乗換
高級ホテルかって言いたくなるような客室で列車に揺られて移動すること二日。国内線は夜間運行はやってないようで、五駅目で日が暮れたことからそこの街で一泊、翌朝停車したままだった列車にもう一度乗り込んでさらに三駅目のフィルクトって言う街がカラクリの最寄り駅だ。
まあ、最寄りって言ってもそこから徒歩でさらに一日半はかかるんだけどね。しかもマキナ族の不眠不休換算でだ。なにせブレスファク王国と言えども、魔導列車はまだ北回りと南回りに分かれて主要都市を結んでいるだけみたいだから仕方ない。ちなみに、今まで乗ってきた魔導列車は北回りの路線だね。
「やっと着いた……」
プラットホームに降り立つなり、げんなりした様子のリクスが思わずといった風に漏らしていた。どうやら慣れるとは言ったものの、やっぱり客室席の格は庶民な彼には会わなかったらしい。まあレイベアの駅で謎の視線騒ぎがあったから、ひょっとしたら列車の中で襲撃でもあるんじゃないかってずっと警戒してたのもあるんだろうけどね。結果的には襲撃もトレインジャックも特に起こらず平穏無事に到着したわけだけど。……いや、別に残念になんか思ってないからね?
「おう、リクス。なんか安心してるみたいだが帰りも同じってこと忘れてないか?」
「う……わ、わかってるさ」
「あんまりビクビクしすぎんなよ? 見てるこっちがハラハラしてくるぜ」
「それはこっちの台詞だ、ケレン。よくもあんなに堂々と高そうな物を触れるよな」
「下手にビビって手が滑りでもする方がずっと怖いだろうが。男は度胸だぜ?」
呆れ混じりに展開されるケレンの持論に対しては、程度の問題はあれ大いに頷くところがある。慎重なのもいいけど、リクスも少しはその気概を見習うべきだと思うんだ。シェリアなんかまったく普段通りだったし。
それはさておき最寄り駅には着いたわけだけど、先に述べたようにカラクリまではまだかなりある。生身でってことなら三日、お貴族様のガイウスおじさんのことを考えたら四日ってところかな?
「ここからはどうするの? 歩き?」
「案ずるな。事前に手配はすませてある。表に出れば迎えが見つけるだろう」
確認がてらと尋ねてみれば、当然のようにそう告げるガイウスおじさん。さすがは元公爵様、遠出するのに準備は万端らしい。
ガイウスおじさんの先導におとなしくついていくと、駅前のロータリー風になってる場所で隣にいたジュナスさんがハンカチを片手に持って空中に丸を描くように二回動かした。見るからに合図のそれからほとんど待つことなくボクたちの方へと急ぎ足に近寄ってくる人が。いつものジュナスさんより少しランクの下がった感じな執事服を着ている。
「恐れ入りますが、ジュナス様とその御一行様でいらっしゃいますか?」
「はい、その通りです」
「お待ちしておりました。主より仰せつかっております、こちらへどうぞ」
一応お忍びだからか、執事の人はジュナスさんへと話しかけつつも、しっかりとガイウスおじさんに対して恭しくお辞儀をしてから一行を誘導した。そっちに付いていけば、二台の魔動車が並んで止められていた。箱形に出っ張ったノーズが付いてる、前の世界の記憶基準で言えばレトロな感じのするやつ。まあこっちの世界で見る魔動車がたいていこのタイプだからこれがポピュラーなんだろうけど、どうやら手配したって言うのがこれのことらしい。
「どうぞ、こちらにお乗りください」
「ご苦労さまです。大旦那様、どうぞ」
「うむ」
「護衛の方々は後の車両へ」
「あ、はーい」
「あ、じゃあわたしはウル様と――」
「使用人のお前はこっちだろう!」
そんな感じで特に打ち合わせとかはなかったけど、ささっと二台に分乗するボクたち。シグレたちが背負ってきた大荷物は屋根の上だ。若干一名がなんか言った気もするけど、それはスルーする方向で。
そうしてボクは迎えに来たのとはまた別な執事服の人に恭しく促されて、真っ先に後ろの車両に乗り込んだ。どうやら運転席と客席が分かれてるタイプで、しかも客席は向かい合わせというリムジン仕様。さすがはお貴族様って思ったけど、この世界で一般的な乗り物である馬車が基本対面式の座席だってことを考えればべつに特別仕様ってことでもないのかな?
