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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
108/197

皇帝

 ※2018.8/8:時間単位の変更・修正

 悪魔相手に盛大に暴れ回ってから早三日。今ボクとシグレたちのマキナ族勢がいるのは広々とした大部屋だ。ただし、単純に広いだけじゃなくてあちこちにこれでもかってくらいの豪勢な装飾が施されていて、両端には部屋の飾りに負けないくらい豪華な衣装を身につけた人たちがズラリと並んでいる。

 そして無駄に大きな正面扉からまっすぐに敷かれた深紅の絨毯の先には、たった三段のなんであるかわからない階段の上にあるご立派な一人がけの椅子まで続いていた。それは『玉座の間』とか『謁見の間』とか、とにかくそんな感じの言葉から連想できるような光景で、事実としてその通りの部屋だ。

 今、ボクたちはグラフト帝国の皇帝陛下へ謁見する直前だったりする。


「……面倒くさいなぁ」


 謁見するにあたって大臣っぽい人から事前の打ち合わせで指定された位置――玉座に続く無駄階段から少し離れたところに突っ立ちながら思わずぼやいた。いやまあ、やらかしたことを考えれば仕方ないかとは思うんだけどね。

 早々使わないだろうなって思ってた機神装備を引っ張り出してどうにか最小限の被害で悪魔を消し飛ばした後はなかなか大変だった。なにせ端から見ただけなら正体不明の化け物が突然現れて暴れ始めたわけで、それを武闘大会本戦出場者の内数名が押さえている間に闘技場の外へ避難したわけだ。

 その後も中から断続的に破壊音が聞こえていたかと思えば突如天を貫くような巨大な光の柱が発生して、化け物は無事退治されましたーって言われる始末。うん、わけわかんないだろうね。

 やっかいなことにボクが真っ先に飛び出したところは大勢の人に見られていたし、決勝戦をしていたプラチナランクの二人も途中から避難の護衛に回ってたのは知れ渡ってるしで、最後まで残っていたボクたちは当然事情聴取を受けることに。騎士団の詰め所とかそんな感じの場所に連れて行かれることもなく、荒れ果てた試合場のど真ん中でバリバリに警戒している騎士団の人たちに囲まれた中での尋問じみた聴取は結構心に来るものがあったね。

 それでも突如出現した化け物がおそらく悪魔なこと、それを以前関わった邪教集団の女が用意したらしいこと、悪魔自体は総力を結集して消し飛ばしたことなどなど、ボクが見聞きした事実とそこから考えられる予測を交えながらも聴取を担当した人に伝え、最後まで信じられないって言いたげな顔だったけどひとまず納得はしてもらえた。

 ちなみにその時点で日はとっぷりと暮れていた。決勝戦があったのは昼から二時間が過ぎた辺りで、悪魔との戦闘も一時間かかったかどうかだ。どれだけ長々と聴取されてたかわかるだろう。

 そんなこんなでなんとか解放されてシグレたちと別れ、闘技場の外でリクスたちと合流。なぜかもみくちゃにされながら寝床に戻って一晩経った翌朝、お城からの使いって人から皇帝陛下直々の呼び出し状を渡されたのだった。どうやらボクたちが悪魔と戦い始めるのを貴賓席から皇帝陛下が見ていたらしく、聴取の報告と合わせて是非直接会って労いたいとか。昨日の今日とか対応早すぎるんじゃないかな?

 聞けばガイウスおじさんの元にいるシグレたちの方にも召喚状は届けられているとのことで、族長のボクが三人だけ矢面に立たせるわけにもいかないし、断るのも失礼だろうしってことで消極的ながら了承して今に至るわけだ。お連れ様もどうぞとのことだたのでリクスたちも道連れにゲフンゲフン、一緒にどうかって誘ったんだけど、全力で拒否された。いわく、ほとんど何もしてないのに謁見とか畏れ多すぎるとのこと。向こうがいいって言ってくれてるのにぃ……。

 ちなみに武闘大会の方だけど、あれだけの騒ぎがあったんだから当然中止……になったらしいんだけど、騒ぎの翌日に決勝の二人が帝都の適当な広場で自主的に野良試合を始めて、いつの間にか集まった観客が大盛り上がりする中で勝敗が決まったそうだ。

