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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
11/197

遭遇

=============


 ちょっとした買い物のために外出して、ほんの少しお目付役の目が離れたからって魔が差した。弟が止めようとするのをいなして、逆に言葉で誘って引き込んで、前から憧れていた市井の場所へ意気揚々と足を踏み入れた。

 そこは話で聞いていた以上にごちゃごちゃとしていて、大きな声がひっきりなしに飛び交っていて、そこかしこにゴミが落ちていたり汚れがこびりついたりしているし、すれ違う人の中には時折饐えた匂いを放っている人もいた。

 確かに綺麗な場所だとは口が裂けても言えなかった。けれど、見た目が綺麗なばかりで煩わしく退屈な社交界にはない、人が生きているという美しさをそこに感じた。

 見る物全てが珍しく思えて、フラフラと足の赴くままにあちこちを見て回った。最初のうちはしきりに戻ろうと言っていた弟も、やっぱり本心では興味があったみたいでいつの間にか率先しておもしろい物を探していた。

 浮かれて歩き回っているうちに、ふと気づくと人通りの少ない場所に迷い込んでいた。さすがにまずいと思って戻ろうとしたけれど、他のことに夢中になっていたせいでどこをどう歩いてきたのか自信を持てなかった。それは弟も同じだったらしく、二人そろって立ち往生してしまった。

 とにかく人のいる方に行ってみようと意を決した時、その人が声をかけてきた。さっきまで見ていた人達とは違ってきっちりした身なりの女性で、途方に暮れている様子だったわたし達を見かねて声をかけてくれたらしい。

 とにかくグローリス通りまで戻れればなんとかなるのでその方向を尋ねれば、ここの道は複雑だからと親切にも案内役を買って出てくれた。そのことに安堵して女性についていったのだけれど、いつの間にか少なかった人通りがまったく見えなくなっていた。

 それに気づいて湧き上がった不安を押し隠し先導する女性に声をかけようとして――急に口をふさがれた。

「おとなしくしろ、騒いだりしたら痛ぇ目に遭うぞ」

 耳元でした低い声がそんなことを告げ、強い力で後ろに引き寄せられた。何かに――誰かに身体を拘束され、饐えた匂いが鼻をついてようやくそのことを認識した。

 ――いつの間にか忍び寄った男に、背後から捕らえられた。

 そう思った途端、もがくよりも声を上げるよりも先に身体は硬直した。何が起こったか認識はできても、あまりにも急すぎる事態に理解が追いつかない。助けを求めて前を歩いていた女性に視線を向けたけれど――

 それを見て背筋が冷たくなった。

 ついさっきまで人当たりのいい笑みを浮かべていたはずだった。いや、実際にその女性は今も柔らかな微笑みを浮かべている。

 けれどその目は、捕らわれたわたしを見るその目には冷たく深い闇だけがあった。


「――ってぇ! このガキ!」

「姉上をはなせっ!」


 その声に視線を向ければ顔をゆがめて手を振る男から弟が逃れたところだった。わたしと同じようにつかまったものの、手を噛むなりして脱出したらしい。そのままわたしを捕らえている男に向かって拳を振り上げて向かってきた。


「あ――」


 その途端、わたしを拘束していた手が離れて背中を強く突き飛ばされた。汚れた路面に倒れたわたしが咄嗟に振り返って見た光景は、弟がわたしを拘束していた男に蹴り飛ばされる瞬間だった。

 おもちゃみたいに路面を転がってうめく弟に、先ほど弟を拘束していた男が足音荒く歩み寄った。


「こんの糞ガキが! この落とし前どう付けてくれんだ、ええ!?」


 そして苛立ちをぶつけるように弟の身体を何度も踏みつけ、蹴飛ばし、足蹴にする。うめき声を上げるしかできない弟の様子を呆然と見ていると、さっきの男が再びわたしを捕らえながら笑いを含んだ声で告げた。


「お嬢ちゃんはおとなしくしてろよ、でないとあんな風になるぞ」




 なんの抵抗もできないまま古ぼけた建物に連れ込まれ、縄で両手を縛り上げられて食料庫のような地下の一室に押し込まれた。分厚くつもった誇りが舞い上がり、反射的に咳き込んでしまう。


「おとなしくしてろよ。このあたりにゃ滅多に誰も来ねえんだ、助けなんかないぜ」


 頭上からそんなことを告げると扉が閉められる。瞬く間に暗闇が広がるものの、採光用の窓からかろうじて入る光がかろうじて周囲を見るだけの光量を与えてくれた。

 傍らを見下ろせば、後ろ手に縛り上げられ捕らわれた弟が横たわっている。身につけていた服はあちこちが破れ、至る所に痣ができたり血がにじんだりしている。あの時女性が「死なれては困ります」と男を止めたおかげで、痛々しい姿になってしまったけれども気を失っているだけだ。

