歓迎
そんな感じでのんびりと観戦を決め込んでいると、あんぐりと口を開いたままだったロヴが突然我に返ったように掴みかかってきた。
「おいウル、あれか、あれがそうなのか!?」
「うん、ジョン君だよ」
「陸皇獣じゃねぇか!! しかも見るからに暴君の!! んな可愛らしいあだ名を付けるようなヤツじゃねぇぞ!?」
へぇ、ジョン君は陸皇獣って種類の魔物だったんだ。ロヴの泡を食ったみたいな顔だし他の面子もマキナ族の子以外は愕然として固まったままだし、結構ヤバイ感じの魔物なのかな?
「やっぱりかなり強い感じの魔物なの?」
「ばっか、お前、バーラム樹海でもヌシに数えられる一体だぞ!? 縄張りが奥地だから滅多な事じゃ出会いもしねぇが、オレだってなんの準備もない不意遭遇だったら尻尾撒いて逃げるわ!!」
おおぅ、マジか。ロヴが一目散に逃げるレベルって相当じゃない? まあ確かにジョン君ってやたら頑丈で巨体に見合ったパワーもあるのに、見た目からは想像できないほど俊敏に動きまわるから、ボクも機工の身体持ちじゃなけりゃ戦いたいとは思えない相手なんだけど。
まあ、そのおかげで集団戦の訓練相手としてはものすごく重宝してるんだよね。マキナ族でも油断ならない相手で、しかも相応にタフ。ついでにある程度手傷を負わせれば潔く撤退していくんだけど、どういう理由かだいたい半年くらいの周期でまたやってくるから定期的に成果を試せるんだよね。向こうも武者修行か何かのつもりなのかな?
「まあ、今まで何度も撃退してる実績はあるから、心配しなくてもいいよ。あ、ほら、ちょうど区切りが付いたみたいだ」
視線の先では猛攻に耐えかねたようで、どことなく悲痛な咆吼を上げながら踵を返し、樹海の中へと遁走していくジョン君改めタイラントな陸皇獣。それが訓練終了の合図で、即座に攻撃の手を止めたマキナ族の子たちはそれぞれ訓練相手への敬意を込めてその場で一礼すると、次の瞬間大きな勝ち鬨の声を上げた。さすがにちょっと距離がある上窓越しだから何を言ってるかまでは聞き取れないけど、いつもの雰囲気からしてお互いに誉め合ったり評価し合ったりってところだろう。
「ね?」
「……おう」
そんな様子を示してみれば、ロヴからはどこか呆れたような諦観したような、なんとも珍妙な声が返ってきた。
そうするうちにひとしきりはしゃいで満足したのか、マキナ族のみんなはそれぞれ武装を片付け始めた。いよいよ撤収といった様子の中、そのうち一人が本当に何気ない風に視線を上げたのとバッチリ目があう。基本的な性能はマキナ族で共通だから、ボクから見えてるって事は向こうからも見えてるって事だ。どうやら相手もまさか展望エリアにボクがいるとは思ってなかったみたいで、明らかに予想外と言わんばかりの驚き顔で固まっていた。当然、その様子に周りも気付くわけで、つられるように視線を向けて同じく驚き顔で固まるといった子の輪が連鎖的に広がっていった。
そんな調子であっという間に全員の視線が集まったことに苦笑しつつ、なんとなく手を振ってみる。そして次の瞬間、さっきの勝ち鬨の倍はありそうな大歓声が窓を突き破る勢いで轟き、そのまま我先にと山肌を駆け上ってきた。土煙すら引き連れて全力疾走してくる集団の迫力はかなりのもので、さすがのボクもちょっと笑顔が引きつるのがわかった。
「王様!」「外の世界ってどんな――!」「いつからそこに!?」「お帰りなさい!」「ウル様!」「あのね、あのね、始祖様!」「お出迎えできず申し訳――!」「お久しぶりですぅ!!」
さすがはマキナ族の全速力といったところか、斜面をものともせずにほんの数十秒で展望エリアの前まで辿り着いたみんなは我先にと窓に張り付いて一斉に口を開く。うん、少しでも近くに来たいんだね、みんな相変わらずだなー。でも窓一枚隔てただけで押し合いへし合いしてる集団なんて普通にホラーなんだけど。なまじ美形揃いなせいでめちゃくちゃシュールなんだけど。ガイウスおじさんどころかコハクやシグレたちまでドン引きしてるよ?
