食材
気づいたらブックマーク数が200を超えてました。いつもご愛読ありがとうございます。
「――時にウルよ。これらに用いられている食材はどのように調達したのだ?」
大皿の料理たちを取り皿に移しつつシェリアと仲良く食べ進めていると、こっちはジュナスさんが綺麗に盛り付けて持ってきたお皿に手を付けているガイウスおじさんが聞いてきた。
「あれ、なんか変なもの入ってた?」
「そうではない。間接的にとはいえ、私はあの婆さまが隠居してからも動向を窺っていた。その記憶によれば七年ほどは人一人分として最低限の食材の出入りがあったようだが、それ以降は記録がない。あの婆さまのことだ、何かやらかしているのであろう?」
うわー断定的。ガイウスおじさんってホントにイルナばーちゃんに対するある種の信頼が突き抜けてるよね。まあ魔導器や魔導体が普及してる世界なんだ、自給自足くらいできてるだろうってのは想像できてもいいよね。
「やらかしてるのかどうかはわからないけど、野菜とかは昔イルナばーちゃんが取り寄せたやつを栽培してるよ。種類的にはブレスファク王国で一般的な奴を一通り。別の区画に専用の施設があるんだ」
「ほう、この里の中でか? となると、地下で青果の育成をしているのか?」
「そうなるね」
どうやら地下ハウス栽培が気になるらしいけど、軽い調子で答えたらなぜかガイウスおじさんの眉間にしわが寄った。え、ボク何かまずいこと言った?
「大事ではないか。あの婆さまの遺書にはそのような技術は記載されておらんかったぞ」
「そうなの? 一応イルナばーちゃんにも相談して作ったんだけど」
「確認した限り、魔導器や魔導体に関する技術のみであったな」
あーなるほど。地下ハウス栽培に使う魔導器は載ってても何に使うかが載ってないわけか。『道具は使う人間次第』っていうのが口癖だったイルナばーちゃんらしいけど、知らない人に機能だけ説明して使い方まで結び付けろっていうのも酷な話だよね。
「太陽のと同じ光を出せる魔導器を使ってる以外は単に土を運んで種を撒いただけだから、たぶんそのせいだと思う」
「……栽培自体は従来の方法ということか?」
「水まきを魔導器で自動化してるけど、他はマキナ族のみんなで丹精込めて育ててるよ」
あいにく農薬についてはボクもイルナばーちゃんも畑違いだったから、農耕エリアの世話はカラクリでも手間のかかる毎日仕事だ。なお、スプリンクラーは前の世界の記憶から再現したけど、それ以外の農具とかはこの世界で順当に発展していったものを使ってる。トラクターの類は一応あるけど、耕作面積がそこまでじゃないから今のところ出番なしだ。
「ということは、あの遺産の中には畜産に使われている物もあるというわけか。まったく、機能ばかりでなく主な用法も記載しておけばすぐにそれと――」
「ん? 畜産用に使ってる魔導器なんてないけど?」
大きくため息を吐いたガイウスおじさんのボヤキに混ざった言葉を聞きとがめたからそうつぶやくと、おじさんの食事を進める手がぴたりと止まった。
「……日常はおろかあらゆる場所にこれだけ魔導器を利用しておきながら、家畜の飼育には用いていないというのか?」
信じられないとばかりの口調で確認してくるけど、そもそも根本的なところで勘違いしてるんだよね、ガイウスおじさん。
「違うよ。そもそもカラクリに家畜はいないからね」
「……では食肉の調達はどうしているのだ?」
「普通に狩りだけど?」
そう答えたとたん、ここまでのやり取りを聞いていた臨険士の面々まで料理を運ぶ手が止まった。あれー、どうしたんだろう?
「……狩りと言ったか?」
「そうだよ。マキナ族はみんな少食だし、そもそも習慣として食べてるだけで実際は食事自体する必要ないし、それで十分賄えるからね」
「……おいウル、これ何の肉使ってんだ?」
そんな風にガイウスおじさんとのやり取りに割り込んできたのはロヴ。今まさに塊で食べようとしてるローストビーフを示しながら、どこかひきつった顔で聞いてくる。うーん、ボクも食材の予想はだいたいつくけど、こういうのは料理人に聞いてみるのが一番だよね。
「タチバナ―、今日の料理何の肉使ったかわかるー?」
「イノシシ、ウシ、トリ」
「だってさ」
「おーし、じゃあそのウシだのトリだのイノシシだのがどんなものか言ってみろよ」
ほぼ予想通りの答えが返ってきたものの、どうやらそれだけじゃ満足できなかったらしいロヴが要求を重ねてきた。まあ確かに見た目が似てるからそう呼んでるだけだし、ジョン君みたいにどんな種類なのかわかるかもしれないから答えてあげるか。
「えーっとね、イノシシは見た目イノシシなんだけどロブの背丈くらいの体高があって、牙が外側に沿ってる上にまるで剣みたいになってるんだ。突進してくると草とか低い木とかばっさばっさ切り倒されてくよ。ウシも大きさは同じくらいかな? ただ、前足が蹄じゃなくて鋭い爪の生えた腕になってて、それで別の魔物を捕まえて食べてたのも見たことあるね。あと、トリは全身真っ白な羽毛の中で頭に真っ赤なとさかがあるけど、胴体だけで人間くらいの大きさかな。あ、鶏と違ってちゃんと飛ぶよ」
「……鎌牙猪に獣鬼牛、雲巨鳥かよ。まあ確かにバーラム樹海じゃ数は多い方だろうがよぉ」
ボクがあげつらった特徴だけで当たりがついたらしいロヴは、目の前の肉塊をしみじみとした様子で眺めた後であきらめたようなため息を吐いた。あれ、なんかまずかったかな? レイベアでもよく豚鬼とか巨猪とか魔物由来の肉を扱ってる店が多かったから大丈夫かと思ってたんだけど。
「……え、この辺全部? これとかこれも?」
「うっそだろおい。お貴族様でも滅多にありつけない魔境の魔物肉が、こんな無造作に?」
そんな疑問に応えてくれたのは、自分で盛り付けた山盛りの皿を信じられないとばかりに見つめているリクスとケレン。どうやらマキナ族が普段の食材にしてる肉は、ちまたじゃ希少なものらしい。
「……真であろうな、ウル」
「じゃあ逆に聞くけど、人目に付きたくなかったボクたちが他にどこからお肉調達できると思うの、ガイウスおじさん?」
「真理であるな。返す言葉もない」
そしてなぜか念押ししてくるガイウスおじさんに聞き返したところ、妙に達観した様子になった。うん、『さすがはあの婆さまが創り出した存在』って顔に書いてあるね。隣のジュナスさんも似たような雰囲気で苦笑してる。
ちなみに詳しい話を聞いたところ、この世界じゃ強い魔物の肉ほどおいしいっていう傾向があるらしい。だもんで外と隔絶した凶悪さを誇るバーラム樹海の魔物の肉は、一番雑魚でも丹精込めて育てられた最高級の家畜に匹敵するそうだ。で、マキナ族が食肉用に狩ってるのは魔境の中でも中の下くらいらしく、命知らずの臨険士が時たま市場に流すくらいだそうだ。
……ふーん、そうなんだ。じゃあ訓練とはいえマキナ族が総出で撃退するようなジョン君とか、実はめちゃくちゃおいしいかったり? 気になるなぁ。今度来た時はちょっとだけお肉分けてもらおっかな?