 そのことを確かめてほっとしたのもつかの間、身体の底から恐怖がこみ上げてきた。怪しい人達にさらわれて閉じこめられた。これからどうなる? 無事に家に帰れる? それはいつになる? そもそも無事でいられる? わからない、そのことがどうしようもなく恐ろしい。

 物語では同じような境遇に陥った主人公が知恵を駆使して見事に脱出していたけれど、そもそもどうしていいか頭が回らない。物語の中なら緊張と興奮を与えてくれる状況なのに、実際にそんな場面の当事者になったらただただ恐怖ですくむしかない。今は無事ではないとはいえ弟がそばにいるけれど、これがもし自分一人だったら。きっと恐怖に塗りつぶされていたと思う。

 肉親の暖かさにすがってどれだけ震えていたんだろう。ふとかすかに音が聞こえた気がした。

 ハッと顔を上げて耳を澄ませば、採光窓の向こうから小さいけれども確かに地面を踏む音が聞こえてくる。


「だ――」


 不意に差した希望の光に声を上げようとして、ふと思い出した。さっきわたし達をさらった男が「ここは滅多に人が来ない」と言っていたことを。そんな場所を誰かがこうも都合良く通るだろうか。

 実行犯の賊はさっきの男二人に女性の一人だったけれど、この建物でさらに三人が賊の仲間として待ち受けていた。ならこんな場所を訪れる人間は賊の仲間と考えた方がいい。ここで迂闊に助けを求めれば、そのことが上にいる彼らに伝わってわたしも弟のように打ち据えられてしまうかもしれない。そのことを想像するだけで身体が震えてしまう。あの容赦ない打擲はこの目にしっかりと刻まれている。

 けれど、足音の主が関係のない人だった場合、みすみす助かるかもしれない可能性を逃してしまうことになる。相手が市井の人でも助けを呼んでもらうことはできるかもしれない。それに限りなく低い可能性だけれど衛兵や臨険士(フェイサー)だったらすぐにでも賊を捕らえてもらえるかもしれない。

 採光窓の位置は高く、踏み台になりそうな物もない。今いる地下室からは相手がすぐそこでしゃがみでもしない限り誰かなんてわからない。だからこれは賭になる。助けを求めた相手が賊の仲間なら仕置きが待っていて、第三者なら無事に助かる可能性が少しだけ上がる。賭けるものは現状の身の安全。

 ほんの少しだけ逡巡して、深呼吸で覚悟を決めた。ぐずぐずしていてはこの機会すら逃してしまう。あの女性は「死なれると困る」と言っていた。くわえて一見力の弱い女性の言うことを賊の男達が比較的素直に聞き分けていたことから考えれば、最悪でも今すぐに殺されることはないと思う。

 それに弟が身体を張って助けようとしてくれた時、自分は何もできなかった。なら今ここで危険を恐れて縮こまっているだけでは、わたしは家にも弟にも顔向けができなくなる。


「――助けてください!」


 採光窓の向こうへ声を絞り出した。大きすぎず、かといって小さいわけではない声量。

 心臓が早鐘を打つ音が聞こえる。この声が届かなければ全てが無駄になるけれど、大きすぎれば賊の男達に聞こえてしまう。そうなれば助けを求めた相手も危険になってしまう。子供とはいえ武術の心得がある弟を簡単に打ち据えた賊が五人もいるのだ。

 声は足音の相手に届いただろうか、階上にいるだろう賊には聞こえなかっただろうか。

 祈るような気持ちが伝わったのか、地面を踏む音が止まった。反射的に振り返るも、上の階に続く扉が開く気配はない。


「――お願いします、助けてください!」


 もう一度さっきの音量で、必死の思いを込めて言葉を発した。

 再び足音が聞こえ出す。願いのためか、その音はこちらに近づいている気がする。階上の賊達が動くような音はまだ聞こえない。

 ほんのわずかな間のはずなのに、流れる時間が例えようもなく長く感じられた。

 やがて祈るように見つめていた採光窓に影が差す。地下に取り込まれる光をさえぎったその人物は中をのぞき込むようにしゃがんだ。


「誰か呼んだ?」


 そののんきにも聞こえる声が確かに届いたことで賭に勝ったことを知り、思わず安堵に視界がにじんだ。


=============


「んふふふふふ……」


 そんな風に忍び笑いを漏らしながら歩きつつ、手にした登録証(メモリタグ)を何度もひっくり返したりしながらじっくりと眺める。組合(ギルド)を出て商業街区の端まで来たのは良かったけど、そこから西に外周街区を経由して第三街区に行こうと急に人気が薄れた道に入った途端、我慢ができなくなってからずっとこうしている。