「……やあみんな、久しぶり。これからエントランスに降りるんだけど、みんながここにいたらすぐに会えないなー」
とりあえず、今にも窓を割り砕いてしまいそうだから、落ち着かせる意味も込めてそんな風に言ってみる。構造上、今いる展望エリアに外と直に繋がる扉なんかないから、どっちにしろ直に会うにはぐるっと大回りしなきゃならないんだよね。
そしてボクの言葉を聞いたマキナ族の子たちは「「「すぐに向かいます!」」」なんて声を揃えると、転げ落ちるような勢いで山肌を駆け下りていった。そしてそのままの勢いでカラクリへと続く洞窟へ突入、それこそあっという間の極めて迅速な行動だった。誘導できたらいいなとは思ってたけど、予想以上の効果が出て何よりだ。
「……とりあえず、下行こっか。なんかゴメンね、みんながはしゃぎすぎて」
「……うむ」
「なんと言いますか……思っていた以上に無邪気で活発なのですね、マキナ族の方々は」
なんかもう色々悟ったような諦めたような顔で頷くガイウスおじさんに、今のを見てなお苦笑ですませてしまうジュナスさん。なんかヒエイやコハクは「一族としてお恥ずかしい限りです」「みんながはしゃいじゃってすみません」なんて殊勝なこと言ってるけど、条件が同じならキミたちも絶対ああなってたよね? そこ、シグレ。そんな『みんな仕方ないわねぇ』みたいな顔しない。
「その、なんて言うか……ものすごく慕われてるんだな、ウルって」
「さすがだぜ、ウル。俺ならあそこまでされると逆に怖いわ」
そしてリクスは若干視線を彷徨わせながらフォローらしきものを入れてくれたけど、直後にケレンが台無しにしてくれやがった。いや、さすがにボクも今のはちょっと怖かったんだからね? みんなの親愛が重すぎる。
「まあ、お前の種族が化け物揃いってのはよーくわかったぜ。とりあえず、休めるところねぇのか? なんかどっと疲れた気分だ……」
そんな中で一番最初に自分を取り戻したのはロヴだった。さらにはついでとばかりに「オレの魔導銃製作の口利き、忘れてくれんなよ?」なんて念押ししてくる始末。さすがはプラチナランク、想定外の事態への対応力は高いね。
気を取り直してみんなを再びエレベーターの方へと誘導して、今度はタチバナの端末操作で部屋が動き出す。二度目だからか幾分余裕ができたようで、お客様たちが興味深そうに揺れながら下降していく部屋を見回しているのをなんとなく眺めていたら、ふとボクを見つめるシェリアと目があった。
「どうしたの、シェリア?」
「……なんでもないわ」
気になって声をかけたんだけど、シェリアはそうとだけ返してスッと視線を逸らした。そっか、なんでもないのか。それならいいんだけど……気のせいかな、いつもの無表情がどことなく寂しそうに思えるんだよね。ここは踏み込んで行くのが友達――とは思うんだけど、これだけ周りに人がいる中で打ち明け話はまずいかな? シェリア、ただでさえ秘密を抱えてるし……。
そんな風に少し迷っている間に一際揺れた後でエレベーターが止まり、さっきくぐった方の大扉が重々しく開いていく。うーん、到着しちゃったし、ここは後で二人きりにでもなって話を振る方向でいこうか。
そうしてぞろぞろと足を踏み入れたのは広々としたエントランスホール。正規の入り口から入ればまず真っ先にここに出る、言わばカラクリの顔になるここは、ガイウスおじさんのお屋敷の敷地くらいはあるスペースを飾るために、みんなが作った作品をオブジェとして置いたり、見栄えのいい魔導器や魔導体を並べたりと、ちょっとした博覧会の展示場みたいにしてある。
壁や床や天井も白系統の素材に磨きをかけてあるから、十分に設置された照明を受けて地下とは思えないほど明るい印象を与えてくれている。うん、ガイウスおじさんたちも目を見開いて驚いてるし、コーディネイトはバッチリみたいだね。
「「「ウル様! 我らが始祖にして王、お帰りなさいませ! そしてお客人の皆様、ようこそいらっしゃいました!」」」
そしてそんな広々としたエントランスで、きちんと整列して出待ちをしていたマキナ族のみんな総勢四十六名。ちゃんと声まで揃えて全く同じタイミングで頭を下げるという統率の取れた行動は、さっきの無軌道なはしゃぎっぷりを見た後だとものすごいギャップを感じる。
