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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
五章 機神と故郷
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矜持

「――ということで『暁の誓い』に指名依頼を出してくれたら嬉しいなー、なんて」

「ふむ、一考の価値はあるな」


 翌日、お屋敷のいつもの応接間でガイウスおじさんに護衛の話を提案したら、思った以上の早さで前向きな答えが返ってきた。


「さすがガイウスおじさん、話がわかるね――って言いたいところだけど、実際問題大丈夫なの? ボクたちってまだカッパーランクのパーティだよ?」


 組合(ギルド)の掲示板に張り出される依頼の傾向を見る限り、貴族とかそれに近いお金持ちとかの護衛依頼は、ソロだったり単独パーティで受ける場合はシルバーランクが最低条件だったと思う。それくらいにならないと自分と同時に依頼人を守るっていうのができないっていうのが一般論だ。


「公爵家からの同行者としてジュナスの他に、ヒエイ、タチバナ、シグレを使用人として連れて行く予定だと言っておいたであろう。実質的に悪魔をも滅する戦力がそろっているのだ。それ以外などあろうがなかろうが変わるまい」

「まあ確かに里帰りついでにウチの子たちを連れて行くってことは聞いてたけど」


 戦力的にはボクたちマキナ族が四人いるだけで充分どころか過剰過ぎるほどだ。悪魔くらいまでなら撃退できるのは実証済みである。まあ、その時は周りの被害がすごいことになりそうだけど。

 だけど、引退してるとはいえお貴族様の旅行なんだから、使用人に護衛の騎士にって大所帯になって、やっと一人前の臨険士(フェイサー)なんてお呼びじゃないと思ってたんだよね。


「ホントにそれだけの人数でいいの?」

「あの婆さまの遺産ならば、まずは限られた者でのみ検分にあたるべきだ。さもなくば後々禍根の元となりかねん」


 うん、一理あるね。里にいる間はそれが普通だったから全然気づかなかったけど、あそこには無線魔伝機(マナシーバー)を初めとしたイルナばーちゃん監修の時代を先取りしたハイテク魔導器(クラフト)ばかりしかないのに、その上でボクが持つ前の世界の記憶にある電化製品とか武器兵器とかを再現した、ほとんどオーバーテクノロジーと言っていい物がゴロゴロしてる。そんな『道具』たちが万が一『悪人』なんかの手に渡ろうもんならどうしたって楽しい想像はできない。

 ……いやまあ、そういう物を知っているってわかったイルナばーちゃんが嬉々として作り上げるもんだから、ボクもちょっとロマンを求めたっていうか悪ノリしたっていうか……反省はしてるけど後悔はしてないよ。

 それでも世の中に出せば文明を大きく進めてくれるだろう物が大量にあるから、まずはガイウスおじさんみたいに信用がおけてこの世界の常識を弁えてる人だけに見てもらった方がいいはずだ。


「その上でお前の仲間ならばお前自身が監視の目となれる。建前上の護衛としてもうってつけであろう」

「あ、ガイウスおじさんリクスたちを信用してないの?」

「お前はどうか知らぬが、私はグラフト大武闘大会の折に一度顔を合わせたに過ぎん。好ましい若人達であることを認めるに吝かではないが、信用となればまた話は違ってくる」


 ああ、言われてみればそうだね。いくらよさげな相手でも一度しか会ったことがないならそうそう信用できないよね。それに肝心の物がちょっとした秘密とかじゃなくて、下手をしなくても世の中をひっくり返しそうなんだから慎重になるのも当然か。

 ……にしても意外だなぁ。ガイウスおじさん、リクスたちのことけっこう気に入ってたらしい。さすがに半年顔を合わせる機会があれば、今の話し方だとおじさんの中では高評価ってくらいは察せられる。本人が言った通り、一度会ったきりなのにね。これが海千山千の貴族か。


「見聞きしたことを秘すると私の前で誓うことができるのならば、お前の所属するパーティを護衛と指名することは問題ない」

「その辺はたぶん大丈夫だよ。臨険士(フェイサー)って意外と守秘義務に関してはうるさいし、何よりリクスたちは秘密にして欲しいって言われたことを漏らすような人間でもないしね」


 実際、臨険士(フェイサー)組合(ギルド)の規則でも『依頼で知り得た情報は原則として他に漏らしてはならない』って明記されてるんだよね。どこかの施設の警備体制だとか名うての商人の独自ルートだとか、依頼によってはそういうことに接する機会があるわけだけど、そういうのを簡単に話すような人間はまず信用されない。

