加勢
だけどちょっと武器が悪かった。どうやらそれぞれ武器型の魔導器みたいで魔力と供に炎や冷気を帯びてる――つまり魔力で包まれてるんだけど、実体化するほどの魔力とじゃ密度差が大きすぎる。
結果として、ガギッと絶対に生き物を斬った時には出ないような音がして止まった。切れも刺さりすらもせず悪魔の表面にちょっとしたひっかき傷を作っただけで、それすらも魔力で作られた身体からはすぐに消えてしまう。
――ァアア゛ギャ!!
爪楊枝で引っかかれたくらいにも感じないだろうに、それでもイラッときたのか両腕を無造作になぎ払う悪魔。余波で地割れを起こす一撃が二人のプラチナランクに迫るも、狙われた二人は素早く跳び下がった。渾身の一撃が完全無効化された直後だっていうのに、動揺の欠片も見せずに対応しているのはさすがだ。
がしかしそれだけじゃ済まされなかった。悪魔の爪が薙いだ空間にいびつな赤黒い軌跡が残ったかと思えば、一瞬のうちに複雑な紋様に変化。直感で判断できたのはずいぶんと無駄が多いけど『砲撃』の魔導回路に似てるってこと。
直後に紋様から吐き出される大量の赤黒い球。『探査』の反応からして高密度の魔力弾が、散弾銃よろしくプラチナランクの二人を追撃する。一つ一つが致命的な威力を持つ弾幕は、普通なら避けられるようには見えない。
「ふっ――!」
それをアナイマ族の人は地面を突いた槍を支点に高く跳び上がると、身体を捻って弾幕の隙間を皮一枚ですり抜け――
「ぜやっ!」
デュカス族の人が気合い一発地面を踏み鳴らしたかと思うとまくれ上がるように地面が壁みたいに隆起し、それを削る弾幕が速度を落とした隙に反動のようにできた地面のくぼみへと身体を滑り込ませて、どっちも無傷で回避。さすが人外、何ともないや。
そんな一瞬の攻防が終わって悪魔も二人もどっちも無傷。無駄に時間だけが過ぎたわけだけど、ボクにとっては予想外に与えられた猶予だ。もちろん、何もせずボーッとしてるわけがない!
「いけぇっ!」
ナイトラフを手放して準備完了した『魔氷』の魔導式が込められた光弾を両手から発射! 空を貫いた光弾は、二人に意識が向いているのか避けるそぶりもなかった悪魔に見事着弾した!
短時間で組めるだけ強化した『魔氷』はすぐさま巨大な氷塊になって悪魔をその中に飲み込んだ――んだけど、なんかもうピシピシって割れそうな音が響いてる。当然追加で乱射してるんだけど、氷が成長する速度よりも音が大きくなる方が早い気がするね。これで決められれば良かったんだけど、そこまで上手くはいかないか。
――一人でムリなら、人手を増やせばいいよね?
「ウル様!」「王!」「始祖様!」
「ドンピシャだねっ!」
すぐ後ろからお馴染みの三人の声が聞こえてきて思わず快哉を叫んだ。『探査』の反応には貴賓席から飛び出したシグレ、ヒエイ、タチバナの姿が映ってたんだけど、ちょうどいいタイミングで駆けつけて来てくれた!
