帝国
「申し遅れた。私はヒュメル族、グラフト帝国宰相の任を仰せつかっているナルファーナス・レウン・コーレンス。以後よしなに、ウルデウス陛下」
「ぶふぉっ!?」
改まった自己紹介から流れるように不意打ちを食らって思わず吹き出した。ちょ、陛下、陛下って!
「如何された?」
「いや、あの……さっきは大見得切って王だって言ったけど、実際は族長くらいのものだから陛下っていうのは慣れないって言うか違和感がって言うか……」
「いえ、王。適切な敬称かと思われます。私も次からは陛下と――」
「うん、ヒエイはちょっと黙ってて? それと、後で少しお話ししようか?」
なぜか目から鱗って感じで横から口を挟んできたヒエイのお口にチャックをしておく。「やーい、ヒエイが怒られたー」っていうやけに楽しそうなシグレの声が聞こえたけどそれはムシ。
「左様か。では、ウルデウス殿とお呼びしよう」
「単にウルでいいよ。そっちが本名で、ウルデウスはよそ行きの名前だから。というかさ、普通に王様扱いしちゃってくれていいの?」
まず真っ先に『陛下』なんて敬称を当然のように付けてくれたんだ。なぜかシュバイゼルク皇帝は対等な王だなんて言ってくれたけど、普通に考えたらこんな子供が王様だなんて言いだしたら一笑に伏されるだけだと思う。
そんなボクの疑問に、けれどナルファーナス宰相は首を横に振った。
「戦いを前にすれば途端に暴走するが、我らが陛下はあれで人を見る目は確かだ。陛下が対等と認めたのならば、臣たる我らにとってそなたは真に並び立つ存在なのだろう」
シュバイゼルク皇帝が意外と臣下からの信頼は厚いらしいことをうかがわせる台詞だったけど、直後に「まあ、己が憂いなく戦いたいがための下心も多分に含まれてはいるだろうが……」と続けられて台無しになった。いや、これはある意味信頼されてる……んじゃかな?
ていうか、皇帝があっさりボクの言葉を認めたのってそういう魂胆があったわけか。もうこれガチの戦闘狂じゃん。それでいいのか皇帝陛下。
そんなやりとりをしている内に大乱闘は騎士の人たちの勝利で終わり、後には縄でぐるぐる巻きにされた上で猿ぐつわまできっちり噛まされたシュバイゼルク皇帝。一対二十八にもかかわらず結構粘ったみたいに思えるんだけど、それでも暴れ足りないと言いたげに芋虫状態になってももがいている。
そんな残念すぎる姿の皇帝陛下を放置して騎士の人たちが整列して、さっき皇帝に報告した隊長らしき人が右目に青たんを作った顔で真面目に敬礼する。
「報告いたします、宰相閣下! 処置、滞りなく完了いたしました!」
「ご苦労。しかし開会式の時と言い、やはり常より時間がかかったようだな。何か理由があるか?」
「はっ! おそらくではありますが、新たに組み手術の指導を受けられたものと思われます! 以前に増して立ち回りに隙がなくなられておいででした!」
「また傍迷惑な……その指導者に心当たりは?」
「私見ですが、現牢番のトーロット翁かと。ご自身の昔話によりますと隠居前は組み手術の達人とのことで、以前たまさかその技を目にする機会に恵まれましたが、それを彷彿とさせる技を使用されていました」
「では即刻事実確認の後、近衛騎士戦技顧問の役職を与えよ」
「はっ!」
なんか知らないけどちょっとした人事異動が発生したようで、隊長の人はそのまま謁見の間を退出していった。騎士の人たちもそれに続き、そしてついでのようにシュバイゼルク皇帝が担がれて謁見の間から連行されていく。皇帝陛下ぇ……。
「では改めてウル殿。まずは此度の英雄的働きに対し、帝国を代表して最大限の謝意を」
そして何事もなかったように改めてボクに向き直ると、深々と頭を下げるナルファーナス宰相。それに続くように周り人たちが一斉に最敬礼の姿勢を取った。うわぁ、こう来たか……なんかこう、改まって頭を下げられるとやっぱりむずがゆいね。
「ついてはその多大な功労に報いたい。帝国に可能な望みであれば、それを叶えよう」
「そうは言っても、報酬が目当てだったわけじゃないからね。ボクたちはボクたちの――マキナ族の誇りのためにやったことだから、そんなに気にしなくていいよ」
「それはならん。国の一大事を救われた恩に報いねば我らの立つ瀬がない」
とりあえずはボクもシュバイゼルク皇帝についてはいなかったことにすると決めて報酬の申し出を辞退したけど、むしろなぜか断固とした姿勢で断られた。ガイウスおじさんもだったし、この世界の偉い人ってこんなのばっかりなのかな?
