降臨
……でも実際どうしようか。大きいのを撃つとは言ったけど、実は今でも本来なら軽く建物とか吹っ飛ばせるくらいのエネルギーがバンバン飛び交ってるはずなんだよね。だけど、いかんせん悪魔の魔力量が多すぎるせいで相対的にちまちま削ってるようにしか見えない。
なのに戦闘の余波による被害は現在進行形で拡大中。まあエネルギー量から考えたらそうなって当然だよね。短期決戦を決意したこともあるし、ここはサンダロアの収束砲撃の方一択かな。
「――よし! 呼出・虚空格納、武装変更・殲滅士!」
方針を固めてサンダロアを召喚、すぐにその場で砲撃準備に移った。魔力を充填しつつ砲身を展開。準備しているのは小鬼の軍勢を消し飛ばした『核撃』の弾体だ。ただしそのままぶっ放そうものならこの辺り一帯が更地になりかねないから――
「シグレ! ヒエイ! タチバナ! 極地殲滅フォーメーション用意!」
「「「了解!!」」」
ボクの飛ばした指示にすぐさま応じるシグレたち。シグレが猛攻を加えて悪魔の足止めをし始めた隙に遊撃をしていたタチバナがティアを両方とも鞘に収めて離れ、悪魔を間に挟んでヒエイと対角になる位置に陣取る。そしてヒエイとタチバナがそれぞれ両手を前に掲げれば、二人の間に一部が欠けた半球状の分厚い『障壁』が現れた。
その様子を見たシグレが悪魔を大きく殴り飛ばすと、『障壁』の欠けている部分目指して全力ダッシュ。『障壁』の内側で悪魔が体勢を立て直すわずかな時間で囲われた範囲を飛び出し――
「発射っ!!」
入れ替わるようにボクが発射した『核撃』の弾体が欠けていた――いいや、あらかじめボクのいる方に向けて開けられていた穴を通って『障壁』の内側に飛び込んだ!
そしてすかさず反転したシグレが空いていた部分を埋めるように同じく分厚い『障壁』を展開し――
半球状の『障壁』の中が真っ白に輝いた。悪魔だけが取り残された魔力的に密閉された空間を、千を超えるような軍団を一発で消し飛ばすような魔力が荒れ狂う。
これが連携訓練によって生み出したマキナ族の『極地殲滅フォーメーション』だ。むやみやたらと硬かったりタフだったりする相手を想定した連携の基本思想は、『範囲殲滅用の威力を一点に集中させる』こと。要は本来なら広がって拡散していく威力を閉じこめて余すことなくぶつけようって寸法だ。
『核撃』を押さえ込む役には『全力』状態のマキナ族が最低三人は必要になるんだけど、その分威力は申し分ない。試し撃ちした時は『障壁』の中にあったものは跡形もなくなってたっけ。ちなみに、このフォーメーションの発想は前の世界の記憶からだ。
まあ、だからってこれ一撃で悪魔が消滅することはまずない。なにせ異なる魔力は相殺が大前提。いくらボクが普段使いできる魔導式の中では最大の威力を誇る『核撃』でも、込められる魔力の上限は悪魔の総魔力量には遠く及ばない。ましてや閉じこめている『障壁』や地面への影響でかなりのロスが出るんだ。さて、これでどれだけ削れてるか……。
次弾の準備を様子を見ていると、やがて暴れ回る魔力が減ってきたことで光が薄れてき……ってあれ、なんかほんのり赤黒いのが混ざってるのは気のせいじゃ――っ!?
見間違いかと思った直後、赤黒い極太の光線が張りっぱなしなはずの『障壁』すら突き破ってボクの方へものすごい勢いで迫ってきた!
「うおぅっ!?」
慌ててサンダロアごと飛び退けば、一瞬前までボクがいた空間を赤黒い魔力が呑み込んだ。うわぁ、何この高密度な魔力。あの分厚い『障壁』を貫通したのも頷けるや。咄嗟に避けたけど、これは下手に防御してたら抜かれてただろうね。
そして発射元を見やれば、露わになったクレーターの中心で佇む悪魔の姿が。とっくに再生が終わってるようで一見しただけじゃダメージはなさそうだけど……うん、減ってるね、数値的に表せば五百にちょっと足りないくらいかな?
極太光線が消えてごっそりと抉られた客席をチラリと確認してから視線を戻せば、大急ぎで破られた『障壁』を修復しているシグレの後ろ姿――ん? 普通に修復してる?
その様子になんとなく違和感を覚えながら視線を悪魔へ移すと、さっきと変わらず中心に佇んでいた。その醜い顔はピッタリとボクの方へ向けられていて、怨念の圧力が増してるように感じることから一心にヘイトをもらってるのは間違いない。
そこまで確かめてさっき感じた違和感の正体に気づいた。さっきまでは殴りかかってきた相手にすぐ意識を向けては手当たり次第って感じで暴れてたのに、なんで今は睨み付けるだけでじっとしてるの?
――ゴロズゥウヴヴウッ!!
そんな疑問を感じ取ったのか、悪魔が吠えた。同時に『障壁』の内側を埋め尽くすかのような勢いで赤黒い紋様が撒き散らされ、次の瞬間悪魔の頭上に馬鹿みたいな魔力が収束し始めた。その圧倒的な量と収束の仕方には、イヤって言うほど見覚えがある。
え、あれ、ちょ……嘘でしょ『核撃』!?
