道中
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。よければ今年もお付き合いください。
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「……うん?」
「お? どうしたウル? また魔物でも出たか?」
「いや、そっちは大丈夫だけど……なんだろう、なんかどっかで理不尽に怒鳴られたような気がする」
「なんだそりゃ?」
ふと視線を遠くにやったボクを見て、一仕事終えて愛車に戻ろうとしているロヴが変なモノでも見るような目を送ってよこした。いやまあ、隣にいる人間がいきなりそんなこと言い出したらボクだって似たような目を向けるだろうけど……見回したところで周りに見えるのは森の他は魔物の死骸くらいだし、そもそもメンバーにいきなり怒鳴るような人もいないし、気のせいだよね?
今はロヴが合流した翌日。あれから途中の休憩でロヴの同行許可を依頼主様からもぎ取ったりしつつ、日が暮れる頃に最寄りの街まで辿り着いたのだった。さすが魔動車、徒歩より断然速いや。
そのまま夜間行軍かなって思ったけど、諸事情によりここから先はろくな人里がないってことで一泊することが大決定。ついでにボクを除いた臨険士のみんなに対して、ここから先は国家機密に匹敵する事象に関わることになるってガイウスおじさんからほとんど脅迫じみた勧告が入ることに。さらにはジュナスさんがこれから知りうる情報に関しては口外厳禁って書いてある誓約書を取り出してきて、これに署名しなければ同行の許可は出せないってダメ押し。
護衛依頼だから誓約書にサインしないなら戻ってくるまでその街で待機ってことも言ってたけど、もともと全員がボクの故郷目当てだったわけだから一も二もなくサインしていった。まあ例によってリクスがやや尻込み気味だったけど、他の面々がなんの躊躇いもなくサインしていったもんだから、すぐに腹を括った顔で続いてたりしたね。
そんなこんなで明けて早朝、ボクたちは誰一人欠けることなく朝靄漂う中を魔動車に乗り込んで出発したのだった。ちなみに場所は知ってるとのことで、先導は昨日と同じくジュナスさんが運転する方の魔動車だ。まあジュナスさんが知ってるのはたぶんあっちの方だけなんだろうけど、シグレたちも同乗してるしその辺は大丈夫か。
そうして現在、鬱蒼と生い茂る原生林にかろうじて刻まれた道を元気に踏破中だ。時々そこそこ強めの魔物が襲いかかってきたりしたけど、マキナ族四人にプラチナランクの臨険士がいるわけで、事前に察知しては返り討ちにしてほとんど足を止めることなく進んでいっている。で、今しがた何度目かの遭遇を危なげなく撃退したところだ。
「にしても、まっさかこんなとこまで来ることになるとはなぁ」
ついさっき魔物の頭をぶち抜いた魔導銃を肩に担ぎ直しながら妙にしみじみと言うロヴ。その視線が向けられている方をなんとなく見れば、そこにはそびえ立つ急峻な連峰。
あれがバーラム連峰って名前の山脈なんだけど、ブレスファク王国の北西にある一部地域をぐるりと囲うように連なっていて、唯一途切れてる部分は海に面した断崖絶壁。
そうなると内側はもはや陸の孤島と言って差し支えないくらいで、そんな場所で当然起きるのはいわゆるガラパゴス化。しかも記憶にある前の世界と違って、魔力だの魔物だのが存在する世界だ。もはや山脈の外側と内側で別次元の生態系ができあがっている。それがこの世界で屈指の魔境、バーラム樹海。
――っていうのを、臨険士になってから初めて知った。ボクの地元は秘境だ魔境だってずっと思ってたら、まさにその通りだったんだからもう乾いた笑いしか出てこなかったね。まあ今いるここはその外側だからそれほどじゃないみたいだけど。
「ロヴでもここまで来たことないの?」