「自分で王様を名乗る、正体不明の怪しい人間なのに?」
「そのようなこと、些末事だ。何より、私もあの場にいて、あれを目にした。そして情けなくも気圧される中、ウル殿が真っ先に挑みかかったこともこの目でしかと見届けた。あれだけの脅威を前に単身で打ちかかり、あまつさえ討滅してしまうその武勇。それだけで我らが敬意を払うに値する」
そんなナルファーナス宰相の言葉に我が意を得たりとばかりにしきりと頷く貴族大臣の人たち。ああなるほど、根本的にはみんな脳筋なんだね。あの皇帝にしてこの臣下ありか……。
それはそれとして、たぶんここで遠慮したところでガイウスおじさんの時みたいに話が進まないんだろうな。早いところ謁見を終わらせるためにも何かもらっておくべきなんだろうけど……ガイウスおじさんの時と同じく、欲しいものが全然思いつかない。そもそもマキナ族の身体自体がハイスペックで、色々自給自足どころか必要すらないせいなのか、物欲のたぐいが一切湧かないんだよねぇ……。
かと言ってそう親しくもないお国の上層部相手に『貸し一つ』は無理があるだろう。街一つ余裕で更地にできるって実演したような相手に貸しを作ったままなんて、向こうも精神衛生上よろしくは――そうだ!
「じゃあ、ボクたちのことを英雄として広めてもらってもいいかな?」
ピンと閃いた名案を望みとして口に出せば、ナルファーナス宰相はいぶかしげに眉根を寄せた。
「英雄として……広めると?」
「うん。正確には比類なき武勇を持つマキナ族のボクたちが、帝国に突然現れた災厄を食い止めたって形で」
「それを望むというならば可能だが……ただ栄誉を求めるというのではないのだろうな」
「うん。近い将来マキナ族の子が世界に出てくるはずなんだけど、今回は悪魔を滅ぼすためとはいえ結構大っぴらに力を使っちゃったからね。マキナ族だってだけで怖がられちゃうのはできれば避けたいんだ」
だから、『マキナ族=怖い』っていう認識が広まるより先に『マキナ族=英雄の一族』って印象を世間一般に広めておこうってわけだ。前の世界の記憶にもメディアを使った印象操作が重要なファクターをしめてた事例は結構あるし、今回みたいに国自体が協力してくれるならいっそう効果的だろう。
「……ふむ、承知した。そのように取りはからっておこう」
そんなボクの考えを見通したのか、少し考えたナルファーナス宰相は納得したように頷いてくれた。よし、これで後は帰るだけ――
「では、報償の話はこれで良しとしよう。せっかくの場である。いくつか確認したいことがあるのだが、構わないだろうか」
「……うん、いいよ」
無情にもそうは問屋が卸さないことをナルファーナス宰相の言葉で察したボクは、ちょっとだけ間を置いて表面上は笑顔で頷いた。
「先日の聴取報告によれば件の化け物を『悪魔』と呼称していたとのこと。また以前に悪魔を生み出そうとしていた集団に関与したことと、今回その関係者らしき人物を目撃していたことも報告にあった。その辺りのことを可能な限り提供願いたい」
聞かれたのは、まあ想定の範囲内のことだ。このご時世悪魔なんてまずお目にかかるわけがないはずの存在だろうし、ひょっとしたら帝国の中で邪教集団みたいな連中が密かに活動してるかもってなったらその情報を欲しがるのも当然だよね。
「状況証拠とボクの主観だけしか伝えられないけど――」
そうしてボクはナルファーナス宰相の求めに応じて、詳しい内容は伏せてレイベアで潰した邪教集団のことを話した。実はたぶんこうなるんじゃないかなって思ったから謁見当日までにガイウスおじさんと相談してあって、ここまでなら言っていいっていう内容を打ち合わせておいたから言葉に詰まることもない。
「――まあそんなところかな」
「……なるほど、大変参考になった。もっとも、伝え聞く悪魔の話に比べれば獣同然だったことが気になるか」
一通り話を聞いたナルファーナス宰相はそう淡々と呟いた。うん、それに関してはボクもそう思ってたんだよね。イルナばーちゃんのところにあった悪魔関連の文献には『氷よりも冷酷に、蛇よりも執念深く、人間よりも狡猾に、煮えたぎる世界への憎悪を以て命を滅ぼす』なんて風に載ってたわけだけど、今回やり合った悪魔は保有する魔力量が規格外だっただけで、行動自体は単純に力の限り暴れただけだ。
疑問は残るところだけど、話は大げさに伝わることの方が多いからひょっとしたらあれが本来の悪魔だったのかもしれない。それか劣化版の『悪魔錬成』を元にしてるだろうせいじゃないかな。まあボクたちにそれを確かめる術はないから、これ以上気にしたところで仕方ないか。
「実は先の騒動の際、呼応するかのように陛下を狙う刺客が現れた」
――ん?
