試作
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カラクリに戻ってきてから一週間。今日のボクは第三加工室で半分に割った緋白金製の細長い筒の内側にちまちまと魔導回路を刻んでいた。
「――よし、こっちはできたっと。アヤメ、そっちの分はどう?」
「ちょうど終わりました、始祖様。こちらの魔導回路はこれで問題ないでしょうか?」
「どれどれ……うん、きれいに刻めたね」
手渡された半分の筒の片割れをしげしげと眺めて、注文した魔導回路が寸分の狂いもなく刻まれていることを確認する。うん、さすがはテクノの役名持ち筆頭だ。もともとマキナ族は精密作業も得意とするところだけど、ボクと同じ精度と速度を兼ね備えるのはアヤメだけなんだよね。
念のため重ねて筒状に戻してみるけど、魔導回路は全部最初から繋がっていたかのように重なっていた。
「こっちの分ともぴったり合うし、完璧だよ」
「ありがとうございます! では、このまま接合してしまいます。スオウ、変性加工機の準備はいいですか?」
「待ってました! こっちはいつでも使えるよ、アヤメさん!」
変性加工機の扱いが一番うまいってことで抜擢されたスオウがいい笑顔でサムズアップ。タタンとリズミカルにコンソールを操作すれば、それなりに広い部屋の半分を占拠する特大の魔導器が低いうなりを上げて稼働を始めた。
「なら早速始めましょう。くれぐれも――いいですか、く・れ・ぐ・れ・も、始祖様にお褒めいただいた魔導回路に影響がないように」
「ああ、そんなことできるわけがないじゃないか! 大丈夫、俺も王様に褒めてもらえるよう、いつも以上の成果を出して見せるさ!」
なんだかいつも以上に気合の入っている二人の手によって、ボクとアヤメで魔導回路を刻んだ筒が加工用の台座に置かれた。そこには他に刀身や鍔、柄、レールに引き金などなど様々なパーツが先に並べられている。もちろん全部緋白金製だ。
「それじゃ王様、始めちゃいますね!」
「うん、よろしくねスオウ」
「合点承知!」
そんな威勢のいい声を皮切りに、スオウは変性加工機からいくつか伸びるアームの一つを巧みに操りバラバラだったパーツを手際よく接合していった。そうして一通り組みあがったところで仕上げとばかりにいくつものアームを加工対象に繋げて待つことしばらく。
「――よし、変性もばっちり。王様、できましたよ!」
無言で静かに拍手を送るアヤメを背景に、スオウは満面の笑みを浮かべてボクへ完成品を差し出してきた。パッと見じゃちょっと変わった片刃の幅広剣だけど、峰の部分にはさっき作ってた魔導回路入りの筒を組み込んである。柄の位置が偏ってるせいで特大の包丁に見えなくもないこれこそ、ここ最近かかりきりになっていた銃剣の試作第一号だ! 変性加工機で加工したから緋白金も全部が剛性に変質していて、武器としての強度は十二分にある。
「うん、上出来だね。さすがだよスオウ」
「ありがとうございます! さあ、早速使ってみてくださいよ王様!」
大喜びなスオウから試作品を受け取って、まずは軽く振ってみる。設計だけじゃ使用感とかわからないからね。
……ちょっとバランス悪いかな? まあマキナ族なら強引に行けないこともないけど、武器は使いやすい方がいいから要改善かなぁ。
早速違和感を見つけながら適当な壁に剣先を向け、おもむろにトリガーを引く。直後に銃口からほとばしった光弾が空中を駆け抜け、対魔力加工済みの壁にぶつかって弾け消える。ひとまず射撃機構は問題なしっと。試作品としてはまずまずかな?