「うわぉ、こいつはすげえ! これベルフス系の高級車だよな。個人用の魔動車なんて初めて乗ったけど、大型貨物型とはまた違ったアジがあるな!」
「おいケレン、あんまり触るなよ、うっかり壊したらどうするんだ!?」
続いて嬉々とした様子で乗り込んできたケレンがいつもより高めなテンションで窓枠やら肘掛けやらあちこち触って眺め回し、そんな相方をリクスが注意するものの、腰を下ろした座席の柔らかいクッションが落ち着かないのか若干挙動不審気味だ。シェリア? 普通に乗り込んできて無言でボクの隣に座ったよ。今は軽く腕を組みながら瞑想するように目を閉じてるね。
そうこうしているうちに座席が揺れて魔動車が動き出したのがわかった。やいのやいのと騒ぎ続けてる幼馴染みズを横目でニヤニヤしつつ、窓から街の賑わいを眺めてたんだけど……あれ、ガイウスおじさんが移動手段にって手配したなら、このまま魔動車で移動になるんだよね? 出発からして人を絞ってたのに、運転手の人、思いっきり部外者だよね? いいのかな?
そんな疑問を浮かべていると、大きな建物の前で魔動車が停まった。規模としてはお屋敷って言っても良さそうだけど、前庭もなく大きな道路に面していて結構頻繁に人が出入りしているみたいだ。なんというか……前の世界の記憶にある役所とかそんな雰囲気がする。
まだ街から出てすらいないから到着ってわけじゃないはずなのにどうして停まったんだろう――なんて首を傾げていると客席のドアが外からノックされた。そっちを見れば窓越しに見えるジュナスさん。
「外から失礼します。旦那様がフィルクト伯爵と面会されるとのことですので、我々は領主館へ向かいます。さほど時間はかからないと思いますので、皆様はこちらでお待ちください」
「あ、はい。わかりました」
リーダーらしく応じたリクスの返事を聞いて、ジュナスさんは一つ頷くと魔動車から離れていった。そのままガイウスおじさんたちと合流して目の前にあるお役所っぽい建物に向かう。……領主館って、確かこっちの世界のお役所だっけ? それっぽいって思ったら本当にそのままだった。
「……なあ、やっぱりおれ達も行かなくていいのかな? 一応護衛なんだし……」
「領主館なら大丈夫だろ。あそこで騒ぎを起こすとか領主に喧嘩売るようなもんだぜ? よっぽど頭のおかしいやつでもないとやらかさないだろうし、ウルの同族が三人もついて行ってるんだ。心配するだけ無駄じゃないか?」
「それはそうだけど……」
そんな風にちょっと不安げに漏らしたところへケレンが肩をすくめながら言い諭せば、ボクのことをチラリと見るリクス。ああうん、大丈夫だよ。ウチの子たちの能力を疑ってるわけじゃないっていうのはわかってるから。真面目なリクスは仮にも護衛の立場なボクたちが、依頼主に言われたからって職務放棄するのが落ち着かないだけだよね。
「じゃあ外で周辺警戒でもしてない? 依頼人に四六時中べったりしてるだけが護衛じゃないし、万が一何かあった時に少しでも早く動けるしね」
「そ、そうだよな。うん、そうしよう!」
そう思って提案してみれば、案の定顔を輝かせて飛びついてくるリクス。そのままやる気に満ちた様子で魔動車を降りていくのを、ケレンが呆れたような、それでもどこか微笑ましいものを見るような目で見送った。
「毎度毎度律儀だよなぁ……少しくらい気を抜いたからって罰が当たるわけでもないってのに」
「それがリクスのいいところじゃん。それじゃ、ボクも周辺警戒行ってくるね」
「お前もかよ、ウル」
リクスに続いて降りようとしたところで今度は純度百パーセントの呆れ顔を向けられたから、軽く肩をすくめてみせた。
「言い出しっぺだからね。それに臨険士としていい先輩は見習わないと」
「おーおー、いい子ちゃんな後輩だことで」
「ありがとね。それで、ケレンは後輩にいいところを見せてくれないの?」
「抜けるところは力を抜くのが俺の方針だからな」
「あはは、悪い先輩だなぁ」
そんな冗談を交わしてからヒョイと路上に降り立った。すぐ近くには真剣な目つきで周囲をうかがうリクス。ホントに真面目だよね。
ボクも少し離れたところで任務を開始したけど、今魔動車が停まっているのは領主館の正面、人の行き交う大通りの端だ。領主館への出入りも結構あるわけで、近づく人イコール不審者ってするわけにもいかないから、やることは実質的に見るからに怪しい人がいないか見張るくらい。
「……ねぇ、シェリアは怪しい人って見分けられる?」
「なんとなくは」
ボクが魔動車から降りると当然のように付いてきて、今も隣で周りを観察するようにしているシェリアに尋ねてみたら、すぐに頼もしい答えが返ってきた。さすが優秀な斥候にしてパーティ一の先輩。
「ちなみにどうやって見分けてるの?」
「……歩き方とか視線の動かし方とかと、後は身につけてる物」
その後に続いた口数少ない説明を要約すると、ある程度荒事慣れしてる人だと体捌きとかに違いが出てくるらしい。そういう人がいかにも一般人って格好してたら要注意で、あとやましいことがある人は不自然に周りを見回してることがあるってことだそうだ。
ちなみにこれはまだわかりやすい例だって言われたけど、ボクはそのわかりやすいっていうのがわからなかったりする。これが経験の差か……。
そんなこんなで頑張って警戒を続けていると、領主館からガイウスおじさんたちが出てきたのに気づいた。そんなに時間が経ってないはずだけど、もう用事は終わったのかな?