「うめぇとは思ってたが、素材からして極上ものかよ。怪物の住処にぴったりだな、こりゃ」
改めてローストビーフにかぶりつきながらしみじみとつぶやくロヴ。まあ知らなかったとはいえ素材がいいこと自体は否定しないけど、それだけじゃないからね? レシピとか料理人の腕とかレシピとかレシピとか、そっちの方でもちゃんと頑張った結果だからね?
「斬新な調理法も含めて真に得難い機会であるな。心して食すとしよう」
そう言うとさっきよりも真剣みを増した顔つきで食事を再開するガイウスおじさん。さすが、お貴族様はわかってらっしゃる。
「……なあウル、これって本当におれ達が食べてもいいのか?」
「お前ホントこういうのに弱いよな、リクス。出されたもんなら食っちまえよ。滅多にないぞこんな二重の意味でおいしい機会」
相変わらず庶民思考のリクスが途端に気後れした様子だけど、これはボクも隣で開き直ったようにかっくらってる幼馴染を見習うべきだと思う。
「今更遠慮しないでよ。どうしても食べたくないっていうなら仕方ないけど、カラクリじゃそれ以外に食べるものないよ?」
「わ、わかったよ」
それでも他にないって言えば、恐る恐る料理を口へと運んでは妙に緊張した顔で一口一口を噛みしめるかのように食べ進めていく。大げさなんだから、ホントに。シェリアなんて気づいたら黙々と食事再開してたよ。まあ数日もすれば慣れるよね、きっと。
あれ、ジュナスさん食べないの? 使用人だからあとで別にいただく? こんな時くらい気にしなくていいんじゃないかなぁ。
「なあウル。これからたまにでいいんだが、ここに飯食いに来ていいか?」
そんな感じで賑やかな夕食を楽しんでいると、ふとした拍子にロヴがそんなことを聞いてきた。期待に目が輝いているところを見るとかなり本気っぽい。高級肉と珍しい料理が食べ放題っていうのがよっぽどお気に召した様子だ。
「うーん、どうしよっかなぁ……」
「おいおい、オレとお前の仲だろ? ここのことだってバレねぇようにうまいことやるから心配すんな!」
そんな風にボクが悩むそぶりを見せると率先してアピールまで始める始末。いやー、限度あるんじゃないかな? ロヴってトップクラスの臨険士じゃん。休暇中の動向ですら注目されててもボクは驚かないね。しかもプラチナランクとか化け物ぞろいなんだろうし、何度も足を運ばれたらそのうち知り合いから順番にバレていきそうな気が――
……いや待てよ、ロヴの知り合いなら物わかりよさそうじゃないかな? なんせこんなロヴと付き合いがあるわけだし。
プラチナランクとかの有名人も多いだろうし、むしろそういう人たちから先に交流していった方が世間にマキナ族を受け入れてもらう近道だったり? むぅ、これはみんなと協議しないとだね。ついでにガイウスおじさんからも意見をもらえれば上々。
「……この話はみんなにも話してからじゃないと答えられないね。まあ悪いようにはならないと思うから、ちょっと待ってて」
「おう、やっぱ話が分かるじゃねぇか! いい返事を楽しみにしてるぜ!」
一応予防線を張っておいたのに、なんかもう通ったも同然な言い方をされた気がする。いやまあ、たぶん反対はされないんじゃないかなって思ってはいるけどさ、なんか腹が立つのはなんでだろう?
……さーて、ロヴの通いを相談するのもあるけど、他にもボクがいない間のカラクリの様子とかしっかり見ておかないとね。みんなに外の話もしてあげないとだし、ついでに研修組の三人と合わせてお勉強会を開くか。
あとはイルナばーちゃんの遺産で何かあったらガイウスおじさんの方にも顔出さなきゃだし、そういえばそろそろ新しい誕生組の子も生まれる頃合いじゃなかったっけ? だとすると役名の授与式も準備しなきゃだけど、リクス達にもっとカラクリを案内したいし、ガンブレードの設計もしたいし……うん、今回の里帰りは思った以上に忙しくなりそうだ。