そんなことを考えているボクの耳にナルファーナス宰相の声が届く。口調はまるで世間話でもしてるかのようだけど……。
「当然容易く斬り捨てたのだが、時期を考えればその邪教集団とやらが関与しているのは火を見るよりも明らかだろう。ここから考えられることは――」
「ちょ、ちょっと待って!? それボクたちが聞いていい話!?」
王様が狙われたなんて普通に国家機密レベルの話だと思うんだけど、そう思うのってボクだけかな!?
けど、慌てるボクを見たナルファーナス宰相は本気でいぶかしそうに眉根を寄せた。
「何を言う。そなたの語ったこととてブレスファク王国の秘の一部であろう? なれば彼の国の朋友として相応の対価を示すは当然のこと」
バレてるよ! ガイウスおじさんバレちゃってるよ!? 言われた通りに端折ったのになんで!?
……って焦ったけど、そのガイウスおじさんの付き人ってことでシグレたちが来てるんだ。それでもってガイウスおじさんは王国の元公爵で、そんな人のところに身内がいるならボクももれなく関係者。そんなボクが語ったんだから当然邪教集団のことは王国内の出来事って想像が付くし、いくらぼかしても内容自体はおおっぴらにできないものだって簡単にわかるし……冷静に考えてみればバレて当然だよね、うん。
そしてこれくらいのことにガイウスおじさんが気づかないはずがないから、その上でボクに話すように言ったってことは――
「えーっと……ってことはその話、ボクからガイウスおじさん――じゃなくてレンブルク前公爵に伝えておいた方がいいかな?」
「そうしてもらえるならばこちらの手間が省ける。加えて、時期を鑑みればこの大陸に覇を唱える二大国を同時に相手取ることも辞さない輩であること、それを踏まえ早い内に会談の場を設けたいということも伝えてもらえるだろうか」
「それくらいなら、うん、いいよ」
うん、やっぱり根回しのためのメッセンジャーか。まあこの後シグレたちを送っていく予定だから大した手間じゃないし、別にいいけどね。
……それにしても、さっきはサラッと流しちゃったけど、いきなり襲いかかってきた刺客をあっさり撃退しちゃうんだ。さすがは武人の国……まさかナルファーナス宰相がやったわけじゃないよね? この人文官にしてはめちゃくちゃ体格いいし今も儀礼用っぽい剣を腰に提げてるけど、さすがにないよね?
まあでも、ともかくこれでナルファーナス宰相の用事は終わったはず――
「時に、ウル殿。そなたが王として治める国の名はなんと申される?」
今度こそって思ったら、まだ何か用事があるのかナルファーナス宰相がそんな話を振ってきた。でもそれって今ここで聞く意味あるのかな?
「国なんてたいそれたものじゃないよ。マキナ族って言う小数種族の族長そのままなんだから」
「だが、住まう地があるならば何かしらの名を付けているのではないだろうか?」
「まあ、集落には一応カラクリって名前があるけど……」
国どころか村の規模に届くかどうかってくらいの生まれ故郷を思い出しながら一応答えれば。ナルファーナス宰相はなぜか満足げに頷いた。
「ではグラフト帝国を代表し、カラクリのマキナ族に対して同盟を申し入れたい」
……はい?