 そしてその場に大会入賞者が軒並み揃っていたこともあり、せっかくだからとちゃっかり観客の中にいた役員の手でそのまま簡素ながらも表彰式まで敢行して、実質的に武闘大会そのものはつつがなく終了していたりする。たくましいというかなんというか……。

 そんな感じでここ三日のことを回想していたら、高らかな楽器の音が謁見の間に鳴り響いた。事前の打ち合わせによれば皇帝陛下ご入場の合図で、これを聞いたら跪いて皇帝を迎えるようにとのことだった。そして実際に周りにいる人たちは、警護らしき騎士の人たちを除いて一斉に跪いた。うん、実に謁見式っぽい光景だ。

 けれどそんな中、部屋のほぼ真ん中にいるボクとその後ろに並ぶシグレたちは立ったままだ。別にそのままでいいって言われたわけじゃないよ。打ち合わせの時はちゃんと跪くように言われてたし。

 当然、そんなボクたちに気づいた騎士の人たちが揃って険しい顔になり、一番近くにいた一人が足音荒く近づいてきた。


「貴様ら、皇帝陛下のご入場であるぞ! 早く跪かんか!」

「うん、ヤダ」


 予想通りに警告してきたから笑顔で即答してあげると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で動きを止める騎士の人。どうやらあまりにも予想外の返答で頭の処理が追いつかなかったらしい。


「……ぶ、無礼であるぞ!! そこに直れっ!!」


 けれどボクが言った意味が染み込めば、さらに表情を険しくして怒号を発しながらボクの頭をがっしり掴んで無理矢理跪かせようとする。けどまあ、今は『平常』の出力しか出せなくてもたかが人一人の、しかも片手でマキナ族たるボクが動かせるはずもなく、そのことにさらに怒ったのか顔を真っ赤にして力を加えて――

 その騎士の人の顔面を、後ろから伸びてきた手が鷲掴みにした。


「あんたこそ、ウル様に無礼よ」

「ちょ、シグレ、ストップストップ!」


 普段より半音下がった声でドスを利かせるシグレがギリギリとアイアンクローもどきを極めるもんだから、見る見るうちに青ざめていく騎士の人に慌てて止めに入る。


「でもウル様ぁ……」

「いいの! ボクたちにも矜持があるようにこの人達にもそうする理由があるんだから、今のはある意味予定通りなの!」

「……はぁい」


 ボクの説得を受けて渋々といった様子で手を離すシグレ。ふぅ、おとなしくしてるようにって前もって言っておいたはずなのになぁ。チラリと見ればヒエイとタチバナは言いつけ通りにしてくれているものの、その眼は完全に据わっていた。愛されすぎてて逆に怖いよ。

 そしてアイアンクローもどきから解放されて後ずさる騎士の人を目で追いかければ、いつの間にかその他の騎士の人たちに取り囲まれていたことに気づいた。揃って剣の柄に手をかけていて、これ以上何かあればすぐにでも斬りかかってきそうな雰囲気だ。まあ跪かない上に警告に対して実力行使しちゃったわけなんだからそうなるのも仕方ないよね。


「――騒がしいな。貴様ら何をしているのだ?」


 そんなところに投げかけられたのはよく通る低い声。聞き覚えはあるね。開会式の時にはっちゃけてた人の声だ。

 そう思って玉座の方を見れば、今まさにそこへ向かっている男の人がいた。年齢的には四十歳くらいだろうか? 良い感じの髭が顎を覆うナイスミドルだ。高身長でがっしりとした身体に煌びやかな衣装を纏っている。ほぼ間違いなく皇帝陛下だろう。

 ……ただし、どしどしと優雅さの欠片もなく歩いてきてどっかりと玉座に腰を下ろしたところを見れば、性格的には豪放磊落って言うのがふさわしいだろうね。まあ毎年開会宣言でやらかしてるような人だから今更か。


「……陛下、今は謁見の場なのですから相応の振る舞いをお願いいたします」

「固いことを言うでない、ナルファー。此度は論功の場であろう? 功ある者を労うには形式よりも誠意の方へ重きを置くべきではないか」


 ずっと玉座のすぐ横で待機していたガイウスおじさんと同じくらいの年頃の人――声からしてたぶん帝国宰相の人だろうね。こっちも開会式の放送で聞いたのと同じだ。その宰相の人の苦言に平然と言い返す皇帝陛下。なんかもっともらしいことを言ってるけど、それを建前に好き勝手やりたいだけに聞こえるのはボクだけだろうか?