 いや、だって臨険士(フェイサー)登録証(メモリタグ)だよ? 夢と憧れの一杯詰まった素敵なお仕事ができる証だよ? 存在を知って十数年、いつかはと思いながらずっと待ち望んでいた職業になれたんだから感慨もひとしおだよ。これからの人生――いや、機工生? なんでもいいけど、楽しみで楽しみで仕方がない。やっぱり賞金のかかった魔物の討伐かな。(ドラゴン)なんかもいるらしいからいつかは狩ってみたい。でも未知のものを求めて未開の地へ踏み入れるのも悪くないよね。開拓とか大変だけど楽しそうだ。あ、遺跡の探索なんかも忘れちゃいけないよね。なんでも古代のオーパーツやアーティファクトが眠ってることがあるとかないとか。夢が広がるね。

 とりあえずマキナ族の子たちが来る十日後までは自重するけど、それ以降は張り切ってお仕事にかかるとしよう。まずはランクアップが目標かな。駆け出しなんかに任される依頼に大層なものがあるとは思えないし、ちゃっちゃと上がっていこう。そして『期待の新星』とか『驚異の新人』とか言われるんだ。

 ……いや待てよ、物語の登場人物としてそういったのを見てる分にはいいけど、いざ現実に自分が呼ばれると恥ずかしくないかな? ……うん、想像するとなんだかむずがゆくなる。ここはやっぱりこっそりサクッと淡々との方針でいこう。


「――」


 浮かれっぱなしだった思考がふとした想像でやや落ち着いたちょうどその時、かすかに届いた音に足が止まった。周囲を見回せばいつの間にかまったく人通りのない路地になっていた。

 浮かれつつも意識の端でしっかりとたどっていた道と頭の中の地図とを照らし合わせれば、ここが外周街区でも外れの方にある場所だとわかる。どうやら道は覚えていても、気もそぞろに歩いたせいで予定していた方向とはだいぶん別の場所に来てしまったらしい。このまま行けば街から出てるところだった。危ない危ない、今度から気をつけよう。

 まあそれは別として、さっき聞こえてきたのが空耳じゃなければ――


「――お願いします、助けてください!」


 うん、今度は確定。絞り出すような必死の声はどう聞いても誰かが助けを求めるものだ。声音からして女の子っぽいかな?

 その声が聞こえてきた方を見ると、汚れた外壁の小さな家屋があった。今いる路地に面した汚れて曇っている窓も裏口っぽい扉もしっかりと閉じられていて、あんなか細い声を通してくれそうには見えない。そう思って視線を下げれば、地面ギリギリの位置に小さな窓。地下への明かり取りみたいな窓に付いている木戸は内側に向かって開いている。

 そこくらいしか可能性のある場所がなかったから近づいてしゃがみ込むと、精一杯姿勢を低くしてのぞき込みながら問いかけた。


「誰か呼んだ?」

「――あ、あの、わたし達さらわれて、お願いします、助けてください!」


 そうしたら声は抑えつつも必死な調子で訴えられた。あいにく他に明かりがないらしい地下室は薄暗かったけど、機工の眼はしっかりとその相手を認識できた。

 声から予想した通り女の子だ。十四、五歳くらいかな? ウェーブのかかった長くて綺麗な金髪に青い瞳の整った顔立ちを必死の表情にして、目尻には涙も浮かべている。身につけてるのもフリルの付いたブラウスに細かい刺繍のされたスカートとお嬢様チックだけど、両手を縄か何かで縛られている上に全体的にほこりっぽい。その近くには少し年下に見える同じくいい身なりの男の子が後ろ手に手首を縛られて寝転がされているけど、こっちはどうもボコボコにされた後らしく腫れ上がった顔がとても痛々しい。

 うん、少なくとも望んでここにいるようには見えないよね。女の子の口からも犯罪ワードが出ていたことだし、状況は確定的だね。

 気まぐれに歩いているうちに、偶然さらわれた尊い身の上の人に出会い、助けを求められる。うん、いいね。晴れて憧れていた臨険士(フェイサー)になった直後にこの状況。実におあつらえ向きだね。正規の依頼じゃないって言うのもポイントが高い。


「せめて衛兵の方にこのことを――」

「うんわかった。ちょっと待っててね」


 即座の決断で了承する。女の子が何か言ってたみたいだけど、まあ助けてから聞けばいいよね。

 なんだか戸惑ったような声を出す女の子は置いといて立ち上がる。こういう時はこっそり侵入か堂々と制圧かだね。……うん、せっかくだから堂々と行ってみよう。

 とりあえず方針を固めるとすぐ横の扉の前に立って盛大にノックしてみた。


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