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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
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救出

「すみませーん、誰かいませんかー?」


 大声で呼びかけつつ扉を叩き続けてみたけど、しばらくしてもなんの反応もない。留守かな? 試しに取っ手をひねって押してみれば、特に抵抗もなく扉が開いた。


「おじゃましまーす」


 開いてるならいいやと思って堂々と乗り込んでみれば、廊下で険しい顔でこっちを睨んでいるヒョロッとした男が一人。腰には短剣だかナイフだかをぶら下げている。


「なんだてめぇ、なんのつもりだ、ああ?」


 警戒心剥き出しの様子で凄まれたのでどう答えようかと思ったけど、ふと思いついてフードを下ろした。


「ちょっと地下のことでお話ししたいんだけど、いいかな?」


 そのままにっこり笑って小首をかしげてみせれば、ヒョロい男はポカンとした表情でボクの顔をまじまじと見つめてくる。


「ダメかな?」


 さらなる反応を求めて問いかけつつ反対側に首をかしげると、我に返ったヒョロい男は一転してニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「いやいや、駄目なんてこたぁねぇさ。こっちに来な、ゆっくりじっくりお話ししようぜ」


 そう言いながら歩み寄ると馴れ馴れしく肩に腕を回して、そのまま奥へと連れ込んでくれる。ふっ、予想してたけどチョロいね。これだから男ってやつは。

 されるがままにすぐそこの部屋に入った。ちょうどさっきの地下室の真上に当たる部屋だね。


「おい、このお嬢ちゃんがおれらとお話ししたいんだとさ!」


 そう言ってヒョロい男が部屋にいた四人に紹介してくれた。全員がヒョロい男と似たり寄ったりの身なりの悪いチンピラ風で、ボクの顔を見た途端ポカンと口を開けた。その中で一番ガタイのいい男がすぐに顔中をにやけさせて近づいてくる。


「おうおう、こいつはえらい上玉だな。お話だって? 大歓迎さ、なあお前ら」


 そう呼びかけられた男たちも我に返って、同じようなニヤニヤ笑いを浮かべながら取り囲むように近づいてくる。


「いいねえお話、おれも大好きだぜ」

「いやあ、こんなところに一人で来るなんてたいしたもんだな。ホレちまいそうだ!」

「なーに、時間はあるさ。いつまでだって付き合ってやるぜ?」


 うーん、どいつもこいつも鼻の下のばして下心丸出しだなぁ。さすがイルナばーちゃんが手がけた美形顔。効果覿面にも程がある。こんなのに囲まれても気味悪いだけだし、さっさと聞くこと聞いちゃお。


「この家の地下にいる子、出してあげて欲しいんだけど、ダメかな?」


 内心の不快感はまるで出さずに笑顔で聞けば、連中はキョトンとした顔になったと思うと次の瞬間なぜか爆笑した。


「まさかの正義の味方サマだったぜこの嬢ちゃん!」

「おお恐ぇ恐ぇ、ブルっちまいそうだ!」

「一人で乗り込んでくる度胸は見上げたもんだけど、おめぇみたいなヒョロガキに何ができるってんだ!」

「いいぜいいぜ、すぐ下にいる奴らに会わせてやるよ、ふんじばった上でな!」

「まあその前にたーっぷりかわいがってやるさ!」


 うん、ダメだねこいつら。人を不幸に陥れて欠片も良心の呵責を覚えず、平然と笑っていられる。まごう事なき『悪人』だね。なら、遠慮はいらないね。


「うん、もういいよ」


 言い終わる前に肩に手を回しているヒョロい男の顔面めがけて勢いよく裏拳を叩き込んだ。鼻血を吹いて吹っ飛んだのには目もくれずにそれなりの力で床を蹴ると、正面に立っていたガタイのいい男の鼻っ柱に膝をめり込ませる。

 白目を剥いた男が後ろに倒れるよりも早く着地して振り返り、何が起こっているのか反応すらできていないチンピラたちのうち二人に、それぞれ左右の手で作った指鉄砲を向ける。


「ばちぃ」


 そんな風に呟きつつ両手に魔力を送れば手袋の下で思い浮かべた『雷撃』の魔導回路(サーキット)が浮かんで即発動。指先からほとばしった電撃がその先にいた二人に命中して悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちる。


「――え、なにぐふぉっ!?」


 ようやく何かが起こったことを認識しだした最後の一人のみぞおちを蹴飛ばせば、汚いものを口から撒き散らしながら壁まで吹っ飛んでいった。ふ、他愛ないね。

 裏拳を叩き込んでからここまでしめて三秒、これはなかなかの早業じゃないかな。さすがはマキナ族の身体、デフォルトで普通の人以上の身体能力を持つだけはある。

 一人満足して頷くと、一応制圧した悪人どもの様子を見る。どいつもこいつも白目を剥いて痙攣したりしてるけどちゃんと生きていた。一般人に遠慮することなく思いっきり打ち込むのは初めてだったけど、予想通りこの程度の一撃じゃ死なないみたいだ。人間って案外頑丈だね。