 元々誰かができないことを代わりにやって報酬を得るのが臨険士(フェイサー)の仕事だ。当然信用が物を言う業界なんだから、自分からそれを貶めようなんて考えるヤツは滅多にいない。

 それでも何事にも例外はつきものだろうけど、少なくともリクスたちはそんな例外じゃない。特に自分も大きな秘密を抱えるシェリアは。


「ならば私に異存はない。そう取りはからっておこう」


 最終的にそう結論を下したガイウスおじさんが机の上の呼び鈴を鳴らすと、ほとんど待つことなくジュナスさんが入ってきた。


「ジュナス、臨険士(フェイサー)組合(ギルド)にてこれの所属するパーティに護衛の指名依頼を出しておけ」

「かしこまりました、大旦那様」

「よろしくね、ジュナスさん」

「ええ。このたびはお仲間の方々共々頼りにさせていただきます、ウル様」


 そうしてジュナスさんがガイウスおじさんのお使いを果たすために部屋を出ようとした時、バンッっと音が出るほどの勢いを付けて扉が開いた。


「お爺さま、ウル様! 聞きましたよ!」


 いつもの一見おしとやかな態度からはちょっと想像できない不作法をやらかしたのはエリシェナだった。その美少女顔で眉間に皺を寄せるという、知り合ってから初めて見る顔をしているところを見ると酷くご立腹のようだ。いつものように後ろを付いて歩くカイウスも、お怒りのお姉ちゃんを見るのは珍しいのか困惑顔である。


「……エリシェナ、公爵家の令嬢として不作法に過ぎるぞ」

「お叱りは後でいくらでも受けましょう。そんなことよりもお爺さま、ウル様が生まれ育った場所へ向かわれるとのことですが、間違いないでしょうか?」


 お嬢様としてふさわしくないことをしたって怒られるのを『そんなこと』で片付けたエリシェナが、まるで断罪するかのようなきつい口調でガイウスおじさんを問いただした。うわぁ、これ本格的に怒ってるんじゃないかな?


「……孫には漏らすなと言い含めていたはずなのだが……シグレか」


 そしてボクくらいにしか聞き取れそうにない呟きから察するに、カラクリへの出張はエリシェナには秘密だったらしい。まあ確かに冒険譚とかが大好きなエリシェナが聞いたら自分も行きたいって言い出すことが目に見えてるからね。まずは自分とジュナスさんだけでイルナばーちゃんの遺産を見定めたいって考えてるらしいガイウスおじさんからしてみれば、余計なことを伝えてごねられるのを避けたいって感じだったんだろうね。

 ……そしてサラッと漏洩源を断定しているガイウスおじさん。ボク的には庇ってあげたい気もするけど、ごめんシグレ、ボクもキミから以外の情報漏洩が想像できないや。うっかり口を滑らせて『秘密って言われてたのに』とかまで漏らしちゃう光景が目に浮かぶ。

 それはそれとして、ここからの展開はだいたい読める。カラクリへの出張に付いていきたいエリシェナと連れて行きたくないガイウスおじさんの攻防になるだろうけど……どっちに加勢するべきかな。個人的にはエリシェナを連れて行ってあげたい気持ちもあるけど、物が物だしガイウスおじさんの気持ちも――


「……お爺さま。わたしはお爺さまが思っていらっしゃるほど子供ではないつもりです」


 そんなことを考えながら様子をうかがっていると、予想とは違う言葉がエリシェナの口から出てきた。


「そうであろうな。初めての王都の視察という機会を逃さず我が身で市井を見て回ろうと企てるほどには成熟しているようだ」


 すかさずそうガイウスおじさんに返されて言葉を詰まらせ、落ちつかなげに視線をゆらしたエリシェナ。その様子からして図星を突かれたっぽい。そうか、半年前の拉致被害の発端になった勝手な街歩きは計画的犯行だったんだ。実は知性派お転婆娘なエリシェナらしいっちゃらしいけど。

 けれどエリシェナは一度深呼吸して動揺を抑えたかと思うと、背筋をまっすぐ伸ばして強い意志の籠もった目でガイウスおじさんを見返した。


「わたしはあの時、禁じられることには意味があると身をもって思い知りました。自分がまだ未熟で非力なことも。お爺さまならそれをご存じのはずです。その上で、秘さなければわたしがわがままを通そうとするとお考えなのですか?」


 それは確かな誇りを持ちながら、それを傷つけられたことを憤る声。見た目はまだまだ子供でも実はお転婆でも、一人前の矜持を胸に抱いた貴族のご令嬢がそこにはいた。

 ……どうしよう、今初めてエリシェナのことを『貴族』って思った。いくら言葉遣いが丁寧でも、普段は年相応の子供みたいにはしゃいだり嬉々として庶民に混じったりなんてところばっかしか見たことなかったから、怒りながらも凛としたままっていうのはなんというか……うん、いいね。これがギャップ萌え?


