夕食
まあそれはそれとして、だ。
「ロヴ、その剣ちょっと見せてもらっていい?」
「こいつか? 見るだけならいいが――ああそうだ。やむなく使ったが、お前隠し玉のこと言いふらすなよ?」
装備を片付け『探査』を破棄しつつそう切り出すと、ロヴは気安く長剣を差し出しながら釘を刺してきた。
「隠してあるからこその隠し玉ってことはわかってるから心配しないで。さすがに命に関わることでおふざけはしないからさ。うちの子たちにも徹底させておくよ」
「よーし、信用するぞ。そっちの三人! 一応言っとくがお前らもだからな! ――ほらよ、プラチナランク様の愛剣だ、ありがたく見るんだな」
その一言に対して三者三様で了承を返す仲間たちを背景に、わりとあっさり渡されたロヴの愛剣をまじまじと観察する。『探査』の反応からして魔導器だってことはわかってたし、実際見た感じだと魔力が流れてる時は剣自体の強度を上げてる感じだった。武器型の魔導器だとオーソドックスだけどかなり有用なヤツだね。
そして問題の柄本。小さく覗く穴からは一部だけどびっしり彫り込まれた魔導回路が見えている。うん、やっぱりこっちはこっちで別の魔導器になってるね。なるほど、この組み込み方は上手いね。受けた効果からも推測すると『衝撃』をベースに、射程は二の次で威力を徹底強化した感じかな。『探査』でもまとめて一つのに見えてたし、相手の不意を突いて体制を崩す仕込み武器としては上等の部類だと思う。
しかーし、ぶっちゃけるとその辺はどうでもいい。重要なのは『剣を本体に射撃機構を追加』してあること。柄に仕込める魔導回路の関係で今以上の威力を出すことが難しいからかロヴはこれを隠し玉として使っていたけど、そこさえクリアできれば一本で剣と銃の役割を持たせ、状況によってすぐ切り替えられる武器が出来上がる。
そう、それすなわち――
「――ガンブレード」
「あん?」
うん、前の世界の記憶にある銃が出てくるファンタジーでもあったじゃないか。ロマン武器の代表じゃん。むしろなんで今までこの発想が出てこなかったんだろう。変なところで前の世界の常識にとらわれてたのかな? でも向こうじゃいろいろ無理があっても今なら魔動式とかファンタジー素材とかあるからきっと行ける! 単純にスノウティアにナイトラフくっつけたのでもいいけどそれだと不格好だしやっぱり刃と一体化方式でそうなると銃口を刃の厚みに抑えなきゃだから魔導銃用の魔動式も見直して圧縮する必要があるわけでいっそ遠距離はスッパリ切り捨てて中近距離用に特化させるとすれば余裕ができるけどそこはむしろ刃にもうちょっと厚みを持たせて両立を目指すのもありとすれば幅を稼ぐのに片刃にして峰を丸ごと銃身にしてとなるとトリガーと持ち手の位置も調整がいるから全体的な形を設計し直すことになるけど芯に通す形なら今のままから全体的に幅を広くしてでもそれだと取り回しに影響が――
「――ル、ウル! おい聞いてんのか!?」
「んのぉあ!?」
いきなり頭を思いっきり揺すられて思わず変な声が出た。慌てて片手のくせにがっちりとホールドしてくる手を全力で振り払って逃れると、その持ち主に対して抗議の声を上げる。
「いきなり何するのさ、ロヴ!?」
「そりゃこっちのセリフだバカヤロウ。剣を見つめたまま急に何の反応もしなくなりやがって、立ったまま気絶してんのかと思ったぜ、ったく」
そして返ってきた呆れ声に、ようやくロヴそっちのけで思考に没頭していたことに気付いた。いやー、久しぶりに作り甲斐のありそうな物が頭に浮かんだからさ。
「あー、うん、ゴメン。ちょっと思いついたことがあったからつい」
「ならいいんだけどよ。ほれ、そろそろオレの剣返せ」
「あ、うん、ありがとう」
用も済んだので要請通り長剣を返すと、受け取ったロヴは柄頭を捻って取り外すとそこから蓄魔具を取り出した。前にアリィに一般的な蓄魔具を見せてもらったけど、そのどれにも当てはまらない形状のヤツだから、たぶんこれ専用なんだろうな。そのまま同じ物を入れ替えたところを見ると、あの隠し玉は一回使うごとに交換が必要みたいだね。かなり燃費は悪そうだけど、不意打ちとはいえマキナ族の膂力を弾く威力を考えれば十分だろう。
「――おし、っと。さて、腹が減ったな。そろそろ飯の時間じゃねぇか?」
リロードを終えたロヴが長剣を鞘に収めながら期待に満ちた声を上げる。まああれだけ全力で動き回ってたら相応にお腹はすくだろうし、時間的にも一般的な夕食の時間なんてとっくに過ぎてるしで特におかしな言い分でもない。