「中の樹海なら何度か入ったことはあるが、それも表からだしな。裏手なんてまず誰も来ねぇだろ」
魔境とか率先して行きそうなのにと意外に思って尋ねると、そんな風に答えを返してくるロヴ。ちなみに表とか裏とかって言うのは、バーラム連峰の中でもまだ比較的中との行き来がしやすいルートがあって、麓には樹海を訪れる人が必ず立ち寄る城塞都市があるとのこと。
だから実質的に入り口なそっち側が『表』って呼ばれて、それとちょうど真反対側のここは『裏』になるらしい。そして出入できない裏口なんて特に用事がなければ誰も来ないわけで、未だ手つかずの場所がほとんどだとか。おかげで他より危険な魔物がわんさかいるせいで、余計に人が寄りつかないらしい。道理で研究所時代、まったくと言っていいほど他の人を見かけなかったわけだよ。
「あの婆さまたっての希望でな。私の管轄で『隠居するから人の寄りつかないへんぴな所に研究所をくれ』という要望に最も適した場所がここだったのだ」
「あれ、なんで降りてきたの? ガイウスおじさん」
横から割り込んできた声に振り向けば、魔物の襲撃って事で一時停車していた魔動車から降りてくるガイウスおじさんの姿が。
「小休止だ。やはり長旅は老体に堪えるな」
そう言って身体をほぐすように動かすおじさん。確かに、いくらふかふかソファでも、ずっと座ってたら生身の体は固くなるよね。
それでも本当にご老体なのかはかなーり疑問だけどね。いやだっておじさん、普通に肉付きいいし。顔の皺をちょっと隠したら、下手をしなくても四十前半で通るんじゃないかな?
でもまあ、休憩を取るつもりなのは本気のようで、運転手のジュナスさんも降りてきた。それで万全の迎撃のために出てたヒエイ達に指示を出して、てきぱきと周りに散らばっていた魔物の死骸を集めさせている。これまでは放置して進んできたけど、どうするのかな?
「あ、じゃあリクスたちにも休憩取ってもらっていい?」
「お前達は臨険士であろう? 己の管理程度己でこなせ」
「はーい」
遠回しに『好きにしろ』って言われたから、声をかけるべくここまで乗ってきた魔動車の方に振り向いたけど、その矢先にシェリアを先頭に『暁の誓い』の面々が降りてきた。どうやら様子を見て休憩だと独自判断したらしい。さすが先輩達だ。
「休憩ね?」
「だってさ。今の内に体伸ばしといてね」
「そうするわ」
応えるやいなや、立ったままできる柔軟運動を始めるシェリア。その間も油断なく視線を巡らせ警戒する様子は完全に熟練者だ。
対して、のそのそと降車してきたリクスはどこか浮かない顔。
「どうしたの、リクス? ひょっとして酔った?」
ロクに舗装もされてない道を延々進んできたせいで車酔いにでもなったのかと思って聞いてみたところ、当人はそうじゃないともどかしげに首を横に振る。車に酔ってないのは安心だけど、なら何が問題なんだろう?
「気にすんなよ、ウル。こいつ、お前らにばっか魔物の相手させてるのが落ち着かないだけだから、心配する必要はないぜ?」
首を傾げていると、横からからかい調子のケレンがリクスの内心を語ってくれた。なるほど、真面目なリクスらしいや。
「だけどケレン、おれ達だって護衛の依頼を受けた臨険士なのに……」
「いや、お前あれ見ろよ。影猟犬だぜ? ウルとかロヴさんとかは楽に蹴散らしてるように見えるが、群が出たって話になったら普通ゴールドランクが何人も出張るようなヤツ相手だぜ? 俺らごときがどうにかできると思うか?」
それでも言いつのろうとする幼馴染みの肩を気安く叩きながら、現在シグレたちがテキパキと解体中の魔物の死骸を指し示して宥めるように言葉を紡ぐケレン。へぇ、あれ影猟犬っていうんだ。確かに、どういう原理か何かの陰に入っている間は目視じゃほぼ見つけられないっていう性質にはピッタリだね。一体一体の体格もいつかの幻惑狼と比べて二回りくらい大きいし、ひょっとして上位互換だったりするのかな?