「……あれが全くの無駄でなかったことは、喜ぶべきことか」


 そしてそんなエリシェナを見たガイウスおじさんは、その厳めしい顔にほんの微かに笑みを浮かべた。


「人を見誤るとは、私も年をとったものだ。エリシェナ」

「はい、お爺さま」

「そなたの成長を喜ぶと共に、過小な評価を与えていたことを謝罪しよう。許せ」

「おわかりいただけたのならば、それで充分です」


 ガイウスおじさんの言葉にスッと怒りを引っ込めたエリシェナが優雅に一礼する。どうやら祖父と孫娘は無事相互理解に至ったようだ。お付きのカイウス君もホッと一安心のご様子。うん、家族は仲がいいに限るよねー。


「では、改めて伝えよう。近日中に私はマキナ族の里というカラクリへと赴く。視察のためであるゆえ本来ならそなたの同行はむしろ望むべきだが、今回に限っては国家の秘とすべき事柄に触れる可能性が極めて高いため、同行することは許さぬ」

「はい、わかりました」


 そうしてさっき自分で言った通り、ガイウスおじさんの言葉を聞いたエリシェナは、素直に膝を折るって了承の意志を示した。

 そしてすぐにボクの方へと向き直ると、実に可愛らしくニッコリと微笑みかけてくる。


「ウル様、また機会があれば、わたしもウル様の故郷に連れて行っていただけますか?」


 あれだけ言ってたけど、やっぱり行きたいことは行きたいらしい。いくら痛い目に合っても、お転婆で冒険好きな性根はどうしようもないみたいだ。


「ガイウスおじさんがいいって言ったら、喜んで連れて行ってあげるよ。あ、もちろんカイウスもね」

「……まあ、姉上が行くとおっしゃるなら、僕もやぶさかではない」


 だからボクも笑い返しながら答えた。ここまで置いてけぼりを食らっていたけど、知らないところに行ってみたいって気持ちはよくわかるからね。それにエリシェナならガイウスおじさんの身内だし、言っていいこととと悪いことくらいは区別が付くだろう。

 ……カイウスはちょっと心配だけど、お姉ちゃんっ子を一人だけ置いていくのも可哀想だし、ガイウスおじさんの目が黒いうちはしっかり躾けてくれるだろうし。


「ところでウルよ。お前は婆さまの弟子については言及せぬのか?」


 一連のやりとりを見届けてから微笑ましげな顔で応接間を出て行ったジュナスさんを見送っていると、不意にそうガイウスおじさんが問いかけてきた。一瞬なんのことかと思ったけど、すぐにアリィのことだと思い至ったから笑って首を横に振る。


「確かにアリィにも相続権はありそうだけど、イルナばーちゃんが名指ししたのはガイウスおじさんだからね。イルナばーちゃんが遺した物の大半は、今はガイウスおじさんの物だよ」


 この世界の遺産相続がどんな仕組みかこれっぽっちも知らないけど、例え知っていたとしてもボクはイルナばーちゃんの意思を優先する。それがばーちゃんの『子』としてのボクの意志だ。元一番弟子とはいえ、独り立ちしたアリィは親しい他人。遺言もないのに勝手に分配をいじる気はさらさらない

 それに、あんな人でもアリィはれっきとした技術者だ。武器に関しては大丈夫だろうけど、それ以外の成果なら積極的に広めようとするに違いない。最終的にはそうなるだろうけど、その前に権力者で一般的な常識を弁えているガイウスおじさんの選別は挟んでおくべきだと思う。

 ……それに、アリィならイルナばーちゃんが色々と遺してるってことはわかってるはずだ。その上で一言も触れないんだから、たぶんボクが言い出さなければずっとそのままだと思う。

 まあでも、ガイウスおじさんがいいって言った物をお土産にするくらいは、ね。


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