「『魔氷』の魔導式! 『本気』出していいからしこたま撃ち込んでやって!」
「「「はいっ! 出力変更・戦闘水準」」」
ボクの指示を聞いた三人がそれぞれ口頭鍵を口ずさんだ後で『魔氷』を全力射撃! 四倍の量になった光弾が次々と炸裂していった。
おかげで加速度的に巨大化する氷からは、すぐに崩壊音が途絶えた。よーしよし、さすがにこれだけ物量を投入したら完封できそうだ。後は持久戦だけど、邪霊相手でもボク一人で一晩かからなかったんだ。四人ならそう遠くない内に消耗させきることができるはず。
「ところでウル様、今のなんだったんですか? ものすごく怖いって思ったんですけど」
「たぶんだけど、悪魔だね。バカみたいな量の魔力に怨念が籠もりに籠もった魂が憑依して生まれる邪悪で悲しい現象」
撃ち込むことは続けながらふと首を傾げたシグレに答えると、同じく手は休めないまま険しい顔でヒエイが頷く。
「創主様の資料に記載がありましたね。なるほど、あれが悪魔ですか。我々でも恐れを抱くとは、すさまじい存在ですね」
「怖い」
タチバナもそう言いながら一心不乱に『魔氷』を連射。全員が『怖い』って口にしてることからして、ボクが感じた恐怖を三人も感じたようだ。
「ああ、やっぱりみんなも怖かったんだ。それなのによく駆けつけてくれたね?」
「だって、ウル様が戦ってましたから!」
「王が先に立っていらっしゃるというのに、我々が怖じ気づいていられましょうか!」
「始祖様、手伝う」
どうやらボクが戦ってるからってだけで恐怖に打ち勝ってやってきたらしい。どうしよう、ウチの子たちが健気すぎるんだけど。
そんなちょっとした感動で内心身悶えていると、攻撃継続中なボクたちの元にプラチナランクの二人が駆け寄ってきた。
「おう嬢ちゃん、助かったぜ!」
「加勢すると言っておきながらすまぬ」
「あー、うん、こっちこそあいつの注意を逸らしてくれて助かったよ。おかげで上手いこと完封できそう――」
そんな風に応じるボクの視界に赤黒い光が奔った。すぐさま首を巡らせれば、今やちょっとした家よりも大きくなってる氷の塊――その中に外に、縦横に張り巡らされた不気味な紋様。赤黒い燐光を煌めかせるそれは、ひどく原始的な魔導回路だ。
「――っ!? 下がって!」
あからさまにイヤな予感がして警告を発したのとほぼ同時、バカみたいな量で顕現した赤黒い魔力弾によってあれだけの氷が一瞬で砕かれた。陶器の皿を何百枚もまとめてたたき割ったような音と共に爆散する氷塊と、四方八方やたらめったらに飛んでいく魔力弾。
その爆発みたいな現象に対しては至近距離と言ってもいいほど近くにいたボクたちが取れる行動も少なく、その中でボクは咄嗟にプラチナランクの二人の前に出て飛んでくるものを代わりに受けることを選んだ。『探査』の反応からしてシグレ達も同じ選択をしたらしく、ボクに並ぶようにして立ち塞がる。良かった、小柄なボク一人じゃ防げる範囲もたかがしれてたから意味があるのか心配だったんだけど、これならしっかり防波堤代わりにはなれそうだ。
一瞬そんなことを思った直後、顔の前で腕をクロスさせて防御姿勢を取るボクにゴンガンと容赦なくぶつかる脅威。氷も魔力弾も機工の身体にかなりの衝撃を伝えてくる。これ、生身なら絶対にタダじゃすまなかっただろうね。
それでも一瞬の暴威を危なげなくやり過ごせた。頑丈な身体に作ってくれたイルナばーちゃんに改めて感謝したいところだけど……今はそんな暇がない。なぜなら本当の脅威はこの後なんだから。
そんな予測とも言えない予測に応えるかのように『探査』に映る極大の魔力反応が迫ってくる。クロスしていた腕を降ろせば視界に映るのはご存じ完封できたかと思えた悪魔のグロテスクな姿。
――ゴロズッ!!
さすがの悪魔も一発全力で殴りつけられたくらいのダメージは感じたのか、それをやらかしたボクへご丁寧に『殺す』宣言付きで怨念を一心に浴びせかけながらいびつな腕を振り下ろしてきた。今度は避けたら余波が周りに飛び火する。シグレ達ならともかく、プラチナランクとは言っても生身の二人がどうなるかは保証できない。
「――やってみろっ!」
なので恐怖を無視して迎撃一択! 引き裂こうとするように振り下ろされる悪魔の爪を、握り込んだ右の拳で真っ向から迎え撃った!
