休暇
お久しぶりです! 新章開始です。
「――しばらくの間パーティを離れたいんだけど、ダメかな?」
グラフト帝国の武闘大会からはや三ヶ月が経ったある日。定宿の『空の妖精』亭で夕食を食べてる時にそう何気なく切り出したら、リクスとケレンがそろってポカンとした表情で固まった。なぜかシェリアまで食事の手を止めて、いつもより若干開き気味の目でボクのことを凝視してきている。
「ええっとぉ……どうしたの?」
ちょっと予想外の反応だったから戸惑い気味に聞いてみたら、我に返ったらしいリクスが血相を変え、席を蹴立てる勢いで身を乗り出してきた。
「ウル、考え直してくれ!! 何か気に触ることがあったなら謝るから!!」
「え、いや、謝るってなんで?」
リクスのなんの脈絡もない謝罪発言に目を白黒させていると、横合いからどこか押し殺したようなシェリアの声。
「どういうつもり、ウル?」
「いや、どういうって言われても、単に私用があるから個人的に長期休暇が欲しいだけなんだけど」
「へ……?」
「ああ、そういうことかよ」
そう言った途端、ものすごく必死な様子だったリクスがポカンと間の抜けた顔になり、ケレンもケレンで納得したと言わんばかりの態度に。
「そう……」
そしてシェリアも険がとれた声音で呟くと、何事もなかったかの用に食事を再開した。いや、ホントなんだったの?
「いやいや、なんでそんなわけわかんないって顔してるんだよ、ウル」
「なんでって……理由もわからないのにいきなり詰め寄られたりしたら普通そんな顔になると思うけど?」
「そりゃ、仲間がなんの予兆もなかったのにいきなり『パーティを抜けたい』なんて言い出したら血相くらい変えるだろ」
どこか揶揄するようなケレンに反論したところ、思ってもみなかったことを言われて面食らった。こんな気の置けない仲間たちから離れるなんてなんの冗談だろう。
確かにちょっと振り返ってみれば言葉が足りなかったかなとは思う。それでもちゃんと聞いてくれてたら『一時的に離れる』ってニュアンスは伝わって多とも思うんだけどなぁ。まあ、抜けるって言いだしたら必死になって引き留めようとされるくらいには馴染んでるんだってことがわかってちょっと嬉しかったけどさ。
「そんなの、頼まれたって抜けてあげないよ? リクスみたいにからかい甲斐のある相手なんて早々見つからないもんね」
「だよな。やっぱお前はわかってるな、ウル」
「え? あ、いや、ウルが『暁の誓い』抜けないのは嬉しいけど、おれをからかうのはちょっと――」
「で、休暇ってか? お前、そんなのいるのか?」
「身体は別に疲れないけど、ボクだって用事くらいできるんだからね?」
「いや、あの、二人とも――」
「そりゃそうか。どれくらい休むんだ? それによっちゃ俺らの今後も変わってくるんだが」
「んー、移動を含めても長くて一月くらいかな?」
「移動を含めてって、どっか遠出するのか?」
「うん、そろそろ一回――」
「ケレン、ウル!!」
どうやら耐えきれなかったらしく、ボクとケレンの会話を遮るようにリクスが大声を上げた。なので、ボクとケレンは特に打ち合わせはしてなかったけどそろって顔をしかめてみせる。
「リクス、急に大きな声を出したらみんながびっくりするよ?」
「そうだぞ、周りのことを考えろよ」
「――っ!?」
思わずお腹にグッと力がこもったようだけど、ここで反論のためにさらに大声を出せばボクたちの思うつぼだって学習したのか、わなわなと手を震わせながらもなんとか叫び声を抑えるリクス。うん、やっぱりからかい甲斐があるね。でも今回はこの辺までかな。
「冗談だよー。心配しなくてもリクスを仲間はずれになんかしないって」
「ほんっとお前は素直だよな、リクス」
「……なあ二人とも、オレをからかうのはやめて――」
「「それはムリ」だ」
図らずもそろった返事にリクスはガックリとうなだれた。
そんな一部始終を微妙に呆れた雰囲気で眺めながら黙々と食事を続けていたシェリアだったけど、一区切り付いたことを見て取ったのかボクの方に顔を向けて口を開いた。
「それで、どこに行くの、ウル?」
「ん? ちょっと里帰りするだけだよ」
ケレンとしていた休暇の話だって当たりを付けてそう返事をすると、パンをちぎろうとしていたシェリアの動きがピタリと止まった。同時に意外なことを聞いたとでも言うようにケレンが目を瞬かせる。
「お前、故郷なんてあるのか?」
「あるよ! 失礼な!」
「いやでもお前、身体はあれなんだろ?」
「生まれはあれでも心はれっきとした人なんだからね! 生まれたところを故郷って思うくらいはするよ!」
どうやらメカに分類されそうなボクが生まれ育った場所っていうのを想像できなかったらしい。確かに字面だけ見たらボクでもパッと思い浮かぶのが前の世界の記憶にある工場とかだからその気持ちもわからなくはないけど!