「――で、繰り返すがなんの騒ぎだ?」


 これ見よがしに盛大なため息をついた宰相の人はガン無視して皇帝陛下がおもしろそうにこっちを見れば、ボクたちを取り囲んでいた騎士の人たちから一人――たぶん隊長さんなんだろうな。その人が包囲網から外れると、皇帝陛下の方に向き直って跪いた。


「はっ! ご報告いたします、陛下! 陛下のご入場に際し、この者らが頭を垂れる様子がなかったことより警告を発しましたところ、軽度ながら反撃を受けましたので害意ありと判断させていただき、近衛騎士による包囲下に置きました! つきましては陛下に御裁可を頂きたく存じます!」

「ほう、そうか」


 その報告を聞いた皇帝陛下と目があったので、ボクは当初の予定通りピシリと背筋を伸ばして腰を折った。いわゆる日本人的な『礼』の姿勢である。

 背後でシグレたちがすかさずそれに倣ったらしい物音を聞きながら数拍置いて頭を上げて再び皇帝陛下と視線を合わせれば、一瞬意外そうに目を瞬かせながらもすぐに面白いものを見るような顔になっていた。


「その方ら、今の近衛の言葉に何か付け加えることはあるか?」

「ボクたちの事情を一切考えない客観的な事実だけなら間違いはないですよ、皇帝陛下」


 問いかけに対してそう返答すれば、周りがザワリとどよめいた。どうやら皇帝陛下に対するような口上じゃなかったようで、周りの騎士の人たちなんか気色ばんで今にも剣を抜きそうだ。


「騒ぐな」


 けれど皇帝陛下のその一言で一気に沈静化。そうしてご本人はなぜか上機嫌な様子でボクを見据えると再び口を開いた。


「報告自体に間違いがなかったことは何よりだ。が、そなたらの事情を考慮しなければと言うならば、その事情を聞かなくてはなるまいな。いかようなものだ?」


 ――さて、どうなるかなぁ……。

 内心ではヒヤヒヤしつつ、けれども態度だけは堂々としたまま覚悟を込めて言い放った。


「ボクは一族の王です。数自体はとても少ないですけど、矜持と掟があります。それは決して誰の命令も聞かないこと。だからこそ、王たるボクは敬意は示しても恭順を示すことはできません」


 それが事前の打ち合わせも騎士の人の警告も無視した理由だ。せっかく自由な意志を持っていても、誰かの命令に従わなければならないならそれは単なる兵器になってしまう。それじゃあ『意志ある兵器』の意味がない。

 そして跪くっていうのは、ボクの中じゃ相手への恭順を示す行動だ。つまりは相手より下ってことを示す行為で、そうなると相手からの命令を聞かなければならない可能性が出てくる。だからマキナ族は――特にみんなが一族のトップだって慕ってくれるボクは、例え大国の王様が相手だって跪かないし、マキナ族の誰も跪かせたりはしない。


「――ほほう、そなたが王か」


 そしてボクの宣言を聞いた皇帝陛下は……ニヤリと笑った。あれ、なんかちょっと予想と違う反応なんだけど? もっとこう……不遜なヤツめーってお怒りになるかと思ってたのに。


「そうかそうか。王であるならば頭を垂れぬのも仕方あるまい。なぜならば誰にも頭を垂れることなき者こそが王なのだからな! 近衛らよ、そなたらの忠義は嬉しく思うが、その行いは王たる者に対して無礼にあたるぞ。即刻持ち場に戻れぃ」


 なんか知らないけどめちゃくちゃ嬉しそうに納得して号令を出す皇帝陛下。それに対してすぐさま応じてボクたちの包囲を解くと元いた場所に戻っていく騎士の人たち。ものすごく物わかりがよろしいようでボクとしては助かるんだけど……いいのかな?


