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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
五章 機神と故郷
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愛子

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 かの天才にして天災たるイルヴェアナ・シュルノーム。その子を名乗るウルという若者――と言っていいのかはいまだ疑問が残るものの、ともかく彼あるいは彼女にその故郷であるカラクリという、一風変わった集落へといざなわれてから早三日が経ちました。


「――この辺りはこれでようやく終わりか。さすがに魔導器(クラフト)も見飽きてきたな」

「同意したいところではありますが、この様子ではそうも言っていられないでしょうね」


 イルナ様の残された遺産の検分に一区切りがつき、しかしながら持参した遺書という名の目録の写しがようやく一割程度確認済みになっただけという事実には苦笑を禁じえません。今のように合間合間に戯れの一つでも挟まなければ、そのうち気が滅入ってしまうことでしょう。


「しかしながらさすがはイルナ様と言ったところでしょうか。ここまでに見たものだけで一国程度は容易く手中にできそうですね」

「違いない。それはさすがといったところか」


 これまでに確認を済ませた遺産の記録をざっと流し見るに、その大半は当時から積極的に制作されていた日常に用いるものを前提とした魔導器(クラフト)です。大小は様々ですが、これらを導入すれば民衆の生活は飛躍的に向上することになるでしょう。流布すればたちまちのうちに受け入れられ、市民はおろか貴人ですらもたらされた恩恵に諸手を挙げて感謝と称賛を贈ることは想像に難くありません。

 そうなれば、仮にイルナ様が多少の無茶を言い出したところで、『あのイルヴェアナ・シュルノームの望むことなら』と皆が二つ返事で承諾するさまが目に浮かびます。そうなれば見事、王族でも貴族でもない一介の人間が国をも動かすという物語のような状況が出来上がり。武でなく利をもって人々を制する、イルナ様なら容易かろうとかつて夢想した世界の一つとなるわけです。

 ……けれども、特筆するべきはそれではありませんね。


「今更ではありますが本当に、イルナ様が野心のない方であったことに心から感謝したいと思いますね」

「……であるな」


 ことさら朗らかに言葉を紡いでみれば、ガイウス様は眉間を盛大に寄せてこめかみを指で叩かれました。ここ二十年では見る機会も減った、難事に出くわした際の癖のようなもの。イルナ様と親しくしていた頃は日常的に見られたその様子に懐かしさを感じながら、同時にかの人のあまりにも非凡すぎる才覚に感嘆を禁じえません。

 隠居なさる前からも我が国はおろか世界中のあらゆる文明を促進せしめ、さらには世俗より離れてからですらその成果の一部ですら国をも動かす。

 けれどもより重要なのは、目録にあった遺産の分類。日用の品は当然として護身具や警邏用の品もありましたが、その半分近くを占めたのが武器や兵器に相当する魔導器(クラフト)あるいは魔導体(ワーカー)。イルナ様が世に出られてから一貫して自ら創り出すことのなかった禁忌の品々が、さも当然のように羅列されていたのです。それも、機能解説を見る限りでは現行のどんな武器兵器よりもはるかに性能の高い。

 これらをうまく使えば世界の支配すら夢物語ではないという品々を、しかしながらただ創るにとどめたのは間違いなくイルナ様のお人柄。『自分の創るモノで世界が少しでも良くなるように』という、初めてお会いしてから揺らぐことのないその在り方に改めて尊敬の念が込み上げてきます。


「……『道具はいずれ生み出されるもの』であったか。あの婆さまがいなくともこの遺産がいつか猛威を振るうというのは想像し難いものだな」

「ならばこそ、『道具は使い手次第』ともおっしゃったのでしょう。目録にある兵器でさえ、そもそも誰の手にも渡らなければよいのですから」

「それを考えれば、ここはこの世で最も安全な保管場所となるか」


 その言葉に自然と視線が向かったのは、たった今見分を終えた魔導器(クラフト)を元あった場所へと片付けているマキナ族の者達。私どもの応対をウル様より言いつかったヒエイを筆頭に、決まって二人のマキナ族が日ごとに入れ代わり立ち代わり作業に加わっています。

