到着
「……まあそれは良しとして、だ。ウルよ、お前達の話を聞く限りマキナ族は集落を形成して暮らしているのではなかったか? それらしきものが見あたらんが」
どこか諦観を滲ませる雰囲気で研究所の魔改造に関してはスルーすることにしたらしいガイウスおじさんが、改めて敷地を見回した。実際、変な建物は数あれど、人影がさっぱりで生活感も皆無なわけだから疑問に思って当然だろう。
けれどそれも仕方ない。だって――
「ここはイルナばーちゃんの研究所で、カラクリの里自体はこことは別の場所に作ったからね」
そう言うとガイウスおじさんの片眉が跳ね上がり、ジュナスさんは驚いた様子でボクに視線を向けてきた。どうやら二人ともカラクリがイルナばーちゃんの研究所を中心にできているって思ってたみたいだ。まあ、あえて詳しく語ったこともないから勘違いしてても仕方ない。
「イルナばーちゃんのすすめで、里はここよりもっと人の来ないところに作ったんだ。作品とかも全部そっちに運び込んであるから、正直ここにはもうほとんど用はないよ」
「……つまり、ここはもぬけの殻だというのか?」
「うん。今でも定期的に手入れとかはしてるはずだけど、基本的に無人だよ」
「……いつからだ?」
「作ったばかりのカラクリが落ち着き始めた頃だから、今から数えると五年半くらい前からかな?」
「……」
質問を重ねていく内に、とうとう黙り込んで眉間の皺をもみほぐし始めたガイウスおじさん。まあ、せっかく用意した研究所が好き勝手に改造されたあげく、実は五年以上ほったらかしだったとわかったんだから、色々思うことがあるんだろう。対してジュナスさんは「さすがはイルナ様」って苦笑するに留めている。さすがベテランの執事、懐が広い。
「……故人に文句を言っても始まるまい。ウルよ、早々にカラクリへ案内してくれ」
そして何か色々と呑み込んだ様子のガイウスおじさんが、ため息混じりにそう要請した。
「はーい。じゃあみんな、もう一度魔動車に乗って」
「待て、改めて魔動車に乗る必要があるならなぜ降りた」
「いやだって、先行してたおじさんたちが停まって降りたんだから、てっきり用があるのかと思ったんだよ」
「何もないならただの建造物に用はない。なぜ先に言わなかった?」
「シグレたちからは聞いてなかったの?」
首を傾げながらシグレたちを見れば、同時にガイウスおじさんの半眼がマキナ族三人を鋭く射抜く。
「だって、ジュナスさんが知ってるって言ってましたから……」
「里の所在もイルナ様のご遺言に含まれていたのかと早合点をいたしました。申し訳ありません」
「ごめんなさい」
どうやら三人ともジュナスさんの『場所を知っている』って言葉を鵜呑みにしてたらしい。どこか言い訳がましいシグレの後に素直に非を認めて頭を下げるヒエイとタチバナ、そしてそれを見て慌てて倣うシグレ。
対してガイウスおじさんは呆れたというか、どことなくげんなりした様子でため息を吐いた。ジュナスさんはジュナスさんで「私も言葉が足りませんでしたね」って苦笑してる。うん、なんかウチの子たちがごめんなさい。
「えーっと、今度はボクが先導するね。まあ、直線距離だとそんなに離れてないからすぐに着くよ」
「……任せる」
一気に疲れた様子のガイウスおじさんから言質をもらい、みんなを促して再出発の準備を整える。
「――王! 先行して入り口を開けて参ります!」
その途中、失態の挽回とでも思ったのか、それだけ言い置いて研究所の一画へ走り去っていくヒエイ。阿吽の呼吸でタチバナが続き、一瞬遅れてシグレも慌てたように後を追いかけていく。
「……ウル、あの三人は先行すると言いながらなぜ敷地の奥へ向かった?」
「単純に里への直通路があるからだよ」
ガイウスおじさんから投げかけられる当然の疑問に答えながら、あっという間に建物の影に消えていった三人を呆れたように見送った。
「……一人で十分なのは知ってるだろうに」
確かに入り口は普段塞いであるから先に開けておいてもらえれば手間が省けるけど、開けるのは魔導器に必要量の魔力を流せばいいだけだから、マキナ族が一人いれば十分事足りるのだ。まあ、なんとかして失敗を取り返したいって気負ってると思えば可愛いけどさ。
気を取り直して魔動車に乗り込み、今度はボクが運転する方を先導にして敷地内をのんびり走らせ始めると、行く先から軽い地響きのような音が聞こえてきた。どうやら無事に入り口を開けられたらしい。誰が開けるかで一悶着起こしてるんじゃないかって心配してたけど、どうやら杞憂だったようだ。
そのまま山脈の方へ進路を取って向かうことしばらく、行く先にそびえ立つ断崖絶壁が見えてきた。広い研究所の奥まった場所にある一見なんの変哲もない崖だけど、今はその下の一部分がまるでせり出した上で持ち上げられたかのように――というか事実としてそのままの構造で開いた偽装隔壁が開いていて、崖下にぽっかりと大型の魔動車でも余裕で通れるような、きっちり舗装されたトンネルが覗いていた。あれが研究所からカラクリまでの直通路で、ちゃんと一定間隔で灯りが設置してあるからかなり奥まで明るく見通せる。
そしてその前にきれいに整列して待ち受ける人影が四つ……ん、四つ?