……そういえばさっきの極太光線も術式的には『魔砲』だったし、邪霊ですら学習してたっぽいんだから悪魔が同じことできても不思議じゃないかこんちくしょう!
「阻止して――いや、押さえ込んで!!」
「「「はい!!」」」
咄嗟に完成を妨害するよう指示を出しかけたけど、あそこまで収束した高密度の魔力を下手につつけば暴発しかねない。だからやむなくぶっ放されるのを待ってそれを押さえ込む方針に切り替えて、シグレたちは『全力』の全力で『障壁』を再展開してくれてるけど……目算でもボクの撃った『核撃』以上の魔力が収束してる。はたして押さえきれるか……。
いや、違う。『核撃』なんて連打された日には帝都を守りきることなんてできない。もう一刻の猶予もないんだ。可能な限り短時間で決着を付けるためにも、今以上の力が必要だ!
「機人誓約っ!」
決意と共に口頭鍵を口にすれば、全身を朱色の輝きが彩る。今の出力に比例して、さっき『全力』を出す時に展開した以上に強く発光しているのを視界に収めながら、一つ深呼吸もどきをしてその言葉を口ずさむ。
「 “我が身は力の化身、我が身は理不尽の権化。
ただただ強くと創り出され、この身に適うは打ち砕くのみ。
なれど託されしは守護の願い。抱きし意志は守護の思い。
ならばこの身この力、絶望砕く刃となろう。
悪意迫れば打ち砕き、闇が覆えば吹き払い、災厄すらも滅ぼそう。
我はここに宣誓す。我が身我が力我が魂の全てを以て、
遍くこの世に守護の兵器が誇りを示さん”!」
紡いだ言葉はマキナ族の宣誓詩。そしてこれは同時にリミッターを解除するためのパスワードになっている。
「出力変更・戦略水準!」
意識の中でまた一つ枷が外れたことを感じて、間髪入れずに口頭鍵を唱えた。
瞬間、内蔵している魔素反応炉がこれまでにないほどうなりを上げて大量の魔力を吐き出し始める。それに伴って晒している肌と纏った鎧がますます深紅に染まり、それでも受け入れきれなかった余剰の魔力が虹色の煌めきになって全身から溢れ出す。その圧力に耐えかねたのか、足下の建材にピシリと亀裂が入った。
これが兵器として必要な出力からさらに一段階引き上げた状態だ。『全力』の上――『奥の手』状態とでも言おうか。
これを使うための条件は単純で、『戦術水準の出力で戦闘しても状況の悪化を止められない場合』だ。さすがにそんな状況で他の誰かに許可を求める余裕なんてないだろうから、代わりに宣誓詩をパスワードに設定した。大きすぎる力を振るうのがなんのためか、決して忘れないようにするためだ。
ただし、性能限界までフル稼働させるせいか、かなり魔素反応炉に負荷がかかるようで向こう一週間は『本気』を出すことすら厳禁。だからこその『奥の手』だ。
本当はシグレたちにも『奥の手』状態になって欲しいところだけど、正規の手続きを踏んでから出した『全力』じゃないと対象外だから、現状じゃ実質ボクだけしかこの状態にはなれない。あの『核撃』もどきを乗り切ったら、三人にはサポートに回ってもらうとしよう。
「呼出・虚空格納……武装拡張・機神装備!」
術式登録で『亜空接続』を起動してサンダロアを放り込み、代わりに呼び出すのは『奥の手』状態専用の装備。ただし、今回武装を呼び出すための空間のひずみはボクの周囲を埋め尽くしてもまだ足りないとばかりに広がった。よし、準備完了! それじゃあ――
「とおっ!」
かけ声一発大きく跳び上がれば、空間が揺らめいてそれが全身に装着された状態で現れた。それと同時に一瞬意識が暗転して視線が高くなる。同時に身体が拡大するような感覚。それはまるで巨大化したかのようで、そして実態はそう間違っていない。
『奥の手』状態専用の鎧――『デウス』は、一言で表すなら『人型巨大ロボット』もしくは『超大型パワードスーツ』だ。ただ単に鎧を上からさらに被せるんじゃなくて、自分の身長の倍近い手足を備えた人型巨大兵器の胴体部分にそのまますっぽり収まる形で、三ピスカ越えの巨体を自分の手足を動かす感覚で操れる。いわゆるマスタースレイブ方式ってやつに近いかな。ボクの身体もデウスも機工の産物だからダイレクトに繋がれるわけだ。ボクは『機神モード』って呼んでて、それがいつの間にか正式名称になってたり。
もちろんのこと総緋白金製で、見た目も流線型を主体にスラリとした騎士みたくとかなり拘った一品だったりする。背部には方から地面近くまで届く軟性緋白金のマントが装着されているし、兜の部分からは髪の毛みたいな飾り房状の虹魔銀がふさりと揺れている。
そして跳躍した勢いのまま客席を飛び出して、盛大な地響きを響かせ土埃を舞い上げながら着地。素早く立ち上がりながら視界に右腕を持ってきてぐっぱを何度か繰り返せば、流線型を描く装甲に覆われあふれ出る魔力を吸ってほんのり緋色に染まる五指は、思い描いたとおりの動作を返してくる。うん、今のところ問題なさそうだ。『奥の手』と合わせて試験運転以来だから十三年は経ってるはずけど、イルナばーちゃんと合同制作した力作が健在で何よりだ。