 朗らかに語らいながらも淀みなく体を動かしている彼らは、しかしながら遺産目録にもあった兵器の一つ。普段は邪気の欠片もない純朴な人間でありながら、単体でも一軍を撃破し得る無双の強者。

 そんな彼らが守護するこの里は魔境を隔てる巨大な山の下という攻めるに難い立地であり、おそらくは防衛のための機能がそこかしこに施されているであろう堅固な城塞。仮に制圧しようとしても、ことごとくが返り討ちにあうだろうこの地こそが最も安全な場所でしょう。


「――さて、次に向かうとするぞ、ジュナス」

「御意」


 ヒエイ達が片づけを終えるのを見計らい、踵を返したガイウス様へ遅れることなく追随します。この付近はイルナ様の遺産をまとめて保管してある倉庫のような役割を果たしているとのことで、全てを検分しようと思えば一部屋では収まりきらないそれらのために分散している部屋を回らなければならないようです。


「――あ、ガイウスおじさん!」


 ヒエイの先導に従い次へと向かう途中、背後からかかった呼び声に一同足を止めました。レンブルク公爵家の先代当主と知ってなおガイウス様をそう呼ぶのは、私の知る限り一人しかいらっしゃいません。

 振り向けば案の定、相も変わらず人並み外れた花顔(はなかんばせ)の持ち主が駆け寄ってくるところでした。マキナ族の皆は満面に喜色を浮かべて挨拶を行い、それに対して気さくに応じるのもすでに見慣れたもので、私の会釈にも花のほころぶような笑顔を向けてくださいます。


「ちょっと相談したいことがあるんだけど、今いいかな?」

「かまわぬが、他はどうしたのだ? 仲間を案内するのではなかったのか?」


 こちらも振り返っていたガイウス様は、ウル様がお一人でいらっしゃることを不思議に思われたらしくそう聞き返されました。ここに来てから常にお仲間の臨険士(フェイサー)の誰かしらが共にいらっしゃったので、私も少々珍しく思っていたところです。


「カラクリの中は大体紹介し終わったからね。今は第一訓練所でロヴやみんなと戦闘訓練とかやってるよ。『プラチナランクに稽古をつけてもらうなんて滅多にない』って、みんな張り切っててさ」

「勤勉であることは美徳だ。その意欲があればいずれ大成するであろう」


 答えを聞いてそう言いおいたガイウス様は、踵を返して再び歩みを進め始めました。


「ならば来るといい。検分がてら相談とやらを聞いてやろう」

「ありがとう、ガイウスおじさん。でもボクの相談は片手間?」

「こちらはただでさえ量をこなさねばならんのだ。よほどの難事でなくばそれで十分であろう」

「それもそうか。じゃあ早速なんだけど、この前ロヴが言ってた『定期的にカラクリに遊びに来たい』って話、どう思う?」

「……マキナ族の周知を始めるとするならば、手としては悪くないであろうな」

「あ、やっぱりガイウスおじさんもそう思う?」


 小走りにガイウス様の隣に並んだウル様は早速とばかりに相談事を切りだし、どんどんと話を進めていかれます。その様子を見て私は、やはりこの方は並の者とは出来が違うのだということを改めて知る気持ちでした。

 貴族という人種は自身の心の内を開け広げにすることはまずありませんが、ガイウス様もその例にもれず、加えて生来の聡明さで以て導き出された結論を全く理解するのは並大抵のことではありません。凡夫たる私は半生をお傍にお仕えすることでその言の意を察することができるようになりましたが、未だ家臣の多くは反駁し諭されることでようやくといったところでしょう。

 しかしながら言葉を交わすウル様は、様子を見るにさほどの遅滞もなくガイウス様の言葉を正確に理解しているようです。ヒエイやシグレ、タチバナがガイウス様の講義においてその真意を知るのに質問を重ねていたことから考えれば、これはマキナ族だからというわけではなく、ウル様だけがお持ちの天賦なのでしょう。二人並び立ち軽々と議論を弾ませる様は、在りし日のイルナ様とガイウス様の姿を思い起こさせます。……いけませんね、歳のせいか、少々感傷的になっているように思えます。


