する第一種になるけど、今のところそれ以外の脅威がないカラクリじゃむしろ一番珍しい状態だったりする。

 それをたかだか研究所の敷地に侵入されたってだけで発令するのはまずないと言っていい。そういった場合は当番の子が排除するのが原則だし、そもそも侵入されるまでがいつもより早すぎる。たぶん当番のスオウたちもまだ研究所までたどり着いてないんじゃないかな?

 とどめに役名の長を招集で、しかもできればボクもときた。一人の判断じゃ手に余るような時は代表者を集めて協議するようには教え込んでいたけど、つまりは管制担当のコハク一人じゃ手に負えないってことだ。『君臨すれども統治せず』を目指しているから、常日頃なるべくボクには頼らないようにって言い含めてあることも合わせれば、事態は結構深刻なように思える。

 ……うん、ちょっとのんきに鍛錬していられる状況じゃないかな。


「ゴメン、ちょっと行ってくるよ。先輩たちの連携はまた今度ご教授願えるかな?」

「それは別にかまわないけど……大丈夫なのか、ウル?」

「何とも言えないねー。まあ影猟犬(シャドウハウンド)の群れの十や二十くらいなら来たところで余裕だから、何が起きててもたぶんどうにでもなると思うけど」

「いやそれ下手したら小さな町くらい滅んでるからな?」


 心配そうに聞いてくるリクスを安心させようとしたら、即座に横からケレンの突っ込みが入った。でも実際それくらいなら第二種戦闘配置なんか発令するまでもないんだからシカタナイヨネ?

 まあ世間一般の認識が当てはまらないのがカラクリでマキナ族だからそこはいいとして、早いとこ何が起こったのか確かめないと。


「それじゃあボクは――」

「おう、ウル。いったい何がどうなってんだ?」


 第一訓練場を出ようとしたところで割り込んできたのはロヴ。見ればどうも不完全燃焼って感じでいかつい顔を不満げにゆがめている。マキナ族の子たちが第二種戦闘配置を受けて自主的に解散してるみたいなんだけど、そのせいで模擬戦が完全に中断しちゃったことが原因だろう。まあ、カラクリの最高責任者としては説明義務くらい果たさないとね。


「何か問題が起こったみたいなんだけど、詳しいところは今のところ不明だね。その確認も含めてこれから向かうところだよ」

「へぇ、お前らが身構えるような問題ねぇ……よし、オレにも一枚噛ませろ」


 なんかおっしゃってますよこのプラチナランクさん。全力で面白そうって顔に書いてあるんだけど? 明らかに気晴らしとか憂さ晴らしの方向で考えてるよね? それで荒事案件だったらあわよくば暴れようとしてやがるよこの戦闘民族!

 ……でも放っておいたら勝手に突撃していきそうな予感がするんだよね。うん、ロヴにはボクの目が届くところにいてもらった方がよさそうだ。主に精神衛生的な方向で。


「まあいいけどさ。みんなも来る?」

「行くわ」


 ロヴの同行を許すなら仲間たちに声をかけないわけにもいかないと聞いてみれば、いつものように即答のシェリア。というか、さっきからボクのすぐ横をキープしててはなからついてくる気満々だったように見えるんだけど?


「ウルがついて行ってもいいって言ってくれるなら、おれも行きたいな」

「だな。何かあったってのにおとなしくしてるなんて臨険士(フェイサー)失格だぜ?」


 次いでリクスとケレンも行く気だってことを確認したことでもれなく全員参加が決定。まあ気持ちはわかるから特に言うこともないし、早いとこ管制区画まで行くとしよう。


「じゃあついてきて。ちょっと急ぐよ」


 四者四様の返事を聞きつつ小走りに第一訓練場を出て、最寄りのエレベーターを目指す。管制区画は展望エリアの一つ下っていうカラクリの中じゃ二番目に高い場所にあるから、そこまで階段で行くのはボクやロヴはともかく、リクスたちには厳しいだろうからね。



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