「よーし、ちょっと本格的に振り回してみよっか」
「ご一緒させてください、始祖様」
「俺も興味あるんで見に行っていいですか、王様?」
最終的な共同作成者の二人も出来栄えには興味津々のようで、断る理由もないから快諾して意気揚々と第三加工室を後にした。目指すは第一訓練場だ。あそこは最近じゃ毎日のように臨険士の面々が訓練してるし、それに交じったり見学したりしてるマキナ族の子たちも必ずいるから相手には事欠かないんだよね。
というわけで足を踏み入れた第一訓練場。そこには予想通りロヴにしごかれてるリクスとそれを笑いながらはやし立てるケレン、そして我関せずとばかりにマキナ族の子たちを鍛えてくれているシェリアがいた。
「やっほーみんな。特訓は順調?」
「お、ウルか。リクスに関しては見ての通りだぞ」
声をかけて最初に応じたのは当然ただ一人特に何もしていないケレン。
「そっちはなんか作ってたんだろ? こっちに来たってことは一区切りついたのか?」
「まあね。ほらこれ。作ったからには使い勝手を試したくってね」
そう言いながら銃剣を掲げて見せたら、ちょうど力尽きたしいリクスが倒れ伏して動かなくなったことで手の空いたロヴがボクを見てニヤリと笑った。
「ようウル、こっち来るのは三日ぶりじゃねぇか? あと、なんだその見慣れねぇ特大の包丁は?」
「包丁言うな。銃剣だよ、銃剣! ロヴでもわかるように言うと、剣に魔導銃を一体化させた画期的な武器だよ!」
見た目はボクもちょっと思ってたことだけど、それでも他人から――それもロヴから言われてムッとなったからしっかり言い返した。だけど直後に周辺のマキナ族たちが音のしそうな勢いでロヴを睨んだのは身振りで制しておく。みんなまだ悪口とじゃれ合いの区別がまだついてないんだよねぇ。そのことを忘れてたせいで滞在二日目はえらい騒ぎになったんだけど、どうやらロヴの方は懲りてないらしい。
「おおう、うっかりしてたぜ。まったく、ここじゃおちおち冗談も言えねぇな」
「その割には楽しそうだよね、ロヴ? いいんだよ、ボクはいちいち止めなくったって」
「おお怖ぇ、お前みたいなのと大乱闘なんざ御免こうむりたいぜ」
そんな言葉と裏腹に、いつでもかかってこいとばかりに身構えていやがる様子。まあ試練の時みたいに勝つ必要はないから無事に逃げ出せればロヴ的には勝ちなんだろうけど、だからって進んでやりたがるもんなのかな? それとも困難な状況ほど燃えるってこと? さすがは戦闘民族。
「で、試しに使いたいってのかそれ?」
「うん。だからかるーく相手してくれない?」
「いいぜ、かかってこいうおぅおぁ!?」
了承はしてもらえるって思ってたから『いいぜ』って言質を取れた瞬間ノータイムで斬りかかってみたけど、一般人なら目にもとまらぬ速さで割り込んだ長剣に際どい所で受け止められた。不意打ち失敗だ。
「チッ、相変わらず反応速いよね」
「軽くじゃねぇのかよ殺す気か!?」
「何言ってるのさ、このくらいロヴにとっちゃ挨拶みたいなもんでしょ?」
「……おーし、てめぇがその気なら覚悟し――ろぉっ!!」
慌てて退避していたケレンがちょうど安全圏まで離れたタイミングで思いっきり押し返されたから、あえてそれに逆らわずに跳び退る。いつの間にか観戦モードで取り囲んでいるマキナ族の輪の中央付近、ボクとロヴは互いに軽く態勢を整えた後で一瞬視線を交わし、どちらからともなく鋭く踏み込んだ。
あっという間に肉薄したかと思えば即座に始まる高速の剣戟。ロヴは愛用の長剣、ボクは試作品の銃剣だけを使った、お互い本気に近い斬り合いだ。うん、近いってだけであんなこと言いながらロヴはちゃんとこっちに合わせてくれてるわけだ。なんでそんなことがわかるかって言えば――
「どしたどしたぁ! いつもより鈍いじゃねぇか!」
獰猛に笑いながらそんなことを口にするくせに、その隙を突いて斬りこんでこないんだから間違いない。怒ったように見せかけてその実冷静で、ついでに後輩のわがままを聞いてくれるくらいに付き合いがいいのがロヴっていうプラチナランクの臨険士だ。ホント、顔に似合わない性格してるよね。いや、部下から慕われる山賊の親分って考えたら逆に納得いくかな?
