待合
そうして翌々日の出発当日。指定された時間よりも先にボクたち『暁の誓い』は一足先にレイベアの魔導列車駅前にいた。最寄りの街までは線路が敷かれてるから、そこまではのんびり列車の旅だ。ちなみに一般路線も盟約路線と同じく客車に等級があるんだけど、なんと一番上等な客室席にタダで乗せてくれるそうだ。厳密に言えば名目上は護衛ってことでガイウスおじさん御一行と一緒になるってことなんだけど、その分も経費ってことで依頼主持ちなのだ。さすがおじさん、太っ腹!
「いいのかなぁ、おれ達みたいなカッパーランクの臨険士が客室車両なんて……」
「まだ言ってんのかよ、リクス。客室じゃなきゃどこに乗るつもりだ?」
「そりゃ、一般席とか個室席とか――」
「おいおい、実質名目だけとはいえ俺らは護衛だぜ? 依頼主から離れて何を守ろうって言うんだよ」
「だけどさぁ……」
「いい加減割り切れって。男なら堂々としてろよ」
朝食の時間はとっくに過ぎてそれなりに人が行き交う中、依頼の詳細を確認してから今に至るまで諦め悪くグチグチと言い続けているのはリクス。なんかこう、リクスって野望が大きい割には小心者っていうか庶民派っていうか……真面目な性格が祟って分不相応の扱いをされると、とたんに尻込みするんだよね。
いつものことと言えばいつものことだけど、さすがに相棒のケレンも素で呆れてるご様子。よし、ここはボクも発破をかけてあげようか!
「ねえリクス。リクスって英雄になりたいんだよね?」
「え、いやそこまでは――」
「英雄になりたいんだよね?」
「……ま、まあ憧れてはいるけど」
なんだか少し恥ずかしそうに口ごもったから二回聞くと、若干目を逸らしつつも否定はしないリクス。うん、ちょっと可愛いと思っちゃった。
「それならいつかは今日みたいな待遇も当たり前になるんじゃない? だったら、いい機会だから今の内から慣れておこうって思ったりしないのかな?」
「それは、その……」
覿面に狼狽え出す英雄志望君をニッコリ笑顔で追い詰めていく。
「考えてみてよ。英雄さまがたかが上等な客席ごときでビビってたら、かっこわるくない?」
「う……」
「リクスはそんなかっこわるい英雄になりたいのかなー?」
「うう――そ、そう言うウルはどう思ってるんだ?」
微妙な顔で唸っていたかと思うと、唐突にそんなことを言い出すリクス。どうやら形勢不利とみて苦し紛れの反撃らしいけど、隣の幼馴染みが吹き出すのを堪えてるよ? ボクの耳には「おいおい、そりゃ悪手だろ」って呟いてるのが届いてるよ?
「ボク? タダで一番いい客車に乗れて運がいいよね!」
「そ、それ以外は?」
「カラクリから最寄りの街まで二日で行けるなんて楽だよね、魔導列車って!」
「……」
だから満面の笑顔でそう言ってあげれば、ついにリクスは何も言わなくなってしまった。全部本心だよ? 前の世界の記憶でも環状線とかに乗ったのはあっても豪華寝台列車とかのはなかったから純粋に楽しみだし、里から出てレイベアまで十日間歩き通してやっと着いたことを考えれば段違いだよね。
「リクス、お前ウルがこういうヤツだっていい加減わかってるだろ?」
「う、ケレン……」
「諦めろって、どう頑張ったってお前の負けだよ。我が道を地でいくようなヤツがそんな小さいことを気にすると思うか?」
そう言って笑いをかみ殺しながら肩を叩くケレンを恨みがましげな目で見やるリクス。かと思ったら、ケレンはリクスに顔を寄せて潜めた声で話しかけた。
「――それにあんまりみっともないこと言ってたら、シェリアに愛想尽かされるぜ?」
「――!!」
それを聞いてとっさにシェリアの方をうかがうリクス。その視線の先には腕を組みながら駅舎の壁にもたれかかって目を閉じているシェリア。いつものごとく我関せずって感じのポーズが妙に男前だけど、少なくともこれまでのリクスの女々しい態度を気にした様子はないね。
「……わかったよ。もっと前向きに考えることにする」
そんなシェリアを見てホッとした様子のリクスは、さっきとは打って変わって腹を括ったような顔になった。それを見たケレンも「そうこなくっちゃな!」って満足げだ。
そんな一連の流れを優秀な聴覚が余すことなく拾ってきたわけだけど、それにしたってシェリアの名前を出したとたんに態度が変わったよね、リクス……前々から思ってたけど、ひょっとしなくてもそうなのかな?