ちょっとプンスカして見せたところ、ケレンはニヤッと笑いながら「悪い悪い」って言ってきた。誠意なんかは全然うかがえないけど、ボクの方もそういうポーズをとってるだけだったから「わかったならいいよ」ってちょっと偉そうに言い返しておく。
「まあそういうわけだからしばらく休暇が欲しいんだけど、ダメかな?」
「……一度帰郷するってことならおれはかまわないと思うけど、どうして急に? 昨日までそんなこと一言も言ってなかったよな?」
「今日ガイウスおじさんから催促が入ったからねー」
なんとか立ち直ったらしいリクスの疑問はもっともだけど、ボクとしても突発的に言われたことだ。ついこの間依頼を片付けたばかりで今日一日は休日だったから、ちょうどいいからといつもの通りに定期報告にお屋敷まで行ってきたんだけど、その時に「そろそろ婆さまの遺産について処理を進めたい」って言ってきたんだよね。
どうやらやっと膨大な遺書という名の遺産目録に目を通し終えたようで、シグレたちへの教育も一段落して余裕ができた今の内に管理下に置きたいらしい。その辺の話はイルナばーちゃんの遺言にもあったことだから異論は全くないんだけど、馬鹿みたいな遺産目録の量から察せられるとおり膨大な数で、加えて中には持ち運びは最初から度外視してるような大物もある。そんなわけでそうそう移動させられるわけもなく、確認してもらうには一度ガイウスおじさん自身に来てもらう方が断然手っ取り早い。
そういった事情を説明してみれば、「ならば近日中に向かうとしよう」なんてあっさりと頷いたガイウスおじさん。そうなったらボクもボクで里から出てそろそろ半年だし、一度様子を見に帰ろうって一緒に行くことにしたのだ。
その辺のことをかいつまんで話してみたところ、ケレンの目がギラリと光ったように見えた。
「なあウル、せっかくだし俺らもお前の帰郷について行っていいか?」
「へ?」
「いやなに、俺らもここんとこ短い間隔で依頼受けまくってただろ? やっとこカッパーランクになれた臨険士としちゃ当たり前なんだが、だいぶ懐も暖まってきたし、そろそろ長めの休暇を取ってもいいんじゃないかと思っててな。なあ、どうだリクス?」
「え? えっと……確かに少し余裕は出てきたし、たまにはしばらくゆっくりしてもいい……かな?」
「だろ? シェリアもそう思わないか?」
「……いいんじゃないかしら」
ケレンのもったいぶったような言い分に、リクスもシェリアもそれぞれ同意を返した。まあ確かにグラフト帝国から戻ってこっち、一日休みを挟んでは二、三日から長くて一週間ちょっとくらいの依頼をこなす毎日だった。活動範囲がレイベアから乗合馬車とかを使ってもせいぜい三日くらいとはいえ、みんなそろってけっこう頑張ってきた感はある。
「てなわけで、どうせなら俺はお前の故郷ってやつをぜひ見てみたい! せっかくだし仲間そろってな!」
「いや、それこそ自分の家に帰りなよ」
「あいにく俺とリクスのところはなーんもない田舎だ! そんなところに帰るより、お前の故郷の方が絶対おもしろそうじゃないか!」
ケレンの言い分に呆れて突っ込みを入れたら、堂々と胸を張って言い返された。確かに地元と知らない土地ならどっちの方がおもしろいかってなると圧倒的に後者だろうな。それにカラクリにはイルナばーちゃんと一緒になって色々作った物がたくさんあるからね。
「まあ、退屈はしないんじゃないかな?」
「だろ? どうだ?」
「ボクとしては着いてくるって言うならわざわざ止める理由はないけど……シェリアとリクスはそれでいいの?」
「いいわ」
そう尋ねたとたん、シェリアからはノータイムで返事があった。ちゃんと考えたのか疑いたくなる反応だけど、元々シェリアは臨険士稼業を完全に仕事って割り切ってやってる感じみたいだし、余裕がある今ゆっくりすることにさして問題はないんだろうな。
「……おれも、ウルの故郷には興味があるな。ヒエイさんだったっけ? 武闘大会の時に会ったきりだけど、あんな風にウルみたいな人がたくさんいるんだろ?」
対して少し考えるような間を挟んでのリクス。その態度は控えめなところがあるけど、残念ながら好奇心に輝く目が行ってみたいって全力で主張してるね。どうやら『暁の誓い』のパーティ仲間はそろってカラクリの里に興味津々らしい。
「そういうことなら一緒に連れて行っていいか、明日ガイウスおじさんに聞いてみるよ」
だからそう応えたら、ニヤリと笑ったケレンが身を乗り出してきた。
「あとついでというか、ものは試しなんだがよ。俺ら一緒に行くのを先代公爵様に掛け合って護衛依頼にしてもらえないか?」
「おいケレン、さすがにそれはまずいだろ!?」
ああ、なるほど。仲間のコネがある相手が帰郷っていう比較的安全に思える旅程に同行するんだから、あわよくばシルバーランクへの昇格条件にある護衛依頼の達成数に加算しようって魂胆か。リクスが慌ててたしなめているように、普通に考えれば図々しいっていうかちゃっかりしてるっていうか……うん、でも嫌いじゃないよ、その利用できるものは利用しようっていう姿勢。さすがケレン。
「まあ、聞くだけ聞いておいてあげるよ」
「さっすが、お前は話がわかるヤツだよな、ウル!」
ボクの返事に相好を崩すケレンと、親友をたしなめたそうにしつつもボクが了承したことで強く言えなくなって微妙な表情を浮かべるリクス。
「……無理はしなくていいわよ」
身の上のせいでなるべく人付き合いを避けたいのかそう言ってくれるけど、シェリアもシルバーランクへの昇格条件である護衛依頼の達成はまだだ。依頼主が知り合いなら多少融通は利くだろうし、受けられるならそれにこしたことはない。
「大丈夫だよ。ガイウスおじさんならいい感じに取りはからってくれるって」
再開したは良いものの、リアルがわりとひっ迫してるせいで更新は不定期になるかと。最低でも月二回は投稿しますので、のんびりお付き合いください。