ただ、あれだけ激しい運動した直後に食事の話ができるって……確かそういう時って一時的に食欲が失せるんじゃなかったっけ、生身の人間って。まあロヴに生身の常識が当てはまらないのは今に始まったことでもないし、とりあえずスルーの方向で。
「たぶんできてるとは思うけど、まだ誰も呼びに来てないからどうかな?」
とりあえず返事をしながらなんとなく訓練所の入り口を見た。夕食の準備はタチバナが主導してるだろうし、それでなくても出来上がったなら嬉々としてボクを呼びに来るのがマキナ族クオリティだ。それを前提とすれば試練開始からこっち誰の出入りもなかったから、準備はまだなんだろうってことになるんだよね。
「まあ作ってる途中でも食堂で待つこともできるし、移動しよっか。シェリア、リクス、ケレン、もう動ける?」
「平気よ」
「な、なんとか……」
「なんで魔導器使いの俺がこんな目に遭うんだよ……おう、行けるぞウル」
仲間に呼びかければ約一名が愚痴めいたことを言った気がするけど、とりあえず回復はしたみたいだ。
「バルトのみんなもお疲れ! これからの戦闘訓練は今日の試練の内容を参考にして研鑽するように。じゃ、解散!」
「「「「はい、ありがとうございました!」」」」
最後に招集をかけて本物の戦闘っていうのを見学してもらったマキナ族の子たちに号令をかけてから、お客様たちを率いて訓練所を出た。
「――あれ、タチバナ?」
「始祖様」
すると扉をくぐったところでばったりとタチバナに遭遇。雰囲気からして今来たばかりってわけじゃなさそうだし、出待ちしてたのかな?
「夕飯ができたって呼びに来てくれたのかな?」
「準備できた」
「わざわざありがとう。ちなみにどれくらい前」
「一時間くらい」
「マジかー」
それ絶対冷めてるよねって思ったけど、詳しく聞くと仕上げを残す段階で作業を止めてるらしい。どうやら試練を始めてるって話は伝わってたようで、夕食の時間がずれ込んでも大丈夫なように工程を調整したんだそうだ。さすがタチバナ、賢い。
で、呼びに来てみたら案の定まだ試練中だったから終わるまで待機してたらしい。その間ずっと扉の前にいたみたいだけど、これまでずっとロヴの動きをトレースすべく範囲を絞って精度を上げてたせいで完全に見落としてたね。
「そういうことならこっちも終わって食堂に行くところだったし、もう仕上げを始めてくれていいよ」
「わかった」
そうしてタチバナはててっと軽い動作と裏腹な高速ダッシュで一目散に駆けていった。移動時間とか考えたらボクたちが着く頃にちょうど出来上がる頃合いかな?
今夜は豪勢な夕食会ってことはマキナ族のみんなにも周知されているようで、そのままバルトのみんなも含めてぞろぞろと移動を開始。どうやら今日の観戦がいい刺激になったみたいで、バルトの子同士はもちろんロヴやシェリアたちへ積極的に話しかけてとかなりにぎやかだ。
そんな戦闘談義をバックミュージックにしながらのんびりと進むうちに無事食堂へ到着。どうやらボクの目算は的中したようで、厨房の方からいい匂いが漂ってきている。
中に入ればそこにはすでに思い思いの席に座って談笑するマキナ族のみんな。数を見る限り、バルトの役名持ちの子以外は全員集合してるみたいだ。
「ウル様!」「王!」「始祖様!」「「「「お疲れ様です!」」」」
「うん、みんなもお疲れー」
そしてボクが来たことに気付いた瞬間、一斉に元気のいい挨拶をしてくる。カラクリじゃいつものことなので軽く返してなんとなく部屋を見渡せば、規則的に並べられた長テーブルの一角――というか配置的にほぼ真ん中あたりの席がきれいに空けられていて、その一つに書類の束とにらめっこしてるガイウスおじさんが、その隣に別な書類にペンを走らせているジュナスさんがいた。
どうやらそこが指定席にされてたようで、ボクと臨険士の面々が先に来ていた子たちに誘導されてやってくると、書類を繰る手を止めたガイウスおじさんが顔を上げた。
「――ふむ、ようやく来たか、ウル」
「やっほーガイウスおじさん。その言い方からして待たせちゃったのかな?」
おじさんを挟んでジュナスさんと反対側の席に座りながら聞いてみると、処置なしと言いたげに鼻が鳴らされる。
「予告された時間になった故に区切りをつけてみれば、お前が来ねば始められぬとな。たいそうな慕われようであるな」
「いやー、ゴメンね? ロヴの頼みごとが思った以上に長引いてさ」
「おい、オレのせいかよ。無理難題吹っかけてきたのはお前の方だろうが」