一瞬疑問に思ったけど、すぐに先行したマキナ三人組に加えて見知った顔なんだって気付いて思わず笑みを浮かべた。あの子、どうやら待ちきれずにわざわざ迎えに来てくれたらしい。
「な、なあウル、さっき言ってた直通路って、あれのことか?」
そう思って声をかけようとしたところ、後ろからそんな声が聞こえてきたから思わず振り向けば、運転席と客席の間にある窓を開けて引きつり気味の顔で乗り出しているケレン。
「そうだけど、どうかしたの?」
「いや、俺の見間違いじゃなきゃ、あの通路、まっすぐ続いてるように見えるんだが……当然、どこか途中で曲がってるんだよな?」
頼むから頷いてくれっていう言葉の裏にある懇願が聞こえてきそうな雰囲気だったけど、残念ながらその希望には応えてあげられないんだよね。
「ううん、曲がる意味もないからまっすぐそのままだよ?」
そうニッコリと答えてあげれば、その意味を悟ったケレン――どころかそれが聞こえたらしいリクスとシェリアまで見事に固まった。うん、まあバーラム連峰に平行するような崖に対して垂直にぶち抜かれたトンネルがどこに続いているかって――考えなくてもわかるよね?
「……お前の故郷、バーラム樹海のまっただ中にあるのかよ」
いつの間にか併走していたロヴが、今の話を聞いていたらしく呆れと戦慄を混ぜ合わせたような声で漏らした。いや、さすがに樹海のど真ん中とか賑やかすぎるのが目に見えてるから、ちゃんと山に沿った形で造ってあるよ?
そうこうしている内にトンネルまで到達したから、一旦停車して運転席から久しぶりに見る顔へと声をかけた。
「やあコハク、出迎えありがとう。元気にしてたかな?」
「お久しぶりですウル様、わたしはとても元気ですよ! ときどきお声は聞かせてもらってましたけど、こうしてお顔を見れるのはやっぱり嬉しいですね!」
そう言いながら取っても嬉しそうに駆け寄ってきたのは、流れる虹色の髪を二つ結びにした少女型のマキナ族、電話番でお馴染みのコハクだった。今日辺り帰ってくるって事は先に無線魔伝機で伝えてあったからここにいるのは不思議じゃないんだけど……てっきりもっと盛大な――具体的に言うと一族総出で花道でも作ってるんじゃないかって内心身構えてたんだよね。いや、自惚れとかじゃなくて自分の慕われっぷりを自覚してるから、それくらいはやりかねないと思ってたわけなんだけど。
「ここにはいないみたいだけど、他のみんなはどうしたの?」
だからこそ、今この場にコハクしか来てないことがほんのちょっとだけ不安で、いないとわかっていながらも辺りをキョロキョロ見回しながら尋ねてみれば、ついさっきまでの満面の笑みから一転して、心底申し訳なさそうに理由を口にするコハク。
「それが、みんなもお出迎えに来るはずだったんですが……折り悪くジョン君が来てしまいまして。まさか貴重な機会を逃すわけにも行かず、やむなくわたしだけがお出迎えに上がりました」
「ああそっか、ジョン君。もうそんな時期か。じゃあしょうがないよね」
納得の理由に不安が解消されてホッとした。そしてやっぱり総出で出迎えする気だったみたいだ。とりあえず慕ってくれてるのは嬉しいけど、仰々しいお出迎えはノーサンキューだから、コハクには気にしないよう伝えながら再び魔動車を発進させた。
「あ、おいウル、あいつら乗せなくていいのか?」
「大丈夫だよ」
コハクたちを置いたまま当然のように魔動車を走らせ始めたからか、即座に並びながらもロヴが聞いてくるから一言応えつつミラー越しに様子を見守った。
そうすれば素早く離れてトンネルの入り口へと向かうコハクの後ろ姿。ちょうどそこにある端末の前で操作権を得ようと押し合いへし合いしていたシグレたちの脇をすり抜けると、ジュナスさんの運転する魔動車がトンネルへ入ったのを見届けてからあっさりと操作した。
そして隔壁が締まる音とシグレたちの抗議の声をBGMにしながら魔動車まで全力で駆け戻ってくると、すまし顔で併走し始めた。少し遅れて恨めしげな表情をコハクに向けたシグレたちが追いついてきて、そのままわいのわいの言い合いながら一塊になって走り出す。
それを見て反対側じゃ、同じようにトライクで並んで走っているロヴが目を丸くしている。まあ、ゆっくりとはいえ走行中の魔動車に平然と追いついたりしたら普通驚くか。
「ね?」
「……お前ら本気でどういう身体してんだよ」
「んー……着いたら教えてあげてもいいよー」