「俺らが実力不足なのははなっからわかってんだろ? ここはおとなしく実力者に任せて、そこから少しでも学ぼうぜ、な?」
「……うん、そうだよな」
相棒の説得が功をそうしたのか、リクスは少し葛藤したあとに重々しく頷いた。実はここまでも襲撃のたびに迎撃するボクたちを魔動車の中から食い入るように見ていたのは知ってるんだけど……ボクも含めてわりと人外な連中しかいないけど、参考になるのかな?
「まあ、もうすこしで着くからそれまでちょっと我慢してね。着いたら訓練くらいならいくらでも付き合うからさ」
「……ありがとう、ウル」
そう言ってリクスを励ましていると、何かジトッとした視線を感じた。振り向いてみれば周囲の警戒はどうしたのか、じっとボクを見つめているシェリア。んー……シェリアも多少は暴れたいのかな?
「次があったら、シェリアは一緒に撃退してみる?」
「……あなたに任せる」
聞いてみると、一瞬で周りにいる人たちに視線を巡らせてからボクに依託してくる。えっと……人目を気にしてる? ってことは、シェリアも『本気』を出せればなんとかなるだろうけど、今はそうする気はないってことかな? まあ、ホントの種族がばれたらまずいんだし、当然といえば当然だね。そうなると――
「じゃあ、着いたらシェリアも訓練する?」
「お願いするわ」
そう尋ねれば即答が返ってきた。よし、当たりみたいだ。どうやらリクスだけ訓練に誘ったのが不満だったらしい。べつに仲間はずれにする気なんてさらさらないのに、シェリアは寂しがり屋だなぁ。
その後綺麗にはぎ取られた影猟犬の毛皮とか爪とかの素材諸々――どうするのかジュナスさんに聞いたら、希少な魔導器の原料にうってつけらしい。それを魔動車に積み込むのを見届けたところで小休止は終了。またしばらく魔動車に揺られながら二回ほど魔物を追っ払って、 もうすぐお昼って頃になってようやく切り開かれた一帯に辿り着いた。
そこに鎮座するのはここまでの道のりと打って変わって、明らかに人の手によって造られた建造物。ガイウスおじさんのお屋敷に勝るとも劣らない規模なんだけど、ちゃんと整った様式の貴族屋敷と比べるとかなりいびつなのが見て取れる。具体的にいうと左右非対称は当たり前で、あちこち出たり凹んだり、壁面が明らかに多角柱形や円柱形だったりとかなり無秩序だ。頑丈な塀もあちこち取り壊されては新しく造られた跡が目に付くし、敷地にはてんでバラバラに小屋やら倉庫やらが点在してる。
……うん、こうして目にするのは実に半年ぶりだけど、改めて見ると色々ひどいね、イルナばーちゃんの研究所。
「……」
「ここがあのイルヴェアナ・シュルノームの研究所……?」
「なんか、色々とすげーな」
「こんなへんぴなところにけったいな研究所ぶっ建てて隠遁とか、天才ってのは何考えてるのかわかんねぇな……」
一応到着って事で敷地に入った辺りでみんな魔動車から降りてるんだけど、その奇天烈な建築群にマキナ族組を除くみんなは戸惑い気味。中でも元の形を知っているらしいガイウスおじさんは呆れた様子を隠そうともしない半眼で奔放すぎる建物たちを見渡している。
「……記憶にあるよりもかなり規模が大きい上に前衛的なのだが、私の思い違いか?」
「いいえ、大旦那様。私の記憶と比べても明らかに異なっています。これはイルナ様が改修されたのでしょうか、ウル様?」
「そうだね。ボクも生まれてからはあちこち増築の手伝いしたし」
兵器以前に生きた魔導体なもので、イルナばーちゃんが何か思いつくたびに増改築を手伝ったのが懐かしいや。秘密基地を作ってるみたいですごく楽しかったんだよね。あの調子じゃボクがこの世界に生まれる前も自前の魔導器や魔導体を駆使して勝手に拡張しまくってただろうし、原型はボクにもさっぱりだ。