まあそれはそれとして、たぶんリクスくらいなら大丈夫だけどロヴには指摘される鈍さが何かっていうと、やっぱり銃剣の形状が原因だと思う。いつも使ってるスノウティアより肉厚だから重量はかさむわけだけど、それくらいならしばらく振り回してれば補正をかけられる。それがちょっと難航してるのは包丁型にしたせいで微妙に重心がずれてるせいだ。振り回す感覚は近いのに変なところで予想外の慣性がかかるから、そのたびに微調整を強いられるせいで反応が若干遅れがちになる。うーん、大丈夫なんじゃないかって思ってたけど、ロヴにはっきりわかるくらい差が出るなら形状は再検討必須だね。
「じゃあ、他の機能も試させてもらうよ!」
言いつつ一閃を少し下がれば避けれる程度にすかしつつ、思惑通りロヴが回避したのを確かめながら引き金を引いて射撃。ほぼゼロ距離だったはずなんだけど、素早く割り込んだロヴの長剣がその腹で光弾を受け止めたおかげで無傷。もともと試作品ってことで弾種は『衝撃』しか載せてないから、ロヴなら直撃したところで大したダメージにもならないだろうけど、それでもきっちり防いでくるところが相変わらずだ。
「――っはっはぁ、狙いがバレバレだぜ!」
その後も何度か同じように斬撃からの銃撃を試してみたけど、ことごとく防がれ避けられそんなことを言われる始末。まあ、今の形状だとほぼ刃先まで銃身が伸びてる関係で、銃撃を有効打にしようと思ったら先っぽをかすらせるようにするしかないから、わかりやすいっちゃわかりやすいかな。射程を求めたのが接近戦では徒になってる感じか。これも要検討だなぁ。
「――ふぅ、とりあえずはこのくらいでいいかな」
「あん? もういいのか?」
そのまましばらく試験運用を続けて、あらかた問題点を洗い出せた時点で剣を引いた。なんかロヴは暴れたりないとでも言いたげな顔だけど、ボクの方にとことんまで付き合ってあげる義理は――あ、そうだ。
「ロヴもこれ使ってみる?」
思い付きで銃剣を差し出してみれば意外そうに眼を見張るロヴ。
「おいおい、いいのかよ?」
「戦闘の専門家に使い勝手を聞けるっていうのもなかなか貴重な機会だしね。嫌なら別にいいけど」
「いいに決まってんだろ! 早く貸してみろって!」
ただの思い付きだったから無理に勧める理由もないしで手を引っ込めようとしたら、途端に目を輝かせてもぎ取るように銃剣を手にするロヴ。なんかテンションが要望通りに調整した魔導銃を渡した時並なんだけど。ひっくり返したりしながら撫でまわすように眺めたり、嬉々として素振りをする様は新しいおもちゃをもらってはしゃぐ子供みたいだ。それでいいのか二十八歳。
「――いやー、何がとは言えねぇがなんかいいなこれ。こう、オレの心をくすぐるっていうかよう」
どうやら男のロマン心的にどストライクだったらしい。まああんなメカメカしい三輪魔導車を特注したり、新しい魔導銃の調達になりふり構わなかったりとわりかし趣味がオープンだったしね。うん、解せる。
そんなことを考えてる間に片手撃ちの態勢を取ったロヴは、射線上に誰もいないところめがけてためらいなく引き金を引いた。一応仕様として身体の魔力を直接送り込まないといけないタイプなんだけど、武器型の魔導器を使い慣れているからか問題なく発動、光弾が空中を走って壁に命中した。こっちの壁も当然対魔力加工済みだから、特に被害を出すことなく弾け散って消える。
「精度もよし。多少重心が寄ってるが、慣れりゃ十分いける――おい、これくれよ!」
そしてこっちを振り返ると全力の強面スマイルで迫ってきやがった。気の弱い人ならそれだけでオーケーしてしまいかねないけど、当然ボクには通じない。なのでここはきちんと断っておこう。
「あー、さすがにそれはあげられないかな。試作品第一号だし、それを元にいろいろ改良していかないとだから――」
「じゃあその改良品ができたらくれ! 金ならいくらでもあるぞ!」
どうしよう、勢いが止まらない。一応はボクの作品に分類されるし、この様子なら大事に使ってくれそうだから……うん、よし。
「じゃあ改良に付き合ってくれるなら、完成品ができたら一本譲ってあげてもいいよ」
「聞いたぞ、男に二言はねぇからな? で、何すりゃいい?」
「とりあえず、それ使って好きなだけ訓練してみて。それでここが気に入らないとかこうした方がいいとか、思ったことがあったら漏らさず教えてくれる?」
「お安い御用だ! おーしお前ら、いくらでもかかってこいやぁ!」
そうして早速とばかりに周りのマキナ族の子たちに模擬戦相手を要求するロヴ。対してみんなは一瞬ザワリとどよめいたけど、本質がボクの作品の性能試験だからか、ついでに無礼を連発する相手を合法的に殴れるからか、我先にと志願者が出て来てあっという間に大立ち回りが始まった。ホントみんな元気だなー。