そう言えばロヴにはマキナ族について詳しく話したことがなかったなと思って、まあ教えてあげてもいいかと心に決めつつトンネルを進むことしばらく。出口が見えてくるのと前後して地響きやくぐもった爆音などなどが聞こえ始めた。どうやらまだジョン君が頑張ってるらしい。
「……おい、明らかに向こうで戦闘してねぇか?」
「まあ、ジョン君を相手にするのはいい訓練になるからね」
「魔境の魔物相手に訓練って……つーかさっきもなんか言ってたがよ、なんだよそのジョン君ってのは?」
「大きい魔物だよ。名前がわからなかったから適当に呼んでたら、それがいつの間にか定着しちゃってね――あ、ほら、着いた。急げばまだ見れるかもしれないよ」
どうやらジョン君の正体が気になるらしいロヴ。ちょうどトンネルをくぐり抜けて格納庫然とした人工的な空間に辿り着いたので、適当に空いているスペースに寄せて魔動車を駐めると、操縦席から飛び降りて付いてくるように促した。
そして魔動車から降りたみんなが後に続くのを確認しつつ先導し、ちょうどトンネルの出口と向かい合う場所に設置されている大扉まで来ると、備え付けられている端末を叩いた。そうすれば重々しい音共に大扉が開いていき、ガイウスおじさんの屋敷の玄関ホールより少し狭いくらいの広さをした一室が現れた。反対側に同じくらいの大きさの扉といくつか端末が設置されているくらいの殺風景な部屋だけど、べつに玄関ってわけじゃないから特に問題はない。
「さ、入って入って」
そう促してぞろぞろと全員が入室したのを見届けてボクも中へ。次いで端末を操作しようと思ったら、そこにはすでにヒエイがスタンバってた。
「王、観戦がお望みなのでしたら展望エリアでよろしいでしょうか?」
「うん、それでよろしく」
どこかやり遂げた感のある笑顔で確認してくるのに頷きを返すと、待ってましたとばかりに手早く端末を操作するヒエイ。そして物々しく動いた大扉が閉まりきると、唐突にガクンと部屋が揺れた。
「な、なんだ!?」
「おいウル、何が起こった!?」
ちょっと衝撃が強かったせいか、体勢を崩しながら大慌てで周囲を見回すガイウスおじさんと、素早く武器に手をやり戦闘態勢を整えながら油断なく視線を走らせるロヴ。他のみんなもお客様勢はだいたい似たような反応だ。うん、ボクとかイルナばーちゃんとかマキナ族のみんなとかは慣れたし当たり前になってるしで全然気にしてなかったけど、そりゃいきなり部屋が大きく揺れたら驚くか。
「あーゴメン、先に言うの忘れてたよ。この部屋、ちょっと仕掛けがあってね。部屋ごと動くんだ」
「「「「……は?」」」」
多少小さくなったものの現在進行形で揺れ続ける部屋に改善の余地を見出しながらそう告げると、そろって間の抜けた声が返ってきた。
そう、実は何を隠そうこの部屋、いわゆる大型エレベーターだったりする。それも最下層の研究所直通路からいくつかの重要設備を経て最上層の展望エリアまでをぶち抜いている、カラクリの里の基幹エレベーターだ。
「まあ、詳しい話はまた後でするから。それよりそろそろ着くよ」
言った折も折、鈍い音と共に部屋の振動が収まり、次いで入ってきたのとは反対側の大扉が開いた。そこは山肌をくりぬいたスペースで、エレベーターの反対側には山裾を見渡せる窓が連なっている。
そこに駆け寄りざっと見回せば、目的のものはすぐに見つかった。
「あ、いたいたあそこ。ほら、まだやってるよ」
そうやってボクが指さす先は連峰と樹海の境界辺り。咆吼を上げながら大暴れしているゴリラに牛の頭を乗っけたような魔物と、その周りで忙しなく動き回る虹色の髪を煌めかせた小さな人影達。襲来したジョン君と迎撃兼訓練に励むマキナ族の子たちだ。大きさの比率はジョン君が十だとしたら、マキナ族のみんなは二前後ってところかな? 樹海の木はジョン君よりも背の高いのが多いから、こうやって遠くから見ると巨人の国に迷い込んだみたいだ。
「んー……連携はいい感じになってるんじゃないかな? ちゃんと訓練してるようで何よりだよ」
「もちろん、誰一人として欠かしてませんよ! なにせウル様が考案された訓練なんですから!」
前衛が果敢に攻め入る中、後衛から爆炎や砲撃、雷撃などなどを織り交ぜながら一進一退に見える応酬を眺めながらそうこぼすと、それを聞いたらしいコハクがまるで自分の事みたいに胸を張った。いや確かに考えたのボクだけど、聞きかじりどころか前の世界の記憶にあるゲームの戦法がベースだからそんなに大したものじゃないんだ。ないよりマシってくらいの素人の生兵法だから、ちゃんと試行錯誤して実地で改善していってって言ってあったよね?