ちょうどボクの向かい側に腰を下ろしながら抗議の声を上げるロヴ。いや別にロヴのせいだなんて言ってないから。バランス調整してなかった自覚はあるんだよ。ロヴが隠し玉使わなきゃもっと時間かかってたろうし。
「ボクの見通し甘かったのはわかってるから拗ねないでよ、ロヴ。怖い顔がさらに怖くなってるよ」
「うっせぇ余計なお世話だ! あと拗ねるってどういうつもりだおい!」
「それで、ガイウスおじさんの方はイルなばーちゃんの遺産、順調に確認できてるの?」
二度上がる抗議はスルーして進捗を尋ねてみれば、その手に持った書類束を軽くたたいて示すガイウスおじさん。
「順調と言うならそうだが、量が量だけに全く進んだ気がせんな。思っていた通り、滞在は長引きそうだ」
「うん、予想はしてたけどそれまでここにいて大丈夫なの?」
「かまわん、家督は譲った隠居の身だ」
うっそだー。ちょっと前にガイウスおじさんの執務室に顔出した時は机に書類の山脈できてたじゃん。隠居したとか言いつつ裏ではまだ実権握ってるタイプでしょ、絶対。まあ本人が大丈夫っていうならボクがとやかく言うことでもないけどさ。
そんなこんなで全員が座りきってしばらく、手に手に料理をてんこ盛りにしたタチバナたちが現れた。どうやら最後の仕上げが終わったようで、櫛の背骨みたいに一列だけ別方向に並べてあるテーブルに次々と並べていく。あー、なんかあそこだけ見慣れない配置だなって思ってたけど、これは前の世界の記憶にあるや。そう、立食パーティーとかバイキングとかセルフサービスで皿に盛ってくやつ。
バイキングコースのメニューはハンバーグにカツレツ、オムそばにギョーザ、コンソメスープに魚のタタキなどなど、和洋中のべつまくなしだ。この辺は前の世界の記憶から引っ張り出したのをボクがレシピにしたやつで、とりあえず手あたり次第作ってみましたって感じが――いやいやちょっと待って、まだあるの? 作りすぎじゃない? 人数いるように見えるけどそのほとんど胃袋ちっちゃいよ? これ食べ切れる?
「――準備できた。いただきます」
「「「「いただきます!」」」」
昼間に続いて食べきれるのかが不安なほどの料理を並べ終えたタチバナが宣言すると、きれいに唱和してから早速バイキングコーナーに群がるマキナ族のみんな。文化的に食前の挨拶っていう習慣がないお客様方は一瞬戸惑ったみたいだけど、それでもロヴを筆頭にした臨険士の男性陣はバイキングのシステムを教えたところ、喜び勇んで料理の山に突撃していった。それに気づいたマキナ族のみんながスッとスペースを開けてくれてたから、たぶんすぐに山盛りの皿を抱えて帰って来るだろうね。
「シェリアはいいの?」
「もう少し、空いてからにするわ」
ガイウスおじさんとは反対隣りに座ったまま立つ素振りすらないシェリアに尋ねれば、バイキングコーナー前の人垣をちらりと見やってからのそっけない答え。まあ、性格的にああいう混雑とか苦手そうだしね、シェリア。
「あなたこそ行かなくていいの、ウル?」
「今ボクが行くとみんな遠慮しちゃうからね。それにどうせ――」
「始祖様」
シェリアの疑問に応える途中呼ぶ声に振り向けば、そこにはお子様ランチもかくやといった感じに数々の料理を盛った大皿を差し出す態勢のタチバナ。
「料理、召し上がれ」
「わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがとうタチバナ。君もちゃんと食べるんだよ」
「うん」
ここまで予想通りの展開。とりあえず盛りすぎて混沌としている大皿を受け取ると、タチバナは満足そうに戻っていった。
「ね?」
「……」
零れ落ちないよう慎重に大皿を置けば、シェリアのどこか呆れたような視線がそれに注がれる。うん、大丈夫。予想してたとはいえこれはボクもやりすぎだと思うから。救いはソース抜きの固形料理ばかりで、スープとかシチューの類が上からぶっかけられてるってことがなかったことだ。
「とりあえずさ、取りに行く気がないならこれ手伝ってもらえるかな? ちょっと食べきれる気がしないんだよね」
「……いいわよ」
よし、頼もしい援軍ゲット! 臨険士だからかそれとも本来の種族の影響なのか、女の子だけどかなりの量を食べれるんだよね、シェリア。いつも黙々と食べてるから目立たないけど、気がついたら増えてる空になったお皿の量はいつもリクスを上回っている。時々あんなに食べててよく太らないなーなんて思うけど、日ごろの鍛錬でカロリー消費してるのかな?