うん、シェリアはパーティの紅一点だし美人だしかっこいいし、ちょっと取っつきにくそうなところも高嶺の花とかミステリアスな感じにとれるし……ほんの少し年上なところも先輩って考えるとアリだよね。英雄志望の少年の頼れる仲間で先輩で、いつか肩を並べられるようになった時は――なんて、いいよね! 王道だね!
「な、なんだよウル。そんなニヤニヤして」
「うん? 別になーんにも?」
自分の妄想にどうにもニヤけるのが止められないボクを見てリクスがいぶかしそうに問いかけてきたけど、適当にはぐらかしておく。そのついでにチラッとケレンを見れば、ボクの表情を見てなにやら悟ったらしい幼馴染み君は素早くリクスとシェリアの間に視線を走らせると、これ見よがしに肩をすくめてみせた。やっぱりというか、わかってるって反応だねこれは。
でもケレンにしては意外というか、普段のからかいのネタには今まで使ったところを見たことないんだよね。真面目な親友を思ってのことか、男同士の情けなのか……。
――まあ、ボクはこれから遠慮なく煽りにいくけどね! 頑張れリクス、相手はかなーり人間不信気味で前途多難だけど、ボクは応援してるよ! いやぁ、経過も結果も今からすっごく楽しみだ!
「――ウル様~!」
そんなこんなでわいわい騒いでいると、聞き慣れた中でもテンション高めなシグレの呼び声が聞こえてきた。そっちを見れば、ピョンコピョンコと弾むような足取りっていうか実際に弾みまくってる頭からフード付きの外套すっぽりな怪しい人の姿。ギリギリまで詰め込まれてそうなパンパンに膨らんだ背嚢をものともしていない。
うん、わかってる。あれがシグレだってちゃんとわかってるけど、客観的な事実だけ言えばめちゃくちゃ不審者だ。現に周りの一般人の人たちはチラチラ視線を向けながら避けるように移動している。うん、わかる。目立ちたいのかそうでないのか、ちぐはぐすぎていっそ不気味だ。まあボクも日常的に似たような格好してるから人のことをとやかく言えないんだけど……さすがにあそこまでテンションは高くないよね?
そんな彼女の後ろには、普段とはちょっと雰囲気の違う服装をしたガイウスおじさんとジュナスさんに、シグレと同じく頭からすっぽりとフード付きの外套を被って背嚢を背負った大小の人型。言うまでもなくヒエイとタチバナだ。
「おはよーシグレ。今日も元気だね」
「当然です! みんなに持って帰るお土産もバッチリですよ、ほら!」
「うん、嬉しいのはわかったからちょっと落ち着こうか」
「はい!」
どうやらはち切れんばかりの背嚢にはカラクリのみんなへのお土産が詰まっているらしく、なぜか自信満々といった様子でそれを指し示すシグレを軽くなだめてから改めて今回の依頼主様の方を見た。
いつもはしっかりお貴族様って感じの豪華な服を着ているガイウスおじさんだけど、今日はかなり控えめだ。かと言って庶民が着てるような服なわけじゃなくて、素人目にも仕立てがいいってわかるね。全体的にゆったり気味なのは貴族服に似てるけど、あちこちゴテゴテ飾るんじゃなくて要所とか裏地とかにさりげなくみたいな? イメージ的にはお貴族様お抱えの大商人って言えばいいのかな。お金も教養もあるけど、街中を出歩いていても違和感が少なそうな雰囲気を見事にかもし出してる。
そんなガイウスおじさんに付き従うジュナスさんも、いつもみたいなザ・執事って感じじゃなくて、もっと砕けたと言うかデコレーションが少なめでより動きやすそうな……うん、秘書だね。姿勢もいいし動きもキビキビしてるし、思いついたらそれ以外にしっくりくる表現がないや。しかも主人のどんな無茶降りにも涼しい顔して対応しそうな超有能秘書。
そんな普段の雰囲気を残しながらも街中で見かけて不思議じゃないっていう絶妙なラインを見事に物にしてる二人だけど……実に堂に入っているというか着こなしレベルが高すぎるというか、違和感がなさ過ぎて逆に違和感だ。これ絶対二人とも変装することに慣れてるよね?