 とりあえず逃げられないように全員の両足の骨を折っておこう。痛みで目を覚まして絶叫されたけど、うるさいから適当に頭とかを叩いてもう一度黙らせる。もちろんちゃんと生きてるからなんの問題もない。

 一通り作業を終えて改めて部屋の中を見回した。さっき地下室をのぞいた時、奥に梯子みたいな階段があるのは見えてた。あの形と位置からしてたぶんこの部屋に床下収納みたいな扉があるはずなんだけど――っと、あれか。

 部屋の隅に四角く枠取られている蓋みたいな扉に近づいた。人一人が通れるくらいの扉にはご丁寧に南京錠みたいなのがはまっていて、地下室をがっちり封鎖してくれている。鍵を探すのも面倒だし一瞬床をぶち抜こうかとも思ったけど、地下にはさっきの二人がいることだし危ないから却下だね。じゃあこうしよう。

 扉の縁にかがんで一旦手袋を外した手で錠前を握り込むと、袖をまくってから手のひらに魔力を集めた。思い描いた『加熱』の魔導回路(サーキット)はその術式に従って高熱を生み出し、握っている錠前をどんどん加熱する。

 そのまましばらくして待って、錠前が赤くなり始めた頃合いを見計らって今度は『冷却』の魔導回路(サーキット)に切り替えて一気に冷やす。そうしてから思いっきり引っ張れば、錠前はあっけなくはじけ飛んだ。前からやってみたかったんだよね、この熱した物を急に冷やして脆くなったところをバキンってやつ。

 思っていた通りの結果に満足しつつ、手を振って常温に戻してからぐっぱを繰り返して調子を見る。一応イルナばーちゃんの耐久試験でこのくらいの温度変化じゃ緋白金(ヒヒイロカネ)はびくともしないっていうのはわかってるけど念のため。うん、特に異常なしかな。

 袖を戻して手袋をはめ、地下室に続く扉を引き上げた。


「お待たせ、もう大丈夫だよ」


 そう声をかければ、さっきの女の子が唖然とした表情でこっちを見返していた。あれ、ここはもっと『助けてくれてありがとう』的な感動をあらわにして涙を流すなりする場面じゃないかな? なんでこう『丸腰で戦場に突っ込んでいったのに平然と帰ってきた非常識人』を見るみたいな驚き顔なの? やっぱりこういう場合って武装してた方がいいのかな?


「おーい、大丈夫?」

「――あ、はい! あの、賊の男達は……」

「全員やっつけたから安心していいよ」

「……あの、本当に?」


 なんだかものすごく警戒している様子だった。まあ人さらいにあった直後じゃしかたないかな。


「うん、その辺に転がってるよ。見てみる?」


 だから安心してもらうために上の様子を見てもらおうと手招きすれば、息をのんだ女の子は少しためらったようだけど、やがて意を決したかのように口を引き結んで慎重に階段を上ってきた。そうしておそるおそる顔をのぞかせれば、部屋のあちこちで倒れ伏す男たちの姿が見えたことだろう。


「……あの、その人達は、その、死んで――」

「ああ大丈夫、生きてる生きてる」


 男たちを見つめながらこわごわ聞いてきた女の子にパタパタと手を振りながら答える。さすがにスプラッタはまずいだろうと思って実験ついでにわざわざ素手で制圧したんだ。足が変な方向に向いてたりするけど、そのくらいじゃ人間死なないからなんの問題もない。


「そう、ですか……」


 どこかほっとしたように呟く女の子。うん、そうだよね。やっぱりこの手の連中には死ぬ前に一度死んだ方がマシと思える目に遭ってもらわないと治まらないよね。わかるよその気持ち。


「じゃあさっさと脱出しようか。ほら、手を出して」


 その間に手近な男の腰から短剣を失敬して、女の子の両手を縛っている縄を切る。少しこすれたのか手首に縄の跡が赤く残ってるけど、このくらいならすぐに消えるんじゃないかな。

 そして手首の具合を見ていた顔を上げれば、女の子は惚けたような顔でボクの顔を見つめていた。ああ、そういえばフード下ろしたまんまだったっけ。今までなんの反応も見せなかったから美形慣れしてるのかと思ったけど、逆光だったりこっちを見てなかったりでまともにボクの顔を見てなかっただけか。罪作りだね、この顔。

 そうと気づいたからとりあえずフードをかぶり直すと、我に返った女の子が頬を染めながら口を開いた。


「――あ、その、ありがとうございます。あの、できれば弟の縄も切ってやってください」

「もちろんそのつもりだよ」


 あのボコボコにされてた男の子、弟だったんだ。見た目がかわいそうになってるせいで気づかなかったな。

 そんなことを思いながら地下室に降りて短剣で弟君の縄も切る。そこまでは良かったけど、どうにも弟君の目が覚める気配がない。一応呼吸もしてるし脈もあるけど、相当痛めつけられてるせいだろうか。