「さて、不測の災禍を打ち払った英雄にして小さき王よ。余はヒュメル族が一の国、グラフト帝国が皇帝、シュバイゼルク・オーガス・グラフトである。そなたの名は何と言うか?」


 内心戸惑うボクのことなんて知ったこっちゃないとばかりに堂々とした名の利上げを行う皇帝陛下。それはまさに武の皇帝って風格だ。とりあえず名乗られた上に名前を聞かれたんだからこっちも名乗らないとだけど……せっかく自分で王様だって言って向こうも認めてくれたみたいなんだし、ちょっとカッコ付けさせてもらおうっと。


「ボクはウル。マキナ族の始まりの機人で最高位の機神、ウルデウス・エクス・マキナ。以後、よろしくお見知りおきください、シュバイゼルク皇帝陛下」


 口上の最後で皇帝を名前呼びしたところでまた周りがどよめいたけど、それを本人のご機嫌な高笑いがあっさりとかき消した。


「ハッハッハッハッハ! そのように名を呼ばれるなど久方ぶりだ! だが敬称なども不要だ。余とそなたは共に王だ。であればこそ、我らは対等だ。そうは思わんか、ウルデウス?」

「えーっと……そう扱ってもらえるんだったら嬉しいです?」

「うむ、そうであろうそうであろう!」


 楽しくて仕方がないといった雰囲気を全身から発しているシュバイゼルク皇帝はボクの返事に満足げに頷くと、玉座に座ったままおもむろに身を乗り出してきた。


「であれば友よ、聞けば大会で本戦にて勝ち進んだそうではないか。さらには突如現れた怪物すらも討ち果たしたと。相違ないな?」

「えー……その通りです」


 なんで大会に出たことまで聞いてくるんだろうと疑問に思いつつも肯定した途端、シュバイゼルク皇帝は破顔一笑。


「そうかそうか! ならば相手にとって不足なし! 友として、己が武によって存分に語り明かそうではないか! 誰ぞ、余の具足を持てぃ!」


 そう言って嬉々として立ち上がったかと思えば、大音声に要求するシュバイゼルク皇帝――ていうかおいちょっと待て。まさか今からボクと戦うつもり!?

 なんて焦ったボクの心境を悟ったのかどうか、宰相の人が何かを達観したような表情でおもむろに腕を上げるとパチンと指を鳴らした。

 途端に謁見の間に轟く鬨の声。上げたのは警護役の騎士の人たちなんだけど……お役目をほっぽり出して勇ましく跳びかかっていく先はなぜかシュバイゼルク皇帝。この場でまさかの反乱かと思えるような光景だけど、二十八人の標的にされてるはずのご本人はますます楽しげに笑い声すら上げ始める始末。

 そしてシュバイゼルク皇帝が邪魔だとばかりに豪華絢爛なマントを脱ぎ捨てた次の瞬間、皇帝陛下と騎士の人たちによる大乱闘が始まった。さすがに誰も剣は抜いてないようだけど、どう見ても遠慮会釈のないガチの肉弾戦だ。


「――申し訳ないが、ここからは陛下に代わって私が進めさせて頂く」


 突如として勃発した乱闘――しかもお国のトップが中心にいるっていう謎な騒ぎにポカンとしていると、慣れた様子でバトルフィールドから待避して来た宰相の人が何事もなかったかのように話を続けようとした。


「それは構わないんだけど……いいの、あれ?」

「ままあることだ。客人が気にする必要はない」


 いや確かになんの躊躇いもなく流れるように皇帝に襲いかかった騎士の人たちといい、一切動揺を見せないどころか小声で近くの人と乱闘の結果を賭けている貴族大臣の人たちといい、日常茶飯事レベルの出来事なんだなって察するくらいはできるけどさ。


「なんかその……ご苦労さまです」

「……気遣い痛み入る」


 思わず宰相の人の苦労をしのんで労いの言葉をかければ、実に実に深いため息が返ってきた。うん、この人絶対苦労人だ。間違いないね。


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