インパクトの瞬間、待機状態だった『魔氷』を一部改変して発動! まるで上から岩が降ってきたみたいな手応えに踏ん張る足がめり込むのを感じつつ、案の定発生した余波の魔力を拳に纏わせた『魔氷』で片っ端から取り込んでできるだけ相殺。その結果としていくらか弱まった余波がプラチナランクの二人を吹き飛ばし、ボクと悪魔の間に瞬間的に氷の壁が出現した。
当然のことながらボクの拳も悪魔の手も氷の壁に埋もれてて、ついでに言うと『魔氷』の術式は今も悪魔の腕を浸食中だ。すでに今にも割れて抜け出されそうな音が聞こえてはいるものの、今だけはお互いに至近距離で逃げられない状況なわけで……。
――ゴロズゥウヴッ!!
「――くらえっ!!」
氷の壁越しに赤黒い魔導回路が描かれるのとボクが全身に魔導回路を描き終えたのがほとんど同時。直後、氷を砕きながら殺到してくる赤黒い魔力弾を、ボクが左手から放った『魔砲』の純粋な魔力の奔流がかき消した! いくら一発の威力が大でもしょせんは多段攻撃、一点集中させた一撃の方が勝つに決まってる。
そのまま斜めに打ち上がる光の柱が悪魔も呑み込んだけど、ビシバシ感じるヤバイ気配みたいなのは衰える様子を見せない。あそこまで重ねた『魔氷』もあっさり砕かれたし、ホントに邪霊とは比べものにならないね。
右手が拘束から抜けたのでいったん跳び下がる途中、シグレ達が追撃に『砲撃』を連射するのが視界に映った。狙いは当然、収まった『魔砲』から一見無傷で姿を現した悪魔だ。悪魔は迫る『砲撃』に対して腕を振るり回して蹴散らし、お返しとばかりにシグレ達へと赤黒い魔力弾を乱れ撃つ。
だけどシグレ達も負けてないようで、三人とも不規則に飛んでくる魔力弾を的確に避けつつも攻撃の手を緩めることはない。それを受けて悪魔は躍起になったかのように魔力弾をばらまいては一番近くにいたシグレに躍りかかるも、バルトの役名を持つシグレは特に戦闘が得意な子だ。
怯むことなく真っ向から素手のまま迎え撃ち、そのまま遠距離攻撃はヒエイとタチバナに任せて肉弾戦へと移行した。ちなみにシグレの顔はめっちゃ楽しそうな全開笑顔だ。怖いとか言ってたはずの悪魔相手に肝が据わってるようで何より。
「呼出・周辺精査」
どうやら悪魔のヘイトはわりかし簡単に移るみたいだと察して、とにもかくにも『探査』を再起動。悪魔の魔力反応を最初と比較して今まででどれだけ削れたのか確かめてみたけど、残念ながらそこまで減ってるようには見えなかった。せいぜい一万あったのが九千九百五十になったくらい? ほぼ誤差だね。
このままの調子でやりあってたら一日仕事か、下手したらもっとかかるかもしれない。『本気』状態のマキナ族が四人がかりでそんな状況だ。そしてその間中悪魔がボクたちだけを標的にする保証も、今以上に大規模破壊を撒き散らない保証もない。と言うか今の時点で余波や流れ弾の被害が客席に結構見て取れる。まだ避難もろくに終わってないようだし、これ以上被害を出したくなければ取るべきなのは短期決戦しかない。
……切り札を一つ切るべき状況だね、仕方ないか。
一つ覚悟を決めてそれを口にした。
「始祖指令、発令するよ! 対象、シグレ、ヒエイ、タチバナ! 『全力』をもって眼前の厄災を処理せよ!」
「わかりましたウル様!」「承りました、王!」「始祖様了解」
ボクの声を聞いたシグレ達がそれぞれに応じ、次の瞬間そろって同じ言葉を紡いだ。
「「「出力変更・戦術水準!」」」