「――じゃあ一人くらい任せた方がいいのかな?」

「プラチナランクならば世間的な信用は申し分なかろう。お前が築いた繋がりだ、十全に活用すればよい」

「うん、そうするよ。そうなるとまた誰か選ばないとだね。あ、それと別の話になるんだけど……」


 そして何やら突拍子もなく聞こえる結論に落ち着いたようですが、常に明朗快活なウル様には珍しくためらうような間を挟んだかと思うと、意を決したように再び口を開かれました。


「ガイウスおじさんってさ、ボクに対して言いたくない『羨ましい』ことって何かある?」

「……その前提で話すならば、あったところでお前が眼前にいる状態で教えるわけなかろう」

「だよねー。うん、わりと無茶なこと言ってる自覚はあるよ」


 ガイウス様の呆れ果てた様子を隠さない返答に、言った本人のウル様も乾いた笑いを漏らしました。私も奇妙な問いかけに興味を覚え、より一層耳を澄まします。


「じゃあさ、単純にボクを見て『羨ましい』って思うことある?」

「以前も言ったと思うが、その不労の身体は純粋に羨ましいな。昨今は特に老齢による衰えを感じるゆえになおさらだ」

「そっかー。他には?」

「個として護衛いらずの戦力を持つこと、毒の類を受け付けぬ性質、周囲への配慮を必要としない環境、挙げればいくらでも思いつくな」

「ああうん、やっぱりその辺なんだよね。でもそれだとどうしようもないし……」

「待て、何をしようとしている。先ほどの奇怪な問いをするに至った経緯と合わせて説明せよ」


 その突拍子のなさゆえか、さすがのガイウス様もウル様に詳細な説明を求められました。これもイルナ様がご健勝の時分の焼き回しのようです。


「あー……説明するのはいいけど、本人には内緒にしておいてね?」


 そう前置きして語られた一昨日の夜の一幕をあらましとして聞かされ、何をさておき一つの疑問が頭を占めます。


「――って感じで、正直ボクだけだといくら考えてもお手上げでさ。ここは偉大な人生の先輩にご意見願おうかなーなんて」

「……おおよそ理解したが、その前にまず確認だ。なぜその者が秘した思いをお前が知っている?」

「マキナ族の能力を駆使して頑張ったよ」

「……そうか」


 同じことを考えたご様子のガイウス様によって疑問の方はひとまず解消されたとしましょう。しかしながら何かをあきらめたような顔をされたガイウス様はしばらく黙考され、やがて珍しくため息とともに首を横に振られました。


「すまぬが、今回ばかりは力になれんな。その娘が何をうらやんでおるのか皆目見当がつかん」

「そっか、ガイウスおじさんでもわからないかぁ……」


 そんな返答を聞いたウル様は少し困ったような顔をされました。どうやらガイウス様にかかればすぐに解決するだろうと考えていらしたようですが、この件に関しては参考となることはないでしょう。何せうらやむ暇があれば手に入れるための労力を重ね、どうしても無理だと悟ればすっぱりとあきらめるという、ある種両極端な行動原理をお持ちの方ですから。

 で、あるならば、ここは凡夫たる私の出番でしょう。


「ウル様、ガイウス様に代わって私がお答えしてもよろしいでしょうか?」

「ジュナスさんならわかるの?」


 そう一言差し挟めば、一転して期待に満ちた目を向けてくるウル様。ちらりとガイウス様に視線を送り、頷きをもって許可の出たことを確認してから自らの憶測を述べます。


「これはあくまで私の推測ですが、シェリア様はウル様のお立場をうらやまれたのではないでしょうか?」

「ボクの立場?」


 言われてきょとんと眼を開かれたところを見ると、やはりその点に関しては想像だにしていらっしゃらなかった様子です。かと思えば理由を考えようとしたのか難しい顔になりましたが、そう時間が経たないうちにお手上げといわんばかりの様子で大きくため息をつかれました。