というか、ボクでもこんな妙に真面目な感じは初めて見た。創造主がイルナばーちゃんで一応のトップがボクって時点でお察しだけど、ボクを除いた誰かと話す時はフランクなのがマキナ族のデフォルトだ。
「……これ、わざわざ練習したの?」
「ウル様がお客様を連れて帰られると聞きましたので、マキナ族として恥ずかしくないようにと。ヒエイからの助言を参考にしてみました」
どういうことかと思ってコハクに尋ねると、どこか得意げな答えが返ってきた。うん、第一印象は大事だよね。その考え方は間違ってないしそれを実行までしてくれたのは同族として誇らしいけど、それをさっきやって欲しかったな。
なんてことをチラッと思ったけど、みんながみんななりに頑張ってくれたのは嬉しかったから心の中だけに留めておいて、ボクもお客様を迎えるべくその場でくるりとターンした。
「じゃあ、ボクからも改めて。ようこそみんな、マキナ族の隠れ里、カラクリへ! 初めてのお客様だから色々と至らないところもあるかもだけど、ゆっくりしていってね」
そうやってニッコリ営業スマイルを浮かべれば、ガイウスおじさんが呆れたような、でもどこかおもしろがっているような、そんな顔になった。
「さて、くつろぐことができるのやら。先程から問い質したい事が絶えることなく積み上がっているのだがな」
「まあ、時間はあるからいくらでも付き合うよ。まずはお昼ご飯にしない?」
「お、飯か。いい感じに腹が減ってきてんだよな。……一応聞いとくけど、お前ら以外でも食えるものなんだろうな?」
「失礼な。ちゃんとイルナばーちゃんも『美味い』って言ってくれてたんだからね!」
「おや、あのイルナ様が誉め言葉を口にするほどとは、期待が膨らみますね」
ご飯の話題に飛びついてきたロヴが変なことを聞いてきたから言い返してやると、それを聞いて顔をほころばせるジュナスさん。まあ、イルナばーちゃんは食べられればそれでいいってのを地で行く人で、味にはわりと無頓着だったからね。どっちかっていうと『見たことないけど意外と』ってニュアンスが強かったのは内緒だ。
「それじゃ、待たせるのもあれだし手の込んだのは夜にして、手早く作れるのでいこっか。タチバナ、お願いできる?」
「――! 了解始祖様。ワルク、集合、先行」
「「「了解!」」」
そしてカラクリの料理長的なタチバナにお願いすれば、即座にかかった号令で列から飛び出してきた四人と一緒にエントランスから続く通路に走り去っていった。きっと今から大急ぎで昼食を作ってくれるだろう。まあ人数もそんなにいないし、ワルクの役名持ちが五人がかりなら大丈夫でしょ。
「みんなも、わざわざ練習までしてお出迎えありがとう。普段のシフトに戻ってくれていいよー」
「「「はい!」」」
そうして残ったみんなに解散を促せば、素直に聞き入れて三々五々に散っていく。ただ、誰も彼もが帰宅組とお客様ズを最後まで興味津々の目で見ていたから、やることが終わったら話をせがみに来るかもしれないかな。まあその時は思う存分相手してあげようっと。できればリクスたちにも一緒に話してくれると嬉しいんだけど。
「それじゃ、まずは食堂に案内するね。こっちだよ」
そうしてさっきタチバナたちが駆け去っていった通路へとみんなをご案内。移動中もきっちりと舗装された床や壁、天井が気になるようで、お客様勢は誰もが興味深げにしてしきりと首を巡らせている。
「――はー、ウルの故郷だって言うから面白いものを見れるだろうって期待してたわけだけど、まさかここまでスゲーのを見れるなんてな」
「ここ、地面の下なんだよね、ウル? それなのにこんなに綺麗で明るいなんて……すごいところだね、カラクリって」
「いやー、それほどでも」
感心しきりのリクスとケレンにボクも大満足。なにせ七年かけて作り上げた秘密基地なんだ。居住空間としてはもちろんのこと、あちこちギミックも仕込んだりしてるし、案内するのが実は楽しみだったりする。
「ボクとしても自慢の故郷だからね。お昼ご飯が終わったら色々案内するよ。シェリアも、どこか見たい所とかあったら遠慮なく言ってね」
「……そうね」
それからなんだかいつも以上に静かな気がするシェリアにも話を振ってみたけど、どうにもいつもより反応が遅い気がする。うーん……さっきの様子を見たせいでボクが気にしすぎてるだけなのかな?
ひょっとしたらお腹がすきすぎてるだけかもしれないし、とりあえずお昼をいっぱい食べてもらおうっと。