「お帰り依頼主サマ。もう用事はすんだの?」
「顔見せと言伝程度だ。時間がかかる道理がない。時にウルよ。お前達の一族は魔動車の運転はできるな?」
特に何事もなく駐車してるところまで戻ってきたガイウスおじさんたちを出迎えたら、藪から棒にそんなことを聞かれた。なんだろう急に。一族……ってことはマキナ族がってことかな?
「まあ、故郷じゃイルナばーちゃん謹製の魔動車を使ってたからね。得意不得意はあるけど、走らせるくらいはみんなできると思うよ」
とりあえず求められたままに答えると、ガイウスおじさんは一度使用人マキナ族三人組みをぐるりと見回してからもう一度ボクの方を見て言った。
「ではウル、後の車両の運転はお前に任せる」
ああなるほど、やっぱりお付きの運転手の人は同行させない方針か。でも確か魔動車ってまだまだ富裕層向けの乗り物だよね? 一介の臨険士に運転させるものかな? 体裁も含めてシグレたちの誰かにした方がいいと思う気がする。
「そういうのって護衛に任せても大丈夫なの?」
「そちらにこの三人の誰かを乗せるとするなら、誰が向かうかでいらぬ悶着が起きそうだからな」
あ、うん、すごく納得した。なんせたかが電話の待ち受け係の決定に場外トーナメントでも始めかねない子たちだ。定員がある以上全員が来るわけにもいかないし、お貴族様の使用人兼護衛が偏るのも大変よろしくない。
実際ガイウスおじさんの発言を聞いた三人は、『なぜそんなことを』とでも言わんばかりの驚愕顔をガイウスおじさんに向けていたりする。これはこれで問題ありそうな選択だけど、ガイウスおじさんは平然と無視してるし、ある意味平等だから一番問題が少なそうだ。
「ジュナスを向かわせる手もあるが、これは私の傍に置いておきたい。ならばお前が運転できるというならそれに任せる方が早い。先程持ち主から許可を取ってきたゆえ、気兼ねなく務めるよう」
へえ、ジュナスさんって魔動車運転できるんだ。まあ執事の必須技能って感じだから当然かもね。そしてこの魔動車の持ち主が伯爵様で、どうやらさっきの領主館訪問はこの許可をもぎ取る意味もあったらしい。まあそれでどこからも文句が出ないならボクとしては断る理由もない。
「はーい、そういうことなら了解だよ」
その後、元々の運転手さんはガイウスおじさんからの丁重な事情説明に納得してもらい、リクスとシェリアが改めて客席に乗り込むのを見届けてからボクは無事に運転席に収まった。
「――ん? なんでウルが運転席にいるんだ?」
「人員の削減でボクが運転手をすることになったんだ」
しきりの窓越しにボクが運転席に入ったことに気づいたケレンの疑問に簡単に答えながら、ハンドル周りを確認……うん、知ってるのと配置に違いはそんなにないね。これならスタント機動だってできそうだ。まあ車体の強度が不安だからやらないけど。
「ウルお前、魔動車の運転なんてできたのか?」
「こう見えて、カラクリじゃ一番の運転手だよ!」
実際、前の世界の記憶に車を運転してる場面だとかレースゲームをやってるところだとか、色々ある予備知識のおかげでまっさらな状態から始めてる他のマキナ族の子たちよりは上手い自負がある。まあこの世界の道交法を知らないから、郊外ならともかく街中だと『人を轢かない』くらいしかわからないけどね。その辺は前の車両にくっついていけばなんとかなるだろう、たぶん。
「はー、お前本当に隠し芸多いよな」
「いやー、それほどでも――おっと、出発するよ、お客様」
ガイウスおじさんたちの乗る先行車両が動き出したのに合わせて発進した。電気やガソリンじゃなくて魔力が主燃料だからか、エンジンの音はあんまりしない静穏設計だ。
そのまま人がランニングするくらいの速度でジュナスさんが運転してるはずの魔動車にピッタリ追随することしばらく。特に事故を起こすこともなく街の外まで抜けることに成功した。『守るための兵器』が交通事故とかシャレにならないから内心ホッとしてたのは内緒だ。