「うーん……どういうことなの?」

「これはウル様からうかがったお人柄を踏まえてのことになります。察するに、シェリア様はさっぱりとした性質をお持ちの方のようです。これまでウル様の身体的特徴に関して言及していらっしゃらなかったのならば、それはどう足掻いたところで手に入らぬものと割り切られていることでしょう」


 この辺りはガイウス様に近しい感性をお持ちなのでしょう。私が見た普段の立ち振る舞いからしても、無理と分かることに執着する様には見えませんでした。


「しかしながら人間関係の構築に関しては少々不得手と推察します。それでいて思いやりを持ち、他者とのつながりを欲されているご様子からして、同族の皆様に慕われていらっしゃるウル様のお姿は羨望を感じるに十分かと」

「あー……そう言えば天涯孤独って聞いてたや」

「でしたらなおさらのことでしょう」


 どうやら私の言葉は十分に伝わったようで、ウル様は得心顔で頷かれました。私自これで間違いないとはさすがに思っておりませんが、おそらくは当たらずとも遠からずである程度の自信はあります。


「ていうかジュナスさん、ボクそんなにシェリアのこと詳しく話した覚えないのに、よくそこまでわかるね?」

「長年、様々な人を見てきたからでしょう。私からすればシェリア様はわかりやすい方です」


 意識的にか無意識的にかまではわかりませんが、誰かといる時はその傍らを位置取り、周りの人間のやり取りを柔らかな目で追い、自ら話さずとも声をかけられればすぐに応じる。それはまさに他人に触れることを恐れつつも、人との絆を捨てきれないといったご様子です。そしてウル様がいる時など、無言ながら好んで傍に寄り添うところを見れば、シェリア様が特別に親しんでいらっしゃることがすぐにわかります。

 しかしながらウル様はそういった心の機微には疎いようで、再び首を傾げられました。


「でもさ、それくらいなら別に言ってくれてもいいんじゃないかな?」

「親しい間柄だからこそ、その立場を――特に人との繋がりに関してうらやむようなことは言えないものなのですよ」


 かつて私も無二の絆を持つガイウス様を相手に同じような葛藤を抱いた覚えがあります。なんだかんだとイルナ様に巻き込まれ、その都度憎まれ口を叩きながらも彼女のために尽力できるお立場をどれほどうらやんだことでしょう。

 しかしながら乳兄弟として半身のごとく育った身として、何より同じ女性を想う一人の男として、せめて毅然としていようというささやかな自尊心が口を閉ざさせていたものです。もっとも、さして経つことなく敏いガイウス様によって見破られましたが。『私がいかにお前を頼りにしているのか』ということを懇々と言い諭されたことも、今ではいい思い出です。


「そういうものかー……うん、ありがとね、ジュナスさん。すごく参考になったよ」

「お役に立てたようで何よりです」

「うん! じゃ、これで相談事はひとまず終わりだよ。他にやることもあるし、ボクはこれで行くね。ガイウスおじさん、ジュナスさん、相談に乗ってくれてありがとう!」


 そうしてウル様は晴れやかな笑顔を浮かべて駆け去って行かれました。やはり、以前ガイウス様が評された『風のよう』という形容が実にしっくりと来るお方です。


「……煩わせたな、ジュナス」


 その姿が通路を曲がって見えなくなると、顔を合わせることなくポツリと呟かれるガイウス様。全く、この方は何をいまさらおっしゃるのでしょう。

 その言葉に対して私は、完璧な従僕の所作で以て恭しくお答えいたします。


「お構いなく、ガイウス様。あなたの不足を補うことこそ半身たる私の役目と心得ておりますれば。これまでも、そしてこれからも」

「――ふっ。ああ、そうであるな」


 そうおっしゃるガイウス様の見慣れたふてぶてしい笑みが今はなぜか妙におかしくて、半ば冗談で言葉を続けました。


「ですので、どうかイルナ様のお子様のお相手も、是非この老骨めに割り振ってくださいませ」

「ふん、お前ではあれは手に負えなかろう。心配せずとも私の目の黒いうちは自ら相手取るゆえ、心穏やかに余生を過ごせ」


 どうやら私の敬愛する主人は、長年連れ添った腹心にも役得を分け与える気はさらさらないご様子です。



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