「時間前には集まっていたようだな。結構」
『ちょくちょく街中に繰り出してるんじゃないか?』って疑惑を抱かせてくれるご当人は、駅前に勢揃いしているボクたちをざっと見渡して偉そうに頷いた。いやまあ貴族で依頼主だし実際に偉いわけだけど。
それを受けて一気に身体を強張らせるリクスと珍しく姿勢を正すケレン、そしてさすがに我関せずってわけにもいかないから待機姿勢を解除して二人の傍まで来るシェリア。そんな仲間たちを横目で見ながら、多少でも雰囲気を柔らかくするために馴染みのボクがまず応じることにした。
「まあ、依頼主よりも早く集まるのは臨険士としても常識だし」
「多分に馴れ合いの含まれる依頼ゆえ、お前が気を緩めているのではと心配していたところだ」
「あ、ひどーい。ボクだっていっぱしの臨険士だよ? どんな内容でも依頼はしっかりきっちりこなすんだからね!」
「ならばまずは言葉遣いを改めることだな。それが依頼主に応対する態度か?」
「残念ながら依頼内容には『ガイウスおじさんに敬語を使うこと』って条件がなかったんだよね」
「抜かしおってからに」
減らず口をたたいてみせるボクに向かって鼻を鳴らしてみせると、改めてリクスたちの方へ向き直るガイウスおじさん。そうすればなぜか『こいつマジで信じられない』って言わんばかりの顔でボクの方を見ていた男二人が慌てて背筋を伸ばした。
「此度はよろしく頼む。護衛は形式的な物だが、こやつの仕事ぶりを見るにはいい機会であるゆえ、期待させてもらおう」
「は、はい! 未熟者ですけど、精一杯頑張らせてもらいます!」
そんな感じでガイウスおじさんがガッチガチに緊張してるパーティのリーダーと挨拶を交わす横で、ボクはシグレたちの方に歩み寄った。カラクリに帰るってわかっているからか、時々外套の隙間から覗くのは三人とも来る時に着ていた服みたいだ。タチバナが男物の服を着てるのは久しぶりに見た気がする。
あと言うと、ガイウスおじさんとジュナスさんがほぼ手ぶらで身軽な状態なのに対してマキナ族組は全員が荷物満載だ。来た時は三人ともボクと同じで手ぶらだったし、おじさんたち用の荷物だろうか?
「ヒエイもタチバナもやっほー。今日は荷物係?」
「ご機嫌よう、王。おっしゃるとおり荷役を任されておりますが、同時に使用人としてガイウス様を含めた皆様のお世話も仰せつかっております」
「始祖様、お世話する」
予想通りの運び屋業務の他、お世話役も兼任してるらしい。まあ重量物を背負おうが疲れ知らずなマキナ族にはピッタリの采配だね。放っておいたらボクの世話にかかりきりになりそうなところが若干不安だけど、そこは先に釘を刺しとけばいいか。
「さて、時間はなるべく有意義に使いたい。早速発つとしよう。ジュナス」
「皆様、こちらをどうぞ。目的地までの乗車券です」
ガイウスおじさんが名前を呼ぶと、進み出てきたジュナスさんが懐から紙の束を取り出して差し出してきた。印字されてる文字を見たところ、言葉通り客室車両のキップみたいだ。きっちり事前に準備していたらしいそれがひぃふぅみぃ……三十二枚? 確か国内線って一駅につき一枚キップがいるんだったよね? ということはここにいる九人で割って――あれ、割り切れない?