「あの、弟は大丈夫でしょうか?」


 弟君のことが心配なようで、女の子の方も地下室に戻ってきてそんな風に尋ねてきた。


「うーん、どうだろう」


 あいにく今も前の世界でも医者とかだった記憶はないから容態に関しては何も言えない。

 ただ、前の世界の知識として怪我人は下手に動かすと危ないというのは知っている。打撲や圧迫系の外傷とかは特にそうだったはず。そして弟君の怪我はほとんど殴打の跡だから、結論として意識がないからってこのまま担ぎ出すのは、たぶんまずい。


「しかたないか……」


 小さく呟いてチラリと女の子の様子をうかがう。幸い彼女は意識不明の弟君の方へ完全に意識がいっているようだ。

 それを確かめてこっそりと手袋を外し、手に少しの魔力を送って魔導回路(サーキット)を描く。滅多に使わなかった術だから目で見て確認しながらじゃないといまいち自信がないんだよね。えっと、確かこっちがこうでここはこうなって――あ、これはこうじゃなくてこことつなげて……うん、これこれ、確かこれでいいはず。

 うっすらと手のひらに浮かぶ魔導回路(サーキット)をしっかりと確認して手袋をはめ直すと、そのまま弟君の怪我をした部分にかざした。


「今からやることは内緒だからね」

「……わかりました」


 不思議そうにこっちを見る女の子にそう言うと、首をかしげながらも頷いてくれた。よし、じゃあいきますか。

 手のひらの魔導回路(サーキット)を維持したまま必要量の魔力を流せば、手袋越しに手のひらから溢れた柔らかな光が患部を包み込んだ。そのまましばらく手をかざしていれば――


「――あ」


 すぐ隣で女の子が目を丸くした。それもそうだろう、ゆっくりではあるけどそれでも確実に怪我が治っていくんだから。

 これぞ治癒魔法――と言いたいところだけど、実際は対象の自己治癒能力を活性化させる魔導式(マギス)だ。当然対象は自己治癒能力のある生物に限定されるため機工なマキナ族には無用の長物で、ついでに有効範囲もそんなに広くない上に回復に時間がかかる。せいぜいイルナばーちゃんが実験で怪我した時に使ったくらいだけど、それも自分でなんとかしちゃってたからほとんど出番はなかったわけだ。

 まあでも、記憶の片隅にちゃんと残ってたおかげで今こうして役に立っているからあながち馬鹿にもできない。それにこのくらいの術式なら世間に出回ってそうだから後でいくらでも言い訳できるだろう。

 とりあえずある程度怪我がマシになったのを確認して別の怪我へと対象を移し、それを続けることしばらく。弟君はボコボコの状態からちょっと喧嘩したくらいまでの状態に回復していた。相変わらず意識は戻らないけど、心なしか呼吸も穏やかになったような気がする。


「これくらいなら動かしても大丈夫かな? 弟君はボクが背負うから、早く外に出よう」

「え、その……わかりました」


 女の子は何か言いたそうな顔をしたけど、小さく首を振って頷いた。

 地下室から出る時に入り口が狭すぎて弟君を背負ったまま上がれなかったので女の子に協力してもらったけど、それ以外は特に何事もなく無事に人さらいのアジトを出ることができた。

 とりあえず弟君を背負い直すとグローリス通りの方に向かって歩く。さすがに人さらいにあった子を放置して観光続行なんてわけにもいかないからね。


「ついでだし家まで送るよ。この街に住んでるんだよね?」


 後ろを付いてくる女の子に振り返ってそう尋ねると、女の子は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


「はい。助けてもらった上に送ってもらえるなんて、申し訳ありません。なんてお礼を言ったらいいんでしょうか……」

「気にしないでいいよ、やりたくてやったことだから。それで、家はどっち?」

「……すみません、このあたりのことは全然知らなくて、どっちに行けばいいかも……」


 あー、身なりからしていいとこのお嬢様っぽいから、確かにこんな街の端っこの寂れた場所なんか来ないよね普通は。

 でも逆に上流階級出身なら名前でどこの家かわかるんじゃないかな? ボクは全然知らなくても街の人なり衛兵の人なりにでも聞けばいつかはわかるだろう。


「じゃあキミの名前は? それがわかれば家もきっとわかると思うんだ」


 そう言ってからお互い名乗ってなかったことに今更気づいた。人さらいからの救出中だったから忘れてたけど、人に名前を尋ねる時はまず自分から。これは鉄則だよね。


「そういえば名乗ってなかったね。ボクはウル。マキナ族のウル。キミは?」


 一旦立ち止まってから軽い調子で言えば、女の子は同じように足を止めると姿勢を正し、スカートを軽くつまみながらこなれた仕草で丁寧にお辞儀をした。


「申し遅れました。わたしはレンブルク公爵家長女、エリシェナ・ルス・レンブルク。ご覧の通りヒュメル族です。弟はカイアス・ロド・レンブルクと申します」


 はいお家特定しましたー。ていうか、え、まさかホントに?

 ……何の因果なんだろう。偶然助けたご令嬢は、数少ない知り合いの身内だった。



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