言葉が耳が滑るってこういうことを言うのかな? 言われたこと自体はちゃんと頭で理解できてるのに、言われてる意味がわからない。
「本来ならば新たな臣下として迎え入れたいところであるが、それは我らが皇帝陛下が対等とお認めになった相手に対して、また誰にも頭を垂れぬというウル殿に対しての無礼となろう。よって、この場を借りて略式ではあるが同盟と成したい。如何だろうか」
けど真顔でより詳細に繰り返すあたり冗談のたぐいじゃなさそうだ。周りもちょっと意外そうにどよめいてるけど、否定的な反応はないみたい。『あれほどの強者ならば願ってもない』的な声もちらほら。ホントにどこまでも実力主義(物理)だね、この国。
まあマキナ族としても一国と対等に扱ってもらえるっていうのは願ってもないんだけど……同盟ってことは頼り頼られってことだよね? 小勢力のはずのこっちがほとんど帝国を頼る必要がないっていびつな関係になりそうで、そうなると色々まずそうな気がするんだよねぇ……。
「せっかくだけど、同盟はなしで。でもね――」
だからそう先に断って、けれどそこからさらに言葉を紡ぐ。
「今回帝国に来て、けっこう知り合いができたんだ。そんな人達の住んでる国がもし危機に陥ったら、救いをもたらす者がこの身の誓いに基づいて、守るために駆けつけるよ」
大会予選の炊き出しのおばさんだったり、見た目イケメンな戦闘狂のフィリップだったり、粗暴に見えて実は武人なガウムンだったり。戦いたくて仕方がない皇帝や今目の前にいる苦労性の宰相なんかもだね。あとはボクの活躍を見てファンになってくれたらしい観客の人たちとか。まあ大会出場者に関してはいつも帝国にいるわけじゃないかもしれないけど、そういった人たちに会えた国って思い入れくらいはある。
そういった大切なものを守るのに、同盟なんて理由は必要ないからね。
「……それは、頼もしい限りだ」
「でしょ? それじゃ、他に用がなければ――」
苦笑気味なナルファーナス宰相に、さすがにこれ以上用件はないだろうと思っておいとまを告げようとしたところで、バンッ――って大きな音に遮られる。
「待たせたな、ウルデウスよ! さあ、今こそ友として武を以て語り合おうではないか!」
振り返れば大きく開け放たれた謁見の間の大扉の前に仁王立ちする、ちぎれた縄を身体に引っかけ何人もの騎士の人たちを引きずりながら、それでも満面の笑みを浮かべているシュバイゼルク皇帝の姿。うわぁ……。
「……申し訳ないが、相手をしてやってもらっても構わないであろうか。あれはもう、望み通り一戦交えるまでは止まらん」
それを見たナルファーナス宰相が盛大なため息と共に匙を投げた! だろうね! 縄を引きちぎったあげくに騎士の人たち五人がかりの阻止をものともしないとか、もう止められる気がしないよね!
「……まあ、そう言うなら付き合ってあげるくらいは――呼出・虚空格納、武装変更・舞険士」
ナルファーナス宰相の内心が伝播したのか、どこか悟ったような気持ちで術式登録を口ずさむ。謁見するからって亜空間にしまっておいたスノウティアを召喚してみせれば、それを戦う意思ありって見たのかシュバイゼルク皇帝の顔がますます嬉しげになった。
……さて、今はまだ『本気』すら出せない状態なんだけど、人外に片足突っ込んでそうな人相手にどれだけ相手できるかなぁ……。
今回で4章終了です。主にウルとこの世界の人間の実力を描かせてもらいました。あと、当初の予定にはなかった最終兵器らしいウルのお披露目も。w
今後ですが、五章のプロットはできてるんですけどネタが煮詰まってないので、リアル事情も鑑みて勝手ながら2~3ヶ月ほど充電させてもらいます。忘れられないためにも途中で幕間を挟むかもしれませんが。
代わりと言ってはなんですが、平行してUPしているネクロマンサーちゃんの方をキリがいいところまで書ききりたいのでそっちを頑張らせてもらいます。よろしければこちらをどうぞ。
『最近のゾンビは新鮮です ~ネクロマンサーちゃんのせかいせいふく~』
https://ncode.syosetu.com/n6481ei/
あと、せっかく独自設定した時間単位なんですが、ちらほら自分でも忘れてるところがある上に見返してやっぱりわかりづらいなって思いましたので、折を見て随時修正を入れていきたいと思います。