「こちらは『暁の誓い』の皆様の分となっております。八駅を四名様ですので三十二枚、ご確認をお願いいたします」
どうやら雇いの護衛と身内は別会計だったらしい。まあシグレたちには屋敷を出る前に渡しておいた方が当然早いよね。
「うん、ありがと」
お高いチケットを差し出されて若干気圧され気味のリクスに代わってひとまとめに受け取ると、手早く数えて見せて必要な分をそれぞれに渡していった。リクスには半分押しつける感じで、対してケレンはむしろ目を輝かせていたからその差に苦笑しつつ残りをシェリアへと視線を向けて、『おや?』と首を傾げることになる。
その時シェリアは、なぜかあらぬ方向を向いて視線を彷徨わせていた。
「どうしたの、シェリア?」
不思議に思って素直にそう聞いてみれば、ハッと我に返ったようにボクの方を向くシェリア。
「……誰かに見られていた気がしたの」
そう言うとまだ気になるのか、チラチラとさっきまで見ていた方へと視線を送る。ボクもそっちの方をぐるりと見渡してみたけど……むしろわりと周りから注目を集めてない? まあ裕福そうな商人風のおじさまたちと頭から外套すっぽりな怪しいのと明らかに若い臨険士っていう取り合わせだから、気にするなって言う方がムリだと思う。
「みんなかなーりボクたちの方見てるみたいだけど?」
「……それとは違う。様子をうかがう感じじゃなくて、もっと探りを入れる感じ」
うんゴメン、わかんないや。本来の種族の性質なのか斥候役だからなのか、シェリアはそっち方面でかなり敏感なのはこれまででわかってるから信頼はできるんだけど。
「――だそうなんだけど、ガイウスおじさん心当たりとかある?」
とりあえずなんか変な視線があったことを前提に振り返って尋ねてみたけど、ご当人は「ふむ」と視線を虚空に向けたあとでこう言った。
「心当たりなら両手の指に余るほどあるが?」
「うん、とりあえずおじさんが色々やらかしてるんだってことはわかった」
「貴族なれば当然のことだ。中には正当な義憤があるやもしれぬが、そのほとんどはねたみにそねみ、逆恨みであろうな」
さすがというかなんというか……権力って怖いね。特に王国屈指のお貴族様にもなれば、振るえる権力に比例してものすごく面倒なんだろうなぁ。
「ボク、どんなことがあっても貴族にはなりたくないって心の底から思ったよ」
「種としては案外向いているのではないか? 疲れを知らず眠る必要もなく、暗殺などものともせぬ身体は正直私も羨ましい」
「ボクたちは仮にも『兵器』だからね。誰かに使われることは断固拒否だけど、誰かを使うような立場も遠慮しておきたいよ。――それで、どうするのリクス?」
「え、お、おれ!? そ、そうだな……」
いきなり話を振られたリクスは慌てながらも律儀に考えてくれる。
「シェリア、その視線ってまだ感じるのか?」
「……もうないわ」
「ちらっとでも顔を見たりとかは?」
「……ないわ」
そんな風に唯一気づいたシェリアに確認を終えると、リクスは少しの間眉間に皺を寄せてから結論を出した。
「……顔もわからないなら今から視線の主を捜し出すのは無理だ。そもそもおれ達は護衛だし、今ここで何もないなら警戒を強めておくだけにしよう」
「りょーかい、リーダー」
そう応えながらチラリと視線を向ければ、なにやら納得した様子で頷くガイウスおじさん。あの様子からしてリクスの判断は合格ラインには届いたみたいだ。
「……ウル様、なんでしたらわたしがとっちめてきましょうか?」
「今の話聞いてた、シグレ?」
真顔でそんなことを言い出すお馬鹿さんを軽くたしなめ、余計な騒動が起こる前にボクたちはさっさと駅のゲートをくぐったのだった。